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俳優山崎努さんの読書日記。この人の読んだあらゆるジャンルの本と、そこから派生するいろんな話。文なんだけど、とつとつとした語りみたいな感じ。なかなか興味深かった。
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児玉清の「すべては今日から」に続いて俳優の図書推薦本。今度は山崎努だ。タイトルがいい。「犀の角のようにただ独り歩め」、プロローグで紹介されているブッダの言葉がいい。そして近年の読書でブッダが言ったインドサイのその角の中身は、ぶよぶよの肉でできた武器にもならないヤワな代物と知るところがいい。そしてタイトルが「やわらかな犀の角」となる。冒頭から、こりゃもう面白い本と直感して読んだ。
洋書好きの児玉と違い、俳優山崎の読む本は、言葉(日本語)に対するこだわりに関する本が多いのも趣味が似てていい。舞台で、ドラマや映画で、台詞を通じて様々な人間を演じ分ける役者なだけあって、言葉に対する感性が実に鋭敏。“自然は本来連続しているもの”と、内臓だって一本の管だ、胃だ腸だと区切っているのは「言葉」だ、男も女も言葉で分けているだけだ、と言う。また、“なけなし”という言葉が懐かしい、あのころはなけなしの物ばかりだった、と述懐。テレビ番組で放送禁止用語を口にして大目玉を食らったというエピソードでは、“時間が滲みた味のある言葉が、死語や禁止用語になってどんどん消えていってしまう”と、失われていく語彙を惜しむ。
演劇のため、シェイクスピアやチェーホフも読むが、流行の養老孟司や、小川洋子の著書も読む。純文学な短編から、アラーキーの写真集まで、その振り幅はなかなかのもの。もちろん、本書が週刊春秋に「私の読書日記」として連載していたものの単行本化ということで、連載中に編集者から薦められて読んだ本もあろうかとは思うが、本のチョイスも悪くない、というか非常に興味をそそられる本が多い。実は、本書で紹介されているのを見て平行して読んだのが、「灘の男」(車谷長吉)や「いのいちの王国」(乃南アサ)だった。5年弱の連載で150冊近い本が紹介されているが、そのほかにも読みたいと思う本が多く、自分の図書購入リストに20冊くらいを本書から抜き出して新たに追加した。
本の紹介にとどまらず、その作品の内容に沿った彼自身の日常も折りふれ語られているのだが、役者という仕事柄、言葉や人や物語に興味を抱き書物を読むのは分かるが、山崎努の場合、それだけでなく、読んだ本の世界が、そのまま自分の世界、普段の生活とも繋がっているような不思議なペーソスに溢れているところも、本書の魅力。
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*ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに、は井上ひさしの金言、及ばずながらこれでいきたい。276ページ
*捨てることが魔術のコツ。僕はまだまだ何かに縋っているな。「私」に倣って捨てる勇気を持とう。もっと身軽になろう。未だ経験したことのない解放のときがやってくるぞ。28ページ
「週刊文春」好評連載「私の読書日記」6年分を収録」からの本。
読書好きな山﨑氏がうかがえて、役者としての顔に重みを感じます。
最近、書評本との出会いを感じていましたが、この本からまた、読みたい本が、つながっていくようです。
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やまざきつとむは本好きなんだなあ。
タイトルのサイの角はインドのもので、これはぷよぷよなんだって。だからインドのサイはただうろうろあるきまわるだけなんだって。
わかりましたよーだ!
この本は索引が凝っていて、書名と人名と映像タイトルと単語の索引が載っている。
感情と本と役者をうまい具合に繋いでいて面白い。
「からだのままに」は読みたくなった。やっぱりからだだよ。頭と痛覚だけでは生きられないと思う。
「あたらしい図鑑」もよい。老人の知識や教養を受け継ぐのは、孫の代だ、という。親子はライバルになりやすい。なるほどそうだなとひとりごちる。
「声の秘密」も興味深い。教師自身が面白いと思って話しているときに子供は敏感に反応する。反省しきり。工夫を凝らすより、自分が面白がる方がてっとりばやい。
敗北力、というのにはおどろかされた。奴隷根性、いっしょになって騒ぎ、勝てば官軍のやつには敗北を引き受ける力はない、というのも、なんとも。
どんぶらこ~な毎日を編集したのがドラマだと言われると腑に落ちる。
どんぶらこ的な生き方でどうぞ。
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インド犀の角は中がぷよぷよとした肉で闘争の役に立たない、だからあまり闘わない。「犀の角のようにただ独り歩め」というブッダのメッセージから、このタイトルをつけたそうである。これは2006年~2012年まで「週刊文春」に読書日記として連載されたもので、装画も山崎努氏による書評集である。
映画の撮影のウラ話、実体験、ときにはポロっと老いや弱みを赤裸々に曝け出す。映画『おくりびと』やNHKドラマ『キルトの家』を観ていた印象から、なるほどこういう事だったのかと、役柄を演じるうえでの深みを感じた。
書店で本を選ぶ際は、まず題名と著者をチェック、次に帯の惹句で見当をつけるのだそうだ。一刻も欲しい本があると気が逸って、ロケ現場に行く途中に書店に駆け込みそこでないともう1軒行くという…そうした姿に人間臭さというかシンパシーを感じます。
紀行本、詩集、エッセイ、評論、写真集、海外小説など様々なジャンルが関連立てて51の章からなっている。ちなみに、本書で取り上げられている池澤夏樹著『光の指で触れよ』、井上ひさし著『この人から受け継ぐもの』は読んでいた。どれもこれも読んでみたくなる!
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週間文春に連載している読書日記をまとめたもの。文春で既読のページはさらりと。未読のページはメモを用意しながら読みました。
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山崎努さんの読書日記。
あの名優がどのような本をどのように読むか。面白くない訳がない。
やっぱり俳優さんは人間が好きなんだなぁ。そして引き出しに、いっぱいしまっとくんだ。
そして本の内容の描写も上手いので、この中で出てきた何冊も読みたくなった。
蛇足ですがフリスクがスナック菓子に想像されていてちょっと笑いました。
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俳優、山﨑努さんの週刊誌連載6年分の読書日記。
山﨑さんの役はセリフが少なく、その芝居を引き締め、かつ個性的で難しい役をこなせる数少ない素晴らしい役者さんです。
その少ないセリフをどう人間くささや、深みを与えるのか、想像ですが言葉というものをとても大事にされているのではと、常々感じておりました。
この本で興味深い点は、通常は、読者と本が向かいあう姿ですが、俳優・読者・本というトライアングルの視点なことです。
俳優が脚本として作品を読み「こういう役をしてみたい」
そんなことは一般読者には、感じる機会はないので新鮮です。
日記ですので、山﨑さんの「役を待つ」時間、河川敷でさまざまな人たちと気さくに交流するのも
ドラマのワンシーンのようです。
そんな日常も俳優としての大事な骨格づくりなのでしょう。
紹介している本は知らない本ばかりで、読みたいワクワク感が湧き上がると同時に、そのセリフひとつひとつに、これだけ数えきれない本が山﨑さんの役者としての勉強量に敬服します。
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かなり好きな俳優で、彼の演じた「沢田竜彦」なんてのはドラマ史上最高のキャラクターであり、DVDを買ってしまうほど好きで、かなり楽しみにしていたのだが、期待が大きかっただけに、ちょっとガッカリ。内容は教科書的で平凡な印象。
商業書評は悪い事が書けないし、基本的に褒めなきゃいけないので、悪役メインの個性派俳優の仕事としては不適切だったのかもしれない。特に前半は硬くてどうしちゃったの?ホントに山崎努なの?って感じ。時を経るに従ってだいぶ慣れてきたようで、個人的なエピソードも出てきくるようにはなるが。まあ、よく言えば彼の生真面目さが出ているとは思うけど。
池澤夏樹と佐野洋子が彼のお気に入りのようである。ちゃんと読んだ事ないので、読んでみようかと。
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俳優、山崎努さんが週刊文春に連載した読書日記、というか書評というか、本をネタにしたエッセイのような文章。とはいうものの、一筋縄ではいかない、人生の巧者による社会批評になっているところが流石である。年齢相応な選択と思わせる本と、意外な本の選択とが適度に混在していて、その取り合わせの妙も楽しい。
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分かっていたんだ。今でも積読本が多いのに、本や読書関連の
本を読めば、それだけ読みたい本リストが長くなるのは。
でも、分かっていても読んでしまったのだ。だって山崎努なのだ
もの。好きな役者なのだも。その人の「読書日記」なのだもの。
これを読まずに放っておく手はないだろう。
ええ、見事に読みたい本リストが増えましたとも。でも、後悔は
していない。演技同様、山崎努の文章に惹きつけられたもの。
自らを「怠け者」という著者だが、いやいや勤勉な読書家である。
すぐに読みたい新刊があるからと、本屋に飛び込むも品切れ。
2件目で1冊残っていたのを、他の人に取られないように素早く
手にする。
あぁ、ベテラン俳優が本屋でこんなことをしているなんて微笑ましい
ではないか。
飛行機のなかで航空サスペンス小説を読もうとチャレンジするも、
エンジンの轟音であえなく断念。こういうの、分かるわぁ。作品の
シチュエーションに合わせて読んでみたいと思うもの。
その時に読んだ本だけではなく、以前に読んだ本の話も出ていて
ちょっとした関連性のある話が日記形式でまとまっている。
俳優なので、作品の中のどの人物を演じてみたいか・・・なんて
話も勿論ある。
読書量、知識量にも圧倒されるが何よりもストンと入って来る
文章の書きっぷりに惚れた。元々、好きな俳優だが改めて
惚れ直しました。
「僕は俳優としてアマチュアだと思っている。
長いことやっているから、それなりの技術は覚えた。それなりの
出演料もいただき、それで食っている。それでもやっぱりアマチュア。
なぜなら僕は演技について、俳優業について、なんの確信も
自信も持っていないからだ。いや俳優業に限らず人生全般に
ついてなーんにもわかっていないと実感するからだ。何事も
手探り、さてどうしたものかといつもゼロからこつこつと学習
する始末」
生前の山岡久乃さんが「私は大根役者ですよ」と言っていたのを
思い出した。「確信も自信も持っていない」って、あの山崎努がなぁ。
でも、それだから演じ続けられるのかもな。
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俳優の山崎努さんが週刊誌に連載された「私の読書日記」を5年間分、まとめて一冊の本にしたものだそうです。
俳優の読書日記というのに興味がわき、読破!
一日分の日記形式で、3つのキーワードにそった3冊の本を紹介されています。中には知っている本も有りましたが、恥ずかしながら私などあまり知らない本の方が多かった。(泣)
正直な感想は・・・やっぱり俳優さんですね。
小説よりも人の考え方や物事の見方を綴ったエッセイや
外国映画俳優の書いた本や写真集が多かったような気がします。
それはそれですごく参考になりました。
こんな本もあるんだ、じゃ、次に読んでみようかなといった具合に。
ちょっと怖い感じの俳優さんという印象があり読書好きということにも驚いたのですが、紹介された本を通じて、山崎努氏の意外な素顔も見えてきました。この本のタイトルもそうです。
インド犀の角は柔らかくて武器にはならないという。
飾りのようなもので、山崎氏は犀のプライドなのだろうと思い、この犀のような暮らしをしていきたいという気持ちからつけたそうです。
山崎氏が気になる作家は故・佐野洋子さん。何回か作品も紹介され、「佐野洋子さんのエッセイはあとをひく。」と書かれていますから。
佐野さんの考えに対抗しようとは思わず、「かなわない」と締めくくられているところなど、意外に優しい方なのねと思いました。
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実感と信じられることに重きを置く読書。それに潔さ。
気負いのない文章で軽いものも重たいものも扱うが、あくまで明るい。読んでいて、声を出して笑う。
「ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに」をそのままに。
所々で語られる著者の役者観も素敵。
一節に紹介される三作品のゆるやかな繋がりと流れ。
・不在によって成立する手紙、葉書のオープン性と二重の秘匿性
・賢者に人間性が加わると信じられる
・やわらかい約束にしよう
・私は命を惜しまない
・もうろくは素晴らしいのだよ
・「佐藤さん、やってます」に対する反応
・息、どうするんだっけ?
◯次の歌には素直に感動した。
雨だから迎えに来てって言ったのに傘も差さずに裸足で来やがって 盛田志保子『木曜日』
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俳優なのに,書き言葉の輪郭が2Bの鉛筆で原稿用紙に太くしっかりと筆跡をのこしているような,そんな文章を書かれるところに惹かれて,いまリア王の公演日記も読んでいます.
考える人でもあり,感じる人でもあり,そのバランスがなんとも.お酒飲まないけど,バーのカウンターでふと隣り合わせになって,最近読んだ本の話などしてみたくなる.
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俳優 山崎努さんの読書日記的なもの。面白い人が読む本は面白い法則に従い、本の情報を得るために購読。国内外の小説や自伝、旅行記、エッセイなど、とても幅広く、読んだことのないジャンルや古い本がたくさん。書評という狙いがあるわけではなさそうだが、一冊の本を個人山崎と役者山崎の両方の視点で読んだり感じたりしているところが興味深い。タイトルは「アジアサイのツノは実は中身がフニャフニャで、アフリカサイのように武器として使うものではない。この柔らかなツノを先頭に森の中をゆっくりと歩く、そんな生き方をしたい」というところから来ている。無理をせず自然体で楽しみながら生きていこうとすると、こんな本を読むといいよという一冊がたくさん載っている。期待通り、10冊以上購入することになった。