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商品説明
明治6年、16歳のときに同郷の長野県松代の女子15名とともに官営富岡製糸場の伝習工女となった著者が、技術の習得につとめた1年数か月の日々を綴った回想記。〔中公文庫 1978年刊の再刊〕【「TRC MARC」の商品解説】
著者紹介
和田 英
- 略歴
- 〈和田英〉1857〜1929年。信州松代生まれ。官営富岡製糸場の伝習工女、長野県西条村製糸場の技術教師を経て、県営長野県製糸場の製糸教授を務めた。陸軍中尉和田盛治と結婚、家庭に入る。
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読み継がれて欲しい、明治初期の少女の成長物語
2011/06/13 17:10
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:辰巳屋カルダモン - この投稿者のレビュー一覧を見る
明治5年(1872年)産業近代化の基幹となる、官営富岡製糸場が開業した。本書は、開業翌年に製糸工女となった当時17歳(数え年)の和田英(わだえい)の回想録である。
国は各地で工女を募集したが、なり手は少なかったという。指導にあたる御雇外国人に、生血を吸われるの、油を搾られるの、と噂になったためである。風評被害の有様は、明治も今も変わらないようだ。
著者の父親は旧士族で、当時は地域の区長であった。誤解を解くために、まず自分の娘を工女にする。「お国のため、天下のため」の工女志願であった。
英は、芯が強く努力家で、仕事の飲み込みが早かった。仲間のリーダー的存在となり、製糸場側からも信頼される。こうした、いきさつや製糸場内の様子、仕事の流れや日々の暮らしが、的確な表現と美しい文章で流れるように綴られる。初めて糸繰場に入った際の感激は次の通りだ。
「私共一同は、この繰場の有様を一目見ました時の驚きはとても筆にも言葉にも尽くされません。(中略)台から柄杓、匙、朝顔二個皆真鍮、それが一点の曇りもなく金色目を射るばかり。(中略)一同は夢のごとくに思いまして、何となく恐ろしいようにも感じました。」(14頁)
維新の勝ち組、長州の工女たちが優遇されることに怒って泣いたり、御雇外国人の妻のドレスの美しさに目を見張ったり、そんな若い女性らしい感情の高ぶりさえも、英は少し距離を置いて冷静に観察し巧みな描写で表現する。聡明で賢い女性であったのだろう。
富岡で働いた誇りを胸に、英は故郷の製糸工場に移り、指導者として活躍する。幼い工女たちの指導に喜びを感じ、家族の支えに感謝を惜しまない英。その姿はたのもしく、精神的な成長が感じられて嬉しい。彼女は23歳で結婚し家庭に入るまで仕事を続けた。当時の女性としては異例のキャリアだろう。
30数年後の回想があまりに精緻で理路整然としていることに多少、違和感は感じる。しかし、賢明な彼女のことだ。輝かしい思い出を心の宝箱から取り出しては矯めつ眇めつして、記憶が古びなかったのであろう。大切な記憶はひとりの女性の生涯を支えた。
製糸工女といえば『女工哀史』や『ああ、野麦峠』の悲惨な状況が思い浮かぶ。だが、この回想録は、全く別の一面があったことを教えてくれる。歴史史料としての価値が高いのはもちろんだが、激動の明治初期、ひとりの少女の成長物語としても楽しめる貴重な記録である。今後も永く、読み継がれて欲しい一冊だ。