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商品説明
【和辻哲郎文化賞(第22回)】秋田蘭画派・小田野直武による江戸洋風画の傑作「不忍池図」には、中国美人画の文学的言説から、同時代の江戸風俗、鑑賞の遊びまで隠されていた−。近代を先取り、近代になってこそ再発見された絵画思考を甦らせる。【「TRC MARC」の商品解説】
著者紹介
今橋 理子
- 略歴
- 〈今橋理子〉1964年東京都生まれ。学習院大学大学院人文科学研究科哲学専攻博士後期課程修了。博士(哲学)。学習院女子大学国際文化交流学部教授。著書に「江戸の花鳥画」など。
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紙の本
推理小説のように読むことができる美術論、っていうのはちょっと言い過ぎじゃないでしょうか。とはいえ、たとえミステリとまではいかなくとも、この本から浮かび上がる秋田蘭画の世界は、面白いものであることは間違いありません、はい。
2009/12/26 21:33
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
もしかすると東京大学出版会の本を読むのは初めてかもしれません。ま、東大に足を踏み入れたこともありませんから、少しもおかしくはないんですが。それと今橋理子の著作を読むのも、これが初めて。ひとえに讀賣新聞の日曜版、黒岩比佐子の書評の力です。美術論で推理小説を読むような、というのは殺し文句ですね、実際。
でも、装画・装幀者についての謎はいただけません。この本のどこにもそれについての記載がありません。装画については小田野直武「不忍池図」であることは明白ですが、それでも何も書かれていないというのは不親切だなあと思います。これって東京大学出版会のキマリなんでしょうか。こんな謎は解きたくない・・・
一言断っておきますが、この本、重いです。多分、本文の紙質なんでしょう。見かけによらぬ手ごたえに手首を痛めそう。健康のため机の上に広げて読むことをお薦めします。着痩せするタイプのグラドルみたい、なんて喩えは不謹慎でしょうか、東京大学出版会様・・・。とはいえ、図版を多用する美術書には、機能とコストのバランスがとれた紙質ではあります。
で、この本の書評にはミステリー・ルールを当て嵌めます。新聞で「推理小説のよう」と言われるのですから、ネタバレ厳禁。そこで内容は出版社のHPの言葉に留めま、軽く補足する程度にします。ネットで東京大学出版会のHPを開き、「秋田蘭画の近代」で検索すると
江戸時代,日本在来の画材を使って,初めて洋画を描こうとした秋田蘭画派・小田野直武.平賀源内に洋画法を学び,『解体新書』の挿図を担当した画家は,いったい誰のために,何を意図してこの画を描いたのか――.静寂な風景画に見える一枚のなかに,中国美人画の文学的言説から,同時代の江戸風俗,鑑賞の遊びまでを見いだし,近代を先取り,近代でこそ再発見された絵画思考を甦らせる. 秋田蘭画全文献および美術館ガイドを所収.
と説明が載っています。勿論、ここで問題になっているのは小田野直武「不忍池図」(秋田県立美術館蔵、重要文化財)のことで、私も実物は見たことはありませんが、絵を見れば「ああ、あの」と肯いてしまう、美術愛好家の間ではかなり有名な作品です。ただし、1948年に発見され1967年に重文指定されたということまでは知りませんでした。
しかも作者である小田野直武は32歳の若さで謎の死を遂げているなんて。ついでに無知をさらけ出してしまえば、「蘭画(らんが)」というのは日本の伝統的な画材を使って描かれた洋画なんだそうです。私は洋画と日本画の違いは、画材にあると思っていたので、国産の岩絵の具を使っているのは日本画、油絵の具を使えば洋画、だから「日本の伝統的な画材を使って描かれた洋画」というのは自己矛盾ではないか、なんて思ったりします。
でも、それは枝葉末節。ともかく、この本、読み出したら止まらない面白さです。まず今橋の論の立て方が推理小説です。結論を頭に持ってくることはしません。各章は各々が伏線、というか部分的な解に留まります。それが全て融合して「不忍池図」の意味が解き明かされる、まさに名探の謎解きを見るようです。
しかもです、そういう意味でカラー口絵を見直すと、ああ、これも伏線だったんだ、と肯いてしまいます。本文の紙質でも述べましたが、数多くの図版が掲載されていますが、これが実にいい。知らないのは私だけかもしれませんが、秋田蘭画は勿論、中国の絵画、それも春画がじつに素晴らしい。論そっちのけで楽しんでしまいました。
円窓図もいい。しかもそれが図の意味に密接に結びついている。それについての実験結果も説得力があります。絵画作品だけではありません。不忍池周辺の地図を利用して、土地の所有者の異動を追う。正直、ここが一番分かりにくかったのですが、それでも言わんとする意味は理解出来ます。豊富な図版で説明をする、だから今橋の言いたいことがよくわかります。
それと論の発表にまつわる影の部分。なぜか、既に発表されている論があり、自分がそれを利用しているにもかかわらず一言もそれについて触れようとしない研究者についても、糾弾するわけではありませんが、今橋は悲しいこととして指摘していきます。松本清張の小説を読んでいるような気になって来ます。
基本的に今橋の「不忍池図」についての謎解きについて異論はありませんが、直武の死因についての判断には納得できないものがあります。これについては謎解きに関係ないので書いてしまいますが、今橋は直武の死にまつわる自殺説について、言い伝えばかりで文献的証拠がない、直武を徒に辱める説なので、自分は病死説をとる、といいます。
自殺が不名誉で病死ならば名誉、というのは全く理解できませんし、それは直武の生んだ作品の質やそれらの持つ美術誌的価値とは全く関係のないことではないでしょうか。むしろ、そういう言い伝え、噂が多いということを作品の価値から否定するというのは本末転倒でしょう。
直武が赦されたのが、その死の翌日とありますが、それこそ死んだからこそ赦されるという例は枚挙にいとまがありません。赦免を自殺説否定の根拠とするのは、これまた何も証明していないことになります。私が気になったのは、本論に関係ないこの直武の死因の部分と、ほんの一部ですが図版の位置とそれに言及する本文がずれているところがある、そして本自体の重さ、それだけです。
ともかく、今橋の真面目で丁寧な仕事ぶりが伝わる一冊です。最後は目次のご紹介。
カラー口絵
序 章 「不忍池図」が語るもの
第1部 「不忍池図」が無かった時代
第一章 日本近代美術史上の秋田蘭画――平福百穂『日本洋画曙光』再考
第2部 トポスと象徴――「不忍池図」とは何か
第二章 トポスとしての不忍池
第三章 池の畔にたたずむ美人
第3部 視覚の仕掛け――「円窓」試論
第四章 円窓の内
第五章 框窓と借景――文人たちの窓
終 章 知られざる前衛志向
あとがき 絶学のひと――永遠の「青春の絵画」へ
秋田蘭画を鑑賞できる主な美術館ガイド
秋田蘭画全文献
掲載図版一覧
参考文献
人名索引
作品・事項索引