紙の本
これが「現役最高のSF作家とする声もある。ことハードSFと呼ばれるタイプの作品に関しては、いまやイーガンが英語圏の第一人者といっていい。」なら、文学ってなんだ?
2009/06/01 19:58
8人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
最初の頃は当たりばかりだった奇想コレクションも、ここのところ外れが相次ぐ状態になりました。スタージョン『[ウィジェット]と[ワジェット]とボブ』あたりが分岐点だった気がします。いや、スタージョンは普通でした。でもスラディック『蒸気駆動の少年』は酷かった。期待した私が悪かったンですが、これほと面白くない小説集というのもなかった。
で、イーガンです。この本のあとがきで山岸真も書いていますが、イーガンの人気は海外だけじゃあなくて、日本でも凄いらしい。彼の作品は20世紀SFのベストにも選ばれるっていいます。ま、これはその本についているあとがきなので割り引くとしても、例えば豊崎由美・大森望『文学賞メッタ斬り!』シリーズで、あの大森が絶賛なんです。ミステリはともかくSFの読み手としては最も信頼できる人がいうんです。今、SF作家として最も面白いと。
これは期待します。期待するな、っていうほうが無理でしょう。しかもあとがきで訳者は
とくに日本でのイーガンの人気や評価は英語圏を凌ぐものがあり、〈SFマガジン〉通巻六百号記念のオールタイム・ベスト投票(二〇〇六年四月号発表)では、海外作家部門では第二位、海外短編部門で「しあわせの理由」が第一位になったのをはじめ、長篇・短篇をあわせて多くのイーガン作品が上位に名をつらねた。
とあります。ま、こちらとしては他社さんとはいえ、その上位リストを載せるくらいの親切さはあってもいいんじゃないか、なんて思いますよ。すくなくとも海外作家部門の一位と三位くらいは書くだろうって。逆に、書かないっていうことのほうに意図を感じるんです。相手が圧倒的に強い、とかね。情報の隠匿はこういうところで疑心暗鬼を生む。
カバー装画 松尾たいこ
シリーズ造本設計 阿部聡
ブック・デザイン 祖父江慎+安藤智良(コズフィッシュ)
新・口笛テスト Beyond the Whistle Test(Analog 1989.11):一度聞いたら決して忘れられない、そんな音楽を宣伝につかったら、世界は・・・
視覚 Seeing(短篇集Axiomatic 1995):体外離脱体験を描いた“世にも奇妙な物語”・・・
ユージーン Eugene(Interzone 1990.6):あたった賞金の使い道、自分たちの子供に遺伝子操作をするべきか・・・
悪魔の移住 The Demon's Passage(Eidoron 1991.Winter,No.5):オーストラリアのビルの地階でウサギから〈悪魔〉とよばれる存在の。一人称による饒舌なモノローグ・・・
散骨 Scatter My Ashes(Interzone 1988.Spring):相次いで起こる子供の行方不明事件、そして犯人からの指示で事件現場に立ち会うことになった男は・・・
銀炎 Silver Fire(Interzone 1995.12):蔓延する死に至る病気、それは高熱になった患者の体が銀色に光り輝くことから〈銀炎〉と呼ばれる。原因追求に乗り出した諸人口は・・・イーガンの科学的世界観が明確に刻まれた名作
自警団 Neighbourhood Watch(Aphelion 1986/87.Summer,No.5):他人の夢を悪夢にかえることもできる、そんな私との三ヶ月だった契約が先方の希望で延長される・・・
要塞 The Moat(Aurealis 1991.3,No.3):なぜか脅迫の標的に選ばれてしまった弁護士事務所に勤めた僕は。食事の最中に恋人が話す法医学の話に吐き気を覚えるが・・・
森の奥 The Walk Test(Asimov's 1992.12):33回も人を森の中に連れて行った銃の崇拝者、その男から逃れようとカネを持ち出したり、さまざまな努力をするが・・・
TAP Tap(Asimov's 1995.11):脳に作用してあらゆるものを言語で表現することを可能にするインプラント“TAP”。それを使用していた世界最高の詩人が謎の死を遂げた。詩人の娘から事件の究明を衣頼された私立探偵は捜査に乗り出すが
訳者あとがき 山岸真
正直、なーんにも頭に残りません。再読可能、ということだけを評価基準にすれば大傑作。でも、心に残る、ということで考えれば、屑。これが「現役最高のSF作家とする声もある。ことハードSFと呼ばれるタイプの作品に関しては、いまやイーガンが英語圏の第一人者といっていい。」なら、文学ってなんだ?って思います。
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イーガン大先生の他の作品と比べると、だいぶ普通。
ぶっとびガジェットが無いので、面白みがかなり損なわれている。
大先生にも歴史ありといったところか。
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待ちに待ったイーガンの新刊
まずサイズが大きいことにびっくり
期待が大きかっただけに
過去に出ている短編集に比べるとちょっと寂しい内容に感じた
(「奇想コレクション」として出されている事を考えるとこれで妥当なのかもしれない)
個々の作品は十分に面白い
表題作はすごい
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日本オリジナル短篇集。山岸真編纂。10篇収録。
「ユージーン」に登場する夫妻の、遺伝子操作によって子どもを作りだすことへのためらいや、「銀炎」の主人公が抱くスピリチュアリティの跋扈への危惧、表題作の主人公の、脳内インプラントに対する嫌悪感・・・あるいは、自分の子どもたちの世代はどこへ向かっているのだろうかという漠然とした不安感・・・わかるなぁという感じ。
「新・口笛テスト」「自警団」も面白かった。
――TAP and Other Stories by Greg Egan
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待望の短編集だったが、ホラー色が強く、イーガンとしては今ひとつな感が否めない。新作の長編が読みたい。
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これは読みやすいイーガン。
日本でオリジナルに編まれた短編集ですが、人間の器官や肉体、感覚にまつわるものが多く選ばれているような。宇宙の彼方にすっ飛んで行っちゃったりはしないってことですね。
以下、特に関連してそうな一覧。(※ネタバレあり)
『新・口笛テスト』・・・聴覚
『視覚』・・・視覚
『ユージーン』・・・優生学
『悪魔の移住』・・・腫瘍
『銀炎』・・・伝染病
などなど。
表題作になっている『TAP』は言葉ですかね。
しかし、私には『TAP』のヤバさは感覚的によくわからず。
言葉の意味は、時に応じて変容し、新陳代謝して行くものなので、人間の認識に対してそれほど強力な影響力を持ち得ないような気がするからでしょうか。誤読?
『新・口笛テスト』にあった、CMに使われる名曲にイラっとする気持ちと言うのはとてもよくわかるけどね・・・・。
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イーガンの作品集
86年〜95年のものを収録している。
これはとうならせてくれるものは残念ながらなかったが、イーガンの科学技術に対する価値観を見ることができる。
「銀炎」などは最近のスピリチュアルブームを思うに良い問題提起になってると思う
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「賭博というのは、一種の税金なんだ。愚かさに対する税金さ。」−『ユージーン』
哲学的な香りのする小説というのは嫌いではないのだけれど、それはともすると形容詞が道徳的と変容しかねない時もある。そうならずにギリギリ哲学的の側に留まっていられるか否かは、多分に作家がどれだけ読者を信用しているかということに関係しているように思うけれど、それとは全く逆のケースで、作家が徹底的に人間不信になってしまえば、好きなだけ勝手に哲学的になることもできるのかも知れない。時に、読者はそんな作家の狂気に惹かれてしまうこともあると思う。
そんなことをとりとめなく考えているのは、グレッグ・イーガンのこの短編集から、冷静な狂気というようなものが漂ってくるからなのだ。一つ一つの短篇を読み進めると、科学に対する相反する思いが分かち難く作家の中に存在している気配が伝わってくる。それが交じり合い狂気の香りを放つのである。あくまで、冷静なままで。
職業柄、自分は科学に対する「信仰」のようなものを一定の強さで抱いている。但し、科学に人生を全て捧げている訳でもなく、そこから有益と思われている何かを引き出して生活の糧にもしている。ある意味で、科学と技術という二つの異なる世界を行ったり来たりしているのだとも感じることがある。そこに葛藤のようなものが生じる。
科学とは、言ってみれば真理を見極めようとする営みのことである。一つの定説は常に暫定的で、括弧つきの「真理」である宿命を持つ。真に科学的であろうとすれならば、この宿命は受け入れなければならないが、それは自虐的な行いでもある。一方で、技術というのは、取り敢えずの「真理」を利用することが念頭にある営みだ。刹那的であることは否めないがそれが何かの役に立つ限り善しとする行いでるとも言える。
もちろん、技術なくしては科学の真理は、誰も見ていない森で木が倒れることのようになってしまいかねない。しかし時に技術的な営みは「真理は常に修正されうるもの」という考え方を否定しがちな側面がある。グレッグ・イーガンの短篇から漂ってくるのは、その否定と、否定がその先で引き起こすもの、という構図から漂う不穏さである。
あとがきの解説を読むまでもなく、イーガンが科学的なキャリアを持っている人であることは疑いようもなく伝わってくる。イーガンは数学を専攻した人のようであるが、数学とは科学の「真」に対して「美」を求めるものであり、技術の「善」と併せて、究極のことがらに対する三つの側面を補完し合うものでもある。これら三つは補完し合うものでありながら対立する世界を構築する。そのあちら側とこちら側を行き来することは、信仰の転向を迫るようなの葛藤を引き起こす。イーガンの作品には、その苦しみを、作家が時に投げ出したくなる気持ちが存在することが感じられる。その時、信仰を守り切れないという自虐的な気分もない交ぜとなって、作品に狂気が忍び込む。中々に、味わい深い作品であると思うのである。
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ぼくはSF読みではないのだが、グレッグ・イーガンだけは読んでしまう。
SFを<思弁小説>とする定義もあるのだが、まさにそれ。
あたまがグラグラする、奇想天外な世界が極めて論理的に組み立てられている。
表題作の<完璧な言語>という発想を、<不十分な>言語でかたる、という行為の美しさに感動し、「新・口笛テスト」の<醜悪だが、いちど聞いたら耳から離れない音楽>という発想には戦慄した。
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久しぶりに読んだSFは
いわば難解系のやつだぁ。
結構海外作品には
この手の難解系は多いです。
ワトスンやディッシュの作品にねぇ。
ただし、作品には一部
ホラーやファンタジーの作品がまぎれていて
そんなに難しくは無い作品もまぎれているのも
確かです。
「森の奥」とかはそんな作品の典例です。
最後に思わぬことが起きて…
個人的に一番面白かった作品は
やはり「銀炎」でしょうか。
この作品はいわゆるパニック小説です。
そう、未知の病原体により
人が死に行く世界。
最後の真相はある意味狂気すら感じます。
表題作も
なかなか面白い世界だけれども
この作品には遠く及ばないです。
何で海外作品って
わざと難しくするんだろ?
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日本オリジナルの短篇集。
長篇しか読んだ事がなかったので、
色々な作品に触れられるお得感が。
ちょっと今までのイメージと違う感じの、
ホラーっぽいお話もチラホラ。
話が短い分、イーガンなのに読みやすい(笑)。
いくつかのいつものイーガンの長篇を読んだ後にオススメ?
初イーガンで読む作品集ではないと思う。
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近所の本屋で、返本されそうなのを買おう、みたいな気分のときに手に取った河出新社の奇想コレクション。コズフィッシュ装幀というのも購入ポイント。グレッグ・イーガンは攻殻機動隊みたいなバリバリの本格SF作家らしいけど読んだことがなくて、この本は全体にSF色薄めで、「あれ?」という感じだった。ほんのり怖くて気味が悪い短編集。あんまり深く考えずに、寝る前に1編ずつ読んだ。なんだかわけのわからないものに遭遇してしまったモヤモヤ感を味わってベッドに入る。最初の「新・口笛テスト」が皮肉たっぷりで好き。最後の「TAP」もインプラントをめぐるミステリ調で面白かった。
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脳に作用してあらゆるものを言語で表現することを可能にするインプラント“TAP”。それを使用していた世界最高の詩人が謎の死を遂げた。詩人の娘から事件の究明を衣頼された私立探偵は捜査に乗り出すが…表題作「TAP」、体外離脱体験を描いた“世にも奇妙な物語”「視覚」、一人称による饒舌な語りの異色作「悪魔の移住」、ホラー作「散骨」、イーガンの科学的世界観が明確に刻まれた名作「銀炎」ほか、すべて本邦初訳で贈る全10篇を収録。
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リサーチをしたわけではありませんが、おそらく科学者という人びとは、けっこうSFがすきなんじゃないかという気がします。空想科学小説などと訳されたりするくらいなので、キホン、出鱈目です。嘘八百です。でも科学って、「まさか」に近い「もしも」を追求して進歩してきたんじゃないでしょうか。
だからこそ、というべきか、科学者がニセ科学を強く批判するのは、科学を装ったものが科学の名を借りて、人びとを不幸にするのが許せないからでしょう。ニセ科学は科学だけでなく、空想という夢をも破る行為です。イーガンも数学理学士号をもってるそうですから、さぞかしニセ科学がお嫌いなのであろうと推察します。
イーガンぽい作品、そうでない作品、いろいろありの短編集。
科学と科学でないもののあいだにはグレーゾーンがありますが、そこらあたりのくすぐりもうまい。出鱈目万歳。
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イーガン短編集。10篇が収録されている。バイオ系の題材が多く、SFというよりはモダンホラーチック。例によって理系的というか、冒頭の新・口笛テストにも見られるように、「頭から離れなくなるようなメロディー」についても、普通の作家であればそれだけで終わるところが、なぜ、頭から離れないかという理由を脳の解剖を出して説明してくるところが心地よい。この辺が、くどいと感じる人には向かない作家。短編という制約もあるのか、すっきりせずに余韻を残すような終わり方が多いのも悪くない。