アフガンの男 上

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投稿者：塩津計　-　この投稿者のレビュー一覧を見る

マイク・マーティンって、誰かと思ったら、あの『神の拳』で英国特殊部隊SASのエースとしてイラクに潜入して、今は亡きサダム・フセインが建設していたスーパーガンのありかを突き止めて爆破した、あのマイク・マーティンじゃあーりませんか。そのマイクも今やすっかり老けかえって、定年後をにらんで英国の田舎に一戸建てを購入して静かな余生を過ごそうとまるで「サライ」そのまんまみたいな人生設計を描いていたら、ＳＡＳ本部から急きょ呼び出し。またぞろ湾岸地域に派遣されるんだからたまったもんじゃありませんぜ、特殊部隊は。でもさ、このマイク。この手のアクションサスペンスの主人公にするにはイマイチ地味なんだよね。なというのかな、ゴルゴ１３に鍛えられた日本人読者の目には、マイクはフツーの軍人さんなんだな。

むしろこの本の価値をかろうじて維持しているのは、マイクの相方の「アフガン」の彼氏だな。「彼」の人物設定が、妙にリアルなんですよ。「彼」は、文字もろくに読めない貧しい貧しいアフガニスタンの羊飼い。その彼が、年頃になって、同じアフガンの娘さんと運命的な出会いをして、岩山の洞窟に小さな小さな家庭を築く。子供もできた。このささやかな幸せが、ある日、突然失われてしまう。若い女を見ると、その瞬間ズボンのチャックを下すことで有名だったドスケベ大統領のクリントンが人気取りのために発射した一発の巡航ミサイルが、「彼」が家庭を構える岩山に命中して岩山は崩壊。彼の妻、子どもはもちろん「彼」が見知った村人全部が崩れた岩山のがれきの下敷きになって全員死亡。何も知らない彼は羊の放牧から村へ帰り着き、突如自分が文字通り天涯孤独の身になっていることを知るのだった。さおして彼は、彼の妻と子供を奪った犯人は「亜米利加」という国であることを知らされ、その時から「彼」は「亜米利加」に対する復讐の鬼と化す。とまあ、こんな話なんですな。有り得るよねえ。で、あとは読んでのお楽しみ。

それにしても、どうもフォーサイスの最近の作は、オデッサファイルとか、ジャッカルの日に比べ、「深み」に欠ける気がするんですが。

5人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者：みーちゃん　-　この投稿者のレビュー一覧を見る

自分でも思うんですね、今更フォーサイスでもないよな、って。それとアフガン、アルカイダでしょ、無論、イスラム教徒が関与するテロは世界中で頻発し、むしろ混迷の度合いは9.11当時どころではないのですが、それでも「またかよ」って思います。こういう態度は、一部の識者からは「世界をみていない」と言われるんですが、こればっかりは仕方がない。

日本政府とマスコミによってダラダラ流しつづけられる北朝鮮の拉致問題に対する批難や、アメリカ政府の一方的イスラム批判が、かえって問題点を急速に風化させてることに気付かないのでしょうか。そういう現象は、映画は勿論、小説世界でも起きています。もしこれがフォーサイスの手になるものでなければ、多分、見向きもされなかった本、といっていいかもしれません。

ちなみに、上巻はタイトルが銀文字、下巻は金。それと白抜きの「上」「下」「フォーサイス」の字が円形の周辺がぼやけた地の上に乗っていますが、その地色が各々青、赤と。本の内容は帯以外にカバーには折り返しも含めて書いてありません。装画の西口司郎、装丁の高柳雅人（角川書店装丁室）二人の仕事は、いかにも「らしいもの」すが、以上でも以下でもありません。

それと、思い出さなくてもこの話を楽しむのに影響しないんですが、この本の主人公は1994年に邦訳が出版されたフォーサイス『神の拳』でも活躍しています。なにせ15年近く前の本なので私も、真山　仁の解説を読むまでは忘れていましたが、そうなんだそうです。そっちはイラク、今回はアフガンですから場所も時間も違うんですが、イスラムという共通項はあります。文庫が入手可能なので、続けて読んだほうが一層面白いかもしれません。

それと、この15年近い期間の中でフォーサイスのイスラム原理主義についての考え方が整理されたのでしょう、それをテリー・マーティンに授業の中で語らせています。少なくともリベラルを自認する人は、その考えを支持するような穏健なものですが、それはあくまで非イスラムの側の話で、当の原理主義者たちは絶対に認めないとは思います。そういったことも考えさせてくれます。

内容については出版社のHPから引用させてもらいましょう。まずは上巻

混迷の現代社会に警鐘を鳴らす、超一級のエンタテインメント！
９．１１は終わりではなく、始まりだった――
アルカイダの次なるテロ計画を阻止するため、褐色の元ＳＡＳ将校は独り、敵地へ潜入する。

二〇〇六年。アルカイダ幹部が逮捕劇のさなかに死亡し、残されたパソコンからテロ計画書が発見される。コーランの中で特別な意味を持つ「アル‐イスラ」と名付けられたこの計画は、とてつもなく大規模で、世界を恐怖に陥らせるものであることは間違いない。が、米英諜報部がどれほど手を尽くしても詳細は分からなかった。そこで、一人の男に白羽の矢が立つ。マイク・マーティン――かつて湾岸戦争の際にバクダッドへ潜入し、サダム政権内部のスパイと接触するという任務を成功させた元ＳＡＳ将校が、いま再びアラブ世界へ送り込まれることになる。今回取られたのは“替え玉作戦”。マイクは、現在はアメリカで収容中のタリバン戦士、イズマート・ハーンに成り代わり、強固に閉ざされた組織・アルカイダへと深く潜入する……。

次は下巻

自分の死にざまを選ぶことは出来るのか

円熟のフォーサイスが放つ、軍事スリラーの金字塔！
人間には、死を覚悟してでも、信じる道を行かねばならない瞬間がある……世界を救った一人の英雄の物語。
「我々はつい、今起きている事象だけに目を奪われがちだ。しかし、民族闘争や国家間の対立の根深さは、上滑りの浅い認識では到底理解できない。だからこそフォーサイスは、本作を勧善懲悪ではなく、イスラム系の人々の想いにまで踏みこんだ物語にしたのではないだろうか。
　それにしても、なぜ、今『アフガンの男』だったのか。返ってきた答えは至って単純明快だった。
『９．１１は、終わりではなく、始まりだったからです。それは、彼らの思考や感情を理解すれば、分かるはずです。従って我々が考えるべきなのは、次に何が起こるのかということです』
　その答えの一つが、本作なのだ」――真山　仁「解説」より

以上です。これで十分だと思いますので、登場人物についてだけ少し補足しておきます。主要な人間は三人だけなので、話も理解しやすいです。

マイク・マーティン： 44歳になるイギリス人。主人公です。母方の祖父がインド人の娘と結婚したせいでマイクはアラブ人と言っても通る容貌。弟とともにアングロ・イラク・スクールに入学していますが、弟は白人らしい容貌です。軍歴は空挺部隊と特殊部隊。昨年、25年の軍務を終え引退して、現在はメオンストークの町の近くにある納屋を改造している最中です。

1990年にイラクに潜入、フセインの庭師として情報を探った経歴があります。この話が『神の拳』です。根っからの特殊部隊隊員で、家庭より軍務を優先させたため、離婚をしています。幸いなことに、というか残念なことに、というか二人の間に子供はいません。弟テリーとの仲はとてもいいです。

テリー・マーティン：マイクの弟で、イギリス人。コーランの研究で抜群の成績を収め、その結果、ロンドン大学アジア・アフリカ学部の准教授となりましたが、そこで昇進はストップしています。ワシントンDCにあるジョージタウン大学の客員教授でもあり、そこでの迂闊な一言が兄を窮地に陥れます。1965年生まれとありますから41歳。ゲイで、兄を尊敬していることになっていますが、己の発言についてもっと反省があってしかるべきでしょう。

イズマート・ハーン：アフガン人で元タリバンの兵士。年齢は書かれていませんが、話の流れからは30代でしょう。5年前に捕らえられてからずっとアメリカのグアンタナモで独房に閉じ込められています。厳しい尋問にも耐え、黙秘を続ける強靭な精神の持ち主で、マイクと、ずっと以前、一緒にトラボラで侵攻してきたソ連軍と戦ったことがあります。マイクが替え玉になろうとする相手で、マイクには二度命を助けられています。

最後に各巻の構成を書いておきます。

上巻

第一部　赤えい（なんでこんな漢字が変換できない？）
第二部　戦士
第三部　金梃

下巻

第四部　旅路
エピローグ
　解説　どう生き、どう死ぬのか　真山　仁

です。