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遠野物語と怪談の時代
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Living Yellow/おやすみなさい、のそのまえに。
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百物語、という言葉を知ったのは子どもの頃、それこそ、学級文庫にあった古ぼけた『なぞ』か『ふしぎ』シリーズであっただろうか。石原豪人画伯風の筆致の挿絵入りのその読み物によると、確か、それは江戸時代の人々のお楽しみ。夜、蝋燭のか細い明かりの元に人々が集い、順々に自分たちのとっておきの「怖い話」を披露していくのである。そして百番目の話にいたると、頼りの蝋燭も消え、実はその話が…。 いわゆる都市における娯楽としての怪談、である。昔話とも伝説とも微妙に違う。ザ・クロマニヨンズも常連、椎名林檎さんも忌野清志郎氏も何度もステージを盛り上げた、北海道、石狩湾で開催されているの夏の古参ロックフェス、ライジング…
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イビクス
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Living Yellow/うんとこしょ、どっこいしょ。
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本作品の原作者と目される、アレクセイ・ニコラエヴィッチ・トルストイ氏。あのロシア民話を元にした絵本『おおきなかぶ』(現在の福音館書店版)をも1936年(ジョージ・オーウェル氏の『1984』を語るときには外せない、スターリン体制による大粛清、モスクワ裁判、と同年、である)という時期に再話している。ロシア初の本格SF傑作映画『アエリータ』(1924)の原作、大作『苦悩の中を行く』(1922-1941、戦前に邦訳されている)などを執筆、1943年にはスターリン賞までをも受賞し、旧ソ連邦「公認作家」として1945年2月、没。 しかしその前身は。ニ月革命に歓喜し、共産党による十月革命に失望してオデッサ…
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なぎら健壱の東京自転車
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Living Yellow/神田川。両津勘吉巡査長銅像。荒川線。
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当方、実は、本書ではじめてポタリング(自転車の散歩)という言葉を知った。ニッポン放送のスタジオから房総までを「なめろう」のために疾走した、あの伊集院光氏の自転車、とは雰囲気がかすかに違うかもしれない。 なぎら健壱氏。1970年の第2回中津川(岐阜)全日本フォークジャンボリーで『怪盗ゴールデンバット』でフォーク界に「大」デビュー。(ちなみに、その翌年、1971年の第3回ジャンボリーはあの吉田拓郎氏の『人間なんて』、遠藤賢司氏『カレーライス』、はっぴいえんど『春よ来い』などの名演の連発で伝説的でさえある。そのCD音源でなぎら氏は、これも名曲『一円玉』を飄々と歌いあげている) それから幾星霜。本書…
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マックス・フライシャー アニメーションの天才的変革者
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Living Yellow/ププッピドゥ。
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この文字通り言葉にできない、不思議なフレーズで締めくくられる名曲、"I Wanna be Loved by You"、を聞いたのは、友人の四畳半のCDラジカセで、マリリン・モンローさんのベスト盤を聞いた時だったろうか。あるいはマヨネーズのTVCMか。最後に聞いたのは椎名林檎さんの演奏だったか。この「ププッピドゥ」という一節の育ての親こそ、本書表紙に描かれた非実在女性にして、筒井康隆先生もその評伝を記された(『ベティ・ブープ伝』(中公文庫))ベティさんこと、 ベティ・ブープである。 そのベティさんを世に生み出し、新聞マンガのヒーロー、ポパイを動かし、ほうれん草缶詰を手に取ら…
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秋葉原は今
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Living Yellow/冷蔵庫を買いに。
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数十年前、上京してまもなく。秋葉原に冷蔵庫を買いに行った。3000円値切って、意気揚々と、四畳半に引き上げた。当時、既に存在していたはずの、近所の家電量販店に行けばよかったようにも思える。値切った分など、その日の内に、これもはじめてのアメ横でフレッド・ペリーもどき、安物の黒いポロシャツと、焼き魚定食か何かに化けてしまったはずである。でも、せっかくの高額家電だから、秋葉原へ、と思ったのだろう。今にして思えば、決して口にはしなかったものの、同じ論理で自分自身が上京してきたような気さえするのだ。せっかく大学にいくんだから、東京へ、と。 そして前世紀末。また、必要に迫られたような気がして、ノートパソ…
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磯崎新の建築・美術をめぐる10の事件簿
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Living Yellow/夢の土台。
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通りすがりの道ばたに、ぽっかりと空白ができている。まだそこにあった豆腐屋の面影は思い浮かぶ。だが、果たして。いつか、誰かを連れて、同じ道を通るときに、その面影は訪れてくれるだろうか。 木と紙でできている、とかつて表現された国の、町はずれのこんな情景と、本書が扱う、15世紀から20世紀末にいたる、施主に、法王から統領までもが名を連ねる壮麗な石、から鉄・コンクリート、硝子に至る壮麗なイタリアの建築群とは比べるべくもないのかもしれない。しかし、本書の論が15世紀からはじめられているのは、ルネッサンスが近代建築の端緒となったという立場を肯定・否定するにせよ、その「復活」が大前提となっていることを示す…
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医学と芸術
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Living Yellow/皮の下、皮の上。
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昼食に熱々のうどんを食べて。口の中を軽く、やけどした。しかし、いま、舌でそのあたりを探ってみると、何の痕跡も感じられない。たぶん、もう、細胞ごと入れかわっているのだろう。もしかすると舌の方もまた。 現在、森美術館で開催中(2010年2月28日まで)の展覧会、その図録の発展形とも呼びうる本書。出不精の当方を見かねた、長年の知己に貸していただいた。『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)の福岡伸一氏、『詳注版シャーロック・ホームズ全集』(ちくま文庫)の高山宏氏の興味深い論考、そして、アンディ・ウォーホール氏の「描いた」シルクスクリーン作品「心臓」(Heart,1979)からルーク・ジェラムの「…
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近代スポーツのミッションは終わったか
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Living Yellow/昭和の昔、中古レコード屋で。
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「メシ食うな! INU」とタイトルが大書された、そのジャケットから投げかけられる、とびきり強い視線。それは町田町蔵氏。現在の芥川賞作家、町田康氏の若き日の姿だった。数年後。中古レコード屋など一軒もない小さな町で、開いた『宝島』の情報欄に。「町田町蔵と人民オリンピック」を見いだし。人民オリンピック。その言葉は不思議と記憶に残った。長じて、その言葉が。スペイン内戦前夜、1936年。ナチス・ドイツの仕切った、ラジオ中継、TV放送、聖火リレー、そしてレニ・リーフェンシュタール監督の「傑作」記録映画、『民族の祭典』メディアなどのからみで観れば、現代オリンピックの原型とも呼びうる、ベルリン・オリンピック…
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違和感のイタリア
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Living Yellow/タバスコのあった喫茶店。ティラミスのあったカフェバー。
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パスタ、という言葉を初めて聞いたのは、いつの頃だろう。気が付くと、スパゲッティという単語自体を耳にすることが、めっきり減っている。だが、スパゲッティも、無論パスタも立派なイタリア語だ。 日本における、イタリアへのイメージは80年代バブル経済以前・以後で大きく変わった。イタメシ、オペラ、アルマーニ、フェラーリ。とはいえ、現実のイタリアについて、日本で、具体的な言葉をどれほど、見つけることができるだろうか。本書はイタリアの歴史、政治、経済、産業、教育、文化、マフィア。現地を旅しても得られない、長期間の定点観測から、ならではの「人文学的」視座から構成された、読みやすく、凝縮された文体で綴られた貴重…
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密やかな教育
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Living Yellow/修学旅行、臨海学校。
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昔、子どもたちは、機会を見つけては、いろんなところに、自分の好きな雑誌やマンガをどかんと持ち込んで、自己主張を計ったものだ。ある修学旅行の時など、誰かが、十数冊の『ムー』(学研)を新幹線車中で、回し読みの輪に乗せる事に成功し、一車両まるごと、非常に不気味きわまりないムードに包み込まれて、数時間が過ぎていったこともあった。 『風と木の詩』(竹宮恵子先生)を知ったのもそんなノリの中だった。雨が降って、暇を持てあましていた臨海学校、だったか。当方が『マカロニほうれん荘』(鴨川つばめ先生)あたりを回し読みしていると、のぞき見ながら、「こっちの方が面白いよぉ。Hだけど」とか、話しかけてきた、同級生女子…
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COCOはとびきりかわったコ
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Living Yellow/俺服。
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はじめて、親のお仕着せの服が厭で、ブランド名を口にしたのはいつのことだろう。 アディタスが先か、リーバイスだったのか。 この国では、自分で服を選ぶ能力はもはや、小学生低学年にも要求されるスキルである。なかなか、「五郎」みたいに力ずくで「北の国・富良野」にでも、連れ去らねば、そんな論理に抗するのは難しい。おそらく、『北の国から』をCM入りで、観ている時点で、そこから逃れる術は、ない。 でも、そんなこといっていたら、サンタはお年玉前に煙突から逃げ出さねばならなくなる。大概の家にはサンタが入る煙突はあるが、出て行く煙突は装備されていないようである。 困った。そんな時。 この絵本を押しつけよう。どん…
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バツイチ30ans
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Living Yellow/「迷子になった覚えはない。」
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そんな「ゆらゆら帝国で考え中」(ゆらゆら帝国)の一フレーズ。かつて、「年金ゾンビ」などの名作コントを毎週量産していた頃の、フジTV、『はねるのトびら』DVD版のテーマソングであった。表紙を飾るヒロイン、佐々のこの口もとに似合う、吹き出しとして想像してみた。 『聖☆高校生』の再開が待ち遠しい、小池田マヤ先生。その名を知ったのは、『エデンの東北』(深谷かほる先生・現在も連載中)、『幕張サボテンキャンパス』(みずしな孝之先生)、『サカモト』(山科けいすけ先生)、『ヒゲのOL藪内笹子』(しりあがり寿先生)など、今からは信じられないほどの豪華連載陣を擁していた90年代後期『まんがくらぶ』誌上(本誌・…
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貧困という監獄
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Living Yellow/失われる人々。
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刑務所といっても。石井輝男監督の『網走番外地』シリーズ、ジャック・ベッケル監督の『穴』、スティーブン・キング原作の『ショーシャンクの空に』などなど、映画では親しんできたが、体験はしないで済んできた。 しかし、子どもの頃、ニュースで禁固、懲役と耳にするたびに。どう違うのかが分からず、親に聞くのも憚られた。そして上記の映画でも。その辺は分からない。 つまり、映画・ドラマで描かれる現代の刑務所では(一部の映画、例えば松方弘樹氏・若山富三郎氏主演の、山下耕作監督の秀作『強盗殺人放火囚』(1975年)などを例外として)、教育・訓練風景は描かれることはあっても、懲役=刑務所内の労働は余り描かれてこなかっ…
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ゼロ年代の想像力
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Living Yellow/現場、会議室、給湯室。
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会社生活の中で、重要かつ難儀なものが、会議、とくに「全体会議」であろう。議決権を有していない立場、大概二十代半ばまでは、「意見」を「述べて」を「積極性」をアピールするくらいしか、許されるものではない。「決断」はそのあと、「上の者」が下す。 そんな材料のために、キーボードを叩き、グラフを叩き出す。 「会議室」と「現場」の両方に送るために。 数多くの小説、アニメ、ゲーム、TVドラマをテーマに、小泉政権以降の「ゼロ年代」における、決断主義:選択肢を拒否して引きこもることもまた決断=拙い選択肢の一つでしかないということ:との対峙・受容・共存あるいは超克を語る本書には。その一方で。 類書にない、素材…
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おまえが若者を語るな!
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Living Yellow/往相と還相。
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かつて、『最後の親鸞』(吉本隆明著)でこの用語に触れたとき、目の前がぱぁっと拓けたように感じた。「悪人正機説」のもやもやしたところがすっきりわかった、かのような錯覚に陥ったのだ。 当時の自分なりの理解はこうだった。 「さんざん悪いことをする。 あるいは逆に世俗からどんどん離れて修行に向かう」=往相。 「そして、反省して信仰に向かう。 あるいは、そして、逆に世俗にまみれまくった生活に戻る」=還相。 手元にあの本もないし、ゆがんだ読解だと、恥じ入ってしまうが。 本書の「世代論」の「旗手」たちの論理への、本書の著者の違和感、はっきり言ってしまえば怒りは本質的に正しいのだろう。そして、当方は共…
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神殿か獄舎か
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Living Yellow/施主と住人。
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賃貸とかREITなど、「所有」のありかを言い出せば切りがないのだが、「神殿」と「獄舎」には「住まい」として、一つの共通性があるのではなかろうか。 共にその「住人」は、その「住み心地」を評価できない。 評価することを完全に禁じる者、完全に禁じられた者。そして双方ともにその「うわもの」の「施主」は「国」である。 1960年代末~70年代初め、現都庁の設計者、丹下健三氏、最晩年そこに住まうことを欲した黒川紀章氏、若き日の磯崎新氏(その後、建築に於けるポストモダン論の中心)が活躍していた「高度成長末期」の日本。建築を巡る論議も、当時の論壇とリンクして、今では信じられない熱気を帯びていたようである。 …
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らも咄
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Living Yellow/ぶっといどんぶり。
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吉本興業系一色で語られがちな、関西の「お笑い」ではあるが。かつては松竹芸能、米朝事務所、小劇場、大阪芸術大学(「あの」アニメの「アダム」は、ここで生まれたといっても過言ではない。)、京都産業大学(笑福亭鶴瓶師をはじめとする濃い面々!)、京都大学(生瀬勝久、辰巳琢郎を輩出した劇団「そとばこまち」の拠点であった)などの流れ、民放各局(NHKの『家族に乾杯』の源流は80年代初頭のMBS(TBS系)の『夜はクネクネ』と言えよう)、かつてのプレイガイドジャーナル(情報誌:いしいひさいち氏の初期作品『バイトくん』の版元でもあった。)、などなど、さまざまな面々がひしめき合っていた。 前述『夜はクネクネ』と…
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瞼の母
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Living Yellow/な。な。(歩く)(本書p.97、『沓掛時次郎』大詰より)
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壊れかけた空調のパイプを眺めながら、「オールレーズン」を買い求め、セブンスターを一服。紙コップのコーヒーに冷たい手を温めて、錦之助さんやら、健さんの低いつぶやき、時には悠長なイタリア語が、漏れ聞こえてくる、重い扉を開ける。 そんな名画座巡りの中で、中村(萬屋)錦之助氏主演、渥美清氏の特筆すべき名脇役ぶりで知られる加藤泰監督の『沓掛時次郎』に出会ったのはもう前世紀。 伝え聞くところによると、加藤泰監督の諸作品を最初期に評価したのは、若き日の水野晴郎氏であったという。引き揚げ経験を持つ、彼にとっての『シベリア超特急』=満鉄あじあ号。結果はともかく、やはり余人には知り得ない、真摯な思いから出発して…
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セメント樽の中の手紙
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Living Yellow/篦棒奴!(本書p.8)
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べらぼうめ。と、ふりがなを振られたこの文字に接し、しばらく、本書を手元から遠ざけたくなった。読みやすく、力強い表現。奇抜なアイディア。しかし、言葉本来の意味で「すさまじ」い世界が広がる。 短編小説の傑作として、国語教科書にも取り上げられている、本書収録の『セメント樽の中の手紙』の一節である。 立ち読みができる書店であれば、まずこの。1925年に執筆されたわずか六ページの作品をお読み頂いてから、本書のご購入を検討いただきたい。 『蟹工船』は当分読まない。きっとある感銘を受けることは予想できるのだが。 高橋葉介先生の傑作『腸詰工場の少女』、夢野久作の『瓶詰の地獄』などのページが、ふと、浮かび上…
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小林賢太郎戯曲集
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Living Yellow/菜の花畑に、入り日薄れ。
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とまでは、メロディーとともに思い出せるのだが、そこから先がいつもハミングになってしまうのだ。『執念の刑事』で業田良家先生は、「シューネン合唱団」に、何気なくにこの『朧月夜』を歌わせていたように記憶している。(聞いた犯罪者がしんみりして、「やる気」をなくす、という設定) ある年代を境に、いわゆる「唱歌」というものとの距離、意識は大きく異なるだろう。 本書p157、コント「私の言葉が見えますか」で「歌われ」た『朧月夜』は、2000年5月初演当時、ラーメンズ第6回公演の場で、どんな雰囲気を醸し出したのだろうか。 当時も今もチケットが入手至難なことで知られる、ラーメンズ。 行間をただ、読み込むのみ…
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思想としての近代経済学
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Living Yellow/「起きて半畳、寝て一畳」
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ここまではおぼろげに覚えていたが。後に続くのが「天下取っても二合半」というのは、先ほど検索してみて知った。言い出しっぺとしては。信長説、秀吉説、色々あるようだが、ぐっと下って、夏目漱石の門下生という説もあった。 二合半というのは、おそらく米。あるいは酒。しかし、面積で言うとこの後段でスケールが違ってくる。毎日それだけの米を供するために、どれだけの面積の田、労力が必要なことか。米、二合半。ここで、問題は乗数の世界に入ってしまうのだ。 生活する人間が占める土地の面積、人間が食べていくために必要な耕地の面積。人数。 開拓期のアメリカでは、事実上(入植者側にとってのみ)「土地」は無限であり、人間(入…
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外国語上達法
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Living Yellow/本当に幼いころに。
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出会った、同年輩の子どもに、「僕英語知ってるよ。A、B、C」とわめきたてたのが、今にして思えば、最初の「現場」での外国語体験だったのだろうか。今にして思えば、英語圏出身者かどうかも判らない、その子は目をパチクリして戸惑っていたような気がする。やはり、日本語で「こんにちは」とか話しかけた方がよかったのだろう。いきなり、「アイウエオ」と目の前で唱えられても、こっちも困る。 小学校等での早期英語教育の導入が本決まりになったようである。 TVなどで垣間見る、「英語であそぶ」子ども達はみな元気そうで。「R」と「L」の発音のためにだけでも、この試みは意味があるように思える。 しかし、一抹の不安がよぎる。…
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フランス映画の社会史
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Living Yellow/岸田今日子さん演じる「ボス」から「仕事よ」と。
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最初に言われたのは誰だろうか。『傷だらけの天使』(深作欣二監督等が携わった、70年代TVドラマの傑作)のショーケン(萩原健一)氏だろうか。岸田森氏だろうか。 最後に言われたのは。同じくTVドラマ『セクシーボイスアンドロボ』(原作黒田硫黄氏・脚本木皿泉氏)のロボ(松山ケンイチ)氏なのだろうか。 30年以上「彼女」は正義とも悪ともつかぬ命令を発し続けた。 安易に「世代を超えて」と言ってしまうのはまずかろう。 「彼女」が発した命令において、「彼ら」:「坊や」たちは、ことごとく失敗し続けた。だから、彼女はずっとそこに「いた」のだ。何も変わっていない。「ねえ」と、彼女がムーミンに歌いかけたように、彼…
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良い円高悪い円高
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Living Yellow/十四年前のポケット。
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国際金融関係に勤務する人々は、ポケットサイズの、今から思えば原始的な端末を自宅に持ち込んで、海外市況をフォローしていたらしい。そんな時期、その一人が、本書をしきりに薦めてくれた記憶がある。もう十数年前の本である。著者にとっても過去の遺産かもしれない。 本書で日本の読書界にデビューしたと言える、著者、リチャード・クー氏(幼少期を日本ですごし、アメリカで教育を受け、ピアノ製造でキャリアを始めている。現在に至るまでプラモデルマニア、特に田宮模型を高く評価している)が、麻生新首相の有力なブレーンの一人であることを知って。今更ながら、繙いてみた。 奇しくも日本にとっての「失われた十年」が始まろうと…
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柳田国男入門
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Living Yellow/借りた本を返すこと。
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随分昔の話だが、古本屋にツケを溜めたことを自慢げに、話す人物に出会ったことがある。若気の至り、そういうものか、とその時は聞き流していたが。今本書を読み終えて、無性に腹が立ってきた。本好きなら、本代は溜めてはいけないし、借りた本は返さねばならぬ。溜めざるを得ない時、返し得ない時は、じっと恥じつつ溜めるのが筋である。市井の書肆や図書館へのそんな甘えが積み重なって、多くの大事なものが失われてきたのではないか。新刊書店の店頭で押し合いへしあい。マンガの立ち読みに熱中する子ども達とか。埃だらけの古本屋とか。 とはいえ、この本も借り物。大きな事は言えないが。 本書が『柳田国男の民俗学』への入門書という…
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Rozen Maiden
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Living Yellow/「不本意なのは私も同じだわ でもネジを巻かれてしまったんだもの」(本書(旧版).p.26より)
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身体が異様に凝り。知り合いの整体師さんに話を聞いてもらって、少し休んだつもりが、夜中に目を覚ます。 ふと福田首相の果てしない疲労を考える。なじみの店で眼鏡のレンズを替える。そんな人間として当たり前の行為を嬉しげにくさす、マスコミ。彼が「あなたとは違う」と言いたかったのは、そんな片言を漁ることに嬉々としている、まさに餓鬼のようなマスコミ人に対して、ではないか。 やはり。この連続辞任→「立候補祭」の混乱は、本当に言葉通りに「ぶっ壊した」、X-JAPANとオペラが大好きで、マスコミと相思相愛だった、あの方に責を帰するべきだろう。今、息子さんは加藤(茶)派なのだろうか?それとも志村派?ただ、彼は「逆…
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独身女性の性交哲学
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Living Yellow/覗き見ること。
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大昔。とある雑誌のコラムで、橋本治氏が、「少女マンガというものの本質は、少女にとってのポルノグラフィーであり。それを男がありがたがって読む、というのはどうか?」という問題提起を為されていたように、記憶している。 「男にとって女は謎」という本当に言い古された紋切型は、依然、というか、ますますもって力を有している。 その女性の「内面」をめぐるさまざまな試みが、男性の手になる文章の多くに影を落としている。その流れが女性の手になる文学的営為と無関係、とは言えない。少なくともまだ日本では数の上(紙ベースでは)、男性「専業」作家の方が多数派であろう。 「女」を覗き見る男たち。その眼差しの先には「女」…
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上方漫才入門
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Living Yellow/バッチ処理。
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と聞くと、分かっていても頭に浮かんでしまう、幼い頃に見たTVCMがある。間寛平師匠(ということは岡八郎師匠もだろうか?)出演で、「ご家庭で寛平ちゃんのバッチが手軽に作れます!」というようなコピーとともに。ざらざらと寛平師匠の顔写真入りのカンバッチが画面を埋め尽くす内容だったような。心から欲しかったのだが、心から恥ずかしくて言い出せなかった。なんという商品名だったのだろうか。気になる。 そんな「アホ気」の濃い幼少期を送ったもので、オール阪神・巨人師匠をセンターにベタベタ、コテコテの上方漫才の師匠方のにぎやかなイラストが、表紙を彩る本書にも思わず、引き寄せられた。 しかし、本書。看板に偽りない、…
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イスラーム世界研究マニュアル
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Living Yellow/放課後、病院の待合室、夕刊で。
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目に飛び込んできたのが「イラン革命」の大文字だった。なぜか新聞を偏愛する子どもだったのだが、今にして思えば、現在進行形の「革命」の報に触れたのはそれが最初だったのかもしれない。理解は当然していなかった。ただ。何かしら、畏れと不安を感じたのを覚えている。あれからずいぶん経つ。各新聞や、最近は『東洋経済』に至るまで、「イスラーム」の文字を見ない日はない。日々わからなさだけが増していた。 本書を手にとったのも、そんな苛立ちからかもしれない。分厚い。わからないことだらけだ。ざっと通読してみても余り「わかった」ことはない。しかし。「こんなにも知らないことだらけだったのか」という心地よい疲れに包まれた。…
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竜宮歳事記
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Living Yellow/海の向こうの。アイスクリームはいかが?
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中学生の頃だったろうか。とある夕方、NHK主催の新人ミュージシャンオーディション番組で、忌野清志郎氏と見まごうかのような。派手な衣装でステージを我が物顔に歩き回っていたローザ・ルクセンブルグ、どんと氏をはじめて目にしたのは。 高校生の頃だ。卒業を控えて、とあるライブスペースで彼らをはじめて生で見たのは。 とある大学の学園祭だ。ゼルダのライブ中に突然どんと氏が乱入してきたのは。 数年前、夏の図書館。大槻ケンヂ氏の連載エッセイで彼の死を認識した。 数ヶ月前、この本を近所の本屋で手にとった。 おそらくは、どんと氏、生前の活字化された文章としては最後期にあたるであろう、「どんとの沖縄宣言」(95年6…
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