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生きてるだけで、愛。
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ナカムラマサル/分かってほしい
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主人公は躁鬱症の25歳の女性。彼女が猛烈なうつ状態にいる場面から本書は始まる。同棲相手の津奈木はそっとしておいてくれるが、彼女はそれも気に食わない。 正直言って、前半は、自分はエキセントリックだと思っている著者が主人公に逆選民意識を託した、よくある手合いの話だと思っていたのだが、津奈木の元彼女の計らいで主人公がイタリアン・レストランで働き始めるあたりから引き込まれた。今までどのアルバイトも長続きしなかった彼女が、ここなら大丈夫、と思った矢先にほんのささいなことがきっかけで、その希望が脆くも崩れる。その「ささいなこと」の描き方が上手い。そう、足をすくう「ささいなこと」の存在は、自分の周りにもそ…
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温室デイズ
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ナカムラマサル/教室
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本書の主人公は中学生の中森みちると前川優子。2人は大の仲良しだ。ある日、正義感の強いみちるが「今、この学校ってやばいって思うんです」とホームルームで発言した次の日から、優子を除くクラス全員によるみちるへのいじめが始まる。どうしていいか分からない優子は教室に来るのを止め、別室登校を選ぶ。 本書は、みちるの視点で語られる章と優子の視点で語られる章が交互に表れる。片方はひどいいじめを受けながらも教室に通い続け、もう片方は親友がいじめられている姿を見ているのに耐え切れず教室から離れていく。 どちらの選択が正しいか、というのは容易に答えが出せる問題ではない。重要なのは、生徒達がそういった選択に迫られな…
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秋の森の奇跡
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ナカムラマサル/明日は我が身
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主人公、日下裕子、42歳。輸入家具店の店長を勤め、夫は中学教師、娘は小学5年生。特に不自由のない生活を送る裕子のもとに、ある日、母親と二世帯住宅で暮らす兄から母親が痴呆症になったとの連絡が入る。それに追い打ちをかけるように、パーティーの席で夫が漏らした「若いときはいろんなことがありましたよ」という言葉に、夫への不信感を募らせる。そんな裕子が救いを求めたのが、仕事を通して知り合った伊藤という男。裕子が伊藤との情事を重ねていくうちに、母の痴呆はますます進んでいく。 まず、林真理子作品らしく、テレビドラマ的面白さがあって一気に読めてしまう。ただ、扱っているテーマがテーマだけに、重い。 親の介護問題…
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少女七竈と七人の可愛そうな大人
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ナカムラマサル/母と娘
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旭川に暮らす美少女、川村七竈。彼女の母親が25歳のとき、自分を変えるためには男遊びをしなくては、と突然思い立ち、短期間に七人の男と関係を持った結果出来てしまったのが七竈だ。年中家を空けている母親を「淫乱」と呼ぶ17歳の七竈は、祖父と元警察犬のビショップと一緒に暮らしている。楽しみといえば幼馴染の雪風と鉄道模型で遊ぶことだ。そう、七竈と雪風は「鉄」(鉄道マニアのこと)なのだ。 美少女と美少年の間に横たわる出生の秘密や、母娘の確執といった、ありがちと言えばありがちなテーマをこのように捌いてみせるのは、見事の一言だ。「男たちなど滅びてしまえ。吹け、滅びの風」「男など。男など。列車たちの足元にもおよ…
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本を読むわたし
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ナカムラマサル/成長物語
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15歳の著者が、4歳から現在まで読んできた本とその本にまつわる思い出を語る読書エッセイふう読み物。 正直言うと、また若い娘の本か…とあまり期待していなかったのだが、読んでみると心に響く成長物語になっていて驚いた。それは、著者がアメリカ人と日本人のハーフであることが大きく作用しているのかもしれない。6歳まで住んでいたアメリカで見た世界と日本で暮らすようになってから感じる世界が生き生きと描かれている。個人的には、前半のアメリカでの暮らしの様子がカルチュラルスタディーズとして楽しめた。 ハーフとしていろいろな苦労もあったことと思うが、ポジティブな姿勢を崩さない著者の姿勢に勇気づけられるが、ラスト近…
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エバーグリーン
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ナカムラマサル/青春病
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ミュージシャンを目指しているシン君と、漫画家を目指しているアヤコ。高校の卒業式の日、お互い夢を叶えて10年後の今日ここで会おう、と約束をして別れる。その10年間を描いた長編小説。「もし、このまま何者にもなれなかったらどうしよう」と不安に思う田舎の若者たちの心情が、物語の序盤で綿密に描かれる。中盤は、相手の消息にそれぞれが想いを馳せると共に、「諦め」という言葉を知る辛さが描かれる。ポイントは、片方が夢をかなえて、もう片方は田舎に埋もれている点だ。 ありがちな設定ではあるが、青春の挫折の痛みを強く感じるのは、やはり豊島ミホの巧さなのだろう。夢を叶えられなかったシン君はもちろん、夢を叶えたアヤコも、…
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愚行録
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ナカムラマサル/信用できない語り手
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冒頭に、ネグレクト(養育の怠慢・拒否)で女児を死なせてしまった母親の事件記事が掲載されている。てっきりネグレクトに関する話なのかと思って読み始めると、ある一家が皆殺しにされた事件の話になり、えっ?と思う。本書は、ある有名な未解決の殺人事件をモデルにした長編小説だ。圧倒的なリーダビリティは、本書の構造に負うところが大きい。各章は、殺された夫妻の知人がインタビューに答える、という形式になっているが、実際に話を聴いているような気持ちにさせられるほどの臨場感に満ちている。面白いのは、語り手によって夫妻の人物像が全く違ったものに見えてくるところだ。さらに、この語り手たちはいわゆる“信用できない語り手”と…
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遮断
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ナカムラマサル/沖縄の傷跡
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舞台は第二次世界大戦終戦間際の沖縄本島。主人公は軍から逃亡した地元の青年。逃げている途中ではぐれた生後4ヶ月の娘を思って錯乱する幼馴染のチヨと共に赤ん坊を探すため、米軍の傘下に再び舞い戻る。戦争の悲惨さがこれでもか、と描かれた長編小説。—「正常に神経が働いていれば発狂する」—「もし生き残ってしまえば、おそらく一生苦しまねばならない」—「直撃で吹き飛んだ前任の肉攻班を羨ましく感じた」こういった思いを1人の人間に抱かせるだけでも、戦争は罪深いとつくづく思い知らされる。「戦争が続く限り未来が犠牲にされる」—このセリフは常に心に留めておきたい。 沖縄戦で日本はアメリカ相手に戦ったということになっている…
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銃とチョコレート
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ナカムラマサル/チョコレートが食べたくなる
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金持ちの家から次々と財宝を盗む怪盗ゴディバ。彼を捕まえようとしている名探偵ロイズは子供たちの憧れだ。本書の舞台は戦後間もない頃のヨーロッパの一国。「戦争でぼろもうけする」というセリフや、主人公のリンツ少年をいじめるドゥバイヨルという悪童が純潔の血をやたらと誇示するあたりから、ドイツではないかと推測されるが明示されてはいない。 亡き父のかたみである聖書に怪盗ゴディバの宝の地図らしきものが挟まっているのを見つけたリンツ少年が、探偵ロイズにそのことを知らせたことから事件に巻き込まれていく。 講談社ミステリーランドシリーズの1冊なのであくまでも子供向けではあるが、ひらがなの多さを我慢すれば大人でも十…
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配達あかずきん
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ナカムラマサル/親切な本屋さん
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駅ビルの6階にある書店で働く主人公・杏子。 彼女の周りで起きる珍騒動を描いた日常ミステリー短編集。 本書の中で起きる事件自体は大きなものではないが、本屋が舞台という設定の面白さで読ませる本だ。たとえば、冒頭から「ほしい本がみつけられなくって」「それが、タイトルも書いた人もわからないの」「でね、どういう内容かも、よくわからないのよね」と言う女性客が登場する。こういう困った客の探している本を、少ないヒントの中から杏子と同僚は鮮やかに見つけ出すのであるが、きっと似たようなことは全国の書店で日常茶飯事なのだろう。コミック「暴れん坊本屋さん」を思い出すエピソードだ。 書店で働いている人や書店を愛する人…
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刑事の墓場
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ナカムラマサル/能ある鷹は爪隠す
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主人公・雨森が動坂署に異動になるところから物語は始まる。「刑事の墓場」と呼ばれる動坂署に転任させられることは干されることだと県内の警察官たちは思っている。まず動坂署には捜査本部が一度も置かれたことがない。また、不祥事を起こしたものの表立って処分できない刑事を収容しておくための施設とも言われている。出世への野心満々だった雨森は、このような警察署があること自体信じられないし、同僚のやる気のなさにもうんざりしている。 ある日、管内で女性の殺人事件が起きた。動坂署に捜査本部が置かれることになったのだが、その目的が県警幹部による動坂署つぶしだと分かると、動坂署員たちは俄然本領を発揮しだす。 殺人事件の…
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夕子ちゃんの近道
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ナカムラマサル/愛しさとせつなさと心強さと
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主人公は、西洋アンティーク店「フラココ屋」に住み込みで働き始めた男。飄々とした店長の幹夫さん、近所に住むちょっと天然な瑞枝さん、おっかない大家さん、大家さんの孫の双子の朝子ちゃんと夕子ちゃん、相撲好きのフランス人フランソワーズなど、味のある登場人物たちと主人公の日常を描いた短編集。 日常の何気ないやりとりこそ物語なのだ、と長嶋有の小説を読むたび思う。たとえばこんな会話。—「電話で苦情がきましたよ」何度うち直しても宛先不明の返信がくるって。「駄衛門から?」店長の言い方には、どこかちょんまげの感じがあった。メールアドレスをうち間違えると宛先不明を知らせる返信があるのだが、その返信元の差出人名の欄…
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男は敵、女はもっと敵
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ナカムラマサル/ハードボイルドな女
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働く独身女の悲喜こもごもの日々を描いた連作短編集。 ヒロインは高坂藍子36歳。第一章でこの女の境遇があらかた説明される。1年前に湯川宅という冴えない40男と結婚。半年前に離婚。結婚前から付き合っていた大手広告代理店部長で妻子持ちの西村とも離婚と同時に別れた。 次の章からは、湯川の恋人や西村の前妻や藍子の仕事相手や西村が主人公になり、ちょっと惨めな彼らのちょっとした幸せが描かれている。面白いのは、高飛車で気の強い藍子が、不思議なことに彼らの目を通すと実に魅力的な女性に思えてくることだ。こういった女を書かせたら山本幸久は本当にうまい。 女が一人で生きていく悲哀を感じさせる終わり方にはハードボイル…
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ひなのころ
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ナカムラマサル/幻想的あの頃小説
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お人形と話をしていたあの頃。天井の木目が魔女に見えて怖くて仕方なかったあの頃。本書を読むと、そんなあの頃の風景が蘇ってくる。主人公の風美は、ジグソーパズルの中のシンデレラやかぐや姫とお話をしたり飾り棚に並ぶこけしたちとけんかをしたりする。そしていつもこのように感じている。「家のあちらこちらに棲まうものたちは常に風美を監視している」。本書は、風美の成長を綴った短編集だが、風美が人ならざるものと交流していたのも、寂しい思いをさせられた子供だからだ、ということが読み進めていくうちに分かってくる。病弱な弟に付きっ切りの両親。なぜか自分のことを叱ってばかりいる祖母。いつしか風美は「産んでもらい育ててもら…
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顔のない裸体たち
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ナカムラマサル/劣等感と自尊心
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中学教師の吉田希美子は、生徒が利用していて問題になっている出会い系サイトを覗いてみる。最初はあくまでも仕事としてだったのだが、次第にのめり込むようになり、市役所勤めの片原盈〈ハンドルネーム・ミッチー〉と出会う。どれほど変態的なプレイを片原に強要されても吉田〈ミッキー〉は決して抵抗しない。いずれ片原は2人の性交をビデオに収めアダルトサイトに投稿するようになる。そして、ある事件をきっかけに、片原と吉田の身元と〈ミッキー&ミッチー〉の存在までもが白日の下にさらされることになる。本書は、この事件が発覚した後のルポのような形で、片原盈と吉田希美子の足跡を丹念に追う。「女は男の性欲処理機」の偏った女性観を…
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まほろ駅前多田便利軒
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ナカムラマサル/昔の傷
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主人公は、まほろ駅前で便利屋を開業している多田という男。彼のもとに、高校時代の同級生であった行天(ぎょうてん)が転がり込むところから、この物語は始まる。この行天という男のキャラクターが際立っていて、良く言えばマイペース、悪く言えば傍若無人。伊坂幸太郎『チルドレン』の陣内のイメージに近い。 本書の舞台であるまほろ市は、東京と神奈川のちょうど境に位置する東京都南西部最大のベッドタウン(モデルは町田市か?)。南北に走る八王子線と東西に走る箱根急行の線路が駅を中心に直角に交わっているため、まほろ駅前は4つの区画に分けることができる。多田便利軒のある南東の区画は繁華街で、「駅裏」と呼ばれる南西の区画は…
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青猫家族輾転録
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ナカムラマサル/一寸先は闇
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主人公は51歳の会社社長。社長といっても、2人の社員と3人のパート社員から成る、5年前に立ち上げた小さなネット事業会社。彼が、これまで辿ってきた人生と現在進行している出来事を、30年前に39歳で無くなった叔父に向けて語りかける形式の小説だ。 タイトルからも分かるように主人公の家族の問題が話題の中心と言えるが、前の会社の同僚だった荻田の入院、同じく元同僚でかつて荻田の妻であった桃ちゃんの近況、叔父の思い出話などが交錯して、読後は深い余韻を残す。登場人物たちのその後の人生が気になって仕方ない。特に、桃ちゃんの人物造型がすばらしくて、彼女の決断を応援したい気持ちでいっぱいになる。 51歳の主人公が…
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黒い太陽
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ナカムラマサル/キャバクラ小説
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父親の入院費を稼ぐためにキャバクラのホールとして働き始めた19歳の青年が、風俗王と呼ばれる男に見いだされ、挫折し、また這い上がり風俗界で伸していく姿を描いている。552ページの分厚い本だが、一気に読めるリーダビリティに溢れている。 キャバクラの裏側が覗ける面白さに加えてキャバ嬢同士の競争や競合店との熾烈な争いと、正直に生きていれば必ず報われるという父の教えを守って生きてきた1人の青年が変貌していく過程にぐいぐい引き込まれる。 本書の舞台はキャバクラではあるが、他の業界にも通じる部分も多いのではないか。「重要なのは、働いた日数じゃない。才能だ」「キャバクラ経営で一番恐ろしいのはキャストの不満だ…
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世界の果てのビートルズ
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ナカムラマサル/北欧に対する見方が変わります
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1960年代、フィンランドに限りなく近いスェーデンの小村が本書の舞台だ。主人公はちょうど思春期を迎えたばかりの少年。エルヴィス・プレスリーのレコードを彼が初めて聴いた時の感動が微笑ましい。「これが未来だ。未来っていうのは、こういう音がするんだ」。 国境に位置する辺鄙な村に暮らすがゆえに、自らのアイデンティティについて悩まざるをえない少年の成長物語だが、ただの成長譚ではない。あまり鹿爪らしく捉えないほうがいいタイプの小説で、登場人物たちの奇人変人ぶりや、読者を煙に巻くような語り口には度肝を抜かれる。たとえば、読み始めてすぐに次のような表現が出てくる。—「ぼくらの住む地区は、地元ではフィンラン…
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ミーナの行進
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ナカムラマサル/セピア色の写真
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著者の『博士の愛した数式』と同じくらい、優しい気持ちにさせてくれる作品だ。 主人公は母と二人暮しのトモコ。1966年、トモコが小学校に入学してすぐ、父は胃癌で亡くなっている。それ以来縫製工場の勤めと洋裁の内職で家計を支えてきた母は、トモコが中学へ入学するのを前に、意を決して東京の専門学校で勉強する決心をする。そういった事情でトモコは、芦屋に住む母の姉(トモコから見たら伯母)の家に一年間預けられることになる。伯母夫婦には子供が2人いる。伯母の夫は日本人の父親とドイツ人の母親を持つハーフ。飲料水会社の社長を務める彼の豪邸にはドイツ人のおばあさんも同居している。貧 しい暮らしの少女が1人、お金持ち…
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わたしの、好きな人
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ナカムラマサル/幸せな結末
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主人公さやかは小学6年生。さやかの家は、さやかの父親と住み込み従業員の杉田の2人だけで細々とやっている小さな町工場だ。さやかの兄は、高校を卒業して半年も経つのに毎日ぶらぶらしている。 さやかの母親はさやかを生んですぐに蒸発した。その入れ替わりのように現れた杉田をさやかは慕っている。36歳の杉田に恋をする12歳のさやかの胸のときめきが微笑ましい。 そんなある日、父親が脳梗塞の発作で倒れる。兄はその日からいなくなる。一人で工場を切り盛りする杉田のそばで、父親の介護をしたり食事の支度をするさやかの姿がとても健気だ。さやかの成長ぶりには杉田でなくとも「人間は前に向かって進んでいく存在」だと気付かされ…
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終末のフール
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ナカムラマサル/伊坂版アルマゲドン
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舞台は近未来の日本。8年後に小惑星が落ちてきて地球が滅亡すると発表されてから5年が経った。その間に世の中は乱れに乱れた。 “伊坂版アルマゲドン”は殺人、放火、強盗が横行し、人間の本性があらわになった阿鼻叫喚の世界を描くのではなく、ひとしきり暴動が済んだ後の一時的な小康状態の中の市民の姿を描いている。 著者とは同年代だが、読みながら年寄りみたいな人だな、と思った。もちろん良い意味で、だ。若者に人生を示唆する役割を担った人としての。「こんなご時世大事なのは…常識とか法律はなくて…いかに愉快に生きるかだ」「あなたの今の行き方は、どれくらい生きるつもりの生き方なんですか?」「死ぬより怖いことはたくさ…
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流れ星が消えないうちに
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ナカムラマサル/新しい門出
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主人公、本山奈緒子。都内の大学に進学することがちょうど決まった頃、父に佐賀への異動命令が出され、両親と妹は佐賀へ。奈緒子だけが家に留まることになった。それ以来2年間1人で暮らしている。高校時代から付き合っていた恋人の加地は1年半前に海外の旅行先で交通事故死し、今は加地の友人でもあった巧と付き合っている。いまだに加地を亡くした傷が癒えていない奈緒子のもとに、父が家出して佐賀から単身戻ってくるところからこの物語は始まる。 恋人を失った心の傷、という話は最近食傷気味ではあるし、プラネタリウムが恋のキューピッドになるあたりはとてもロマンチックで乙女心をくすぐるだろう。コバルト文庫の延長かな、と初めは…
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誰よりも美しい妻
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ナカムラマサル/諦念と強さと悲しさと
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誰よりも美しい妻を手に入れた男。結婚して12年経っても、妻は時々ぎょっとするほと美しい。妻に不満があるわけではないのだが、男は次々と新しい恋に落ちる。そして、妻は夫の浮気性にとっくに気付いている。 このようにあらすじを書いてしまうと、よくある物語に思われてしまうかも知れないが、本書の展開には目が離せないものがある。夫の惣介や妻の園子の視点だけでなく、12歳の息子や惣介の前妻や惣介の浮気相手の視点から描かれている部分があるというのも大きいが、何と言っても、バカ丸出しの夫のキャラクター造型と妻の心理描写が巧みに描かれているからだろう。 たとえば、ヴァイオリニストである惣介のもとに学生数人がグルー…
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きいろいゾウ
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ナカムラマサル/でっかい愛
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主人公夫婦の名前は、無辜歩と妻利愛子。お互いを「ムコさん」「ツマ」と呼び合い、九州の田舎で暮らす風変わりな夫婦。この2人を取り巻く人たちもまたエキセントリックで、彼らのやりとりが本当におかしい。 一言で言ってしまえば夫婦愛がテーマの小説だが、前半と後半で受ける印象が全く違う。前半は、とにかくおかしくて賑やかな夏の風景が象徴的で、愛することの幸せを感じさせてくれるエピソードに満ちている。コーヒーの匂いや「グッナイベイビー」などの逸話は本当に巧いと思う。それに対して後半は、冬の到来とともに物語全体に静けさが溢れ、ムコとツマ2人のしばしの別離を描いている。愛するあまりに相手がいつか自分の前からいな…
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金春屋ゴメス
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ナカムラマサル/お江戸
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第17回日本ファンタジーノベル大賞受賞作の本書は、昨今の数ある小説の中でもその発想の奇抜さが抜きん出てすばらしい。 舞台は近未来の日本。北関東と東北にまたがる一万平方キロメートルたらずの「江戸国」。もとは、ある実業家が始めた老人タウンだった。30年前に独立を宣言したのだが国際的に認められず日本の属領扱い。それ以来鎖国を続けている。御府内と呼ばれる中心部は、十九世紀初頭の江戸を忠実に再現しており、人口七百万のうち百万人が生活している。 日本に住む主人公の辰次郎は、江戸の永住ビザを手に入れた幸運な日本人のうちの一人。と言っても辰次郎は裏口入国であり、江戸で生まれ5歳まですんでいた彼には重大な任務…
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砂漠の薔薇
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ナカムラマサル/お受験の病理
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1999年に発生した音羽幼稚園殺人事件をモデルとして書かれた小説。小さい子供を持つ読者には、他人事とは思えないリアリティがあるのではないか。 主人公中西のぶ子33歳。長女の美涼を国立大学付属幼稚園に合格させることに全てを捧げている。北村十和子はのぶ子の小学生以来の友人。のぶ子と違い、十和子は昔から大輪の薔薇のような女性で、現在は弁護士夫人であり、のぶ子と同じく5歳の長男と2歳の長女を持つ母である。普通のサラリーマンの夫を持つのぶ子にとってはお茶代さえもバカにならないのに、十和子が娘のこずえを若葉英才会に入れたと聞くとすぐに自分の娘も入会させ、ピアノを習わせたと聞くとすぐに同じピアノ教室に通わ…
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ほんとうに大切なこと
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ナカムラマサル/救いの手
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主人公ジェニファー23歳。母の事故死を自分のせいだと責め、裏切った父を許せず、恋人も去っていった。自殺を図った彼女が、祖母ギャビーと過ごすうちに生きる力を取り戻す物語…と言ってしまうとありがちな話に思われるかもしれないが、実に心を動かされる1冊だ。何より魅力的なのが、ギャビーのキャラクターだ。何ともバイタリティ溢れる彼女は孫娘のわがままを黙って受け止め、ユーモアを忘れない。馬糞合戦の場面や、見ず知らずの青年にジョッキーのようにおぶさって「いざ城へ!」と叫ぶところなどは、声を上げて笑ってしまうほどのおかしさがある。彼女が孫を救うことができたのも、人一倍辛い人生の中から彼女が得たものの大きさによる…
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おやすみ、こわい夢を見ないように
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ナカムラマサル/自分じゃない誰か
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「あとあじが悪い小説」と作者自ら言っているとおり、本書のテーマは「悪意」だ。日常に潜む負の感情が「誰かを殺したい」という憎しみや呪いにまで発展していく様を描いている短編集だ。 特に、現代の30代前後の女性や夫婦の抱える暗さを描くのが著者は巧い。たとえば、『このバスはどこへ』という短編で、育児休暇中の主人公の友人がいるのだが、彼女の心の闇の深さには慄然とさせられる。『スイート・チリ・ソース』という短編の、主人公夫婦の「ひどく平和的に憎みあっている」状態などは他人事とは思えない現実感がある。 「自分の皮膚を内側から食い破って、自分じゃないだれかがぬっとあらわれてきそうなのだ」という一文があるが、…
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ナイト・ガーデニング
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ナカムラマサル/花水木の下で
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脳梗塞で倒れて以来、左半身が麻痺してしまった61歳のマギー。花水木の咲き誇る季節に運命的な出会いをする。相手は、彼女の隣の家に出入りする63歳の造園家トリスタン。夜毎、月明かりの中デイトを重ねる2人の姿に、何歳になっても人は恋ができ、恋は人を元気にさせるのだと教えられる。 「『マディソン郡の橋』の雰囲気をたたえ」—帯の惹句にあるとおり正真正銘の恋愛小説だが、面白いのは、障害者マギーの目から見た彼女の周りの人物評だ。借金苦の息子やアル中の娘、特に介護士のミセス・アレンとのやりとりの描き方が巧い。 牡丹、薔薇、百合、フロックス、唐松草…。数々の草花が季節ごとに咲き乱れ、草木の生い茂る庭の描写は、…
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