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野いばら
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ろこのすけ/時を超えた愛の形が匂うように美しく、比喩は幾重にも重なった野いばらの花びらにも似て
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主人公、縣和彦(あがたかずひこ)は醸造メーカーの社員である。彼はバイオ事業部に配属され、以来企業買収の仕事につく。買収の対象は花の種苗会社。 花は工業製品である。そこで売買されるのは花という形に変わった知的財産権である。 妻と別れ、心にぽっかりと穴の開いたような主人公は種苗会社の調査中、偶然手にしたかつての英国軍人の古びた手記を手に入れる。その手記は静かな英国の田園地帯、コッツウオルズの一軒の家での出会いから得たものだ。 その手記を主人公が読むところから150年前の幕末の横浜へと一気に読者を物語の中にいざなう。 生麦事件直後の横浜で幕府の情報調査の命を受けた英国軍人と日本人女性との秘めた想い…
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チェリスト、青木十良
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ろこのすけ/シャンペンを注ぐとき泡がはじけるような爽快な音を求めた九十六歳のチェリスト
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世界的ヨット乗りでチェリストである友人から聞いてみろよと勧められたCDがある。青木十良さんのバッハ「無伴奏チェロ組曲第六番」の名録がそれだ。 青木さんは現在96歳。現役のチェリストである。八十八歳米寿記念のCDである。ジャケットには温厚そうな老紳士が微笑んでいる。そこにベンゼン核の六角形の化学記号が何かの模様のように浮き出ている。音楽CDにベンゼンの化学記号の組み合わせが不思議であるが、それが清楚な美しさを醸(かも)しだしている。 プレリュード最初の一音に息をのんだ。気品のある温かく人間味にあふれた今まで聞いたことがないようなチェロの音色だ。CDに耳をそばだてると、奏者が発する呼吸音まで入っ…
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向田邦子ふたたび
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ろこのすけ/突然あらわれてそれなのにすでに名人であった向田邦子
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向田邦子の突然の死を偲ぶ追悼の文が寄せられたものだ。 筆頭は山口瞳による「向田邦子は戦友だった」 「直木賞をとらなければ、写真集を出そうなんて物好きな出版社もなかったろうに・・・」というテレビのほうの人の談話があった。その人は、こうも言っている。「バカな死に方をして!」 私もそう思う。その通りだと思う。そう思うのだけれど「直木賞をとらなければ」という言葉には辛い思いをした。 と、いう詠嘆にも似た文からはじまっている。 向田邦子が直木賞をとるかどうかという詮衡委員会の委員であった山口瞳は芥川賞の詮衡委員である丸谷才一に、こんなことを言われた。 「詮衡委員になっていちばん辛いことは、候…
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向田邦子全集
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ろこのすけ/向田邦子が、いかに生き、いかに生きようとしてきたか、いかに人間を見てきたか、いかなる人間ぶりであったか
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「文は人なり」と言う。 文を書くということは、書き手の思考や思想、ひいては人柄までにじみでてくる。 エッセイの名人といえば向田邦子である。 本書は分厚い本である。よくこれだけの文を書いてきたものだとその分厚い全集の重さと厚さと中身に平伏するのだった。 戦中、戦後を通じて祖母、父、母、長女(邦子)、弟、妹二人の7人家族の様子はまるで昭和を代表する家族ドラマを見ているようだ。 独善的な頑固親父とそれに従順に従う母、父親の違う子供をそれぞれ二人もうけた未婚の母の過去を持つ祖母。長女として賢く気働きができた子供であった長女の邦子。弟と妹二人。 語るものは多く、その切り口は鋭い人間観察に根ざしている…
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柿の種
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ろこのすけ/日常の中の不思議を分かりやすく著した名随筆
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日常の中の不思議を分かりやすく、実にあじわいある文であらわす物理学者で随筆の名手である寺田寅彦の随筆集である。 「なるべく心のせわしくない、ゆっくりした余裕のある時に、一節ずつ間をおいて読んでもらいたい」と言う『柿の種』。 まさに著者の言うとおり、のんびり、ゆっくりと読む楽しみに満ちた随筆集である。 俳句雑誌『渋柿』に載せたものからの文が多いが、文もさりながら自画のカットが載っているのが、読者には余禄の栄である。 味わい深い随筆が続く中、大地震の混乱を予言するような文がある。 「石油ランプ」という随筆の中から、 [われわれは平生あまりに現在の脆弱な文明的設備に信頼しすぎているような気がする…
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不思議な日本語段駄羅
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ろこのすけ/言葉への感性を磨く絶好の書
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「段駄羅」(だんだら)という言葉を聴いたことがある人は少ないのではないだろうか。 「段駄羅」(だんだら)は能登(石川県)の輪島で、漆塗り職人の仕事場を中心に、かつて大流行した短詩型文芸で、言葉の二重構造を楽しむ言葉遊びのことである。 二百年近い歴史がある味わい深い文芸だが、ほとんど世に知られていない。 ではどんなものか? 「段駄羅」は形の上では俳句や川柳と同じく五七五なのだが、中の七音が二つの異なる意味を持って上の五音と下の五音につながるようになっている。 では本書の例を見てみよう。 甘党は ようかんがえて 置く碁石 (羊羹が得手) 魚売り 雨囲いして 還俗す (…
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ヤノマミ
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ろこのすけ/人も動物も、生も死もすべてが大きな空間の中で一体となっている世界
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タイトルの「ヤノマミ」とは、ブラジルとベネズエラにまたがる深い森に生きる先住民の部族の名前であり、「人間」という意味である。 1492年にコロンブスがやってくる以前、南米大陸には多くの先住民が暮らしていたが、多くの部族は「文明」側によって持ち込まれた病原菌によって絶滅した。 「ヤノマミ」は「文明」による厄災から免れた奇跡的な部族である。それはアマゾンの奥の奥、未踏のジャングルで暮らしていたため、虐殺や病原菌による絶滅から逃れることができたのだ。 著者は2007年の11月から2008年の12月にかけてドキュメンタリー番組を作るため今なお原初の暮らしを続けている「ヤノマミ」族と150日間同…
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セピア色の昭和
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ろこのすけ/酒のある茶の間の奥行きは深い
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随筆の魅力は作り物(虚構)にはない著者の体温が感じられるところだ。 本書は題名のように昭和一ケタ生まれの著者が経てきた「昭和」の出来事のエッセイ集である。その生い立ちからユニークで、実の両親と育ての両親が親戚という関係である。それゆえ、繊細に、しかし豊かに育った少女時代から話は始まる。 「幼女のお燗番」という題名だけでも興味をそそられる章は食文化研究家でもある著者の原点をおもわせる。父のあぐらの中にいる幼女は目の前の長方形に切った炉にかかっている鉄瓶にある徳利のお燗番をする。 「昭和のお父さん」の晩酌は長い。酒はぬる燗が好きという父にあうような燗の付き具合は童謡「赤い靴」「金魚」などを一曲歌…
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ぼくとチェルノブイリのこどもたちの5年間
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ろこのすけ/原発事故がもたらしたもの
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1986年4月26日。チェルノブイリ原子力発電所で史上最悪の爆発事故が起き、放射能汚染された土地では小児甲状腺がんが増え続けている。25年経った現在なお、巨大な石棺で覆われたチェルノブイリ原発内では放射能がもれ続けている。 本書は「僕の医療技術が役に立つかもしれない」と、ベラルーシで暮らし、甲状腺がんの手術や医療技術の向上と手助けをした医師のノンフィクションである。日本の子供たちにも読んでもらいたいと、わかりやすい言葉と写真で事実を綴っている。 原子力発電所はウランのような核燃料の核分裂連鎖反応によって発生した熱エネルギーで水を沸騰させ、その蒸気を利用して発電機のタービンを回し、電気を起こし…
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日記逍遙昭和を行く
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ろこのすけ/日記から思いがけない人物が登場したり、意外な真相を見つけ出す「日記読み」の醍醐味
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古今東西を問わず日記は人気がある。 本書は昭和初期の人物を中心にその日記から思いがけない人物や、意外な真相をみつけた日記読み(著者)の「日記逍遥」である。 本書に登場する日記は『矢部貞治日記』、『木戸幸一日記』、『有馬頼寧日記』、巣鴨プリズン時代の笹川良一が書いた『巣鴨日記』、『石射猪太郎日記』、『中原延平日記』、『古川ロッパ日記』、『内田収三日記』である。 巣鴨プリズンに収容されていた人物たちの人間模様を書いた笹川良一の日記は本書の中でも特に面白く、雑居房で同室になったBC級戦犯容疑者たちの様子や、その後を記した日記は圧巻である。橋本忍脚本の「私は貝になりたい」がテレビドラマになり、評判に…
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猟奇歌
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ろこのすけ/わが胸に邪悪の森あり・・どんな森かのぞいてみよう
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夢野久作はあの『ドグラ・マグラ』 をかいた作家であるが、ここで紹介するのは短歌である。 「猟奇歌」とあるように非日常性の色濃い歌が紡がれている。「猟奇歌」は探偵誌『猟奇』に掲載された夢野久作の短歌作品の総称である。この歌が作られたのは1920年から1930年ごろである。大恐慌時代。戦後の大不況の頃。失業者があふれ、農村では「娘の身売り」があったころのこと。 現代のこの不景気には、働き盛りの人が職にあぶれて、その日の暮らしにも困っている状態だ。まるで夢野久作がこの歌を作った時代と似ている。 紙の上にインクを落とし、それを2つ折りにして広げることにより作成されたほぼ左右対称の図版を持つロールシャ…
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苦役列車
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ろこのすけ/女性からのシンパシーは得がたい
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芥川賞受賞直後のインタビュー風景が強烈な印象を残した。片や良家のご令嬢風の朝吹さん。片や異形な風貌の西村賢太氏。そつなく出版関係の人に感謝を述べる朝吹さんはどこまでもお嬢様。家柄からしてすごい。父は詩人で仏文学者の朝吹亮二さん、大叔母はサガンの翻訳で知られる朝吹登水子(とみこ)さんという“文学一家”に生まれたという生え抜きのお嬢様である。 一方、西村賢太氏といえば、「ちょうど風俗に行こうと思っていたところへ受賞の知らせがあった。出かけなくて良かった」と苦笑させる。 読了後の印象は強烈なインパクトがのこる私小説だと思った。著者によれば九割は自分のことだと述懐する。 中卒の主人公北町貫多は物流倉…
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能の見える風景
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ろこのすけ/能の奥深さを平易でありながら達意な文章で書かれた随筆
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能楽において一家言どころか、新作能まで作った多田富雄氏の随筆を読む楽しさにひたった。 多田富雄氏は免疫学者であり、免疫応答を調整する抑制T細胞を発見。野口英世記念医学賞、エミール・フォン・ベーリング賞、朝日賞など多数受賞した免疫学の権威である。 氏は能に造詣が深く、舞台で小鼓、太鼓を自ら打ち、新作能を手がけるひとでもある。 2001年旅先の金沢で脳梗塞に倒れ、右半身麻痺、講音障害、嚥下障害となる。 そんな病を得てのちも新作能を手がけて執筆活動もなさっている情熱はどこから来ているのだろうか?本書は能の魅力と共に能の現代性とは何かを問うた本でも有る。 多田氏の病状は想像を絶するほどである。のどの…
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井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室
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ろこのすけ/文を書く者のバイブルである
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『井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室 』は1996年11月15日から三日間にかけて岩手県一関市で開かれた「作文教室」での講義の模様を記したものだ。 井上ひさしがまったくのボランティアで「文学の蔵」の建設資金を作るための講義の記録である。 市井の人の為のわかりやすい「作文教室」。文字通り原稿の書き方から、段落のこと、題名のことまで、ことこまかな指導で頭が下がる。 作文の秘訣は「自分しかかけないことを、誰にでもわかる文章で書く」ということ。 「いきなり核心から入ること」が大事。 この一冊を読んで書き上げておいた原稿をすべて捨て、また一から書き直した。 文を書く者のバイブルである。ブログ「言…
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あのエッセイこの随筆
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ろこのすけ/随筆紹介にみる極上のエッセイ
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いろいろな人の随筆を紹介しながらさまざまな思いを自由自在に語っているのが本書である。 目次を読んだだけでもこの本がどれだけ面白そうか想像がつく。例えば「散歩ことはじめ」「文豪、自転車に乗る」「男の焚き火」「猫のいる幸せ」「落ち葉の楽しみ」などなど。 その中でも「落ち葉の楽しみ」が趣深い。 青木玉の随筆『こぼれ種』(新潮社)の紹介から: 去年の今頃、台所でよく使う透明な袋にいっぱいの紅葉を貰った。『安部峠の紅葉の色、お届けします。乾いていますから、水に放してお楽しみください』と添え書きがあった。琺瑯びきの大きな洗面器に水を張って浸すと、葉は赤も黄も、中心に緑を残すものも鮮やかな色…
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文士のたたずまい
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ろこのすけ/文壇の時の証言者
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野呂邦暢の才能を愛した文人は多い。 向田邦子もそのうちの一人だった。 その野呂邦暢の作品『諫早菖蒲日記』を向田邦子に紹介したのは「文學界・別冊文藝春秋」「オール讀物」編集長を歴任した名物編集者の豊田健次である。四半世紀も前、豊田健次が「文學界」と「別冊文藝春秋」の編集長を歴任していた頃のことだ。 「なにかこう。心に沁みるような小説はないかしら」と向田邦子さんに訊かれ、野呂邦暢の『諫早菖蒲日記』をお薦めしたのは、『あ・うん』を『別冊文藝春秋』にいただいたころのこと」 と今は亡き二人の作家との出会いを設定した著者のこぼれ話がはじまる。 「諫早菖蒲日記」は「文學界」に三回にわたって分載され、単行…
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完本 茶話
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ろこのすけ/コラムのお手本
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国内外の取って置きの話、歌舞伎役者のあれこれ、時事問題などを軽妙な切り口で書いたコラムのお手本のような文ばかり。さすがに薄田泣菫と平伏してしまった。こんな茶話なら何時間でも聞いていたいものだ。いや、読んでいたいものである。 ところでこの本、編集に谷沢永一が携わっている。下巻の解説には向井敏が執筆と絢爛である。谷沢永一が言うところのすぐれたコラムの一般論をここに引いてみよう。 ピリッと爽快な山椒の辛味、寸鉄の一言に託した批評精神の清潔な香気と、それぞれ独特な一ひねり二ひねりを、底に沈めた話術の芸。一瞬に読ませる短いスペースのなかへ、肝ごたえがあって長持ちのする内容をこめ、更にそのうえ、つい手を…
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ある小さなスズメの記録
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ろこのすけ/物言わぬ動物を、人生の「同伴者」として共に過ごした愛惜と喪失と賞賛
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第二次世界大戦中のロンドン郊外で一羽の小スズメが左足と翼に障碍をもって生まれた。自然界では生きていけないとみなしたのか、親鳥は巣からこの雛を落とした。孵化したばかりのこの雛はピアニストの老婦人に拾われ、十二年と七週と四日と言う寿命を全うしたのである。その実話記録が本書である。 著者は序文で「愛玩動物の物語ではなく、何年にもわたり、人間と鳥との間に培われた親密な友情の物語である」としている。 クラレンスと名づけられたスズメは婦人の献身的な愛情に包まれて育ち、野性の本能と、後天的に獲得したピアノに合わせてトリルつきで歌うという才を身につけた。室内だけを全世界とした彼はヘアピンと、トランプの札、マ…
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役にたたない日々
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ろこのすけ/面白うてやがてしみじみ人生を想う一冊
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読みながら何度も声をたてて笑ってしまった本である。そして、面白うてやがてしみじみ人生を想う本でもあった。 本書は2003年秋から2008年冬までの日々の出来事や思いが日記風に綴られたものだ。率直で大胆な表現はさばさばとして小気味よく思わず吹き出さずにはおれない。人間観察がするどく美大卒の画家でもあるだけにその人間スケッチは映像をみているようだ。例えば昔パリの場末のレストランでみた出来事を引いてみよう。 昔パリの場末のレストランで毎晩同じ席で夕食を一人で食っているバアさんを見たとき、胸をつかれたことがあった。首が前に折れて、満身の力をこめて肉を切り、異様なパワーで肉を飲み込んでいた。九十近くに…
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パンとペン
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ろこのすけ/明治・大正ジャーナリズムにおける堺利彦の業績と歴史に埋もれた真実に迫る
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日露戦争が始まる前、社会主義者の堺利彦が親友の幸徳秋水と共に「平民社」を創設し、反戦運動を唱えたことは教科書で習い、知っている人は多い。 しかし、「平民社」は知っているが「売文社」という名前とその存在を知っている人はどれぐらいいるだろうか。 「売文社」は堺利彦によって作られたものである。「売文社」は大正期の社会主義運動の「冬の時代」と呼ばれる官憲の弾圧を耐え忍ぶ拠点であった。生計を立てるための組織であり、同士たちの交流の場であり、若者たちの教育の場であった。 「平民社」が二年あまりで解散になったのに対して「売文社」はあの厳しい弾圧の時代に八年三ヶ月も継続したとは驚きである。 では「売文社」と…
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昔日の客
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ろこのすけ/古本屋人生を滋味あふれる達意な文で書かれた遺稿集
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長年探していた本を古本屋で見つけた瞬間ほど嬉しいことはない。その本だけ浮いて見えるから不思議だ。あまりの嬉しさに店主に「この本、随分長い間探していたんですよ」と話しかけると、そっけなく「そうですか」と言われるだけでさっさとレジを閉める様子は情がまるで通わずさみしい。それもそのはず、レジの人は店主でなくアルバイトの店番だったりする。ほんのつかのまでもよい、何か本にまつわる話が出来たらと思うが、思うほうが間違いのようだ。 『昔日の客』は東京大森の古本屋の店主関口良雄氏による遺稿集の復刻版である。多くの小説家(尾崎士郎、尾崎一雄、上林暁、野呂邦暢など)や文人たちに愛されたこの古本屋「山王書房」。店…
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『食道楽』の人村井弦斎
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ろこのすけ/百年前「食育」と「異常気象」を喝破した啓蒙小説家
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すぐキレル現代っ子、肥満、過食、拒食、孤食の害と原因が報じられようになって久しい。そこで注目されたのが「食育」の重要性である。2005年六月には「食育基本法」が成立した。目新しい言葉だと思ったがこの「食育」という言葉は百年前、明治のベストセラー作家で、ジャーナリストであった村井弦斎が指摘していたと聞いてびっくりした。 では 1、村井弦斎とはどんな人でどんな作品を書いたのか? 2、ベストセラーとなった『食道楽』とはどんな作品なのだろうか? 3、ベストセラーになったわけは? 4、なぜベストセラー作家が今日、文学史上でその名を知られることがないのだろうか? こんな疑問を持ってこの評伝を読むことに…
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四十一番の少年
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ろこのすけ/井上ひさしが笑いにこだわったわけ
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井上ひさしの自伝的要素の濃い作品である。 つまり井上が一家離散し、仙台にあるカトリック系養護施設に入れられた少年時代の体験にもとづいて描かれた作品である。 井上ひさしというと読者を笑わせることに腐心した戯作者という印象があるが、この作品ではそんな片鱗はない。しかし、読み終わってしばらくすると、井上ひさしがなぜ笑いにこだわったか、その根底にあるものの要素をこの作品に見つけたような気がする。 養護施設での体験。特に孤児になってしまった子どもにとって「家族」への憧れと希求というものの切実さがどんなものかしみじみとした「痛さ」となって読者を刺した。 話がずれるかもしれないが、昔、母と映画に行こ…
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くじけないで
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ろこのすけ/100歳になろうとしている人からの励ましと勇気
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人には苦しくてどうしようもないときがある。そんなとき、たった一言が支えとなって、つえとなってくれる。今日は九十歳を越えたとき、詩を書くようになったという現在99歳の柴田トヨさんの詩集を紹介しようと思う。 柴田トヨさんは、1911年(明治44年)栃木県生まれ。裕福な穀物商の一人娘だったが、十代の時家が傾き料理屋に奉公に出された。三十三歳のとき結婚。長男を授かる。1922年に夫と死別。現在一人暮らし。 その100歳になろうとしている人が伝えたい言葉たちだ。 あなたに出来ないからっていじけていてはダメ私だって 九十六年間出来なかったことは山ほどある父母への孝行子供の教育数々の習いごとでも努力は…
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マーチ家の父
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ろこのすけ/血肉を与えられた『若草物語』
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子供の頃『若草物語』を夢中で読んだことがある。 本書は19世紀マサチューセッツ州コンコードのオルコット家『若草物語』を下敷きにしたフィクションである。『若草物語』では不在だった父親の一部始終が書かれたものだ。 しかし、続編ではなく、独立した話となっている。したがって『若草物語』を読んだことがない人にも話に没入できる。 南北戦争中のアメリカでの出来事だ。『若草物語』の登場人物一家の父、マーチが南北戦争に従軍牧師として妻と四人の娘たちを残して戦地に赴く。戦地から家族に手紙を書くが、悲惨な戦地での実情を妻や娘たちに事実そのままを書くことはない 戦地での出来事と、妻と結婚する前の若かりし頃の出来事を…
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火群のごとく
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ろこのすけ/凛々しきもの
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本書は時代小説である。登場人物は元服(げんぷく)前の少年たち(和次郎、源吾、林弥、そして透馬)である。同じ剣術の道場に通う良き仲間たちである。 林弥は幼い頃父をなくし、15歳上の兄、結之丞に5歳のときから剣の手ほどきを受ける。兄の結之丞は道場一の剣の達人だった。その兄が刀を抜くこともなく、後ろから背中を切られて暗殺される。その犯人の手がかりは何もなく、兄嫁と母を支えながら一家の長として成長していく。和次郎、源吾、林弥の前に同じ年の少年、透馬が江戸からやってきて、道場でも名うての剣士、野中と一騎打ちとなる。透馬の並外れた剣の技が野中をしたたか打ちのめす。 やがて少年剣士たちの 友情が育まれ、少年…
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大女伝説
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ろこのすけ/31文字から生まれる大きな物語
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タイトル「大女伝説」を見て、これはいったいなんだろうと思わず歌集を手にとってしまう。そこからもうこの歌集の魅力の始まりと言って良いだろう。 昔語りぽおんと楽し大きなる女が夫を負うて働く 雨降れば大女ひょいと石臼を笠の代わりに被るかわゆさ 「あとがき」に寄れば「大女」の話を聞いたのは群馬県・猿ヶ京を訪ねた折のことだったそうだ。 「おおらかな大女は地母神を思わせ、私はとても愉快な気分になった」 とある。 大女がよっこらしょと夫を背負って田で働いている姿を想像するとなんともユーモラスでおおらかだ。そして二首目にいたってはあの重い石臼を「ひょいと」笠の代わりにかぶって雨をよけるとなると、その怪力…
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悪人
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ろこのすけ/「豊かさ」と呼ばれるものの空虚さ
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殺人事件がどうやって起こったか、そして犯人は誰か? こう書くと何の変哲もないただの犯罪小説だと思うだろう。 しかし、この小説はそんな類のものでないというのが最後まで読んで初めて気がつくのだった。 殺人事件が起きた舞台は福岡市と佐賀市を結ぶ国道263号線、背振山地の三瀬峠である。 登場人物は短大を卒業し保険の外交員となった佳乃、裕福な旅館の息子で大学生の増尾圭吾、長崎市の郊外に住む土木作業員の祐一、紳士服の販売員の光代である。そして彼らを取り囲むように配置された友人や父母、祖父母などである。 保険外交員の女性が殺される。彼女はその夜、モテモテ男の大学生とデートすると行って出かけたが相手は出会い…
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一条の光・天井から降る哀しい音
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ろこのすけ/静かで清い魂の声のする作品
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厳しい親、優しい親、だめ親父など、親でもさまざまな顔がある。 親の背中を見ながら子は育つ。育って成人して自分も親になる。親になって初めて親の苦労がわかったりする。 「両親はえらかったのだなあ」としみじみ思い、親孝行せねば・・・と思っているうち、親はすっかり老いて介護するまでとなる。 厳しく、凛とした親がある日わが子に向かって「あなた様はどなたでしょうか?」と尋ねたとしたら?この人はあなたのご主人ですよ(奥様ですよ)と言うと「そうかもしれない」と答えたとしたら? 本書は六篇の短編(「詩人に死が訪れるとき」「この世に招かれてきた客」「一条の光」、「天井から降る哀しい音」「どんなご縁で」「そう…
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戦争絶滅へ、人間復活へ
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ろこのすけ/「戦争絶滅へ、人間復活へ」の道にたいまつがともされた本
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敗戦の日に戦争責任をとる形で朝日新聞社を去った著者「むのたけじ」は、今、その選択を悔いる。 残って「本当の戦争」を伝え直すべきだったと。朝日新聞社を辞めたあと、著者は横手市に居を移し、1948年に「たいまつ」新聞を発足させ週間新聞『たいまつ』を創刊。地を這うような苦難の時代を経て全国各地へ購読者は広がった。 その現役ジャーナリストも90歳を越えた。戦前・戦中・戦後を生き抜いてきた「時代の証言者」の彼に今のうちに聞いておかねばならないとインタビューをし、まとめたのはノンフィクションライターである黒岩比佐子である。 彼女の率直な疑問に答えるべく「従軍記者としての戦争体験」「敗戦前後」と「憲法九条と…
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