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言葉の力を贈りたい
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安原顕/洞察力に富んだ著者ならではの詩人論・詩論
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この本の第一部「言葉の力、詩の力」と、第二部「詩の現在」はNHKTV『人間講座』同『未来潮流』である。第一部の「目次」を端折って記せば、井伏鱒二と辻征夫、山之口獏と金子光晴、藤井貞和と吉岡実などだが、ここでは谷川俊太郎論について紹介しておこう。谷川俊太郎は詩だけで生活する稀有なる現代詩人である。その理由は、彼が〈現代詩も世間に受けなければダメ〉との考えから詩を書いているからだ。それも、世間のオーダーに応えたい! オーダー以上のものを出して世間を驚かせたいとも考える欲張りな詩人なのだ。とはいえ、谷川俊太郎の「受けたい」気持は、「受ければいい」とは違う。世知辛い世間のオーダーに応えつつ、〈詩とし…
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海辺のカフカ
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安原顕/荒唐無稽な幻想譚「オチ」のない詐偽小説!
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子供騙しの小説で呆れた。思いつきによる謎(のようなもの)が多数ちりばめられてはいるが「落とし前」は一切なく、ただ無意味に長いだけだからだ。 読者は「謎」に釣られて読み進むが、最後に解決がなければ何のために読んだのかと、不快な徒労感だけが残るだけである。『海辺のカフカ』は『ねじまき鳥クロニクル』同様、ひでえ詐欺小説と言っていい。とはいえたちまちベストセラー、おそらく書評も「絶賛の嵐」だろうから(『朝日新聞』9月20日夕刊で、小山内伸記者も激賞した)、一つくらい酷評があってもいいだろう、「いや、春樹はいまや裸王様だからして、断固書いておくべきだ」との気分にもなった。 ぼくは、短篇集『TVピープル…
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エースを出せ!
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安原顕/朝日の「天声人語」批判もいいが、もっと巨悪をぶっ叩いて欲しい!
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日本には真っ当なジャーナリストやジャーナリズム、なきに等しい。中でもひどいのがマスコミである。戦時中の報道機関は新聞雑誌、NHKのラジオしかなかったが、彼らは政官の広報、走狗として機能しただけ、第二次大戦中は国民を騙し続けもした。また戦前、戦時中の日本には言論思想の自由はなく、治安維持法、不敬罪など、体制批判を許さぬ法律もあり、マスコミも権力の走狗にならざるを得ぬ事情もあった。つまり天皇(制)や政官(体制)批判をすれば、それらの新聞雑誌は発禁、場合によっては経営者や編集長は獄に繋がれ、社の倒産もあり得たからだ。とはいえ、たとえそうであっても、国民を騙したのだから、敗戦後、幹部らは責任を取るべ…
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王国
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安原顕/「癒し」と「超能力」の世界だが、作者の「善意」に打たれてしまう
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「よしもとばなな」に改名した第一弾。 本書は五部作の予定らしいが、「その一」だけでも、とりあえずは完結している。テーマは、『キッチン』から一貫しており、「最高のものを探し続けなさい。そして謙虚でいなさい。憎しみはあなたの細胞まで傷つけてしまうから」である。つまり魂の問題、若者らが生き方を模索する小説なのだ。楓がフィレンツェに行くことになり、主人公の「私」(雫石)は彼と半年間、あるいはそれ以上離れることを思い、悄然としている。雫石とは、祖父がサボテンの名から取ったものである。「私」はつい最近まで、麓から歩いて二時間、車の通れる道などない田舎の小さな山小屋で、祖母と二人で暮らし、彼女の仕事を手伝っ…
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写真生活
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安原顕/オリジナル・プリントに魅了され専門画廊までつくったが……
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著名な装丁家坂川栄治が、好きな写真家/作品について書き下ろした楽しい、役にも立つエッセイ集である。目次は二章から成り、一章「写真を知る」には、ダイアン・アーバスからジゼル・フロイントまで18人の写真家/作品に関するエッセイ(日本人は唯一、山沢栄子)、二章「写真を持つ」では一九九五年一一月、写真好きが高じ、写真専門の「バーソウ・フォト・ギャラリー」を開くに至る経緯、オリジナル・プリントの魅力についてなどが綴られる。荒木経惟も「好きな写真家」に挙げているロバート・フランクについての文を紹介しておくと、ロバートはアメリカ人ではなく、一九二四年生まれのスイス人。四七年(23歳の時)、NYに出て、『ハ…
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出もどり家族
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安原顕/とにかく面白い!ユーモア感覚と飄々とした味が秀逸!
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義母の妹が作った一億円もの借金。妻に愛人の存在がバレて家出など、五十歳の主人公ネジメを巡っての凄まじい内容にもかかわらず、独特のユーモア感覚、飄々とした味の文体で綴られているため、暗い話にはなっていない。当然フィクションと思うが、「実録」のようなド迫力である。もし実録的要素が入っているとしたら、その筆力にも舌を巻く。 この小説、〈五十歳とはどういう年齢かと訊ねられたら、ネジメは即座に「憂鬱な年齢である」と答えるだろう。/ネジメ民芸店の主人ネジメハジメはこの六月で五十歳になった。五十歳というのがまず憂鬱である。七十歳なら押しも押されもしない年寄りだし、六十歳もそれなりに貫禄のある年代だが、五十…
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天才アラーキーの眼を磨け
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安原顕/和光大学の学生を前に話した指想家による「写真論」
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和光大学表現学部芸術学科の学生が荒木経惟にインタヴューした本である(〇一年六月一四日、一二月一〇日、〇二年一月一七日、四月二三日)。知っている話も多々出てくるが、学生相手ゆえ、より平易に、分かりやすく語られており、一味違っている。「白い空間には無情がある」「ポートレートとは、向こうが表現しているものを複写すること」「写真とはモノではなくコトを撮ること」「デジタルカメラはよくない。水を使わないとダメ。乾いていっちゃって。脳味噌が砂だらけになる。いま失われているのは色気というより水気がなくなってること」「メールもダメ。叩くのではなく、文字は書けって言いたい」「カメラマンは指の思想家=指想家。指で…
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ドイツ・オカルト事典
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安原顕/本文の書体は安っぽいが、内容はそこそこ楽しめる
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刊行までに一〇年の歳月を要したと「あとがき」にある。本文の写植(書体)が安っぽい細ゴチというのは気に入らぬが、内容はそこそこ面白かった。「オカルティズム、オカルト学」の項の冒頭に、「ラテン語のocculutus(=隠された)に由来。秘匿の、または秘密の知識のこと。これまで知られている自然法則では原因が説明できぬ自然現象について、理論づけだけでなく実際に取り扱ってみる。この概念は、アグリッパ(一四八六〜一五三五)『隠秘哲学』(一五一〇年頃)に用いられたことに始まるが、実践面はエリファス・レヴィ(一八一〇〜七五)が初めて導入して広めた」とある。そこでアグリッパの項を引くと、「彼は当時の迷信、魔女…
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贋日記
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安原顕/幼少期から祖父梢風の死までを綴った半生期
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「三田文學」に連載した自伝である。ぼくは文芸誌「海」(中央公論社)で、彼と同僚だったので、本書に出てくる幾つかのエピソード、何度か聞いたことがある。また、名著『鎌倉のおばさん』でも教えられた。しかし本書で、「祖父村松梢風の死」までの通史を読むと、また異なった感慨がある。 中央公論時代の彼は、「育ちのいいお坊っちゃん」との印象が濃く、「おめえは苦労を知らねえ、お坊っちゃんだからなあ」と批判めいたことを言うと、彼はムッとして「苦労すりゃあ、いいってもんでもないだろう」と答えていた。 ところが『贋日記』を読むと、いわゆる苦労とは多少ニュアンスは違うが、順風満帆な少年期ではなかった。父友吾が上海で病没…
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パーク・ライフ
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安原顕/極めて甘い小説だが、何となく読まされてしまう
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地下鉄ホームの広告で「日本臓器移植ネットワーク」を見ていた「ぼく」は、電車を降りた先輩社員近藤さんが、まだ背後に立っていると錯覚(そんなこと、あり得ないだろうが)、「ちょっとあれ見て下さいよ。なんかぞっとしませんか?」と、背後に立つ見知らぬ女性に声をかけ、ばつの悪い思いをしていると、「ほんとねぇ、ぞっとする」と、その女性が広告に目を向け、平然と答えた。いつもなら、こうした凡庸なイントロを読んだだけで、時間の無駄と判断、ただちに投げ出すのだが。今回は、「新芥川賞作品」が、どの程度のものかを紹介しようと、我慢して読んだ。 広告屋の「ぼく」は、昼休みは必ず日比谷公園に行っていた。その日もベンチに坐…
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いつか森で会う日まで
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安原顕/屋久島の自然との触れ合いを通して綴られた感動的エッセイ!
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屋久島在住の写真家山下大明とのコラボレーション本である。田口ランディの、この手の本は、画家と組んだ『転生』(サンマーク出版)もあるが、本書は『転生』とは真反対というか、「生きるとは書くこと」と著者が決意するまでの経緯を綴った感動的な本である。「森には、封印した魂を、生き返らせる力が、あるのかもしれない」とは腰帯にある一節である。「樹の記憶」「水の記憶」「森の記憶」の三章からなる本書の舞台は屋久島である。「屋久島の縄文杉。/その樹齢は、一説には七千二百年といわれている。/七千二百年。/いったい樹というものはいかほど長生きできるものだろうか。/猫も百年生きれば化け猫になると聞く。/樹も七千年生き…
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茨木のり子集
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安原顕/社会的テーマを取り上げることの多い詩人初の三巻本『選集』
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茨木のり子『全集』(全三巻)の刊行が始まった。「詩」と「エッセイ」を年代別に纏めたもので、『1巻』は五〇年代〜六〇年代、『2巻』は七〇年代〜八〇年代、『3巻』は九〇年代〜の作品が収録されている。 茨木のり子は一九二六年(大正一五年)、大阪生まれ。四二年、父の病院開業で愛知県に移住。四三年、帝国女子医学・薬学・理学専門学校(現、東邦大学)に入学。四五年(一九歳の時)、学徒動員で海軍療品厰で就業中、敗戦の放送を聞く。翌年、繰り上げ卒業。戯曲や童話を書き始める(『第1巻』にはラジオドラマ、童話、民話も載っている)。四九年、医師と結婚。五三年、川崎洋と一緒に詩誌「櫂」を創刊。七五年、夫、死去。七六年…
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陰謀の世界史
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安原顕/ブッシュ父子は秘密結社の会員など、ミステリーより面白い!
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海野弘はぼくと同年生まれだが、大昔に「太陽」編集長を辞め、筆一本の生活に入った。そして、実に幅広いジャンルにわたる研究、評論の書を数多く世に問い、数年前からは小説も書き始めた。ぼく自身も「海」「マリ・クレール」の編集者時代、連載を何本か依頼した。彼は「手書き」にもかかわらず、とてつもなく筆が速く、日に二〇枚書くなんてこともあるという。従って著書も膨大で、すでに二〇〇冊は優に越えている筈だ。旧友村松友視も、数年前に一〇〇冊を越えたが、この二人、嬉しいことに新刊を必ず贈呈してくれる。しかし、当方は読むだけでも追いつかぬという体たらくである。 先日、その海野弘から電話があり、「ここ数か月間、月刊海…
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ウディ・アレンバイオグラフィー
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安原顕/監督・作家・スター、音楽家のウディを多面的に分析した労作!
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一九八〇年代、「マリ・クレール」の編集者時代、淀川長治、蓮實重彦、山田宏一の三氏に頼んで鼎談「映画千夜一夜」を毎月連載、「マリ・クレール」の「売り物」の一つになったことがある。単行本(現在は中公文庫)に纏めてからも売れに売れた。企画者のぼくは十数回に及ぶ鼎談に毎回立ち合い、楽しい時を過ごしたが、映画の趣味はぼくと三氏は、まったく違っていた。例えば、最も贔屓監督は、淀川さんはチャップリン、蓮實重彦はゴダール、山田宏一はトリュフォー、ぼくはタルコフスキーだったからだ。他にも、六〇年代のベルイマンやワイダが好きなどと言おうものなら、三人に「安さんは映画の分からぬ男」と軽蔑されもした。ウッディ・アレ…
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新宿
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安原顕/面妖な都市新宿の実像と虚像に迫った写真集!
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森山大道には一度だけ会ったことがある。季刊「リテレール」をやっていた頃、荒木経維と対談をしてもらったからだ。彼は「写真作品」とは異なり、とても寡黙な人で、ちょっと意外だった。本書はその彼の最新写真集である。内容は猥雑な街「新宿」の多種多様な面を、例によって、ざらついた質感で、えぐり出したものだ。なぜ「新宿」なのか。本書に挟み込まれた森山大道自身のエッセイ「新宿は……」では、以下のような説明をしている。「夜、カメラを手に、歌舞伎町から区役所通りへ、そして大久保通りを新大久保駅へと歩いていくとき、ぼくはときおり背すじがスッと寒くなる思いがする。とくに何が起きたというわけでもないのに、どこかでひる…
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世界戦争犯罪事典
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安原顕/いまなお愚劣な戦争を繰り返す馬鹿人類の愚かさを抉った事典
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本書は、個人でも座右に置きたいが、図書館必須の一冊だろう。「目次」は、 第一部「アジア・太平洋・米大陸」(一八九三年〜一九四一年期、四一年〜四五年[太平洋戦争期]、四五年〜〇二年期) 第二部「ヨーロッパ・中近東・アフリカ」(一八九九年〜一九三九年期、三九年〜四五年[第二次大戦期 一般事項、同個別事項]、四五年〜〇二年期) 第三部 参考項目から成るが、ここでは、一番最後にある「パレスチナ人の反イスラエル闘争」の一部を紹介しておこう。 パレスチナ人住民による反イスラエル抵抗闘争(民衆蜂起)の第一次(一九八七〜九三)は投石が主だった。この六年間で一四〇〇人以上が殺され、一〇〇〇人以上のパレスチナ人…
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ピカソ、ザ・ヒーロー
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安原顕/ピカソ作品七〇点を個別に論じつつ、稀有なる革新性を賞賛!
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ソレルス/五十嵐賢一訳『セザンヌの楽園』(書肆半日閑)が出たばかりなので、『ピカソ』の翻訳はおそらく一、二年先だろうと考えていたら、早くも出た。この『ピカソ論』(九六年)は、従来のソレルスの美術書とは異なり、原則として見開き右ページにピカソの作品(七〇点余)、左ページにテクスト(逆の場合もあり)の組み合わせで構成されている。各作品は時間的あるいは内容的な連続性はなく、それぞれのページで完結しているが、画家ピカソの多面性、革新性に力点が置かれている。 本書のカバー袖横に、ソレルス自身の内容紹介が載っているので、端折って引いておくと、ピカソの「ヒロイズム」をなぜ採りあげたのか? 彼は生前、すでに…
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ムージル書簡集
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安原顕/青年期以降の自伝的要素の濃い「書簡」三〇〇通を厳選!
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『ムージル日記』(法政大学出版局)に続く、訳者円子修平の労作である。これら大部な二著を刊行した法政大学出版局、国書刊行会の二社にも頭が下がる。大手版元は銭儲けに狂奔、近年はこの手の本、ほとんど出さなくなったからだ。ムージル未完の大作『特性のない男』はその昔、新潮社と河出書房新社から刊行されたが、二社ともに再刊せず、松籟社が『著作集』を刊行、『特性のない男』も、これに入った。『ムージル書簡集』は立派な箱入りの本だが、その箱に「惹句」が刷り込まれているので、まずそれを引いておこう。「ムージルが、1901年からその死の直前まで書き遺した書簡約300通を集成。若き日の人妻に宛てた恋文から、作家として身…
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遊写三昧
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安原顕/「パリの4か月」などを見て、秋山庄太郎の真価を知る
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秋山庄太郎は一九二〇年生まれだから今年八二歳。本書は二〇〇二年の回顧展の「カタログ」である。秋山は役者、文士、芸術家のポートレイトが著名だが、今回の展覧会では一九六〇年の渡仏時の作品「パリの4か月」も初めて展示され、さらにはライフワークの「花のシリーズ」から最新作「遊写三昧」まで、半世紀以上の作品から一二三点が厳選されている。 秋山は東京・神田に生まれるが、ただちに父の姉、秋山まさの養子に。 三三年(13歳)、パーレットを買ってもらい、最初の写真を撮る。 18歳、早大高等学院の写真部に籍を置き、写真に熱中。 23歳、写真集『翳』(限定一五〇部。本書にも11点載っている)を自費出版。 四三年、…
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ロバート・クラムBEST
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安原顕/暑苦しい絵ゆえ好きではないが、BESTというので読んでみた
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ロバート・クラムのアンダーグラウンド・コミック、あまり好きではない。彼が人気者だった六〇年代には「猛毒」(例えば近親相姦やおしゃぶりシーンなど)だったものも、いまとなっては毒ですらないからだ。また、絵そのものがうざったいというか、暑苦しいからでもある。しかし一九九四年制作、テリー・ズウィゴフ監督のドキュメンタリー『クラム』で、ロバートや、自殺した兄チャールズ・クラムの実像を目のあたりにし、その人柄や肉声にも触れ、大ファンになった。ロバートは一九四三年、アメリカ、フィラデルフィアに生まれる。六四年、ダナ・モーガンと結婚。『カヴァリエ』誌に「フリッツ・ザ・キャット」の原形を掲載。六五年、初めてL…
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からくり民主主義
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安原顕/沖縄基地などを徹底取材、日本国民は「豚」と教えられる
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この本、「版元が安原さんの大嫌いな草思社、解説が村上春樹だから、ちょと薦めにくいんだけど(笑)、内容は好みだと思うよ」と、中条省平に薦められた。なるほど読んでみると、教えられることの多い労作だった。ぼくとは違い著者は上品な人ゆえ、直接怒りを露わにすることはないが、ぼくの言葉で増幅すれば、民主主義とは「民」が主人だが、その「民」が白痴の場合、「衆愚主義」(「からくり民主」)に堕する。 そんなことは誰でも知っているが、観念論ではなく、取材によってここまで具体的に立証されると、ぼくのような人間でも大ショックだった。そして、この衆愚ぶりが政官業のトップにまで反映されているのが腐れ国家日本なのだ。政官…
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奇妙な新聞記事
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安原顕/米国のピュリッツァー賞受賞作家、奇妙な味の傑作短篇集
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この作家、その名すら知らなかったが、巧いので感心した。広告の惹句に曰く、〈ピュリッツアー賞受賞作家が「タブロイド新聞」の記事にヒントを得て展開する12の物語〉〈沈没の瞬間を回想していると、自分がとうの昔に死んでいたと気づくタイタニック号の死者……。実はケネディは生きていたが脳に障害が残り、国家機密を口走るため幽閉されていた話など、奇妙な味の短篇集〉。風変わりで長いタイトル〈クッキー・コンテスト会場で自分に火をつけた女〉なども本書の特徴の一つである。〈夫の不倫を目撃した義眼〉はこんな話である。 ある日、夫婦喧嘩をした時、突然「私」(ロレッタ)の義眼が飛び出し、彼女は自分の義眼に特別な能力がある…
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小林秀雄全集
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安原顕/感動し、調べ、考え抜き、努力と工夫を重ねた批評家最後の『全集』
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ぼくは『小林秀雄全集』、二度買っている。一度目は八巻本だったか、誤植の多いひどい本だった。二度目は『新訂全集』(全一三巻・別巻二)、今度で三度目である。なぜ三度目も買ったのか。『別巻一』に「感想」が入っていること。もう一つは、今回この『全集』で初めて入った原稿が、かなりあるからだ。「感想」は島弘之の本を読んだ折、すべてコピーを取って読んだからいいようなものであり、他の原稿とて、別にいいと言えばいいのだが、背が皮の造本、昨今は珍しく、それも買う気になった動機の一つだった。つまり本らしい本だからだ。また二度目の時にも思ったことだが、「いまさら小林秀雄でもねえだろう、いや、何のかの言っても、日本で…
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The complete works of Raymond Carver
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安原顕/ぼくの企画した『全集』も、残り一冊で完結とは感無量!
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全七巻の予定で刊行の始まった『カーヴァー全集』、一巻増えて全八巻になったらしい。その七巻目が、ようやく出た。 村上春樹・柴田元幸の「月報対談」によれば、一九八九年に企画、初回刊行は九〇年五月とある。すでに一三年経っても、あと一巻残っているのだ。平均すれば一年半に一冊のペースだから、個人訳としては、そんなものかなとも思う。 ここで大書きしておきたいのは、この企画、天才ヤスケン(わしじゃ、わしじゃ)が立てたということだ。カーヴァーの存在、春樹に教えられて『海』で二度、「カーヴァー特集」を組み、三度目を考えていたら、カーヴァーが五〇歳で急逝した。 まあ無理だろうなとは思ったが、ぼくは「売れっ子作家…
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The sign of life
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安原顕/無機質だが絵画的でもある不思議な風景写真集!
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清野賀子、初の写真集である。彼女はぼくが「マリ・クレール」の編集者時代の若い同僚、本書に「解説」を寄せている今枝麻子(翻訳家)もそうだった。清野賀子の写真には、人間や人間臭いものは一切出てこない。何の変哲もない風景と建物だけである。俗な言い方をすれば、細菌爆弾で死滅した後の日本、そんなイメージすら頭を掠めるが、そのような強いメッセージ性や物語はない。むしろ、そっけないほど無機質な世界、それが清野賀子の写真なのだ。 ならばモノクロームで撮り、ダブルトーンなり四色で刷った方がより効果が出そうな気もするが、彼女の「世界」は、やはりカラー以外には考えられない。対象物はすべて無機質だが、一方では、妙に…
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評伝坂口安吾
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安原顕/こんなに面白くスリリングな評伝読んだことがない!
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七北数人の書き下ろし『評伝』、昨今珍しくスリリングな本で、体調不良も忘れ、三時間で読了した。表の腰帯に曰く、〈新しい安吾がやってきた! 膨大な未公開資料、新証言をもとに伝説化した坂口安吾の「事実」に迫る画期的評伝!〉。 帯裏には、〈坂口安吾の生涯にとって魂の事件と呼べるような出来事に焦点を当て、安吾伝説の虚実を解き明かしていく初の本格的評伝。これまでの安吾像を一新〉とある。 ぼくは、二五、六歳の頃、「坂口安吾論」にトライし、挫折したことがある。そこで、評伝とはいえ新人のこの本、相当意地の悪い読み方をしたが穴がない。それどころか「読物」的要素もたっぷり盛り込まれたその筆力には感心した。どこが斬…
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冬の女たち
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安原顕/死を巡るエッセイを書かせたら久世光彦の右に出る者はいない
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『死のある風景』『薔薇に溺れて』に続く、「週刊新潮」連載エッセイを纏めた三冊目の本である。「還暦を過ぎてから連載をはじめ、死ぬまで書き続けて欲しい」と言われているらしいので、このシリーズ、まだまだ続く。ファンの一人としては嬉しい限りだ。 久世光彦の魅力は多々あるが、ぼく個人としては絢爛華麗な文体、のびやかで自然な筆運び、人物や人生、物への偏愛とこだわり、そして、時には感傷的にも映る独自の感性などに痺れるのだ。 冒頭の「霊岸島の自殺」は、こんな文章である。〈明治から大正のころ、木下杢太郎というダ・ヴィンチみたいな人がいた。文壇では北原白秋と同い年で、いっしょに《パンの会》という近代詩の会を主催し…
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ミシェル・レリス日記
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安原顕/本の売れぬ時代、こうした本を出す、みすず書房は偉い!
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図書館には絶対に入れて欲しい本だ。まず、ごく短い最後の日記の一つ手前は、こんな日記である。〈一九八九年十一月一日 テレビでゲオルグ・ショルティがコヴェント・ガーデン歌劇場で指揮をしたみごとな『ばらの騎士』を見る。/オペラは本質的に十九世紀のものと見なされる傾向がたしかに強いが、二十世紀前半には、このジャンルの傑作がたくさん生み出されていることを認めなければならない。ドビュッシー、プッチーニ、シュトラウス、ベルク、シェーンベルク、ストラヴィンスキー、ミヨー、プーランク、ブリテンなどの作曲家たちは、その例証となった。(略)ガーシュインの『ポーギーとベス』、クルト・ワイルの『マハゴニー市の興亡』の…
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竜宮
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安原顕/八篇が収められた最新短篇集。内容はすべて幻想的な幽霊譚!
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昨今は、面白い小説が極端に少ない。才能のない有象無象が「作家」のふりをして駄作を書き、眼力のない編集者がそれらを載せまくるからだ。いまの日本で、読むに値する作家といえば、久世光彦、車谷長吉、松浦寿輝、町田康、堀江敏幸、川上弘美、田口ランディくらいというのも、ちょっと淋しい。その中の期待の星、川上弘美の短篇集『龍宮』が出たので迷わず読んだ。川上弘美は短篇作家ゆえ(と、ぼくは勝手に決めつけているが)、『センセイの鞄』(平凡社)のような長篇は「食い足りねえなあ」と思うが、幻想的な幽霊譚を短篇で書かせたら天下一品、彼女の右に出る者、なかなかいまい。『龍宮』には八本収められているが、すべて川上弘美なら…
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吉岡実アラベスク
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安原顕/吉岡實を論じた著者も偉いが、刊行した書肆山田にも頭が下がる
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一九六一年、東京生まれ。現在は大学教師の著者が、同人誌「ユルトラ・パルズ」(九六年〜〇二年)に連載した論考を纏めた本である。いまどき「吉岡実論」を書く者がいることにも感心するが、それを出版した書肆山田は、さらに偉い! 全国の図書館は必ず入れて欲しい! 文中、田村隆一のエッセイ「畏怖をいだく詩人」の引用が出てきた。懐かしいので引いておこう。「吉岡実は、ぼくが畏敬する詩人である。畏敬というより畏怖に近い。太平洋戦争のはじまる前から、彼は帝国陸軍の鬼軍曹で、馬の訓育にかけてはベテランだったという。ぼくは馬が恐さに海軍に逃げこんだのだが、彼の詩的世界の原質には、馬が生きている。すなわち、彼の詩のパン…
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