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江戸に学ぶビジネスの極意
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松井高志/話芸きまり文句の本・ビジネス教訓編
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書評の達人のはずですが、さぼってばかりの不届き者・松井高志です。「人生に効く! 話芸のきまり文句」(平凡社新書)に続く、昔ながらの教訓句の本を作りました。 今回は、話芸でおなじみな「お約束」の言い回しのうち、江戸時代の寺子屋教科書(往来物)、心学の道話の筆記など、主に町人向けの民間教育で使われたテキストにも引用されていることば、すなわち本当に江戸時代の人々が口にしていた教訓句を採り上げ、ひょっとすると、それらがまだ現代のビジネスパーソンにも使えるんじゃないか、という視点をとっています。平凡社新書版とかぶる内容もありますが、本文は新たに書き起こしました。というわけで、いささかこじつけめいた部分も…
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ナンドク
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松井高志/よろしくどうぞ!
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【著者より】「書評の鉄人」の一人(であるはずの)ライター・松井高志です。お世話になっております。ご無沙汰ですみません。 前著「人生に効く! 話芸のきまり文句」(平凡社新書)から約3年。久々に新しい本を出しました。またも話芸(落語・講談)と言葉にまつわる本ですが、今回は、かつての名演を記録した昔の書籍・雑誌にみられるユニークなあて字・難読語の類(例:「平生」=ふだん、「挙動」=そぶり、「鳥渡」=ちょっと、「表面」=おもてむき、等々)に注目し、数あるそれらの中から300を選んで、漢字ドリルの型式にまとめてみました。 ドリルではありますが、設問を解いたからといって、頭が良くなる、日本語力がつく、漢字…
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大阪ハムレット
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松井高志/私はダメ部長でした
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総体としては人情もの短編集という風情があった1巻よりも内向した雰囲気で、よく考えてみればこれが本来の森下さんのストーリーものの味わいであるような印象もする。 第1話「十三の心」に登場する高校の文芸部の部長さんがイイ。とゆうのも(←この言葉遣いはひさうちみちお・森下裕美系でもある)、評者も高校時代文芸系部活の部長だったからだ。「将来 小説家になって 大金持ちになるねん それで核シェルター買うて 誰も入れたらへんねん アタシひとりで入るねん」という主人公の中学生の女の子が、ほとんど唯一敬意らしきものを抱く他者がこの部長さん(女子)なのである。「パーッと思いついたコトザーッと書くだけや ありのまま…
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昨日は美しかった
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松井高志/常盤新平さんの「あとがき」が良い
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’79年に上京してきたとき、土曜日の夜、下宿で東京12チャンネル(現・テレビ東京)の「ロアルド・ダール劇場 予期せぬ出来事」を見るのが、私のささやかな楽しみだった。ダールの「南から来た男」や「おとなしい凶器」などの短編は高校生の頃から知っていて、それをイギリス製ドラマで(自分のテレビで)見られるのが楽しかった(今ではそれもDVD化されてレンタルショップに並んでいる)。 この本(原題「OVER TO YOU」)は現在ハヤカワ文庫から出ているが、私は新書館版で読んだ。常盤新平さんがまとめたもので、てっきり全部常盤さんが訳しているのかと思ったら、10本中9本は別人の訳である。収められた10編の小説…
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真景累ケ淵
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松井高志/ハテ恐ろしき執念ぢゃなぁ(続)
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三遊亭圓朝の傑作怪談である。通常、落語や講談でよく抜き読み(長篇のため全編通しでは時間的制約があって上演できず、一部分を抜き出して高座にかけるが、それを講談の場合ならばこう呼ぶ)されるのは、発端部分にあたる「豊志賀の死」である。若い男弟子の新吉に執着する富本の師匠・豊志賀は、嫉妬と猜疑に苛まれて顔に腫れ物ができる奇病に罹る。新吉と豊志賀の間には、かれらの親の代からの因縁がまつわりついている。醜くなった大年増を振り捨てて逃亡する新吉を、豊志賀の怨念はどこまでも追ってくる。 新吉は逃れる先々で、関わる人々との間に次々と惨劇を繰り広げていく。わけも分からず命を奪われていく人々はいい迷惑である。後半…
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不動産取引のプロが教える絶対に失敗しない!はじめての「マイホーム」
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松井高志/「不動産購入学」の参考書
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冒頭に筆者が述べているように、人はおそらく誰でも一度は不動産契約をするのであるから、高校で「不動産学」を必修にしてもいいと言えるかも知れない(未履修に終わることなく)。少なくとも、「現代文」では、先生方のお好きな傾向の文芸作品をいつまでもありがたがってだらだら読ませるよりは、せめて契約書の正しい(賢い)読み方を教授すべきではないかとさえ、国文科出身者の自分ですら思う。 この本は、もしそんな不動産の授業があったら、きっと優れた参考書になるであろうと思われる。基本は見開き構成で、右ページに不動産購入の基本的知識を文章で述べ、左ページに要旨をわかりやすく図示。また、そのプロセスで「賢い購入者とな…
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雑誌記者
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松井高志/雑誌は編集長のもの、という定義をこの本で覚えました
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「文藝春秋」の名編集長であり、同社の社長でもあった池島信平さんの回顧録(昭和33年「中央公論」に連載)であり、代表的著作である。多分、編集者たるもの、これぐらいは読んでおかなければまずい本の一冊だろうと思われるが、かつて私が月刊誌編集者だったころ(バブル直前)、勤務先では、「早く老けこむので、本なんか読むんじゃない」ということが真顔で語られていたので、私はこの本を同僚に隠れて読み、さらにその後、とうとう我慢できなくなって勤務先を辞めた。 その時以来の再読なのだが、前回気づかなかった面白い記述が新しくいくつかみつかった(章によって主語が「私」であったり「わたくし」であったりと、表記が揺れている…
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虹をつかむ男
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松井高志/ポケタ・ポケタ・ポケタ。
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1930年代の「ニューヨーカー」誌で活躍した短編作家・エッセイストのジェームズ・サーバーは、日本での認知度は今ひとつだが、英語圏ではかなりポピュラーな作家で、よく英語の授業のテキストにも使われたりする。ただしダールでもサキでもサーバーでも、一旦授業に使われたりすると、少しも面白くなく、野暮ったくなってしまってしまうので、たとえば落語なんかを教材に利用しようなどとは間違ってもたくらんではいけないことが、洋の東西の差はあるが、これでもよく分かる。 サーバーの鳴海四郎訳(この早川書房版、それに講談社版の「空中ブランコに乗る中年男」)を、私は高校生の頃に初めて読み、はっきりいえばかなり影響を受けた。…
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お艶殺し
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松井高志/既視感を伴うお話
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谷崎潤一郎が大正3年に発表した、設定を江戸時代とする小説。この本には、同時期に発表された(当時の)現代物作品「金色の死」を併載している。 物語はシンプルな構成である。さる質屋の一人娘と手代が道ならぬ恋に落ちる。娘が積極的に唆す形で手に手を取っての駆け落ち。まるで芝居の筋書きだが、娘は芝居の筋を自分が実行してみせることに酔いしれているようである。二人は一癖ありそうな男にかくまわれるが、両方の親にかけあって話をつけてやる、と約束したこの男は、当然の如く二人を騙して甘い汁を吸おうと企む。娘・お艶は家出するや、たちまち生来の妖婦ぶりをあらわし、手代・新助をはじめ、彼女の色香に迷う男たちを踏み台にし、…
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鎧櫃の血
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松井高志/H.G.ウェルズ「くぐり戸の中」に比すべき傑作揃い
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「半七捕物帳」、それ以前に新歌舞伎作者として「修禅寺物語」「権三と助十」「小栗栖の長兵衛」などを書いた岡本綺堂の江戸奇譚集。 綺堂の奇譚集というと、どうしても「青蛙堂鬼談」などの方が注目されてしまい、この本に集められた「三浦老人昔話」シリーズは影が薄いのだが、私はこのシリーズが好きで、「大衆文学大系」を図書館でコピーして読んだし、この文庫本も品切れ状態だった時、古書で手に入れて繰り返し読んだ。 全12編で、「半七」同様、ストーリーテラーの青年「わたし」が、三浦老人を訪問して、江戸(旧幕)時代の逸話を取材する、という形式の「枠組み(フレーミング)小説」である。地味なのは「半七」のような推理小説…
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崋山と長英
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松井高志/「不忠不孝」の重さ
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娯楽時代劇「桃太郎侍」の原作者として知られる山手樹一郎の異色作。いわゆる「蛮社の獄」に遭った渡辺崋山、高野長英を主人公にした時代小説で、明朗闊達な浪人者が出てくる勧善懲悪ものとはちょっと味わいの違うハードな作品集である。 本のタイトルとなっている「崋山と長英」は三部に分かれており、1943年〜44年に発表されたようである(巻末に作品解説・初出データ等がないのが惜しまれるが、昔の小説本というのはまぁこんなもんだったのだろう。今の本がサービス過剰なのである)。「獄中記」「檻送記」「蟄居記」であって、第一部が投獄された高野長英を視点にしており、二、三部が牢から出て謹慎生活に入る渡辺崋山に視点をおい…
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成功物語
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松井高志/落語でいうと「甲府い」みたいな感じの違和感
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アメリカ文学についての本をいくつか読んでいると、必ずいくぶん揶揄をこめてこの作者についての言及に突き当たることになる。 アルジャーは、19世紀アメリカの通俗小説(ダイム・ノヴェル)界でベストセラーとなった紋切り型の「成功物語」群を手がけた人物で、よくいわれる「アメリカン・ドリーム」の典型をそこにみることができる、とされるが、あいにく容易にその翻訳を読むことができない。 この太陽社版「ボロ着のディック」は、そんな「成功物語」群の一つの翻訳であるらしいのだが(この本には訳者・編者の解説がないので、この話がそもそもいつどこに書かれ、「成功物語」群の中でどのような位置づけになっているのかさっぱり分か…
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シンポジウム
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松井高志/呪われた女
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イギリスの女流作家・ミュリエル・スパークの中編小説。1990年に原著が出版されており、この邦訳は98年初版である。 実は、スパーク(別の短編集の訳者によると美人なのだそうだ)の作品は短編しか今まで読んだことがなかった(岩波文庫の「20世紀イギリス短編選・下」所収の「豪華な置時計」は、ほどよく現実から逸脱していて面白いと思う)。瑣末なことがらを手堅く綴って無難な筋にまとめるような人でないことは分かっているが、時間進行がとっちらかっていたり、妄想と現実がごっちゃになっている「ゲンダイブンガク」だったら今の自分には荷が勝ち過ぎていて嫌だなぁ、と、買ってはみたものの長くツンドク状態だった本なのである…
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蹴球神髄
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松井高志/あまりにもお手軽
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古今東西、サッカーにまつわるプレーヤー、指揮官などの名言集。正・続に次ぐ第三弾。一応、ドイツワールドカップ関連本のひとつ。この本の章題のひとつに、「フィールドの向こうに人生が見える」とある。これはご存じ「オシムの言葉」(集英社インターナショナル)のサブタイトルと同じである。 「オシムの言葉」の担当編集者は私の古い友人である。だからこういう臆面もない「パクリ」は看過できない(編集道として節操がないと思う)。このほかにも、書籍のタイトルにはパロディかオマージュか何のつもりかよく分からないが、よくこういう浅ましいケースがある(「人生に必要なことはすべて〜から学んだ」とか)。いや、それ以前に、雑誌の…
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大阪ハムレット
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松井高志/やはり森下さん、ストーリーものが楽しい
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森下裕美さんは毎日新聞夕刊に「ウチの場合は」を連載中で、連日愛読しているのだが、(それゆえに)そっちの単行本は買わない。彼女は普通4コマ作家だと思われているが、82年頃「週刊少年ジャンプ」にデビューしたときの作品はストーリーものだった。実は、昔出ていた「恋人のいる街」(河出書房新社・パーソナルコミックス)のようなゆるいストーリーマンガがいいのである。でもこの短編集(全6編)はゆるくない。いってみればきっちり作られた上方人情噺集である。 余談だが、上方の女性のファッション観は首都圏のそれと違っている。「気合」の欠けているシンプルなだけの服を着てもおしゃれにはならない、毒にも薬にもならない服を着…
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ことばと文化
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松井高志/長い第六章は「第二部」とするか続編化すべき
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これも高校生の頃にもらった本で、もうかれこれ30年くらい押し入れの奥に放置してあり、特に今読まなければならない理由はないが、あまりに不憫なので読んだもの。 岩波新書の古典的名著である。ある国の言語活動には、その国における人々の暮らし方(文化)が不可分に反映していて、これを無視してことばを語ることはできない、という前提で語られる日本語と日本文化(といっても、いわゆる「和」の様式にこだわるわけではなく、現代日本人の庶民生活の具体的なあり方のことである)についての連続講義録である。こういう話で、やはり面白いのは異文化間接触の具体例である。英語をあやつる人々と日本語を使う我々がなぜディスコミュニケー…
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ザ・ゴルフ
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松井高志/「調べ学習」から一歩前へ出なければ……
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ゴルフにまつわる名言・金言を集めた本。編者は推理小説家であるというが、申し訳ないがお作品を拝読したことがないので、作風などについてはよく存じ上げない。 この版元は、スポーツの名言集といった趣の本を立て続けに出していて、「言葉の魔球」(野球)「蹴球神髄」(サッカー)などを書店の棚で見かける。「蹴球神髄」は好評らしく、続編・続々編も出ている。 自分のブログで「言葉の魔球」を紹介させてもらったりしていたこともあり、もし何か御用がございましたら、と先週ここんちへ挨拶に行って、その際おみやげに渡されたのがこの「ザ・ゴルフ」である。 ゴルフは野球やサッカーと違って、圧倒的に「誰もがプレーする機会が多いス…
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江戸前で笑いたい
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松井高志/笑いたい、でも笑えない
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放送作家・高田文夫氏による東京演芸の本。96年ごろ編集され、97年初頭に刊行されたものの文庫化である。タイトルは「笑いたい」だが、この本を読んで笑おうと思うのは、多分間違いである。この本には笑える(面白いこと)ことそのものは書いてない。笑いとはなにか、を様々な人物が真面目に、力一杯蘊蓄を傾けて語り倒した(のを高田氏がまとめた)本なのである。ここに集められた文章の多くは、雑誌「東京人」に掲載されたもので、それに書き下ろし、語りおろしを加えて一冊の「演芸美学の本」としている。 だから、この本の中に、寄席の長所として、セコい芸人の後に名人が出てくる、というような、「息を抜く」ところがある、とあるの…
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水戸黄門漫遊記
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松井高志/位山登りて辛き老いの坂麓の里ぞ住みよかりける
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水戸黄門の諸国漫遊を描いた講談速記の復刻版。「よみがえる講談の世界」と名づけられた三巻シリーズの第一巻で、シリーズの編者は上方講談の三代目旭堂小南陵師。今時、講談速記を新刊で出そうという狂気、もとい侠気にファンとして拍手したい。 ただし、おなじみの「水戸黄門」のお話とは味わいが異なっているので、テレビドラマの黄門ファンがうかつに読むと、あまり面白く感じなかったりするかもしれない。 具体的には、まぁ黄門主従(助さん・格さんのみ、しかも格さんは「厚見角之丞」で「角さん」である。もちろん芸妓になったりお風呂に入ったりするおねえさんは同行しない)はともかく、いざご隠居の正体が先の副将軍、中納言従三位…
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全身落語家読本
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松井高志/読む前に「卒業試験」をやったら惨敗した。
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先に柳家権太楼師の「江戸が息づく古典落語50席」について述べたが、演者の落語観が明確に反映した落語のネタ紹介テキストとしてはこの立川志らく師の本の後半部「ネタ論」をまず挙げるべきであった。 志らく師は、FMで「名言365」という平日お昼、毎日5分間のラジオ番組を持っていて、そこで拙著を紹介していただいたりしていて、まぁいろいろ日頃お世話になっているわけだが、それをちょっと脇へおいといても、最近よくある落語の演目のストーリー要約本では望めない切れ味が楽しめる。前半の論述に必ずしも首肯できなくとも、後半の「ネタ論」(192本収録)は充分読める。少なくとも、これから何をどう聴こうかという時の手引き…
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自由と規律
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松井高志/「デハノカミ」のはじまり
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岩波新書の中でも古典的名著とされているらしく、私が今回読んだのは、昭和51年の第46刷(その後改版されているかも知れない)。初版は昭和24年。 サブタイトルは「イギリスの学校生活」。しょぼい新書を出した経験がある立場から言うと、今の新書なら、版元の押しでたちどころにこっちがメインタイトルになってしまうだろう。新書のタイトルとして、「自由と規律」が許された時代が実に羨ましい。 イギリスのパブリックスクールに学んだ実体験を回顧しながら、英国人気質と同地の教育・社会の仕組みを紹介している。こうした外国滞在経験を元にした比較文化の本は、今時珍しくもなんともないが、多分、この本がその嚆矢だったんじゃな…
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歌舞伎名作事典
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松井高志/手元にあるのは改訂三版です
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よいストーリーマンガは、無作為にある一コマを取り出して、ぽんと置いて眺めると、たちまちその前後が読みたくなる。一コマの中に、絵柄にせよセリフにせよ背景にせよ、前後の文脈が雰囲気として漂っていて、たちまちストーリーへと見た者を「惹く」力がある、それを良いマンガだと思うのだが、伝統芸能の紹介本にも多少そういう傾向があって、ある演目について書かれた1センテンスなり1枚の写真なりに、「ああ、この舞台をどうしても観てみたい」という「惹き」を読者に感じさせなければいけない。 歌舞伎の演目解説本はたくさんあるのだが、往々にしていい写真のあるものは文章が変であるか、筆者の独断で覆われて偏っており、解説本文の…
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文楽
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松井高志/「写真で見る」文楽入門書
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文楽の入門書だが、他の偉い先生が書かれた「入門書」とはひと味違い、多くの写真を配して、「目で見る手引き書」になっている。伝統芸能の手引きは、好きなときに好きなテンポで見られる書籍という形態になじみやすいのだが、説明が文字頼りになると、いくらその世界の権威の文章でも読者との相性によっては気が利かず、まだるっこしく感じてしまう。写真を使えばこういうギャップを埋めることができるが、それには大判の本でなければならず、制作費も価格も高くついて、なかなか売れない(伝統芸能がしばしば都会でしか味わえないので、全国的な手引き書のセールスにはつながらない)。ではテレビならいいかというと、伝統芸能と他の番組(我…
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小僧の神様
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松井高志/さーて、来週のサザエさんは。
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この文庫本に収められた小説「赤西蠣太」は、志賀直哉の珍しい時代物であるが、ネタ元は講談本で、川口松太郎の「人情馬鹿物語」の重要人物でもある悟道軒圓玉という講談師(というより講談速記の作者)が書いたものである。 「伊達騒動」の悪玉・原田甲斐と伊達兵部の謀略の証拠を掴むために潜入したスパイの運命を描く脇筋があり、「赤西蠣太」はそれを上手く近代小説にアレンジしたものである。従って、伊達騒動とはなんぞや、が分かっていなければ全く面白くない。これは山本周五郎の「樅ノ木は残った」も同様で、「樅ノ木」が伊達騒動の正史であると考えている人がかなりいるとすれば、たとえそれがより虚説より史実に近いものであっても…
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遠野物語
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松井高志/「語り」を書き留める文芸
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柳田国男の著作の中でもっとも著名なものであろうと思われるから、内容を要約するのさえ気恥ずかしいが、この本は岩手・遠野に伝わる民間伝承を記録したもので、当初は300部の小規模出版であったらしい(うち200部が贈呈本であったという)。そこにはこの地方の古くからの習俗、伝説、怪異にまつわる話が豊富に含まれており、近代人・現代人のイマジネーションを刺激し、これが民俗学の出発点となったわけである。 この文庫本は、「遠野物語」と、続編にあたる「遠野物語拾遺」、さらに折口信夫による初版解説(昭和10年)をも収録している。 著者は、佐々木鏡石という遠野の人が収集したこれらの「話」を、「一字一句を加減せず感じ…
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昭和国民文学全集
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松井高志/芸道小説史に残る名作である、が。
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「鶴八鶴次郎」は川口松太郎の芸道小説。第一回直木賞受賞作(複数)のひとつとしても名高いのだが、現在読もうとすると、図書館へ行くか古書を探さなければならない。 新派の代表作でもあって、長谷川一夫・山田五十鈴の主演で映画化されたのをつい先日もNHKBSで放映していた(この8月に新橋演舞場で波乃久里子・風間杜夫版の新派公演があるらしい)から、それを見た方もおられるだろうが、終幕近くの、戸板康二「すばらしいセリフ」にも採り上げられた新内語り鶴次郎の名セリフ、「おいらア新内は大嫌いだ」 が、映画ではカットされていた。このセリフはあまりにも新派劇を連想させすぎるからだったからかもしれない。 お互いに誰よ…
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桂米朝コレクション
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松井高志/「籠釣瓶」エピソード1
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芝居で知られる「籠釣瓶」(佐野次郎左衛門の「吉原百人斬り」)は、現在、もっぱら元の話の一部だけが舞台で演じられている。醜い顔だが実直な野州のお大尽・次郎左衛門が、江戸の花魁に一目で惚れて財産をつぎ込み、さんざんうちこんだあげく、人前で愛想づかしをされてとうとうキレ、花魁を妖刀・村正(の名が「籠釣瓶」である。「水も溜まらぬ」という洒落である)で殺害し、更に吉原で多くの人を殺傷するというものだが、芝居では、そこまでのいきさつが分からない。次郎左衛門がなぜそのような醜い容貌に生まれついたのか、なぜ村正などを所持しているのか、謎のまま観客は無理心中劇のようなものを観ることになる。 花魁道中と、胡弓を…
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落語風俗帳
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松井高志/説教・法話と落語の関係
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仏教と落語の浅からぬ関係について詳説した本。落語(講談もであるが)の源流を、仏教の説教に求めるこの著者独特の話芸入門書である。 大きく分けて三部から成る。一 落語と仏教 で、説教が落語へ変容していく過程が語られる。二 落語と仏教風俗 では、宗派ごとに、それぞれと関わりの深いネタが紹介される。もちろん、特定宗派に限らず、仏教全般と関連するネタも数多いので、それらについての言及もある。三 仏教と怪談噺・人情噺 では、長篇ストーリーものといえる怪談、人情噺(因果応報が物語を推進させていく作りになっているものが多い)の中にみる仏教の影響、なかんずく三遊亭圓朝の創作と、彼が仏教といかにかかわって生きた…
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練習は不可能を可能にす
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松井高志/雨に濡れても
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今年は小泉信三没後40年にあたる。この本は、一昨年にまとめられた、小泉信三のスポーツに関する随想集である。テニスプレーヤーであり、また多くのスポーツ、とりわけ野球を愛好した著者の「教育・人生とスポーツとの関わり」についての数々のエッセイ(講演録を含む)がまとめられたものである。 表紙のタイトル(これ自体が著者の名言である)の上に、いわば英題として、「Be a hard fighter、 and a good loser」(帯の日本語訳は「果敢なる闘士たれ、潔き敗者たれ」)とあるが、これも著者の口癖であった。元プレイヤーであるだけに、あくまで勝敗にはこだわり、しかも公正に勝つことにこだわり、ま…
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江戸文学
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松井高志/「実録」の実像
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読物に冠せられる「実録〜」というタイトルには、たとえば「表沙汰にはされていない歴史の裏面」とか、「関係者しか知らなかった有名事件の真相」というニュアンスがつきまとう。「差し障りがあるので、大きな声では言えないが、社会のからくりはこうやっている、それを暴露してみました」という内容がそのタイトルから暗示される。 で、もちろん書かれている内容が「事実」であればそれは名実ともに「実録」であるが、そのあたりは一般読者には確かめようがない。まして、こういう読物の作者は匿名か仮名(さもないと身辺に危険が及ぶおそれがあるからだ)なので、読者はとりあえず話半分にまことしやかな噂話を聞くつもりで、こういう読物を…
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