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14歳からの哲学 14歳からの哲学
まんでりん/<いくら考えても叱られはしないよ>
 この本の著者を指して「女子高生がそのまま40過ぎのオバハンになったようなものだ」と評した文章を目にしたことがあるが、なるほど的確に言い当てているものだと妙に感心した。 もちろん、読まずにそう言っているのではなくて読んだからこそ、これを否定したり肯定したりと評価が下せるわけである。そしてこの人は、おそらく否定的に評価しているのであって、「女子高生」をなにかしら世間知らずで愚かな存在の典型とでも言いたげな語り口なのであった。 一般に四つになったら夜が明けるといって、「死ぬ」ということを認識できるようになるらしいのだが、私もちょうど四歳のときにそのことに気がついて布団の中で怖くて眠れなくなったこと…  全文読む 評価する

不実な美女か貞淑な醜女か 不実な美女か貞淑な醜女か
まんでりん/<正しく達意のタイトル>
 ロシア語の同時通訳者として夙(つと)に著名な著者のこの本は、タイトルが不適当であるという大江健三郎の横槍で読売文学賞を危うく逃すところだったらしい。 多少とも翻訳めいたことの経験者であれば、このタイトルだけで話の中身が一瞬のうちに飲み込めてしまう。 このタイトルにこそ米原流通訳の極意が凝縮されているのだ。 ま、とにかく面白い。 「早老」を「早漏」と、「出国」を「出獄」と、「陰影」を「陰茎」と、「団塊」を「男根」と書き間違えたり、言い間違えたりという失敗例の紹介には笑えた。 必ずしも米原氏の失敗というわけではないのであるが…念のため。 やはり通訳というものは、言葉を、その字面を伝達するための機…  全文読む 評価する

歴史とは何か 歴史とは何か
まんでりん/<前提のない議論に歌い踊る時代もまた歴史なのか?>
 少し前に歴史教科書の議論をテレビでやっていた。 少しく喧(かまびす)しい。 『歴史とは何か』という前提を横において話し合っているのだからどこまでいっても話が噛み合うわけがないではないか。 この本はカーの連続講演を翻訳したものである。 「現代のジャーナリストなら誰でも知っている通り、輿論を動かす最も効果的な方法は、都合のよい事実を選択し配列することにあるのです。事実はみずから語る、という言い慣わしがあります。もちろん、それは嘘です。事実というのは、歴史家が事実に呼びかけた時にだけ語るものなのです。いかなる事実に、また、いかなる順序、いかなる文脈で発言を許すかを決めるのは歴史家なのです。」(p8…  全文読む 評価する

北朝鮮Q&A100 北朝鮮Q&A100
まんでりん/<マスコミ報道に目を向ける前に読んでおきたい一冊>
 身もふたもない事実の本である。 あれこれ思惑をめぐらせる前にまず現実を見なさいと言っている。 1970年代、根拠もなく、世をあげて北朝鮮を賛美していた頃、NK会主催・玉城素(もとい)は、「水の使用量を分析して北朝鮮の経済が破綻していることを突き止めた」(関川夏央『退屈な迷宮』新潮文庫)という。 裏打ちのある言葉を知る稀有な人物なのであろう。 この点では、北朝鮮以上に謎めいている。  全文読む 評価する

縛られた巨人 縛られた巨人
まんでりん/<世界の著名人にして日本の無名人?>
 「学校嫌いの勉強好き」  熊楠はその頃の百科事典を全巻書写し諳んじたという。  しかも、読んだものは野山に出て現場検証する。  勉強好きの子供には百科事典をあてがっておけば足りるとわかる。  無論、存分に遊べる(=好奇心を充たしてくれる)自然も不可欠。 「書かれたものは鵜呑みにしない。我が目で必ず観察する」  蟹の助け合いを例に引いたクロポトキンの『相互扶助論』に感動し、革命運動を始めるのが文科系だとしたら、蟹を傷つけて他の蟹がそれを救助するかどうかを自分の目で確かめようとした熊楠は、さしずめ理科系だろう。  実は、傷ついた蟹の傷口からその肉をほおばっていたのであった。 「世界」を放浪し、孫…  全文読む 評価する

法学に遊ぶ 法学に遊ぶ
まんでりん/<深く広い脱線話の楽しみ>
  大宮で人と待ち合わせたときに暇つぶしの読み物はないかとそごうの三省堂に立ち寄った。  ふと目に入ったのが「落語から法哲学へ」というタイトルだった。  私は上方落語が好きだ。  落語家の書いた戦中記まで小学4年生くらいで読んでいたと記憶する。  好きなものだから字が読めなくても読めてしまうのである。  この戦中記は、その頃、九州へ一人旅したときに車内で読んだ。  門司あたりまで大阪から7〜8時間はかかったからねえ。  で、落語が一体どうして法哲学になるのか?  著者は「怪しい法哲学者」長尾龍一である。  アメリカ生活の苦労話を何かで読んだ記憶があり、これは良質な暇つぶしになると踏んだ。  ま…  全文読む 評価する

言語を生みだす本能 言語を生みだす本能
まんでりん/<休日の午後、コーヒーカップを片手に、言葉で言葉を語る「ジャグラー」の技をしばし楽しむ>
 今こうして書いている私も、読んでいるあなたも、言葉を通してこの本についてのなにがしかのイメージを与えようとしており、またつかもうとしている。 実物を読んだことがないのに何ほどかは伝えられるし知ることができるわけだ。 そういう能力=言語能力こそヒトという種の最大の特徴だという。 そして蜘蛛が見事な巣を張るのが本能によるものであるように、この言語能力がヒトの本能であるという。 つまり、 言語は学校で教わって身につくものではないということだ。 教わらなくても生まれながら持っているものなのである。 発せられた音声や書き留められた文字をいくら研究してみても言語の謎は解明し尽くせない。 言葉を使って言葉…  全文読む 評価する

からだの見方 からだの見方
まんでりん/<この人は「目の人」だな>
 この人の本を紹介し始めるとほとんど全部書き出さなくてはいけなくなる。 それは息つく暇もなく展開される、ボルト一つゆるがせにできない精密で緻密に構築された抽象的な論理だけからなる構造物だからではない。 正反対である。 ふんだんに具体例が挙げられている。 短くててきぱきとした文章。 断定的短文と評されるほどである。 ユーモアや愉快な皮肉に富み、読む者を飽きさせない。 これだけ断定されてもギクシャクした感じが微塵もない所以であろう。 論理はしばしば跳躍的で、唐突に結論に飛ぶというのでもなく、尻切れて終わる。 タイトルをじっと眺めていてわかったことがある。 すべて『見方』なのである。 著者自身、視覚…  全文読む 評価する

安部公房全集 安部公房全集
まんでりん/<死に急ぐ鯨たち>
 安部公房と言えば、小説や戯曲がその著作の中心をなしていることは言うまでもない。 『箱男』も『砂の女』も『燃えつきた地図』も『水中都市デンドロカカリア』も『第四間氷期』も『獣たちは荒野をめざす』も『幽霊はここにいる』も挙げればきりがないが、日常が一転非日常と化す。 たとえば、 訪問販売かと思ってでてみたら、いきなり「あなたは火星人です」とくる。 いくら反論しても、すればするほど反論の余地がなくなっていき、ついに…。 あるいは、 「死体の値段はいくらか」などは、ゴーゴリーの『死せる魂』を連想させる。 しかし、小説的面白さはないが、私にはエッセイが面白いのである。 『砂漠の思想』 これはいわば作品…  全文読む 評価する

東京の空間人類学 東京の空間人類学
まんでりん/<あまりにも見事な江戸の街づくりに学べ>
 東京を離れて10年をこえた。 都内およびその周辺をあちこちと移り住んだ。 板橋、神奈川、谷中・千駄木、千葉、小石川、亀有。 時と距離を隔てて眺めてみると渦中にあったときとは違ったように見えてくるのは何事によらずそうなのだが、東京も例外ではない。 著者は、現在法政大学の教授で、イタリアのベネチアと東京の類縁を解き明かす。 キーワードは水の都である。 川にせよ水上交通網にせよ、今の東京の何処ににあると言うのか? 地名にその名残を残すのみで水上交通網は自動車中心の道路交通網にとって代わられてしまったのである。 マンションは地形を無視して無造作に建てられている。 春日通の斜面にマンションが林立するの…  全文読む 評価する

国民の道徳 国民の道徳
まんでりん/<頑固おやじのお説教>
 お説教は長くなる。 673ページにおよぶ全編これ説教の本である. 「昔は馬鹿をやったなあ」と語る人は、必ずと言ってよいほど今も馬鹿をやっている。 さて、馬鹿は死ななきゃ直らないのは致し方ないとしても、己の馬鹿に対して自覚的であるか無自覚であるかは大きな分かれ目となる。 この著者は、この意味で確信犯である。 馬鹿を承知でやっている。 自らの過去を否定して利口ぶるようなまねはしない。 (このあたりに妙に愛嬌が漂う) また、だから保守と呼ばれるようだが、それなら人間は年をとればよほどの腰抜けででもない限り、保守になるのが筋で、出来不出来にかかわらず、そうならなくては自分の人生に対して申し訳が立たな…  全文読む 評価する

絶望の書・ですペら 絶望の書・ですペら
まんでりん/<使用上の注意>
 ずばり、逸脱の人である。 どこまでも逃亡、逃走、逃避していく。 生き方も話し方も文章も。 ダダイスト、尺八の虚無僧、野垂れ死、大杉栄に伊藤野枝(元妻)を奪われた人…。 自分の理解にうまくおさまらないものには、居心地の悪さからか不安からか何とか名前をつけて型にはめて安心しようとするのが一般であるが、無駄なことはやめたほうがよい。 この人は、一切の定型を拒絶するでもなく、すり抜けてしまう。 elusive(捉えどころがない)と言うしかない。 こういう不定形の人は自らが不定形とならなくてはわかるはずもなく、自ら不定形となったとき、その人はまた誰からも理解されることの出来ない得体の知れない存在と化し…  全文読む 評価する

虚妄の正義 虚妄の正義
まんでりん/<情念の人の吐き出す言葉の炎>
   感嘆符の多さに感嘆した。   真夏の大黒マキのように暑苦しい。   どれか引用して紹介してみようか。  「友情の本質」という項目がある。   …が、長いので引用しない。  それよりも夏の素麺のようにツルツルッと次の「親友」を引用しておこう。  「最も親しき友人というものは、常に兄弟のように退屈である。」(255ページ)  全文読む 評価する

戦争学 戦争学
まんでりん/<戦の実際を知らずに戦について語る人が多すぎるという警告の書か?>
 著者は、元・作戦幕僚である。 欧米には、戦争研究の学部や講座を設けた大学があるという。 日本には、たぶん防衛大学校くらいしかない。 著者は、 「存して亡を忘れず、治にいて乱を忘れず」 戦争を避けるためにこそ、戦争を知らねばならないと言う。 病気を治癒するのに病気を知らねばならないのと同じである。 この本は主に戦史を紹介している。 そして優れた戦争指導者は平時においては、全く手におえないはみ出し者であると結論する。 名将に師はいない。 名将は、自分の判断に自信があり、実行力がある。 反面、人の言うことを聞かずになんでも得て勝手にやってしまう。 平時においては、NUTSである。 こういう人材は育…  全文読む 評価する

知られざる祈り 知られざる祈り
まんでりん/<祈り・耳をすませているだけでは聞こえてこないこの力をどこまで感じとれるだろうか>
 民族と階級の定義の書である。 抑圧に対する抵抗の局面と権力奪取の局面に分けて「民族」を定義するとともに、タイトルが表わしているようにダライ・ラマやガンジーの思想をあえて肯定的に評価する。 『チベットの7年』という映画があったが、紅衛兵絶対敵視の描き方には大いに不満を感じた記憶がある。 中国はアメリカとは異なり、民族割拠の相を呈している。 中国が国家統一を目指すときに起こりうる中華民族と他の民族との間の対立や葛藤の背後に潜む「民族」概念の持つ矛盾を多くの実例によって丁寧に裏打ちした研究書である本書は、手放しで少数民族の自主独立や政権奪取を肯認しない点が、著者の思索の奥行きを感じさせる。 抵抗は…  全文読む 評価する

安全学 安全学
まんでりん/<安全はやみくもに危険をもみ消したり、危険、危険とただ叫んでいるだけでは実現できない>
 飛行機事故でなくなった機長が、出発前に「やっこらしょ・どっこいしょ」と言っていたことが、ボイス・レコーダーの記録からわかった。 マスコミはこぞってコックピット内のたるんだ空気を「道義的に」非難した。 後に、これは機長が気合を入れるときの学生時代からの癖であったとわかる。 まあ、マスコミは引っ込みがつかんわな。 一を聞いて十のことがわかったようなつもりで仕事をするのはマスコミというものの性(さが)であるから、これをとやかく言っても始まらないが、「道徳的に」いくら非難してみても危険は去りはしないという当たり前のことを当たり前に主張するのがこの本の趣旨である。 この手の失策をしでかしたマスコミもま…  全文読む 評価する

ことわざ悪魔の辞典 ことわざ悪魔の辞典
まんでりん/<読書子諸氏、言葉を尽くして人間関係の円滑さを取り戻そうではありませんか>
  【つみをにくんでひとをにくまず】  そろそろ鼻についてきた女房を、押入った強盗が殺してしまったような場合、罪は罪であるから強盗が刑務所に放りこまれるのはやむを得ないが、時々差し入れにいってやろうかというような気分。 ことわざをひらがな表記にして、換骨奪胎したり、そのままの意味でも解釈を裏から行ったりと、著者のことわざというものに対する愛情溢れる一冊。 最近、毎週のように会う知人は、30代も半ばを過ぎて、益々意気軒昂なれども、毎度同じように女房殿やその親御さんにまで遡って、愚痴や非難や苦衷やらを吐露するので、折りよく出くわした上の一節をはなむけに送らせていただいた。 後日、これを聞かされた奥…  全文読む 評価する

三人寄れば虫の知恵 三人寄れば虫の知恵
まんでりん/<虫を無視するな。虫の立場から一言も二言も言わせてもらおうか>
 漱石の『我輩は猫である』は、猫の目から見た近代日本の文明批評であるが、この本は、三人の人間の鼎談という形式をとってはいるが、その実、虫の側から見た現代日本(世界)の文明批評となっている。 ネパールの子供たちは、見ず知らずの外国人のおじさんでも帰国すると言うと、また来てねとどこまでも追いかけてきて別れを惜しむ。 文明の名のもとに、都会に暮らす現代日本の住人たちは、この地点からどれほどかけ離れてしまったのだろうか。 狩猟採集生活と言われる暮らしを送っていたその昔、私たちの祖先は、虫を食べていたらしい。 それほどの人口であり、その程度の食料であった。 しかし、虫を食べて露命をつないでいたとはなあ。…  全文読む 評価する

遊心譜 遊心譜
まんでりん/<歴史を知るには同じだけの長さを生きてもまだ足りない>
 「そもそも歴史家とは、長い眼を以って社会の変遷を追跡する任を荷うものではあるが、その長い眼とは、単なる理論ではなく、実際の長期に亘る体験によって練磨されねばならぬ」。 著者の師である矢野博士を評して述べた一節である。 この言葉はそのまま著者にも妥当して、最近に至るまでの時評や回想をまとめた一巻を通貫する心的態度を表している。 具眼の士の言葉は、その言葉の新旧を問わず、また取り上げる事象の新旧を問わず、常に新鮮で生き生きと響く。 碩学の論考としてでなく書かれた文章に、なぜか私は引かれる。 おそらく、むしろそういう文章の中にこそ比較的無防備な形で、著者の裸の視点が露呈されるからかもしれない。 『…  全文読む 評価する

噴版悪魔の辞典 噴版悪魔の辞典
まんでりん/<憎まれっ子、世に縮こまってばかりいられるものか!>
 著者連は4人ともねじれの位置にあるような「ひねくれ者」たちで、これを読んだらオリジナルの『<a href="/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi/?aid=&bibid=00581165&volno=0000" target="_blank">悪魔の辞典』の著者ビアスもさぞや苦笑いしたことと推察される。 初手から【愛:思い込みのもっともはた迷惑な形】とやられたのでは読むしかないではないか。 したがって、そういう私も人からは偏屈だの、屁理屈だのと悪し様に言われることが少なくないということになる。 しかしである。 医者から、「右半身不随になるでしょう」と宣告されたなら、一物…  全文読む 評価する

ちくま哲学の森 ちくま哲学の森
まんでりん/<言葉の定義は高度に権力的行為なのである>
 この本も「愛」の定義から始まっているなあ。 しかも、10ページに及ぶ引用がなされている。 これを探し出してきた編者たちは暇人と言うほかない。 それにしてもこれは何という情熱だろう。 全部で580ページに及ぶこの本は、多くの言葉を取り上げているように見えて、古来繰り返し取り沙汰されてきた言葉が何であったかを裏から炙り出してくれている。 そう考えると案外少ないようにも思えてくるのではあるが。 いや、やはり編者たちの趣味が色濃く出ているだけかもしれない。 たとえば、 【結婚:孤独が怖ければ、結婚をするな。 チェーホフ『手帳』】 のようにいたって「まじめな」ものが多い。 すべては書物や言い伝えや映画…  全文読む 評価する

ラ・ロシュフコー箴言集 ラ・ロシュフコー箴言集
まんでりん/<たまには思い切り生きた人間の残した言葉に耳を傾けたまえ>
 物事の表面を飾る美名という仮面を引き剥いで、その下に潜む醜怪なる人の業を炙り出す辛辣なフレーズのかたまりを紡ぎ出したこの人物は文武にわたる類稀なる実践者でもあった。 友情や友人についても多くの言葉を残しているが、たとえば、「友達の友情が冷めたことに気づかないのは、友情に乏しい証拠である」(169ページMS66/590)などと言う。 友情は熱量に関係し、同等の熱量を持つもの同士の間に成立することが前提なのである。  それを「冷める」「乏しい」という否定表現で語るのがこの人の特徴である。  青春を充分に燃焼し尽くした大人の表現である。  だから社交界においても通用する言葉を持ちえたのであろう。 …  全文読む 評価する

英語の迷言・放言・大暴言 英語の迷言・放言・大暴言
まんでりん/<独り占めにして密かに楽しみたい本というものがある>
誰にもあまり人には教えたくない本というものがあるのではないか。  それは多くの場合、それと知られるのが恥ずかしいという羞恥心のなせるわざなのかもしれない。  しかし、この本は読んでいることを知られて恥ずべき点は少しもない。  だから羞恥心というよりはむしろ独占欲に近い。  中学生くらいのときに好きな人がいて、友人にそのことを打ち明けたら相手も同じ人が好きだった。  そんなときに感じる困惑、いや不快と言ったほうが適切かもしれない、そんな感じと言って通じるであろうか?  経験は打ち明けるなと教えるが、しかし言わずにおれぬような心持なのである。  で、A friend not in need is …  全文読む 評価する

算学奇人伝 算学奇人伝
まんでりん/<算学者、今でこそ奇人、その頃は庶民の趣味だった?>
  東京都足立区立郷土博物館に、面白い額が展示されている。  江戸時代の「塾」が宣伝に使ったものだろうと思っていたが、実は和算の難解な問題のエレガントな解法を額にして神社に奉納したものであったようだ。  そういう慣習があったらしい。  雀荘で役満をあがると手役と名前が掲示されるのに似ている。  また、その額を見たときは、円を使った高度な問題だったのでずいぶんと感心したが、和算研究者に尋ねてみると当時はもっぱら円を使った問題ばかりを扱っていたようだ。  しかも実用性はない。  ただの趣味だったようなのである。  その趣味のために畑仕事を終えた後、毎日何時間もかけて何里も離れたところに住む和算の先…  全文読む 評価する

数の現象学 数の現象学
まんでりん/<数がものを言うというが、そもそも数とは何だったのだろうか?>
  身長、体重に始まり人の能力や物の値打ちにいたるまであらゆる事物が数で評価される。  ところが、当の数字が持つ意味などはまったく省みられることがないのはどうしてだろうかと常々疑問に思ってきた。  そういうわけでこの本を読んでみる気になったわけであるが、所詮わかる人には説明の必要もなく、わからない人には説明しても無駄なのが、この数に関する学問である数学の本質的な性格というか矛盾のようなものだと思う。  わかる範囲で噛み砕いてみると、たとえば、英語の試験を日本人とアメリカ人にやらせてみればわかりやすいのだが、アメリカ人に和訳しろといっても無理だろうし、英訳しろといっても日本語を知らなければ書けな…  全文読む 評価する

私の個人主義 私の個人主義
まんでりん/<読み方次第で読者の知性が試される怖い本>
 ただの小説家だと思っていた方は認識を改めていただきたい。 漱石は抜群のインテリジェンスを持ったいまだに世界に誇りうる知識人であると同時に卓越した表現者でもある。 「書けるものは話せず、話せるものは書けず」(末広厳太郎『<a href="/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi/?aid=&bibid=01805444&volno=0000" target="_blank">嘘の効用』)のような枠組みを容易に乗り越え出たとんでもない偉才である。 この本は講演集であるが、その中のどの一説をとってきても、ヨーロッパの哲学者(たとえば、ハンナ・アレントやマックス・ウェバー)の生涯の…  全文読む 評価する

Aクラス麻雀 Aクラス麻雀
まんでりん/<麻雀卓上に展開される旧約聖書の世界>
 この文庫にしては珍しくかなりの版を重ねている。 終戦直後の日本を大衆の側から描き出した真正大衆小説『麻雀放浪記』はあまりに有名であるが、昭和40〜50年代にかけて博打打ちのゲームからサラリーマンのゲームに変遷した時期に書かれたのが『新・麻雀放浪記』とこの本だった。 著者のサービス精神あふれる1冊であり、マージャン戦術書と言うよりは、エンターテインメント性が色濃く出た本で、何より著者の人間不信の裏返しである優しさが滲み出た作りになっている。 著者の別名(本名)、色川武大(いろかわ たけひろ)の名で同じく『<a href="/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi/?aid=&…  全文読む 評価する

日本人の「戦争」 日本人の「戦争」
まんでりん/<戦争報道にむやみに流されることなく戦争について深く思索する>
 戦争については、おおむね、変に感情的になるか、あえて触れずに済まして忘却のかなたに押しやろうとするか、好事家の趣味になってしまうか、技術的戦略的分析になるか、むやみな精神論に帰着してしまうかすると言えよう。 無論その中にも優れたものは少なくはない(事実こう書きながらも何冊かの書名が頭をかすめる)が、この本のように、落ち着いて時間的、空間的に全体を通観した上で、個々の事象に踏み込み、あるいはその逆の道筋を辿って、ついには死生観にまで辿り着いたものは珍しいのではなかろうか。 著者は、「見るべき程ほどの事は見つ」という平知盛の言葉を引用して、かつての「戦争」は、今なお「見るべき」ものとしてわれわれ…  全文読む 評価する

戦中派天才老人・山田風太郎 戦中派天才老人・山田風太郎
まんでりん/<転生の天才・関川夏央>
著者は、BSブックレビューなどに時折顔を出し、照れくさそうにうつむき加減に話すか、目線を中空に浮かべて必ずカメラから目を逸らすおじさんとして有名(もっとも、最近はテレビをあまり見ないので出演しているかどうか定かではないが)。 また、NHK教育などにもごく稀に姿を見せ、並外れて濃密な話をするため、この人を知る者は必ずビデオにとって最低3回は繰り返して見ると言われる。 この著者がいつものようにふんだんに足を使った細密な取材と珍しく力を抜いた肩の勢いとでまとめあげた「架空対談」である。 この本をきっかけに、古本屋から山田風太郎が姿を消し、数社からリバイバル本が出た。 この意味で関川は転生の天才である…  全文読む 評価する

チェ・ゲバラ モーターサイクル南米旅行日記 チェ・ゲバラ モーターサイクル南米旅行日記
まんでりん/並外れた血中ラテン濃度の人
「金はない、他人の好意にすがるのみ」 「本当のことを言って、僕らは何も考えていなかった」 と、こんな調子で自転車に毛が生えたようなのに乗って、ゲバラは南米大陸縦断の旅に出たのである。 血中ラテン濃度は並外れて高い。 しかも、医学生だったとはねえ。 魯迅と同じだ。 でも、ずいぶんと違う。  ゲバラといえば、キューバ革命の闘士であり、革命闘争のさなかにボリビアで射殺された人というイメージが強い。 写真もベレー帽をかぶった野性味あふれる怖い顔したのしか見たことがなかった。  しかし、この本では、ベランダに寝そべって空を見上げている写真や笑顔でいかだに乗っている写真が紹介されていて、なかなかいい。 モ…  全文読む 評価する

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