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日記力『日記』を書く生活のすすめ
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北祭/アンチロマンからの逸脱
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阿久悠氏が日記を書く上で貫いていたのはアンチロマンという姿勢であった。 自画像や心情を書かないという姿勢である。それには理由があった。 かつて阿久悠氏は、日記に自画像を書いていた。すると、日記がまるで鏡のように歪んだ顔を映し出してしまい、書けば書くほど沈んでいったのだという。それが嫌で、自分にしかないアンテナにふれたことをニュートラルに書き綴ることを信条としていた。 二〇〇一年の夏、阿久悠氏はガンの告知を受けた。 たまたま受けたCTスキャンによって発見されたのだという。 その次の年から、阿久悠氏の日記に変化が現れる。 無意識のうちに生命を優先し、遺言を意識しているように。 それは、アンチロマン…
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遊星群
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北祭/雑書の定義
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あるレビューサイトのbbsに「今年の夏の2冊」として『遊星群 明治篇』と『遊星群 大正篇』をあげたところ、『大正篇』に関東大震災の記述はないだろうかとの質問をいただいた。残念なことに、そのような項目はないようだ。よく中を読んでみると、震災の記述は一ヵ所あったのみ。あの震災は、当時の人々に強烈な影響を与えた事件であり、こんなに少ないのは妙である。 ・『遊星群』は谷沢先生が生涯をかけて一途に集めた雑書を惜しげもなく紹介したもので、今に残る雑書の主題の多くは”人物評論”であったという。もちろん、震災の翌月に出版された大曲駒村の『東京灰燼記』はじめ、その手の書物がなかったわけではない。要は、谷沢先生か…
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読書通
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北祭/渋い傑物たち
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新書の創刊ラッシュである。各社、旬の話題やインパクトをねらったラインナップを揃える中にあって、この学研新書に収まった一冊の、なんと渋いことか。まずは、谷沢永一先生が本書で紹介した愛読する著作家十二人の名前をここに並べてみたい。中村幸彦、木村毅、天野敬太郎、矢代幸雄、小野玄妙、石川準吉、瀧川政次郎、市川本太郎、岩本裕、大橋武夫、長澤規矩也、上田辰之助本書の目次には、次のように、それぞれの著作家の特徴がズバリと一言で表されている。中村幸彦<マクロな視座と博学宏識で抜きん出た近世文学研究の巨人>天野敬太郎<実見主義を貫き前人未到の書誌総覧を完成させた怪物>長澤規矩也<書誌学の窓から広く文化を展望する…
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本の背中本の顔
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北祭/魅力の秘密
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出久根達郎さんは、もと腕利きの古本屋店主である。その古本職人として書かれる作家への思いや書物談は、それだけでも十分に面白いのだけれど、出久根さんのエッセイは、それだけに留まらない。 本書に「書物の音」と題するエッセイがある。<ある時、図書館に入ったら、隣りのテーブルを、六人の僧侶が囲んでいて、皆、熱心に百科事典を読んでいる。静かにページをめくる音がする。バラバラに聞こえていたその音が、ふいに、いっせいに揃ったので驚いたのである。偶然だったのだろう。揃ってページを開いた音は、その一回きりだった>不可思議な光景である。そんなことが本当にあるのだろうか、と思う。そこで、はたと思い出す。美しい嘘をつく…
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古典再入門
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北祭/紀貫之は女性のふりをしていない
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古典文学の前文は、「春はあけぼの〜」(枕草子)、「祇園精舎の鐘のこゑ〜」(平家物語)、「行く河の流れは絶えずして〜」(方丈記)と、いずれ劣らぬ名文ぞろい。その中にあって『土左日記』の前文は実に奇妙である。 をとこもすなる日記といふものをゝむなもしてみむとてするなり 現代語訳を引けば「男の人も書いていると聞いている日記というものを、女の私も書いてみようと思って書くのである」とある。これは、紀貫之が女性のふりをして日記を書いたとされる原拠となった一文である。実は、この通説には誤りがあるという。著者によれば、前文を除く「土左日記」全体を通して、紀貫之が女性のふりをしているどころか、逆に、それを否定す…
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すぐに稼げる文章術
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北祭/すぐに稼げるわけがない
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日垣隆氏は、思想や観念だけでもの書くことがない。 面白そうだったり疑問に思うことがあれば、まずは行動に出るのが常である。その結果、実感を得た事柄について思考を深めて書くのである。気になる物があれば、とにかくそれを触って口にふくんで確かめるという、親泣かせではあるが、子供がモノを知るうえでは欠くことのできない衝動を今も持ち続けているかにみえる。ただし、それは努力してのことだろう。日垣氏みずから「取材」は嫌いなのだと明かしているからである。書評を書くときには、その著者の作品をすべて読んで取り組むというような姿勢からも、生半可な知識でものをいうことへの慎みがうかがえるのだ。そういう日垣氏の文章には説…
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病気にならない生活のすすめ
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北祭/自然治癒力を引き出す断食
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石原結實氏は、断食とニンジンジュースによる食事療法指導というユニークな治療法を実践する医学博士。本書は、その治療法の劇的な効果を体験したという渡部昇一氏と、英語学者としての渡部氏に畏怖の念を抱いていたという石原氏との間に実現した、健康維持と長寿をめぐる対談である。 人類の歴史を振り返ってみると、つい最近まで三百万年の間はつねに飢餓の時代であった。氷河期、日照り、洪水、など幾多の困難の時代を生き抜いてきた人間の身体には「餓え」に対する生命維持能力が備わっている。人間の身体は、ある程度の餓えには十分に耐えられるようにできている、と石原氏はいう。 ところが、数十年前から人類は「飽食」の時代を迎え…
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養老孟司のデジタル昆虫図鑑
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北祭/玉虫のその衣の美しさ
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<五月の空の青さは、染料のインデイゴをどれくらゐにうすめたものであつたらうかと、ぼんやり考へてゐると、ふとその青い空をかすめて、みどりの羽根をひろげた虫の、無数に飛んでゐる情景が浮かんできた。みどりの羽根はジユラルミンのやうにぴかぴか光つて、虹のやうに、金や紅がかがやいてゐた。玉虫が飛んでゐるのだと気がついたのは、よほど経つてからであつた> これは森田たまの随筆『玉虫』の冒頭にある一節である。・日本の玉虫にはいくつかの種があるけれど、森田たまが見たそれは、あの「玉虫厨子」のヤマトタマムシであったろうか。この緑色の美麗な甲虫は、日本や台湾、インドシナ半島まで広域に生息し、高い木の上のほうを飛ぶ習…
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安岡正篤一日一言
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北祭/碩学の読書
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安岡正篤氏は昭和の碩学、昭和最後の教養人といわれ、その漢学の知識には想像を絶するものがあったという。中国の一流の学者にもひけを取らない学識は、いったい何によって養われたのであろうか。もちろん、それは、読書であった。稀代の教養人の読書に対する心持ちとは如何なるものであったのか。本書にある極めつけの寸言からその心を覗いてみたい。▼読書百遍「私は数えで六十四歳だが、七歳のときに四書『大学』『中庸』『論語』『孟子』の素読を始めてから、もう五十七年も本を読んでいるわけだ。そうすると思想的な書物、精神的な書物は、手に取って見ると、この本はいいとか、この本はだめだということを直感する。読んでみてから、いい…
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執筆論
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北祭/人の情(なさけ)に導かれ
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執筆論というタイトルからまず始めに想像したのは、文章作法とか文章読本の類であった。ところがそれはとんだ早とちり。この本には、谷沢永一氏がこれまで上梓してきた『紙つぶて』や『人間通』といった著作を執筆するその過程で得た編集者との絆や、骨を折ってくれた人たちへの忘れ難い思いがこもった執筆の歴史が綴られている。谷沢永一氏はいう。そのような自分自身の経験を、ありのままに要点をかいつまんでゆくことで、おのずから生じた心持ちの舵とり工合、つまり呼吸と勘所と気合いを読者に読みとっていただきたいと。 はたして、誰もが成功する執筆の方法論などあるものだろうか。たとえば、美学という言葉があるけれど、もし本当に…
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女性天皇は皇室廃絶
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北祭/思想の本籍を問う
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『皇統廃絶』を初級とすれば、中級にあたる続編の登場である。旧皇族の方々に皇籍へ復帰をしていただけさえすれば、今まで通りに何の問題もなく皇位継承を護持できる。それなのに、それゆえにか、伝統の道を塞ぎ、あえて女性天皇・女系天皇を立てて皇室を自然に消滅させようと目論む者がいるという。中川八洋氏は、皇統について書かれた報告書や書物をひも解く際には、その執筆者の思想の本籍、すなわち皇統の護持かそれとも廃絶か、を知っておくことの重要性を説く。 本書には、皇統の廃絶を狙う人たちが随所にリストアップされている。その人たちが書くものには、おしなべて共産主義が顔を出すようである。その恐ろしい思想の末路は歴…
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内田百間集成
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北祭/涙は心が流すもの
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ある日のこと、内田百閒先生の自宅の庭にいついた野良猫が子猫を生んだ。その中の一匹に、なんとなく御飯をやるうちに、その子猫がすっかり百閒夫婦になついてしまった。そこで、本来猫には何の興味もなかったけれど、追っ払うのも可哀想なので、野良猫のまま飼うことになった。飼う以上名前があったほうがいい。野良猫だからノラと名付けた。 飼い始めてみると、百閒先生、ノラが可愛くなってしょうがない。ノラの一番の好物は、寿司屋の卵焼き。そのよろこぶ様子ったらない。魚屋から旨そうなアラをもらったなら、まずはノラのために薄口で煮てあげる。余ったアラは濃口にして自らの食卓へ。万事そんなふうで、いつもノラの好物を一番に考…
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日本はなぜ敗れるのか
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北祭/或る力の存在
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歴史資料というものは「現地性」と「同時代性」という基準に照らされなければならない−とは林屋辰三郎の言葉である。この言葉は現代史の資料にもあてはめることができよう。ただし、山本七平氏のみるところ、仮に、ある記録が二つの基準を満たしていたとしても、そこに対人関係や対社会関係、あるいは時勢への配慮などがあれば、その記録の信憑性には疑問が生じるという。その点では横井・小野田両氏の記述ですら例外ではない。それなら大東亜戦争における兵隊の体験についての正確な記録はあるのか。それがあったのである。小松真一氏による手記『虜人日記』である。 小松真一氏は、軍人ではなかった。陸軍に動員され、ガソリンの代用となる…
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自分を動かせ
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北祭/今、スマイルズの言葉がよみがえる
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明治時代に福沢諭吉の『西洋事情』と共に大ベストセラーとなった本がある。イギリスのサミュエル・スマイルズが著した『Self-Help(セルフ・ヘルプ)』を中村正直が翻訳した『西国立志編』がそれである。当時、およそ日本で字の読める人で読まざるはなしとまでいわれたという。本書の紹介を始めるまえに、中村正直という人の生い立ちについて『明治の人物誌』(星新一著/新潮文庫)によりかかりながら記してみたい。 中村正直は、天保三年(1832年)に江戸の麻布は下級旗本の家に生まれた。数えで三歳のころから父母の導きによって読書と書を学び始め、さまざまな師につき学問を習得していった。読書百遍意おのずから通ず、とい…
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東アジア「反日」トライアングル
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北祭/反日と戦い抜く覚悟
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著者は横浜に生まれ、慶応義塾大学で東洋史を学んだのち、ソウル大学師範大学国語教育科に学び、韓国で日本語講師を六年間務めた経験をもつ。中国韓国北朝鮮が好きで、李氏朝鮮の儒家文集をかき集めたり、北朝鮮の党機関紙『労働新聞』なるものを何十年も読み続けたり、はたまた韓国の映画ビデオやCDを集める趣味をもつほどの東アジア愛好家であるらしい。最近まで日韓歴史共同研究委員会のメンバーでもあった。このような著者の東アジア政治思想の研究における視点は、右左に傾くことのない水平なものである。「朝鮮植民地、日中戦争、この二つははっきり言って侵略です」と言い切るのだからその点は察しがつくであろう。 「東アジアに対…
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超バカの壁
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北祭/ホンネで答える
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養老さんは『バカの壁』『死の壁』を出版してこのかた、いろいろな相談を受けるようになったのだそうです。本書は、そうした質問を編集部の人がまとめて、それに養老さんがホンネで答えたもの。全十二章、読みきりです。 第一章は「若者の問題」と題され、若者の凶暴化、ニート、個性などについて語られます。ニートやフリーターが増えていることは現代の大きな問題です。現状に満足せず、何かを求める若者達。ある調査によれば、働かないのは「自分に合った仕事を探しているから」という理由を挙げる人が多いとか。しかし、「これがおかしい」「二十歳やそこらで自分なんかわかるはずがない」という養老さんは、さらに続けてこう語ります。…
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皇統断絶
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北祭/皇統の永続を願う
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日本の歴史は、天武天皇が編纂を命じた『日本書紀』に始まるといわれる。天皇の天命、すなわちその正統性は「父系の血統」によって伝わる万世一系であるという歴史観がそこにある。昨今、その伝統の変革(女系天皇論)が拙速になされようとしている。だが、ことは途方もなく長い歴史に関する。まずはじっくり腰をすえて、皇統の永続を願う者として皇位継承のありかたを問う著者の言葉に耳を傾けてみたい。 現在の「現・皇室典範」の元になった明治の「旧・皇室典範」を起草したのは井上毅という碩学であった。井上毅は、皇統二千年の伝統と習慣の中に「古来からの不文の皇位継承の”法”」を発見し、「皇室典範」としてこれを成文化したのであ…
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バカにならないための100の名言
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北祭/名言名句は思索の種
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本書は、著者が選んだ百の言論を思索の種として「これからの日本社会に対処する方策」を探り求める名言名句集。 そのなかでも取り分け印象深いものを一つご紹介する。『標語(スローガン) 法律をつくることによって事実を創作するわけにはいかないのである。「台風ノ襲来ハコレヲ禁止スル」という憲法をつくったとしたら、ずいぶん滑稽なことになるだろう。それでもやっぱり台風はやって来るからだ。 田中美知太郎「巻頭随筆」昭和五十三年 文芸春秋 』 この名言について谷沢永一氏はこう書き添える。「日本国憲法の第九条さえ守り通せば、我が国は戦争に巻きこまれないこと確実であると、終戦直後から平成十七年に至るもなお、第九条の…
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小説の秘密をめぐる十二章
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北祭/創作ことはじめ
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著者自らの経験と文学小説への思いを軸に、芥川龍之介、谷崎潤一郎、佐藤春夫などの言葉を折々に引きつつ、これから書き始める若い人たちに向けて語られる小説作法。 小説をどう書き始め、何を書き、いかに終るか、それらが全十二章にわたり順を追って綴られている。今流行の文章作法の類にみられる技巧論とはひと味ちがう。 第一章は作家デビューについて。 まず、マーク・トウェインの自伝の言葉が引用される。トウェインは、素人が原稿を売り込み評価されようとする態度をみて「訓練を受けていない一兵卒は准将の地位に自分から立候補するようなことはしない。ところが素人作家のすることといったらそういうこと」だといい「厚顔無恥」だ…
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私の財産告白
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北祭/努力の伝説
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本多静六翁は、慶応二年、埼玉県の片田舎に生まれ、十一歳のときに父を失い、百姓や米搗きをしながら苦学、十九の春に東京山林学校(東大農学部の前身)に入学した。ところが、第一期試験に落第、悲観して古井戸に投身したが死に切れず、思い直して決死的勉強の末、優秀な成績で卒業。その後ドイツに留学、わが国最初の林学博士となり、帰国後、東京帝大農学部の助教授となる。日本の林学の父とうたわれ、その著書は三百七十冊余り。国家公園事業に尽力するなど、多大な功績を残している。 ここからが凄い。本多静六翁は、東京帝国大学教授として教鞭をとるかたわら、独特の方法で蓄財に励み、やがて東京・淀橋区の最高多額納税者になるほどの…
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司馬遼太郎の遺言
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北祭/著者と読者の二人連れ
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谷沢さんは「まえがき」の冒頭でこう語ります。「同行(どうぎょう)二人という言葉がある。四国八十八箇所の霊場を巡礼するお遍路さんは、参詣に足を運ぶ御本人が現身(うつしみ)の一人ではあっても、気持ちをひきしめ心に念ずる思いのなかでは、弘法大師がつきそってくださる二人連れの道行きであると祈る習慣である。 この清らかな心持ちを浮世に移して、旅は道連れ世は情け、と人を懐かしみ親しく寄り添う気分の温かさを言い現わす。 書物を読み納得しながら先へ進んでゆく呼吸もまた、書いた人の語りかけ問いかけに心を鎮(しづ)めながら受け答えを続ける合奏となる。自分の精神を高め感じ方を豊かにしてくれる著作は、頭から高飛…
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國破れてマッカーサー
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北祭/開かれた極秘資料
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1974年当時、アメリカのワシントン大学大学院に留学していた著者は「ニューズウィーク」誌の小さな記事に目をとめた。そこには「1945年度のアメリカ政府の機密文書を公開する」とあった。 一週間後、アメリカ国立公文書館へ直行し閲覧を申し出た著者のまえに十数個もの灰色の箱が置かれた。「これらの箱の上には、うっすらと埃が積もっており、それには指紋がついていない。どの箱にもついていない」 それらは、アメリカの日本占領が始まった年の貴重な生資料であった。 本書で著者は、このアメリカ政府の極秘資料を使い、戦後日本の原点といえる「マッカーサーによる占領政策」がどのようなものであったのかを明らかにしている。…
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日常茶飯事
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北祭/夏彦翁を解く
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文庫本にある「解説」の執筆者には、著者にくびったけだったり旧知の著述家が登用される場合が多く、ときにそれは本文や著者を理解する上ですばらしい道案内となる場合がある。本書に収められた鹿島茂による「解説」の文章がまさにそれである。 山本夏彦翁の書くことは、ずっと全然変らなかった。それでいて、いつも新鮮だった。鹿島は、それを「既視感覚」ならぬ「未視感覚」と名付ける。「これはすでに見たことがあると知っているのに、こんなものはまだ見たことがないぞ」と思ってしまう妙な感覚である。こうした感覚がどうやってうまれるのか。鹿島は本書に収められているエッセイを鍵としてその疑問を解きにかかる。 夏彦翁の創意工…
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言わなければよかったのに日記
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北祭/ナンセンス文学のはじまり
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・『楢山節考』の著者・深沢七郎の随筆集。表題の日記は、正宗白鳥、石坂洋次郎、武田泰淳、伊藤整、井伏鱒二らとの思い出ばなしで、一読すれば苦い笑いが止まない。<これはとほうもなく鋭い、ナンセンス文学のはじまりかも知れない>といったのは開高健であった。まったくおっしゃるとおりである。・<ボクは文壇事情を知らないから時々失敗してしまうのだ>、日記はこう始まる。まさか、第一回中央公論新人賞を受賞した作家が何も知らないわけがないよ。。。こう考えてしまうと、深沢七郎を甘く見ることになる。・・深沢七郎が正宗白鳥宅をはじめて訪れたときのこと。家のお庭に池がないことに「変だな?」と思いながら<白鳥の好きな人だとば…
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江戸文化評判記
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北祭/生っ粋の江戸通の心意気
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著者は江戸文学の探究者。かの森銑三翁が会主を務めた三古会という談話会のメンバーといえば、その筋金の入った江戸通ぶりが分かってもらえるだろうか。(ちなみに、三古会とは、昭和九年に渡部刀水翁と森銑三翁との二名が作った人物の研究会。尚古、考古、集古をして三古と称す) かつて開高健は著者の『戯作研究』について「この著者は、論文を書くしかないから論文でも書くかという態度で書いているのではない。江戸時代の戯作が多年にわたって好きで好きでしかたなく、“学”の魔に吸引されるままにペンで文字を彫っていらっしゃるのである。いわば玩物立志とでもいうべきものである。そこに地金のいぶし銀のような底光りがある」と評した…
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できる人になる生き方の習慣
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北祭/怠惰を退ける習慣の力
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著者が若い頃もっとも影響を受けたのはカール・ヒルティの思想であったという。わけても『幸福論』にある言葉は著者の記憶に深く刻み込まれたようである。 ヒルティは体系的な道徳哲学を嫌っていた。常に、自らの言葉を実践し、人生を成功に、幸福に導く実務のひとであり、経験から得られたことを箇条書きで述べることもしばしばであったという。 そこで、著者はヒルティを語るに際し、心に適う文章に的をしぼって引用するという形をとった。著者はヒルティの言葉を自身の体験によってモノにしており、本書ではもう単なる引用を超えている。かつて伊藤仁斎が説いたところの祖述といった趣である。 ヒルティはいう。「働く技術はあらゆる…
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新人生論ノート
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北祭/実感を込めて綴られた人生論
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著者は本書のもとになった文章を書くにあたり、三木清の『人生論ノート』について「私にはこんな衒学癖はないし、それだけの学殖もない。こんな自信にあふれた断定的な文章も書けそうにない」といってこれをあっさり脇へよけ、飄々と自己流を宣言する。小説家ならば、きっときれいな嘘でまとめたであろう「愛」「嫉妬」「幸福」というお題について「なんでも書けるものじゃない」とばっさり落としてしまうのだ。「愛」など羞恥心が先に立つし、「嫉妬」はしなくなったし、「幸福」という言葉を使ったことはない、というわけである。正直なひとである。 実感を込めて綴られたのは全十三章。その中に「読書について」という章がある。 著者…
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知的経験のすすめ
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北祭/延長、また延長
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読書は楽しむもの。こう考えて本を読むのはとても気楽なことである。しかし読書も度が過ぎると娯楽の域をこえ、一つの疑問がわいてくる。 夜、ラッキーストライクの箱と本が手もとにないと中毒の症状が出るという開高健もまた、読書人の抱くあの疑問に取りつかれていたようである。 「これまでの行路で生そのものに教えられたことと本から教えられたこととどちらが多いか。駅で電車を待つあいだにときどきそんなことを考える。 読書そのものが生の体験の一つなのであるからこれはおのずと答えがきまっているようであり、愚問のようにも思える。たいていハッキリした答えがつかめないうちに電車が来てしまうので、この返答はいつも先へ延…
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新しい生物学の教科書
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北祭/生命は死すべき運命にはない
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現代生物学の進歩は驚くほどはやい。高校生の「生物の教科書」はつねに修正されねばならない時代である。ところが、その教科書には間違いや説明不足が山ほどあるらしい。ましてや文科省の検定制度にそう教科書が面白いわけもなく、これを放ってはおけないとの思いで著者は筆をとった。 本書は、生物学の基本知識をもつ読者に向けエッセイ調で自論(構造主義生物学による種の多様性や進化についての考察)を巧みに提示する。話題は生物学全般にわたる。免疫などの説明不足の章もあるが、「進化のしくみ」「生物多様性」「寿命と進化」あたりには心にのこる箇所があった。 自然選択の実証例として有名な「オオシモフリエダシャク」とい…
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古本生活読本
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北祭/古本屋めぐりの心躍り
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いま、書店にある文芸評論の棚をよく見れば本、古本、古本屋にまつわる著作は意外に多い。作家、書評子、書店員、書き手はプロアマ総出の態である。そのなかにあって、古本屋めぐりの心躍りを語らせたなら著者の右に出るひとはそうはいない。 「まず、私という人間が、一日に一度は、古本屋の軒先をくぐり、古本の匂いをかぎ、棚に並んだ背の文字を目にやきつけないと、身体の調子がおかしくなる人種だということを、申し述べておかねばならない。お通じのない日はあっても、古本屋へ行かない日はない」 鹿島茂の著作『子供より古書が大事と思いたい』というタイトルは記憶に新しいが、著者は「お通じよりも古本屋めぐりが大事と思いたい」…
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