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娚の一生(flowersフラワーコミックスα)
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cuba-l/中高年を主人公にした稚拙な恋愛少女漫画
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一組の中高年男女の恋愛の発端から顛末までを描いた少女漫画である。なんとなくハイソでリッチな設定を下地に、もどかしい恋愛の道行にハラハラドキドキの事件を織り交ぜ、いっとき大人の恋愛事情への憧れと共感を誘ってくれるかもしれないというチープなストーリーには、好き嫌いが分かれることだろう。 人は誰しも老いとともにるときめく恋愛には自然に疎遠となり、その現実に困惑や焦燥を感じることもあるだろうし、まして、中高年で未婚となればなおさらだ。この漫画ではそんな状況を、いっときときめく感覚への未練や憧れを誘うような安手のお膳立てをして揃えてくれているのである。主人公の女性は、かつてミス原発と呼ばれ重電メーカーの…
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階級の敵と私
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cuba-l/これは1989年のいちご白書なのかも
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1984年からベルリンの壁が崩壊する1989年まで、16歳から大人になろうとする若い女性が日記に語りかける形式で記された、旧東ドイツでの日常描写を柱とする小説である。内容は比較的ホップな、ヤングアダルト向け小説ではあるのだが、今の日本人一般にとっては東西ドイツ統合自体、すでに無機質な外国の「歴史」に組み込まれつつある微妙な時代・場面設定だけに、日本での出版には商業的に難しさが伴ったのではないかとも想像される。その意味でも少々値の張る設定でも、扱いが当初のヤングアダルト向け小説というカテゴリとは違ってしまっているようでも、こんな興味深い書籍の刊行されたことは貴重なことだ。本書は、主人公の少女がそ…
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私のフォト・ジャーナリズム
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cuba-l/不安と混迷を生きる私たちに希望と感動を与えてくれる写真という手段
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ある人は人間に必要なことは三つあって、それは毎日笑うこと、考えること、強い感動を覚えることだと述べたが、最も難しいのは強い感動を得ることだろう。私たちはともすると変化の乏しい日常にあって、心をこわばらせては、つまらない憤懣に突き動かされる毎日を流されていることがある。素直な感動をつかめない毎日は不満とストレスで一杯だが、一方で遠い世界、極限状態のような世界でも人々が同じようにささやかな幸福を願いひたむきに生きていくことを知ることは、幸福を求め実感することの追体験であり感動する力を再生するこころみとなる。この本の写真にはそんな力が確かにある。 本書は、主に戦場や辺境にある人々の今を伝えるフォトジ…
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年金生活の便利帖
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cuba-l/「なんか、きっと大丈夫かも」__不安の時代を過ごす年配の方にも若い方にも
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先日の朝日新聞読書ページで歌手の一青窈が、良い本は見た目に内容が現れると思うが自分はこれを信じる、というようなことを書いていた。私もまた経験的に本に限らず機械や道具についてもその機能性能はデザインに現れると漠然と思っているところがある。そこでこの本であるが、書店で手に取ってすぐにこれはいい本だなと感じるものがあった。このムック本をたとえるなら、凄みのある絶世の美女ではないかも知れないが、黄色い親しみやすい表紙が安心感をともなってそっと寄り添ってくれる器量良しの看護婦さんのような印象がある。そして実際に中身は外見の印象を裏切らず、知っておくべきあれやこれやの情報が一冊にコンパクトにまとまって、…
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教師をやめて、ちんどん屋になった!
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cuba-l/五十を過ぎて教職を捨て、立派なちんどん屋ができるまで
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やみがたい音楽への情熱、抑えきれない表現への欲求、それだけで公立校教師と言う安定職を投げ出し、芸人とも広告宣伝員とも(一般的には)よく分からない仕事に飛び込んでいくとはいったいどういうことなのか。それも定年まであと4年で、しかも景気も冷え込み仕事も多くなさそうな地方で、そのうえいい年して夫婦いっしょにチンドン屋!?書店を覗くと、五十過ぎて、あるいは定年前後から、いったいあなたは何をするのかしないのか、はてはどうやって生きていくのかを問うたり、その体験事例を紹介した本というのが実に多い。該当年齢者にはその脅迫じみた広告と刻々と経過するわが身の時間に、ついつい焦りや戸惑いを感じたことのある人も少な…
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ブルーカラー・ブルース
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cuba-l/働くことに悩む人に
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これは建設現場の新米マネージャー経験を通じて働くことに悩んだ主人公の、全人格的な苦難からの脱出と再生の物語である。体験者らしく業界の内部の事情や非人間的な職場の様子もリアルに描写されてストーリーに迫力をもたらしているが、なにも働くことに伴う困難は建設業界やブルーカラー労働に限った話ではない。知っての通り、この社会における就業の難しさは、厳しい求人倍率や雇用のミスマッチも当然のことながら、当世の個人が自分らしさや自己実現を脅迫的に求められる一方で、ますます効率的な利潤追求を尖鋭化した企業の目的が、個人の動機と一致することはなかなか難しくなっていることにもある。 多様な個性を単純な企業論理がみな網…
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死ねばいいのに
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cuba-l/おまえら、愚痴ってばかりで迷惑かけて、どうせ死ねないから生きているだけならもう少しまじめにやれ
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なんて非道い本のタイトルだろう、売れれば何でもいいのか、と思って手に取りましたが、読めばはっとする各説話、俗っぽい設定ながらも一々わが身に刺さる事例と会話の数々に、目から鱗、もやも晴れ、痛みも忘れて、腫れも引きました。やはりこれを読んだ寝たきりのおじいさんは起き上がって一人で歩けるようになりました。。。 生きづらい世の中ですが、生きづらいのは私たちがわが身の不運を愚痴る前に、自分の持っているもの、運や、周りとの関係のありがたさを素直に受け止めることが出来なくなっているからかもしれません・・・。・・・・・・・・・・・そんな誰かの感想はさておいて、物語では一人暮らしの若い女アサミが殺され、その女の…
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あとより恋の責めくれば
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cuba-l/大田南畝と江戸の粋を素見騒き
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江戸中期、光と影の際を当代一流の粋人たちが闊歩する。恋川春町、山東京伝、もとの木阿弥、朱楽菅江、そして主人公の四方赤良こと大田南畝。身分も出自にも関わりなく集い、歌会を催し、宴を張り、妓楼に遊び、お目当ての遊女に差し合いがいるとみるや、すかさず店替え、あるいは素見騒きと洒落込む身のこなしは野暮とは無縁だ。 素見騒き(そけんぞめき)とは、今風に言えばウィンドーショッピングのようなことであるが、特に江戸の色里などで遊女の並ぶ見せ張りをのぞくだけの冷やかし客や、その賑わいを眺めて楽しむ粋なそぞろ歩きのことも素見騒きと称した。江戸中期の吉原などは大店が軒を連ねてきらびやかさを競い合い、不夜城のごとき仮…
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四十八歳の抵抗
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cuba-l/西村次長における中年の危機
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西村耕太郎48歳、大手保険会社の次長で当時55歳定年まであと7年。いまさら立身出世の望みもないが、妻と成人した長女の3人暮らしで平凡だが幸せな人生である。本人もこれを否定はしないが、老いの初頭にふと立ち止まって眺めやるこれからの平凡な太平無事の下り坂の人生を受け入れるのにはまだ納得していないし、ちょっと冒険すれば若い愛人にも手がとどきそうなところに心が揺れ動いている。 ところがそこに娘の恋人発覚・妊娠という事件が絡み、自らの慾望の始末と若い男女へのけじめについて迫られるそれぞれの対応はこれからの後半生をいかに生きるのかという悩みともなっていく・・・。誰しも若いときは勢いや体力であるいは怠惰と先…
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部長!ワイシャツからランニングがすけてます
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cuba-l/ファッション指南は、迷えるおじさんの救いか、余計なお世話か
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想定読者は40才前後から始まって主体は50台以降のホワイトカラーおじさん層の、ファッション評論本である。 日本のおじさん(じいさん)ファッションというと、平日は型にはまったスーツ姿と、休日は背広・ジャージ・靴下・つっかけサンダルのような、とことんイケていないスタイルが主力のような気がするが、この本ではとりあえず、そこまでの底辺(?)層はあまり相手にしていないらしい。 近年はビジネスカジュアルだのクールビズだの、世の中の変化と業界の思惑に翻弄される日本のサラリーマンに対するファッションの要求はなんとも捉え難く、何が正解かと迷う人も多いのだろう。そんなこと自分で考えろといっては身も蓋もないのだが…
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大阪ハムレット
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cuba-l/しんどい人生とキボウのカケラ
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本書は大阪を舞台に市井の人々の哀歓を描いた連作短編集であるが、大阪ならずともどこの世の中にもありふれた、でも直面する各人にとっては深刻なそれぞれの人生の苦衷と向き合う小物語集である。 登場人物はデザイン化・簡略化されたどちらかというとかつての著作「少年アシベ」や「ここだけの二人!」を思わせるような一見コメディー調の線で描かれているのだが、表情やポーズは実に計算されたものだ。たとえば第4話・5話にあたる「恋愛」の中では、ラブストーリーにつき物の二人の障害は年齢差(マー君15才由加23才)に加えて彼女が恋人の男性に父性を求めていることであるけれど、そんな特殊事情を別にしてもデートで彼女がマー君をひ…
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人生を〈半分〉降りる
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cuba-l/世の中の多数派に違和感を持つ人のための幸福論
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中島氏一流の毒をまきちらしつつ、会社や世の中の多数派にあわせて生きることに違和感を感じる人に向けて書かれた、社会に着かず離れず半隠棲してしっかり自分の居場所を確保して生きる人生の指南書である。たとえば会社や産業社会とは、個々の感受性はどうあれみんな同じ方向を向いていっせいに走ることで効率化を図り利潤をあげようとするものだから、社会的な動機とすべての人の個人的動機が一致するわけではない。というよりも一致する人はまれである。ところが会社も会社以外の組織だって大きくなれば多数派を構成して組織運営をしようとするのはみな同じである。 それでも多くの人は自分の心にふたをして多数派の構成員をしているのだが…
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写真俳句のすすめ
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cuba-l/時代とともに広がるやさしい表現の方法
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時代とともに新しい創作や表現手段が生まれてくるのは当然だが、どうやら写真と俳句は相性がいいようだというのは誰しも感じるところではないだろうか。光景を切り取る写真と、わずかな文字で世界を表わす俳句は似通ったところがある。写真は引き算と言われ、絵の具を塗り重ねていくような絵画とは違い、すでにある被写体の映像から写真家の感性で不要なものを画面から排除して最終的な映像を残して写し込む。一方の俳句はわずか十七文字の中に作者の生きている光景を切り取り、世界を凝縮する。こんな写真と俳句が結びつくことで、主観性の強い俳句に客観的な記録性を補うとともに写真には作者独自の観点の説明が可能になって、記録表現として相…
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瞳子
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cuba-l/世の中への違和感を抱えて生きる
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自伝的と著者も言っているように、1980年代に学生時代を過ごした著者の回想的作品のようだ。テーマは世の中の大勢派への違和感を持って生きること、とでもいえようか、ニートの起源でも見たような気分になった。大学卒業後就職もせず親の家でぶらぶら過ごす主人公の瞳子は、対人接触上の障害があるわけでもなければ、実態のない自分探しにかまけているわけでもない。ただ、自分は何者かを探すというよりも、「自分が何者でないか」をよく見据えている。’80年代という世の中がこぞってバブルへ向かおうとしているくらいの時代に、特に大きな障害もなく順調そうに大学までを過ごした人間が世の中の大勢側と同調しない行動をとるのはさぞ過ご…
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ムーミン谷の十一月
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cuba-l/秋に読みたい現代人のための童話
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これはムーミン一家の出てこないムーミン谷の物語なのだが、ムーミン一家に様々な思いや期待を抱いてやってくる悩み多き様々な登場人物たちが、まるでそれぞれが私たちの断片であるようだ。 孤独になりたいのに本当はどこか誰かとつながっていたかったり、何か自分の意思でやりたいのにいったい何をしていいのかわからなかったり、自分で決めた日常の決め事に反対に自分が縛られて行き詰っていたり、私たちがごく日常突き当たるありふれた戸惑いが個性的な登場人物に託され生き生きとたくみに描かれている。 なぜ、彼らがムーミン一家を訪ねて悩みが解決すると思ったのかは、悩みと向き合う彼らの行動により明らかにされるのだが、それはムー…
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キャンティとコカコーラ
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cuba-l/これこそユーモアミステリー
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ロメオとジュリエットの舞台となったイタリアはヴェローナの街の警部である主人公のロメオ・タルキーニは、ずんぐりむっくり体型にカイゼルひげ、愛情豊かな大家族に囲まれて暮らす、過剰な感情表現と想像力の持ち主である。彼はヴェローナで生まれたことを何よりの喜びとし、家族は互いにいたわりながらヴェローナで暮らしてこそ幸福であるという信念を持っている。ところがなんとしたことかアメリカ人と結婚してしまった娘の元を訪ねて、婿の実家であるボストンの上流社会へ乗り込んでいくのだが、この本はそんな彼のいく先々で生じる事件と騒動を巡るユーモアたっぷりのミステリーだ。 厳格な清教徒一家や金と権力を信奉して疑わないボストン…
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タイムマシン開発競争に挑んだ物理学者たち
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cuba-l/気楽、手軽な現代物理学史の入門書
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絶対零度に近い低温で原子は形状がおぼろげになりここの区別がつかない状態になる。これをボース・アインシュタイン凝縮体と呼び、この中を光を通過する光の速度は空中での秒速30万キロから、なんと時速60キロにまで低下した。光の速度を追い越すことができれば人間の時間の概念は変わり時間の壁を破る第一歩になるのではないか・・・。こんな内容の前書きから始まる本書は、タイムマシンをつくるのは可能かという観点から現代物理学の理論や研究を概観する知的エンタテイメントである。アインシュタインやカール・セイガン、ホーキンズなど、そうそうたる顔ぶれも登場し、時空を超える理論や実証実験が次々と披露される。 多くの科学者から…
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太陽の塔
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cuba-l/読むだけ無駄、男子学生的妄想の青春日常
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たまに何の予備知識もなく本を手に取り読んでみることがあるが、はずれを掴む確率が多いのは世の中に流れ出て積み上げられた本の山に、読むに値するものがいかに少ないかということの実証であると思われる。特に小説やエッセイという分野においてそのはずれ確率とはずれ方の度合いは甚だしく、著者の独りよがりと貧弱な想像と稚拙な表現が絡み合った作品に出会ってしまうと、個人的な時間と金以上に、社会的資源の無駄を垂れ流す出版社の不見識に腹立ちを覚えるほどの事態にまで至ることがある。 まさにこの本は「それ」に該当する。 学生の頃の妄想的日常、あるいはヒマと体力と過剰な自意識のあり余る若い日常を構成する妄想と思いこみが、無…
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超古代オーパーツFILE
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cuba-l/いつか何かの話のネタになるかも
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オーパーツとはOut Of Place Artifactsの略で文字通り場違いなモノのこと。たとえば太古の化石層からどう見ても近代の製品のようなモノが出てきたらそれはオーパーツとなって、学者先生方を悩ませるモノとなる(?)。そしてまさにこの学者・学会を悩ませ、従来の学説で説明がつかないという点こそこれらオーパーツが人々の注目を集めるポイントではある。専門の学問に無縁のシロウトにすれば、ほうら、権威ある学者でも分からないことがあるというのは学問に対するコンプレックスをつかの間癒してくれることもあるだろうし、また整然と体系だった学問的説明の本道を外れて多様な解釈を試みることはオーパーツに限らずちょ…
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地図にない町
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cuba-l/現代を生きる不安と憂鬱
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改めて説明するまでもないが、映画ブレードランナー(原題はアンドロイドは電気羊の夢を見るか)やトータルリコール(原題は追憶売ります)の原作で名高い作者の初期に書かれた短編集だが、本書でも印象的なのは荒廃した未来のイメージだ。それはこの作品が書かれた頃の、東西対立や核戦争の不安と隣り合わせだった時代の空気を反映しているのだともいえるだろう。 すべての話がすさんだ未来の場面や退行の予感を描いているわけではないが、どの作品にも人間の進歩や前向きな努力の裏に潜む挫折、衰弱、失意、焦燥、虚脱といった負のイメージがまとわりつく。とはいっても暗い話ばかりが並んでいるわけではない。皮肉と時にユーモアをたたえた…
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仕事と年齢にとらわれないイギリスの常識
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cuba-l/日本人の社会と人生に足りないものを考えるきっかけになるか
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イギリスに見られる、年をとることに人生の価値を見いだして、いくつになっても夢を可能性をあきらめない人々。また、異質な人とのコミュニケーションを楽しみとし、年老いても自立した人間が共生するためのコミュニティー・・・。かたや若さを失うことにおびえ、若いうちは仕事の軋轢に呻吟し、老いては老後の不安におびえて暮らす日本から見れば、この本で紹介されるイギリスはまるで理想社会のようだ。近代産業社会の先頭を走り、繁栄とともに様々な歪みを経験した果てにある現在の成熟したイギリス社会と、そこに暮らす人々の知恵には日本が学ぶべき点は多い。金品にとらわれず自分なりの幸福を求める態度、会社に多くを委ねず自らの責任で人…
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ロッティー、家へ帰ろう
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cuba-l/古く懐かしい風景と、変わらぬ人の心
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舞台は世の中も人々もまだ純朴だったころの100年前のアメリカで、職業野球のマイナーチームを解雇されたベン・フェルプスと、天使のような美女ロッティーの二度の出会いと事件・秘密を中心に物語は展開していく。 ベン・フェルペスは野球選手の夢破れて故郷に戻って華やかさとは無縁にひたすら地道に働く青年であり、世間・友人・家族・仕事が彼の人生の織り糸だ。またロッティーは静かな薄幸の美女として描かれるが、彼女は何かを代償として求めることなくひたすらただ静かに与えるだけの愛情の象徴でもある。そんなロッティーに巡りあった人々は大きな感情の起伏が生じることになる。 この二人を軸に登場人物が出入りしてそれぞれの人生…
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ふたごのき
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cuba-l/定点観察者
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丘の上に寄り添って立つ二本の楡の木を同じ構図から四季を通じて定点撮影した美しい写真絵本です。絵本には二本の楡の木を姉弟に見立てた文が添えられていますが、人の一生をも超えて長くゆっくりした時を刻む樹木が、人間の営みを見守るような会話が綴られています。 この絵本は人間もまた自然のリズムの一節であることを思い出させてくれるとともに、動かぬ樹木の方こそ、移ろい行く世界の優れた定点観察者だったのだと気づかせてくれるようでした。
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魔王と呼ばれた男北一輝
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cuba-l/神秘主義者と革命家
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北一輝について、その神秘主義的行動から解析を試みた異色の評伝である。戦争への不安と社会不安が渦巻く昭和初期における北は、天才思想家、社会主義者、国家主義者、革命家、恐喝屋、事件屋、等々相矛盾するような様々な顔をもち、国家を揺さぶる様々な事件に暗躍した巨大な影としても知られるが、理想を追求する求道者のような謹厳さと、豪奢な生活と夜ごと遊興を繰り返す卑俗さを合わせ持ち、二・二六事件後に銃殺された後今なお混迷の時代にあって妖しい光を失わない存在である。だから北一輝は研究の対象としても世俗的な興味の対象としても様々なイマジネーションをかき立てる人物だ。 この本ではそんな北一輝を、神憑りの神秘主義者…
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ウミウシ
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cuba-l/この不思議なほど美しい、海辺の癒し系
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ウミウシはいわば貝殻のない巻貝の仲間で、日本には1200種以上が生息しているといわれています。内陸の淡水育ちでウミウシとナマコの区別もろくに意識したことがない私としては、水辺の軟体生物などというと、ぐにゃぐにゃした気持ちの悪いものという意識がどこかにあったのですが、そんな無知ゆえの偏見を吹き飛ばして有り余るほどウミウシは美しく、時に愛くるしく、時に精妙にして幽玄、時には荘厳ですらあります。形状といい模様といいその配色といい、あまりに多種多様な上に、どれもがいったい何の必要があってかといぶかしく思うほど美しく、ぼんやりとページをめくるだけでも写真のウミウシに引き込まれて飽きません。また写真の途中…
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なぜ、エグゼクティブはゴルフをするのか?
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cuba-l/立ち読みも無駄な俗物のススメ
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なぜエグゼクティブはゴルフをするのか。それはゴルフが年寄りでも一緒にできる遊びで、ヨイショの時間がたくさんあるからである。そのためにゴルフをやらされる私が言うのだから間違いがない。この本ではエグゼクティブがゴルフをする理由について、ゴルフのなかには経営という仕事に共通する戦略があるから、と言うようなことを言っているが、そんなことをいうなら、ゴルフでなくても、将棋でもマラソンでも登山でも経営と似ている点などいくらでも並べることができる。タイトルで売らんかな、というコンタンが見え透いた事を感じる人は多いだろうが、さらに残念なのは内容にタイトルに出ている以上のめぼしい情報の中身がないことである。 あ…
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人生の短さについて
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cuba-l/短い人生を生き生きと生きるために
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セネカは古代ローマ時代、皇帝ネロの命令により自殺に追いやられるまで、数々の著作を残している政治家・劇作家にして哲学者であるが、この著作などは二千年近い時代を経ても色あせず、現代の私たちが抱える問題の核心を痛いほど突いてくる。 たとえばセネカは、幾度も公務や世俗の雑事から足を洗って自分の魂のために生活することの重要性を説く。社会的な都合に奪われた時間を取り戻せ、自分の時間をかき集め、守り有意義に費やせば人生は十分に長い、と。 セネカはこうも言う。「年寄りだからといっても、自分のために生きたのでなければそれは長く生きたのではなく、単に長くあったにすぎない。」 社会は、特に現代の産業社会は、組織の利…
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タイタンの妖女
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cuba-l/空疎な大衆的熱狂への距離と優しさ
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全宇宙と時間に遍在するラムファードは59日に一度地球の邸宅で人の体として実体化して出現し、人類救済や崇高な目的のため、神のごとく予言をたれる。そんな予言を受けた若き大富豪コンスタントは、ある目的のため転落と流転の運命に巻き込まれていくのだが、この過程で様々なジンルイの偉業、高尚なスローガン、群衆的熱狂、宗教の愚劣さ、火星人の地球侵攻と滅亡、といった人間への冷徹な観察眼と皮肉に満ちた卑属なプロットが作品には溢れかえる。そして読者は次々に現れる高尚にして俗悪な人間の営みの描写にブンブンと振り回される。(これだけでも十分おもしろい)やがて物語の舞台は遠く土星の衛星タイタンの上に移り、ついには人類の歴…
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食文化あきた考
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cuba-l/食を巡る知の冒険 ~ ババヘラの謎からスローフード、食育政策異聞などなど
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よくあるご当地の名産品紹介だの地場産業の振興ヨイショ本かと思って全く期待せず手に取ったのだが、違った。 秋田といえば有名な、きりたんぽ、あきたこまち、ショッツル、はたはた、比内鶏などの名産品もこの本で登場はするが、この本は単なるご当地食材の自慢と紹介の本ではない。 秋田の食文化を足がかりにはしているが、日本の食とその周辺の文化を全国・全時代を股に掛けて再考する、知的な快楽に溢れた本である。 たとえば、秋田の路上販売のひとつに「ババヘラアイス」と言うものがある。婆さんが何もない国道沿いの路肩などにビーチパラソルと大きなブリキ缶だけの店を出して、客が来ればブリキ缶を開けヘラでアイスをすくってカップ…
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生命の樹
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cuba-l/世代を超えたカリブのドラマと世界の展望
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四代前の過去から説き起こして時代に翻弄される家族のドラマを経て、現代世界の行く末を展望する大河ドラマである。カリブ版の「大地」(P・バック)にも「ルーツ」(A・ヘイリー)ともなぞらえることができるようなこの作品を簡単に紹介することは難しいが、敢えて本書のキーワードをあげるなら「ポスト植民地」、「混血」、「移住」、だろうか。本書のあらゆるところで感じられることだが、世界に離散したアフリカ系人種の強い連帯意識をベースにしながら、国境も文化も踏み越えていかずにはおられないエネルギーの奔流が物語をぐいぐいと牽引していくのである。 その物語の中心は、グアドループ島のサトウキビ畑の労働者から身を起こし、パ…
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