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「標準模型」の宇宙 「標準模型」の宇宙
わたなべ/チョー難しいがそれに値する刺激的で楽しい科学啓蒙書
数式を使わないで現代素粒子物理学の「標準模型」(とは、強い力弱い力電磁力を記述する統一理論)を、とくに予備知識なく素人にわかりやすく懇切丁寧に書いたポピュラーサイエンス本ということで読んだんだが、これが!めっちゃ難しかったのだった。「標準模型」を構成している概念(多くは数学的なもの)を、一章づつ懇切丁寧に言葉を尽くして説明してくれるんだが、たしかに数式は必要最小限であるとはいえその説明はがっつり数学的なわけで、ふだんの私の使用量から比較すると異常なくらい頭を使って死にそうになった。まず前半が現代物理学の歴史的概観で、相対性理論と量子力学と場の量子論をざっと説明するんだが、まあここはそれなりに馴…  全文読む 評価する

天のろくろ 天のろくろ
わたなべ/不安と責任
2002年の近未来を舞台に(この作品が執筆されたのは1971年)、抑圧された状態で夢を見ると、その夢が実現し現実が改変されてしまう、という特殊能力を持った主人公が、診察を受けた精神科医の夢の内容を操作する機械によって、世界を善く変える道具として利用され、医者に抵抗するために彼は法律事務所の女性弁護士を頼り、二人の間にロマンスが芽生える、というもの。ともかくこの現実を改変する夢の能力と、それによって改変されていく「現実」の組み合わせが非常にメランコリックにマジックリアリズム的なリアリティーがあって、それは近未来として構想された2002年が、実際に我々がすでに知っている21世紀初頭の現在とほとんど…  全文読む 評価する

沢蟹まけると意志の力 沢蟹まけると意志の力
わたなべ/大切なものは意志の力と記号の夢
長らく絶版であったが先日突如電子書籍として「パブー」から復刊された佐藤哲也さんの「沢蟹まけると意志の力」を堅牢強固な意志の力によってついに読了した。これがまた素晴らしい傑作であった。前作「イラハイ」と共通するというかその延長線上にある語り口で、しかし今作でははっきりと90年代の日本という歴史性をきっちり刻み込んだ作品となっている。どちらが優れているとは一概には言えないし言う必要もないだろうが、あの時代を生きた人間としては感涙を禁じえない読書体験となった。メディア的な言説のパターンをおよそランダムに参照しながら、たえまなく横滑りするロジックで、ほとんど記号論的な、むいてもむいてもキリのないたまね…  全文読む 評価する

意味と目的の世界 意味と目的の世界
わたなべ/なめらかな語り口と平明な良識で綴る生物進化の物語
ジャン・ニコ講義セレクションの一巻目。ジャン・ニコ賞とは夭折したフランス人哲学者の名を冠した認知科学、心の哲学で重要な役割を果たしている現役の学者に毎年一人授与されるわりと権威のある賞で、受賞記念の講義が叢書となっているのだった。ミリカンは1933年米国生まれの哲学者で、生物学的な観点から、心と言語を、目的と意味に貫かれた統一的な領域として、自然主義的な進化論の立場で描き出そうとする、野心的であるがきわめて平明で(人によるかも知れないが)とても魅力的な議論を提出している、とのこと。実際、この著作はとても平明で興味深い本だった。ともかく読んで面白い生物学的な知見のエピソード性と、それを包括的な理…  全文読む 評価する

10月1日では遅すぎる 10月1日では遅すぎる
わたなべ/簡潔な記述のさわやかな余韻
ひさしぶりに再読して、これはやはり好きな作品だなあと思ったらどうやら現在は品切れで入手不可らしいと知り、重版再刊希望ということで書評を投稿することにした。音楽家を主人公にした小説で、物語のはじまりが、音楽祭のための新曲に「現代的な」作品を考えていたのに、ふと天からモチーフが降りてきて、熱に浮かされたみたいにロマンティックな曲を書き上げてしまい、それをそのまま音楽祭で発表したら、反動だとか現代的な作家に対する挑発だとか思われるんじゃないかと思い悩むのだが、結局新曲を聴いてもらいたい欲求に逆らえずそれを演り、多くの反発と、ごく少数の熱心な(しかし秘かな)支持を受け、ストレスがたまって音楽祭を後にし…  全文読む 評価する

ドイツ現代戯曲選 ドイツ現代戯曲選
わたなべ/響きと怒り
戦後オーストリア最大の作家トーマス・ベルンハルトの最後の戯曲。まごうかなき傑作。ヘルデンプラッツとは直訳すれば「英雄広場」で、オーストリアを支配下に置いたヒトラーがムッソリーニとともにパレードを行ったこの広場を一望できる建物に居を構えたシュースター教授が、そのときの群集の歓呼の叫びが幻聴となって苦しめられるという妻のためにオックスフォードへの移転を決意するが、その寸前に窓から飛び降りて自死してしまうという物語を背景に、第一幕では、教授ともっとも親しく随伴していたとされる老家政婦のツィッテル夫人が、オックスフォード行きを楽しみにしていた夫人の親戚筋でまだ新前の若い女中ヘルタに、故人のかならずしも…  全文読む 評価する

ミステリウム ミステリウム
わたなべ/現代小説の快楽
スコットランド出身で現カナダ在住の英語作家エリック・マコーマックの長編小説。スコットランドの小さな炭坑町で起こった過去と現在にわたる大量殺人の謎を追うミステリ仕掛けで、しかし普通のミステリのようには明快に謎が解けるわけではなく、多くの人間の手記や証言を語り手が再構成した断片をつなぎあわせたスタイルは、これまでのマコーマックの作品の特徴である短篇のよせあつめ的なスタイルを想起させながら、しかし本作ではもっと長篇としてのかたちが整っていて、また、あからさまなアンチ・ミステリのような人を食ったオチへと雪崩れ込むのでもなく、ほとんど最初から、人が言葉によって何かを語ることそれじたいのフィクション性を指…  全文読む 評価する

チコス チコス
わたなべ/ポップの熱に煽られて
現代スペインを代表する(らしい)詩人の自伝的短篇連作集。ホモセクシャルと現代風俗をメイン・テーマにして、スペインの民主化移行期を郷愁ゆたかに描きあげた作品。不毛で、哀しく、まったく愛が存在しない冷たさがいい。大量にぶち込まれた固有名詞が、時代風俗とともに、モノに囲まれて幻惑されていながら同時につねに愛に飢えているじりじりするような焦燥を抱える語り手の過去を、ノスタルジックに染めあげていて、その虚ろさが切ないような涙を誘う。青春というのは往々にしてとても不毛な時間だと思ったりした。ちょっと村上龍を想起したりもする。「ポップ」という価値観の体験はやはり世界のあちこちで共有されていたんだろうなあと。…  全文読む 評価する

休戦 休戦
わたなべ/反転する世界の孤独
これは傑作だと思う。苛酷な収容所生活を描いた「アウシュヴィッツは終らない」の後に書かれた二作目で、赤軍によって解放された後、ポーランドとロシアを彷徨い、イタリアに帰還するまでの長い生活を描いた作品で、冒頭のほとんど感情が枯渇した収容所の最後の生活からはじまり、解放後の、ドイツ人の去った後の現地の人々とのおずおずとした新しい関係の結ばれや、秩序の権化のようだったドイツ人とはまったく異質の、しかしそれはそれである種苛酷なロシア人たちのいい加減極まりない対応のなかを、何が信用できるのか、どうすればよいのかはさっぱりわからないものの、しかし、語り手の前に様々な人間模様が展開していくのを生き生きした文章…  全文読む 評価する

寿命論 寿命論
わたなべ/進化で獲得された能力としての「寿命」
進化論の射程で「寿命」という現象を論じた本で、巷間いわれる「有性生殖は遺伝的多様性を生み出すために生じた」という説明を疑問に付し、ゾウリムシのオートガミーやセルヒウィングが遺伝的多様性を生まないのに有性生殖が寿命の起点となっていることなどに着目し、寿命を、老化と若返りのシステムとして捉え直す。生物時間(寿命)は体重に正比例し、エネルギー消費量に反比例するという関係式が成り立つことを示し、そこから受精から性成熟齢までの細胞分裂回数に着目して、寿命は性成熟齢に正比例する、という関係式を導く。細胞進化の方向性(原核細胞から真核細胞へ)を検証し、進化の主要な要因としてゲノムの大型化を指摘し、そこで脅威…  全文読む 評価する

生命の起源をさぐる 生命の起源をさぐる
わたなべ/明快で詳細な入門的科学啓蒙書
たまたま書架で見つけて読んだんだが大変面白い本だった。タイトルからたいてい予想はつくと思うが、めちゃくちゃわかりやすい地球惑星科学と生物発生について書かれた科学啓蒙書である。けっこうこの手の本は好きでいろいろ読んだつもりだったんだけど、話題の幅の広さとしっかりした論理的展開の飲み込みやすさはけっこうすごいと思う。目次的に紹介すると、太陽系のはじまりから地球の誕生と、生物が発生する環境についての序章、生命の起源をめぐるいくつ科の学説の紹介、化学進化の実験研究によるアミノ酸の生成、原始海洋中の生物進化の起源を化学から追い、RNAを化学的に生成する実験など一連の化学的生成の実験と考察を紹介する第一章…  全文読む 評価する

母子寮前 母子寮前
わたなべ/余計なこと(もの)が齎す小説的な豊かさ
著者の小説作品はこれまで何度か読んで、正直いまひとつピンとこなかったのだが、芥川賞候補にもなった本作はおどろくほど普通に面白かった。母を癌でなくした批評家の私小説という体裁で、これまでの不自由な恋愛ものや文壇ものなどとは題材の違いが文体にもあらわれているようで、あまり余計なことを考えずすんなり読め、その感情の動きと人物像にいろいろと物思わせられる。たとえば、いかにも甘やかされて育った内弁慶な長男、という感じの「私」の印象は、批評家としての小谷野氏のメディアのなかでの人物像よりももっと鮮明で、しかしその鮮明さというのは「小説」として巧みに造型されているもなので、鬱陶しさよりも「成程こういう人はい…  全文読む 評価する

千年紀の民 千年紀の民
わたなべ/作者の幽霊的回帰
三部作完結編だが、前二作との対応関係は、その二作の緊密な鏡像的関係に比べればもう少し緩やかで、しかしむしろ二作をメタレヴェルから見下ろすかのような独特の位相を開いた作品として、違う種類の関係性を有しているようだ。いわば弁証法的な高次での統合とでもいったようなものだが、もちろん、たとえば『夢幻会社』や『楽園への疾走』といった作品が、ほとんど自己パロディ的な反復的モチーフの総合として作られていたように、その「統合」には、どこか人を食ったようなあっけないユーモアが漂っている。第一作『コカイン・ナイト』で、自己言及的に「サイコのスタイルでリメイクされたカフカ」と予告的に語られていたように、本作では、レ…  全文読む 評価する

スーパー・カンヌ スーパー・カンヌ
わたなべ/ポストモダンの夜
《病理社会の心理学》三部作の二作目。サイエンス・パークと高速道路によって、ヨーロッパのシリコン・バレーたるべく建設された理想的なビジネス都市で発生した大量殺人の謎を追うサスペンス小説。物語と人物の設定が見事なまでに前作『コカイン・ナイト』の鏡像のように緻密な対称性をもって作られた作品で、読みながら前作の物語や場面がいたるところでフラッシュバックし、ひとつの物語を読みながら、その向うにもうひとつの物語を想起し、物語と物語の連関の中から作者の操作性、主題と形式に対する批評性が浮かび上がってくる、という複雑な感慨が浮かぶポストモダンな作品。いくつか具体例を出すと、謎を追ううちに観察者から行為者へと変…  全文読む 評価する

コカイン・ナイト コカイン・ナイト
わたなべ/退屈な未来のはじまり
このほど「病理社会の心理学」三部作の翻訳が完結したので、第一作から読み返そうとまず本書『コカイン・ナイト』を読んだ。旅行記者の主人公(一人称の語り手)が、スペインのリゾート地で弟が大量殺人の容疑者となったのを知り、現地に赴いてその無罪を確信したために事件の真相を探る、というもの。かつて「未来は退屈なものになるだろう」と語ったバラードは、その「未来」に忠実であるかのように、フィルム・ノワールやニューロティック・スリラーといった40年代から50年代にかけての北米の表象を丹念に写し取った「サイコのスタイルでリメイクされたカフカ」のような物語を構築している。少し熱に浮かされたような主人公の、バラード特…  全文読む 評価する

醜聞の作法 醜聞の作法
わたなべ/トライアングルズ
これは大変面白い作品だった。ともかく文章がきれいで読みやすく、語り/騙りの技法も冴えていて読んでいてとても楽しい軽やかな作品。内容は、18世紀末(と帯にあるのだが、内容的に世紀末にはちょっとまだ早いんじゃないかなーと思ったり)、とある侯爵が美しい養女ジュリーを金持ちのヒヒジジイに輿入れさせようと企み、侯爵夫人はジュリーのために反対するが(ジュリーには将来を誓った恋人がいる)、怒った侯爵はジュリーを攫って修道院に閉じ込め翻心を迫る、困った夫人のために「私」は一計を案じ、パレ・ロワイヤルの腕はいいがお人好しでうだつが上がらない弁護士に白羽の矢を立てて、近頃流行の「パンフレット」で面白お可笑しく状況…  全文読む 評価する

ピストルズ ピストルズ
わたなべ/禁欲と操作
これは傑作だった。もともとですます調が苦手で、連載中にちらっと読んで見たときにどうも面白くない感じだったので躊躇していたのだが、また、実際読みはじめ、読み進む中でほとんど快楽を感じられない淡々としたというよりもほとんど禁欲的なまでにドライヴしない文体で物語が何重もフィルターをかけたような遠くから語られるような調子で、巻を措くあたわず、というノリではなく淡々と読んでいくと、これまでに語られてきた神町の物語群(シンセミア、ニッポニアニッポン、グランドフィナーレ、ミステリアスセッティング)が、まったく違う面から解釈され語り直されるのだが、それが陰謀論的な「真実は!」というスタイルになっているにもかか…  全文読む 評価する

フーコー フーコー
わたなべ/禿は坊主に説教しない
最初は生徒として、後年はコレージュドフランスでの同僚としてともに働き、特に計画変更後の『性の歴史』においては、古代ローマ史の専門家として貴重な貢献をしたとされる歴史学者によるフーコーの思想と人物について書かれた回顧的な評論。フーコーの「言説」概念を、ヴェーバーの「理念型」と同質のものととらえ(それに関してフーコーが抱いていたヴェーバーへの誤解と、フーコー自身が歴史家たちに与えた誤解について丁寧な論述がある)、変異する理念の枠組みと歴史的な重みを持つ「事実」のあいだで、徹底的に「経験論者」であろうとし、政治を含むあらゆる実践に対して指針を与える知識人の役割を否定し、ここの判断の材料を与える専門家…  全文読む 評価する

サゴケヒ族民謡の主題による変奏曲 サゴケヒ族民謡の主題による変奏曲
わたなべ/締念とエロス
電撃文庫から「想像力の文学」、そして講談社BOXと、なかなか先が見えない版元を転々としている観のある著者だが、その、どこからも少しはみ出すような強烈な個性が、逆にどこであっても田中哲弥という趣を作り出しているように見えるのが面白い。本書は前作「初恋/猿駅」に続く、グロテスクで切ない独特の統一感のある短編集。いくつかはすでに他のアンソロジーで読んだことのあるものだったが、再読してやはり陶然とする。文体の魔術師とでも言いたくなるような、ワンセンテンスが長く、論理がとめどなく横滑りしてイメージよりももっと触れたり嗅いだりというような直接的な感覚に訴えかけてくる文章の、物語が曖昧に遠ざかっていき、ほと…  全文読む 評価する

噓とエゴ 噓とエゴ
わたなべ/ナンバーワン
これもまた期待に違わぬ嫌な話で非常に面白かった。「サラブレッド」「エース」「コールガール」といういささか古い言葉を章タイトルに、その言葉で表される人物の一人称で記述が交互に展開するスタイルなのだが、その一人称がさまざまな偏差を通して(たとえば会話の中で語られる一人称とか、物語的な叙述の一人称とか)物語が重層的に構成され、半生記的な前半部分と、現在時と一致してからの中盤の速度変化の見事さと、そのクライマックスのほとんどタランティーノを思わせる面白さ、そしてぐだぐだな後半から苦い余韻を残すオープンなラストのある種の物足りなさまで、ぐいぐい一気に読まされてしまう、本当に練りに練られた作品だなあという…  全文読む 評価する

心は量子で語れるか 心は量子で語れるか
わたなべ/世界と内在
これは大変面白い本だった。人間と世界の関わりを、物質的世界、精神的世界、数学的世界の相関関係としてとらえるという視点は、自然主義的世界観について、ずいぶん「ああそういうことか」的な納得を与えてくれるものだった。自然主義や唯物論の考え方の中には、人間がそこに所属する「世界」そのもののうちに規範性や秩序が内在する、と考える楽天主義があって、いわゆるセム族的な、この世界を超越した「彼岸」に、この世界を意味付ける何か(多くは「神」)が存在する、という考え方と鋭く対立しているわけで、しかし自然主義や唯物論が、単なる還元主義ではないし、ニヒリズムでもないのは明らかなのだが、その明らかさの中にはペンローズが…  全文読む 評価する

思想と実在 思想と実在
わたなべ/存在の困難について
これは大変面白い本だった。1996年に行われた講義をもとにした著作で、おそらくそのためだろうわりと広範な議論がのびやかに展開して、非常に興味深い内容になっている。私のような哲学の門外漢にとってはこれでも十分難解だが、しかしいわゆる専門書に比べると非常に読みやすく、ハードな部分を乗り越えると一気に読める面白さがあった。目次を書き写しておく。第一章 事実と命題第二章 意味論と形而上学第三章 真理と意味第四章 真理条件的な意味論第五章 正当化主義的な意味の理論第六章 時制と時間第七章 それ自体で在るものとしての実在第八章 神と世界まあこれだけでほぼ内容は一目瞭然なわけだが、事実と意味と命題と真理の複…  全文読む 評価する

古典絵画の巨匠たち 古典絵画の巨匠たち
わたなべ/文体=構造
オーストリアを代表する大作家の1985年の作品。ウィーンの美術史博物館、テントレットの「白ひげの男」が展示されたボルドーネの間の天鵞絨張りの長椅子に二日に一度午前中すべて使って陣取る音楽批評家のレーガーと、彼を敬愛する監視員のイルジーグラー、そして語り手の「私」ことアッツバッハーの三人の会話を中心に展開する「芸術」をめぐる小説。読みながら、その何と言うことはないモチーフを、反復と変奏によって享受者が思いもよらぬところまで連れて行ってしまうかのようなスタイルがベートーベンみたいだ、とぼんやり思ったところで作品内でベートーベンに関する言及が出て来たので驚いた。ベルンハルトの作品は文体がイコール構造…  全文読む 評価する

キャッチ=22 キャッチ=22
わたなべ/アメリカ、アメリカ!
これは大変面白かった。傑作だと思う。第二次大戦下、地中海のとある島からイタリア半島へ空襲をかける兵隊のヨッサリアンが、なんとかして戦争(任務)から逃げようとするのだが、キャッチ=22と呼ばれるデタラメな軍規によってえんえんと阻まれる。彼を取り巻く軍隊の面々はそろいも揃って気違いばかり、というスラップスティックなサタイア。時間軸や視点がころころ変わるスタイルの自在さも魅力的だが、一種狂躁的な出口のなさや、主人公も含めた人物たちの愚劣さや卑小さのほとんど叙事詩的な典型ぶりの美しさ、など、いかにも西欧文学作品といった趣で、そして何より、戦争に対するこのスタンスは、アメリカ人以外ではあり得ないものであ…  全文読む 評価する

マーク・トウェインコレクション マーク・トウェインコレクション
わたなべ/リアリズムとユートピア小説。
トウェイン晩年の傑作。岩波の「不思議な少年」は作者の死後に出版社がこの作品の冒頭と結末を作者が没にした旧稿にくっつけて出したものらしく、かなり内容が違っていて、冒頭から中盤まではほとんどプロレタリア文学的な労働現場での人間関係力学を中心に物語が推移し、謎が謎を呼ぶ展開の中からしだいに44号の「本性」がむき出しになっていき、それと同時に彼の言葉として人間と世界に関するほとんどペシミスティックな文明批評とキリスト教批判と、さらにそれを可能にする一種の自然科学的認識を背景にしたほぼSF的な「世界」のヴィジョンが語られていく。ここらへんのユートピア/風刺小説的なストーリーテリングとプロットは実に見事で…  全文読む 評価する

ローベルト・ヴァルザー作品集 ローベルト・ヴァルザー作品集
わたなべ/不思議な旋律
これは不思議な気分にさせられる作品である。ドイツ語圏スイス人の散文作家としてマイナーな人気を集めるローベルト・ヴァウザーの最初の作品で、奇妙な情熱的性向を有した主人公ジーモンが、職と住居を転々としながら放浪し、その兄姉、また知り合った人々と交流するほとんど永遠かと思われるような「猶予期間」を描いた長編小説。まるで終ることのないギターのアドリヴのように、ジーモンは、たんにテキトーなことをそのときどきだけは真面目に燃えあがって発言したり考えたり(考えるというよりは夢想に近いが)行動したりするのだが、まったくもって論理的な一貫性がなく、ほとんど難癖に近い世界に対する批判精神と、いい気なもんだとしか言…  全文読む 評価する

再生産について 再生産について
わたなべ/来るべき理論(=実践)のために
本書は複雑な背景事情を抱え込んだテクストである。まず、1968年5月の「革命」に衝撃を受けたアルチュセールによって着手され、非常に短期間で書き上げられたとされる草稿が、二部構成の一部のみで途絶し、70年にその一部を「イデオロギーと国家のイデオロギー諸装置」というタイトルで雑誌に掲載され、その反響に対する反論なども含めたかたちで書き継がれながらも、結局放棄されるに至った著作を、第一の草稿と、雑誌掲載された論文、さらにそこに大量に加えられた注釈やメモなどもふくめて、アルチュセールの死後弟子たちによってまとめられ95年に公刊された著作にエチエンヌ・バリバールによる解説を付したものである。アルチュセー…  全文読む 評価する

アルチュセールある連結の哲学 アルチュセールある連結の哲学
わたなべ/超過激で難解な《理論的》伝記。
難解な著作である。少なくとも、アルチュセールの主著及びその生涯、そして背景となるフランスを中心とした戦後ヨーロッパの知的状況に対する基礎的な知識が読者にあることは前提とした上で、アルチュセールのさまざまに変転した「理論」と「実践」をめぐる彼が残した錯綜し矛盾した「言葉」を、ひとつの《理論》のいわば《運命》として記述した、きわめて抽象的で凝縮されたそれ自体極めて理論的、かつ実践的な本となっている。著者は浅田彰の盟友としても知られ、ニューアカデミズムのブームも一段落した90年初頭に『闘争の思考』という単著を発表した後は主にフランス語で論文を執筆し続け、日本ではネグリ、アルチュセールなどの翻訳などの…  全文読む 評価する

不気味な笑い 不気味な笑い
わたなべ/瀟酒で明晰なフランス的批評の誘惑
いかにもフランス的なエレガントでクリアーな本。ベルクソンの『笑い』を、精神分析のさまざまな知見(フロイトの「不気味なもの」論文、ベイトソンの『精神の生態学』における「枠」概念、セシュエーの『精神分裂病少女の手記』)を援用しながら、20世紀文学(カフカ、サルトル)や喜劇映画(チャップリン、タチ)にも繋がる「笑い」と「不気味さ」のてぶくろを裏返したような表裏一体の関係性について論じる、という明快な論旨の本で、70ページそこそこの本文はきわめて読みやすく、わりと自由に連想を遊ばせる断章形式とでもいう感じのスタイルをとっているのだが、それゆえにこそ、本文で語られている以上の何かについての思考を絶え間な…  全文読む 評価する

シャティーラの四時間 シャティーラの四時間
わたなべ/文学によって結晶化された死
待望の一冊。表題作は1982年九月に起こった西ベイルートのパレスチナキャンプ襲撃虐殺事件に、十年ぶりでレバノンを訪れていたジュネがその知らせを聞いてすぐに駆けつけ(事件の三日後)、四時間の滞在の後パリに帰還、十月一杯をかけて執筆され、翌年一月に「パレスチナ研究誌」に掲載されたルポタージュ。晩年のジュネのルポタージュ全般に共通する、愛と希望と、静かな観察眼と洞察に満ちたきわめて美しいエッセーで、まるでジュネが見る/語ることで何かを語り出すかのような死体の数々の描写と、生者の彫像のような描写、生活することの根が破壊されてしまった人々において、たとえば芸術の自律性であるとか、政治と文学の差異であると…  全文読む 評価する

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