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手塚治虫クロニクル
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夏の雨/苦悩の人
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前作『手塚治虫クロニクル1946~1967』に続く『1968~1989』までの代表作を部分掲載した、「漫画の神様」の手塚治虫の後期の傑作集である。 特に『アドルフに告ぐ』や『きりひと賛歌』、『グリンゴ』といった大人を意識した作品が多くなっている。それは劇画という従来の漫画手法を、そしてそれははからずも手塚漫画に代表されるものであるが、変革する流れのなかで負けじと描かれてきた作品群だ。 ただ、それが手塚治虫の漫画かというと、かなり無理があるような気がしてならない。 世評に高い『アドルフに告ぐ』にしてもその物語性は高く評価するとしても、手塚漫画がもっていた丸っこい描線が消え、絵そのものにぎ…
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なぜ泣くの
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夏の雨/それも恋
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恋に生きる女たちを描いた7つの連作集。 女たちの、彼女たちが息る場所の、彼女たちが愛する男たちの、それは巧妙に張られた蜘蛛の糸。からめとられるのは、読者。身動きできずに死んでいくのか、蜘蛛に同化していくのか。 それも恋。 特に後半の3つの作品に描かれる世界は、男性読者にとって未知の世界。女と女の愛の世界。そこに男たちは立ち入ることはできない。 いや、男と女の愛の世界であっても、男は女の喜びの、あるいは悲しみの、一体どのくらいを理解しているといえるだろう。 「聖なる鏡」という作品に「男の人はいとも簡単に騙されます」という、男性にとってはドキッとするような文章がはめ込まれている。続き、…
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ジェントルマン
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夏の雨/これも恋
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恋には様々な姿があります。 男と女、男と男、女と女。あるいは動物への思いも時には恋以上となります。また、最近よくいわれる「年の差婚」のようにひどく年の離れた恋もあったり、近親相姦のようなタブーの恋もあったりします。 様々な恋だからこそ、古今東西、たくさんの物語が紡がれてきたといえます。それでも、その恋がピタリとはまる物語は生まれてはきません。なぜなら、恋の物語はいつもひとつ、世界でたったひとつだからです。 山田詠美さんはそのデビュー作『ベッドタイムアイズ』(1985年)からさまざまな愛の物語を描いてきました。それでも、恋の本質は語り尽くせないのは、浜の砂子よりも恋の形が多いからです。 …
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曾根崎心中
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夏の雨/夢の夢こそあはれなれ
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物語の魅力は第一にキャラクターの造形、次に物語(ストーリー)性でしょうか。 そして、リズム感がくるように思います。それは文体といってもいいでしょうが、先へ先へと押し出すそれは力となります。 近松門左衛門の『曽根崎心中』は古典の名作として知っている程度で一度も読んだことのない身としては、この角田光代さんの作品と比べるすべを持っていません。ただ純粋に2012年に発表された角田作品として鑑賞するばかりです。 その印象は、なんとリズムのいい作品かということです。小刻みに刻む音楽を聴いているように心地いい感じが物語へと誘ってくれます。 ちなみに近松門左衛門の原文も江戸時代の儒者荻生徂徠が名文…
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あさになったのでまどをあけますよ
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夏の雨/朝の匂いにみたされて
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絵本作家にはそれぞれ個性ある描き方があります。林明子さんのように丁寧に写実される人もいるし、いせひでこさんのように水彩で風のように描く人もいます。 長谷川義史さんはうまいのかへたなのかわかりにくい絵を描きますが、生きる力を感じます。 この絵本の作者荒井良二さんも長谷川さんの描き方によく似ていますが、もっとおしゃれな感じがします。色づかい、筆づかいが何物にもとらわれない、自由な感じです。 生きているっていう気分。 私たちにもし翼があったら、荒井さんの絵本のように、どこでも飛んでいけるのに。 はじめのページ。 山の中の小さなおうち。「あさになったので まどをあけますよ」と、あります。…
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報われない人の9つの習慣
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夏の雨/これも常備薬
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著者の経営コンサルタント小宮一慶さんは毎晩松下幸之助さんの『道をひらく』を数ページ読んでから眠りにつくそうです。たくさんのビジネス書を書いている小宮さんでさえ、そのようにして自身を鼓舞しているのです。 もし、仕事を楽しいものにしたいと思うなら、あるいは「よい仕事をして社会に貢献したい」と考えるなら、常にそういう努力を怠ってはいけません。 しかも、その方向を間違わないようにしないと、努力が、間違ったことをしている人もそれなりに努力はしているものです、水の泡になってしまいます。 小宮さんも「多くの方が、すごく努力をされている」としていますが、それが「自己流」になっていて、成果がでないのがと…
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伝える力
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夏の雨/不安にならないためにも読みたい一冊
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東日本大震災は大きな悲しみを私たちに与えましたが、同時にたくさんの教訓を教えてくれました。 今回の災害であらためて人と人との絆の大切さに気づいた人もたくさんいたでしょうし、故郷がどんなに心を癒してくれる存在であるか見直した人もいるでしょう。 あるいは、原子力発電所が脆弱な大地のこの国でどれほど危ういものかということを大きな犠牲をはらって私たちは初めて知りました。 前作『伝える力』は2007年5月に刊行されベストセラーになりました。 たくさんの人があの本を読んで、「伝える力」を学んだはずです。しかし、残念ながらこの国の指導者たちはあの本を読んでいなかったか、読んでいても理解していなか…
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人は仕事で磨かれる
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夏の雨/不自由を常と思えば不足なし
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総合商社伊藤忠商事の元社長・会長である著者の、社長就任時の経緯や就任後の大規模な買収や損失計上などの裏話(といっても、書かれた時点で表話となるのだが)とビジネスマンとしての心得が説かれている。 伊藤忠商事のような大会社の社長の話など雲の上の話と思う人もいるだろうが、ここに書かれているのは小さな規模の会社であっても、あるいはもしかすると企業でもない団体活動でも活かせる内容である。 例えば、入社してから経理一筋に働いてきた人がいたとする。その出来がよく、営業の第一線で役職が与えられたら、もともと営業でがんばってきた人たちは面白くない。 「経理に営業がわかるはずはない」「営業も知らないで仕事…
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55歳からの後悔しない人生
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夏の雨/よく生きるために。
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男性の平均寿命は79.64歳、女性が86.39歳だという。 亡くなった父が87歳と3ケ月だったから、長寿といっていい。その一方で、母は84歳だから、長寿といえども平均には届いていない。 男女の平均寿命が違うのだから、折り返し地点は何歳だとは言い難いが、40歳を過ぎれば、人生の終焉に向かって走っていると思っていいのだろう。 だとしたら、この本にある55歳は折り返し後の、第一の関門かもしれない。 定年延長の議論が最近喧しいが、仮に現在よくある60歳を定年とした場合、男性の場合、そこからまだ20年近い時間を、それはどこから考えても長い時間だが、生きることになる。 私の父の場合でいえば、小…
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君のいない食卓
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夏の雨/父の最後のお酒
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父の葬儀が終わった翌朝、喪主をつとめた兄が「悔やみの言葉でさみしくなりましたねとよく言われたが、本当にそうだよな」とぽつんと涙を落とした。 介護ベッドに寝ている父に「おはよう」と声をかけて起こして、ベッドのそばに置いたトイレまで抱きかかえ、そのあと着替えさせるというお決まりの朝。 朝食は一膳のおかゆと菜のもの、プリンのようなデザート。 お茶は嚥下障害を起こさないようにとろみをつけていた。遠くで暮らす次男の私はそのことも知らず、のんきなものである。 「お茶だよと云うと、わかるのかな、お茶を飲む時の口のすぼめるかっこうをするんだよな」 兄は父のそんな表情をまねた。 エッセイストであり映…
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ひとりぼっちのかえる
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夏の雨/小さな生き物が教えてくれる
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誰もいない、たったひとりぼっち。 そんな状況だったら、誰もがさびしく思います。 お父さんがいてくれたらなあ。お母さんがそばで笑ってくれたらなあ。お兄さんや弟がいたらどんなに楽しいだろう。友だちと遊べたらうれしいにちがいない。 ひとりぼっちはさびしい。 内モンゴル出身の興安さんと詩人の三木卓さんが作ったこの絵本に登場するのは、そんなひとりぼっちのかえるです。 朝になってのぼってきたおひさまがかえるに「たったいっぴきでくらしていて、きみは さびしくはないのか?」とたずねます。昼には雨が、また風が同じようなことをかえるにききます。夜には月さえ「さびしくはないの?」ときくのです。 でも、…
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奇縁まんだら
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夏の雨/定められた命
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先日父が亡くなった。 父とは「奇縁」であろうはずはない。親と子、まさに「宿縁」である。二年前に母を亡くし、時をおかずして父も亡くしたことになる。 私はどちらかといえば、父によく似ていた。容姿もそうだが、気の小さい性格など自分でもよく似ていると時に落胆し、時にうれしくもあった。 母を亡くしてからの父はすっかり無口になってあまり笑うこともしなくなった。母がもっぱら話し、父がそばで黙って微笑んでいる、そんな夫婦であったから、おしゃべりの母がいなくなってどんなにか寂しかったことだろう。 親子は「宿縁」だが、夫婦もまた何かの定めで結ばれているものなのかもしれない。 日本経済新聞で2006年の…
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川のうた
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夏の雨/生きるものたちは川を渡る
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アラスカを生涯撮り続けた写真家星野道夫(1952~1996)に川を渡るカリブーを写した一枚の写真がある。 朝焼けだろうかそれとも夕焼けだろうか、少し橙に染まった川を複数のカリブーが無数の水飛沫をあげ、川を渡っていく。 カリブーの荒い息づかい、どおどおという水の音、その場面には耳をふさぎたくなるような音が氾濫していたはずだが、星野の写真には不思議な程静謐が支配している。 カリブー達は生きるために川を、いま、渡ろうとしている。 「浅き川も深く渡れ」。 星野道夫は小学校の卒業アルバムにこう書いた。これから中学生になろうとする少年がどんな思いでこの言葉を記したのか知ることもないが、星野の生…
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ああ、懐かしの少女漫画
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夏の雨/花より少女漫画
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女の子を初めて異性として意識したのはいつだったろうか。 巷間よくいわれるような保健の時間に女子が別室に移動したという光景は覚えていない。 女子の背中に下着の影が映った頃、それは小学六年くらいであったか、そのあたりから異性として意識したような気がした。 それでも、彼女たちが読んでいた「少女フレンド」や「マーガレット」を貸してもらって楽しんでいたのもその頃で、少女漫画雑誌も少年漫画雑誌もあまり気にしていなかった。 ところが、「お目眼の中にお星様キラキラ、バックにお花」といった少女漫画のことは覚えていない。記憶にあるのは、楳図かずおの恐怖漫画なのだ。 姫野カオルコの「漫画評論でも漫画史で…
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手塚治虫クロニクル
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夏の雨/手塚漫画とともに歩む
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「漫画の神様」手塚治虫は生涯600以上のタイトルの漫画を描いたという。 それだけでもすごいのだが、もっとすごいのは、手塚が『鉄腕アトム』に代表される少年まんがだけでなく少女まんが、成人向けまんが、それに幼児向けまんがと、ほぼ読者の全域にわたって描いたことだろう。 『鉄腕アトム』で幼少期を過ごした子供がやがて青年期に『火の鳥』で感銘を受ける。そして月日を重ね、『アドルフに告ぐ』でまた人生を考えさせられる。 手塚の漫画とともに成長し、いつも手塚漫画がそばにあった。そんな人たちは多い。 本書はそんな手塚治虫の業績を「クロニクル」(年代記)の形で年ごとに一作品ずつ紹介している。 もちろん、…
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だれかの木琴
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夏の雨/じわじわと
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ゆっくりの類語。そろそろ。徐々に。段々。じっくり。少しずつ。どうも、しっくりこない。 やはり、じわじわ。これが、この作品には合う。 じわじわ、という言葉には時間的速度的にはゆっくりと同じ速さを感じないものがあるが、その迫りかたはこちらを威圧する印象がある。迫ってくる感じ。恐怖。 やはり、じわじわ。これが、井上荒野が描く普通の主婦の心の破壊を描く、この作品には合う。 41歳の主婦、夫は5歳年上の警備会社の真面目な営業マン、の小夜子が新しい家に越してきたところから物語は始まる。夫婦には13歳の、少しばかり反抗期を迎えた娘がいる。 どこにでもある家族。どこにでもいる夫婦。まだ「性生活は途…
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八月の路上に捨てる
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夏の雨/「同棲時代」の子供たち
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第135回芥川賞受賞作。 2006年の作品ながら、古風な青春物語の匂いを感じさせる。どんな時代であっても、青春とは甘酸っぱいものなのかもしれないが、それは同時に池澤夏樹選考委員が指摘しているように「類型を脱していない印象」も否めない。 個人的にはそんな「類型」が嫌いではない。 30歳の誕生日に4年続いた結婚生活に終止符を打とうとしている敦。彼は飲料缶を自動販売機に補充する仕事のアルバイト。2つ年上の水城さんという女性と組んでルートを回っている。 八月の最後の暑い日。水城さんはこの日を最後にこの仕事から事務の仕事に変わる。 結婚生活を終えようとしている敦と、新たな生活を始めようとする水城さん。…
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だんじりまつり
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夏の雨/だんじり人生
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NHK朝の連続ドラマ「カーネーション」は、大阪・岸和田が生んだ世界的なファッションデザイナーコシノ三姉妹の母親小篠綾子さんをモデルにしたドラマですから、岸和田の勇壮な祭り「だんじり」が時に重要な局面で使われています。 岸和田の人にとって「だんじり」はとても重い意味を持っています。 正月よりもクリスマスよりも大事。一年が秋の「だんじり」まつりを基準にして動くているといっても過言ではありません。 何しろ「だんじり」まつりになると、全国に散らばっていた岸和田の人が故郷めざして帰ってくるというぐらいです。 親の死に目はともかく、仕事なんかは「だんじり」に比べるとさして重要ではありません。ここ…
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ちいさいモモちゃん
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夏の雨/それぞれのモモちゃん
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もし、この文庫本のカバー装画と口絵を酒井駒子さんが担当しなければ、この松谷みよ子さんの名作を再読しなかったかもしれません。酒井さんの絵が好きだということもありますが、本書のカバーに描かれたモモちゃんの、なんともいえないかわいらしさ、憎々しさといったら。 一歳や二歳の子供はかわいいばかりではありません。時に、あるいはほとんどわがままで、自己中心的で、それはそれであたりまえなのですが、とってもかわいいという言葉で括れません。 そんな幼児の表情を、酒井さんは見事に表現しています。 特に口絵で収められている「モモちゃん、怒る」のモモちゃんの恐い表情はまるでオカルト映画に出てくる赤ちゃんのよう。…
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糸とはさみと大阪と
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夏の雨/おもろいんとちゃうけ?
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正月に帰省した際、よく話題にのぼったのがNHKの朝の連続ドラマ「カーネーション」のことでした。 実家があのドラマの舞台、だんじりで有名な大阪・岸和田ですから、当然といえば当然ですが。 故郷の人いわく、あのドラマの岸和田弁はほぼ完ぺきと、皆さん高い評価をしていました。私もそう思います。 ドラマを見ていると、つい岸和田の実家にいるような感じがして、放送終了後は自然と岸和田弁で話したりしている自分に気づきます。 あのドラマのモデルはファッションデザイナーであるコシノ三姉妹の母親である、そしてこの本の著者でもある小篠綾子さんですが、小篠さんはこの本の中で岸和田弁について「大阪のなかでも荒っぽい…
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100円文具「超」仕事術
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夏の雨/ドラえもんの道具よりも素敵な文房具たち
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男の人には「家電量販店」が好きな人が多い。「家電芸人」と呼ばれる人の多くは男性だ。その一方で「100円ショップ」が好きなのは女性だろうか。 どちらかというと、女性の方が金銭感覚にシビアということかもしれないが、いずれも遊び感覚で店内をぶらりとしているのだろう。 文房具を好きなのは男性だろうか、女性だろうか。 銀座の有名店に行けば、結構男性がうれしそうに文房具を見ている場面に遭遇する。もちろん女性もおしゃれな文房具にはうるさい。 本書は「100円ショップ」で手にはいる文房具をメインに取り上げているから、女性の方がなじみがあるかもしれない。 「100円文具だけではないスグレもの」(いわ…
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揺れる大地に立って
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夏の雨/誰にも答えの出ないことを、誰かに問うてはいけない
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昨年(2011年)の夏開催された東京国際ブックフェアの「読書推進セミナー」という講演で曽野綾子さんの講演を聴きました。足を少し不自由にされていてと話されていましたが、背筋はまっすぐ老齢を感じさせないパワーを感じました。 また、その話しぶりも、歯に衣も着せぬというのでしょうか、ズバズバと話されて、これは高齢者の力なのか女性の力なのか、と圧倒されましたが、あれこそはまさに「ソノアヤコ力」ともいえる個性だと思います。 本書は曽野綾子さんが東日本大震災で感じた感想なり批判なりを「個人的記録」としてまとめた一冊ですが、「私の性格はかなり偏っているだろうが、そのような一人の個人が見たことを記録するの…
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コンサルタントの仕事力
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夏の雨/小宮一慶さんになれるかしら
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「あれはうまくいった」「これは及第点だ」そんな言葉が氾濫する反省会に出たことはありませんか。 もちろん反省会だからといって、自分の仕事を卑下することもないが、本当にうまくいったのかを見極めることは大切です。うまくばかりいって、どうしてお客様が集まらないのか、商品が売れないのか、そういった一つひとつを振り返ることこそ、次につながると思うのですが。 経営コンサルタント小宮一慶さんのこの本の「おわりに」に、「自分は何も知らないが、その何も知らないということを知っている」というソクラテスの「無知の知」という言葉が紹介されていますが、すべてに及第点をつける人はその点が欠けているのだと思います。 小…
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男が泣ける昭和の歌とメロディー
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夏の雨/父の歌、私の歌
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「♪今日も暮れゆく異国の丘に」(昭和23年「異国の丘」吉田正作曲)という歌を、今年88歳になる父は若い頃朝起きるたびによく歌っていたのを覚えている。昭和30年代初めの頃だ。戦争が終わって、それでもその戦争をどこかでいとおしむような哀切なメロディー。父はどんな気持ちで歌っていたのだろう。 戦争。父は戦時中中国に兵士としていった。どんな兵士であったか、あらたまって聞いたことはないが、武勲もなく故郷に戻ってきた。 どんな思いがあったのか、この歌に父は何がしかの思いを込めていたにちがいない。 歌詞はこう続く。「♪我慢だ待ってろ 嵐が過ぎりゃ 帰る日もくる 春がくる」。 本書は昭和23年生まれ…
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いつもふたりで
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夏の雨/パステルカラーで心を癒す
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パステルカラーは時に安らぎをくれる。 赤や青といった原色には人をひきつける強い力があるが、その中間色ともいえるパステルの色合いはやわらかでやさしい。 生活の場にはさまざまな軋轢やストレスがある。それはそれで生きていく上で仕方がないと思っているし、そういうことがあればこそ、もしかすると人生の充実をより感じることができるのではないだろうか。 しかし、そんな人生だから、ふと足をとめて、自分を振り返るのも、周りにいる人たちをそっと見るのも必要だろう。そんな時間こそ、パステルカラーのようなものかもしれない。 ジュディス・カーのこの絵本はパステルカラーで描かれている。 長年連れそってきたヘンリ…
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百年文庫
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夏の雨/汚れちまった悲しみに
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「純」という漢字の持つ清潔感が好きだ。 純白、清純、純粋。純情・・・。いずれも何も混じりこまない、汚れていない感じ。 それが、いい。 「純」という「百年文庫」96巻めに収められた短編三作のうち、高村光太郎が人生の後半期に居住した岩手の山の中の暮らしを綴った随筆『山の雪』に書きとめられているように、「雪がつもるとどちらも見てもまっしろな雪ばかりになり、人っこひとり見えない」、そんな世界が「純」にはある。 それがいつのまにか社会の垢に汚れていく。それはそれで仕方がないのだが、「純」にあこがれる気持ちは誰にもある。そのことを、いつまでも大切にしたい。 この巻には高村光太郎の作品のほかに、…
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持ち重りする薔薇の花
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夏の雨/花やかな物語を愉しむ
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いい小説を読んだ。 ここで「いい」というのは、面白いということで、小説から何かを得ようということは大事だけれど、それが一番ではない。やはり、面白くないと。 生きるべきか死ぬべきか、は大事だけれど、それを小説で教えられるということはなく、小説のもっている雰囲気で掴むということが重要ではないかしらん。 だから、面白いという中には、そういう生きること全般が含まれているように思う。だって、生きるって面白いでしょ。なぜ、生きるが面白いかというと、いつも未知との出会いだから。 今日と同じ明日はない。 この小説の最後に何気なく挿入された、「生れてきたばかりの赤ん坊が大声で泣くでせう。あれは寂しく…
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スウィート・ヒアアフター
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夏の雨/そっとそばに
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かつて開高健は「小説家というのは、小さい説を書くから小説家なのだ」といったことをたびたび書いていた。開高らしいはにかみを感じる言葉だが、うまいことをいうものだといたく感心したものだ。 よしもとばななのこの小説も「小さな説」なのかもしれない。 2011年3月11日に起こった東日本大震災を経て、多くの作家たちが重いペンを走らせた。あれだけの大きな震災を経験して、そしてその多くは実際に自身が体験したというより、情報によって知りえた惨状ではあるが、作家たちはそれでも書くことを良しとした。 「あとがき」によれば、よしもとばななもこの小説を「今回の大震災をあらゆる場所で経験した人、生きている人死ん…
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みんなの図書室
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夏の雨/ラジオの時代
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本書は芥川賞作家の小川洋子さんが初めて挑んだラジオ番組を活字化したものです。 ラジオを聴く習慣というのはあまり多くありませんので、小川さんがこのような本の紹介をラジオでしていることは知りませんでした。 私がラジオをよく聴いたのは、もう四十年以上も前になります。深夜放送が全盛期の頃です。 高校受験から高校生、それに大学受験と、ラジオの深夜放送にはお世話になりました。大学生として上京してからもラジオが社会に開いた窓でした。 小さな箱、つまりラジオのことですが、から流れてくるパーソナリティたちの個性ある声。リスナーたちのはがきに込められた思い。そして、流行歌。 あの頃、ラジオが教えてくれ…
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どんぶらどんぶら七福神
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夏の雨/しあわせ はこぶ 絵本
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絵本の世界はどこまでも広い。 季節の移ろい、人の心の機微、生活の習慣、子どもたちの元気、年老いたものたちへの慈しみ。絵本で表現できないものはないかもしれません。 だから、絵本で日々の生活を飾ることもできるにちがいありません。 たとえば、新しい年にこの『どんぶらどんぶら七福神』を読むのは、絵本の日記帳の最初のページに記したいものです。 宝船に乗った七福神の面々を紹介するこの絵本の絵の担当が、サントリーの「アンクルトリス」を生み出した、あの柳原良平さんというのもうれしい。天国の開高健さんも山口瞳さんも拍手喝采おくっているのではないかしらん。 とにかく柳原さんの描く七福神の面々の、そのど…
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