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角栄になれなかった男小沢一郎全研究
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良泉/小沢一郎は、どこで間違ったのか
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もしかしたら、というより、少なくとも近年のころころ交替する総理大臣たちと比べて、はるかに政治的センスも素養もあり、善し悪しは別として、経済ほか様々な課題に対する知識も十分持ち合わせている小沢一郎という政治家は、結局、このまま“悪役レスラー”として、その役目を終えてしまうのか。 今後の小沢一郎の姿を見通せる者は誰もいない。しかし、たぶん、小沢一郎がこの国の主役級に返り咲くことはもう二度とないのではないかと思う。 小沢一郎は、いったい何になりたかったのか。そしてどこで道を誤ったのか。 1985年に起こった自民党田中派の内紛、創政会結成、田中派乗っ取り劇の主役は、もちろん竹下登である。しかし、陰に…
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エコノミスト・ミシュラン
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良泉/本物を見極めるために、こんなところでもミシュランリスト?
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現在のデフレ状況が一向に改善しないのは、需要が伸びてこないためである。日本の持つ潜在的な供給力に対し、需要がついていかない。結果、生産側においては、持てる供給能力をフルに使わないことで調整がはかられる。すなわち、新規の投資を控えたり、雇用を減らしたり。デフレにより実質的な借金は増大していくので、消費に回す金があれば、借金返済にまわる。結果、ますます消費は減退する。 どうすれば、需要を回復させ、持てる潜在供給能力を活用させることができるか、経済学の常識的な手法としては限られているはずなのに、日本の政府も日銀も、そのセオリーどおりの政策を打ち出してこない。 それでは、国民が一致団結して、まともな…
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日本銀行は信用できるか
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良泉/庶民を苦しめる悪の権化
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2月1日付け朝日新聞に「インフレ目標01年に攻防 日銀議事録公表」の記事がある。 このたび公表されたのは、2001年後半の金融政策決定会合の議事録。記事から抜粋・編集する。『7月の会合において、政府側から出席した竹中経済財政相が「インフレ・ターゲットを持っている国はたくさんある」「日本ではできないのか」と投げかけたのに対し、日銀政策委員の多くが「(物価を)下から上にあげるのは、そうできるものではない」と反論した。 インフレ目標に1人だけ積極的だった中原伸之委員は8月の会合で「1年半後の03年に物価上昇率をゼロ%以上とすることをターゲットにする」と提案したが、当時の速水総裁が9月の会合で「イン…
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社会的共通資本
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良泉/この経済学者に続け
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世界的な経済学者である著者の思索の集大成ともいえるのが「社会的共通資本」である。 社会的共通資本とは何か。本書より。『社会的共通資本は自然環境、社会的インフラストラクチャー、制度資本の三つの大きな範疇にわけて考えることができる。大気、森林、河川、水、土壌などの自然環境、道路、交通機関、上下水道、電力・ガスなどの社会的インフラストラクチャー、そして教育、医療、司法、金融制度などの制度資本が社会的共通資本の重要な構成要素である。』 都市も農村も、つまりわれわれの社会というものは、これらの様々な社会的共通資本を積み重ねて構成されている。 われわれが住みよい社会をつくるということは、これらの社会資本…
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失われた〈20年〉
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良泉/労働者の敗退。そしてみんな負け組に落ちる
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日本経済が、この「失われた20年」の間に大変なことになってきていることに気づかない人は多い。 例えば失業率が3%から5%に上がっても、それで直接的にダメージを受ける2%の人間というのは、やはり人口比率でみてもかなり少ない。 そのほかにも、ここのところ急激に増加している層として、正規雇用から非正規雇用への転換を余儀なくされた人、就職が決まらない新卒学生などもいるが、それでも決して多数派ではない。 多くの人たちが、特に公務員や大企業で働いている人たちは、「ここのところ給料が昔みたいにあがらない」とか「ボーナスが数%カットされた」とか言うのがせいぜいで、ややもすると「最近の物の値下がり競争は消費者…
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なぜ正直者は得をするのか
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良泉/共生を重んじる国民性がこの国の持続可能性の鍵なのでは
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いま、日本は危機的状態にあると思う。異常に長期にわたるデフレ円高により、一般の労働者はへとへとに疲れきっいる。そんな状況の中での未曾有の大災害。 これまでこの国において、長い年月をかけて培われてきた雇用や経済は、ずたずたに破壊されつつある。 そして、そんな状況の中、そんな状況を待っていたかのように、そんな状況をつけねらうかのように、悪しき思想が持ち込まれる。様々なダメージでショックを受けた国民は、それを無抵抗に受け入れてしまう。 新自由主義などと呼ばれる思想がそのようなものであり、政治手法としてはポピュリズムであろう。 「構造改革」などという聞こえのよい言葉を多用し、社会の秩序をスマート化さ…
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日本経済「暗黙」の共謀者
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良泉/一部の人達のたくらみを許すな
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2001年に発刊された本書であるが、その内容は十分新しい。むしろ、それ以降の日本経済(正確に言えば労働者を無視した大企業群)の一時的景気回復や、サブプライム問題、リーマンショック、そして東日本大震災などの雑念の無い理論であるだけ、今、素直に受け入れられる。 著者の経済認識の正確さと読みの深さに驚かされる。 異常に長期に続く日本のデフレ経済であるが、著者は、これには“犯人”がいると言う。それも単独犯ではなく、デフレによって自身を利することができる人たちが“共謀者”となって“犯行”に及んでいるという。 そして、本書のタイトルに示すように、その共謀者達は、決して本当の意味で“共謀して”、つまり話を…
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ショック・ドクトリン
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良泉/次に狙われているには、3.11後の日本だ
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ハリケーン・カトリーナがアメリカ南部を襲った後、ニューオリンズ選出の共和党下院議員はこう言った。「これでニューオリンズの低所得者用公営住宅がきれいさっぱり一掃できた。われわれの力ではとうてい無理だった。これぞ神の御業だ」 東日本大震災により多くの街が奪われ、「きれいさっぱり一掃」させられた惨状を目の当たりにしたばかりのわれわれは、どのような思いで、この言葉を聴けばよいだろう。 ニューオリンズでは、それ以降、ほんのわずかの「持てる者達」が多くの「持たざる者達」を足蹴にし支配していく構図が一気に進んだ。 そして、まちがいなく、この日本にも、「今がチャンス」とばかりに狙いを定めている者達が必ずいる…
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世界を不幸にするアメリカの戦争経済
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良泉/責任をとれ!
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いったいあのイラクでの不毛な戦争にアメリカはいくらつぎ込んだのか。 イラク政策の真の戦費とそれがアメリカ経済、世界経済に及ぼす影響を分析を行ったレポートを書籍化したものが本書である。『慎重に、粘り強く算定されたその額が、三兆ドル。ただし、これはあくまで、計算可能な具体的コストの控えめな見積もりに過ぎない。イラク政策がもたらした原油高、財政逼迫、アメリカ経済の低迷、そこから派生したサブプライム問題など、波及的かつ長期的な“見込損失”は計上されていないのだ。』 三兆ドルという数字だけでも、気の遠くなるようなものであるが、これには上記の様々な派生的費用は含まれていない。また、本書を読めば、この数字…
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経済学を知らないエコノミストたち
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良泉/信じられるエコノミスト
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かつて、「構造改革なくして景気回復なし」という一種のスローガンがもてはやされた。その言葉を口にした総理大臣は国民から絶大なる支持を受け、長期政権をなしとげた。 中身の伴わないポピュリズム政治の先駆けである。 筆者はあっさり否定する。『構造改革は構造問題を解決するための処方箋であり、マクロ経済学はマクロ経済の安定化、すなわち景気の調整のための処方箋ということである。』 そして、このスローガンを『倒錯』と切り捨てる。 マクロ経済の調整のために構造改革を持ち出すことは、まるで、風邪引きにいきなり外科手術を施すほど的外れなのである。 再度、本書より引用する。『公的および民間部門の再構築の必要性は、誰…
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構造改革の時代をどう生きるか
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良泉/森永卓郎氏に経済を語らせろ!
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まずは言いたい。「森永卓郎氏に経済を語らせろ!」と。 ユニークなキャラクターでテレビにも盛んに登場する森永卓郎氏であるが、テレビ画面上では決して本領を発揮していない。いや、させてもらっていない。 テレビが氏を使うのは、そのかわいらしい(失礼!)体型による演出と、ミニカー収集・アキバファンといったようなオタク評論を求めてのもの。氏の“本職”である経済をじっくり語らせてもらうことは少ない。 しかし、森永卓郎氏の経済は本物であると私は思う。 なぜか。 経済学・経済思想的な知識や、経済学公式の理論的解釈などができる人材は、もちろん他にも多くいる。きっと森永卓郎氏以上の“能力”を有する人も多くいるに違…
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「不安」を「希望」に変える経済学
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良泉/デフレ対策を規制緩和に求めるな!
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経済の問題とその解決策については、多くのエコノミストが、様々な立場で発言を続けている。 “自称”を含めた多くのエコノミストたちの主張は、大きく分ければ、構造改革派、リフレ派といった分け方が可能ではあるが、細かな点まで見ると千差万別である。 本書の主張についても、なるほどと思わせられる点もある反面、逆に、なんでと問いたくなる点も大いにありである。 本書の主張を見ていく。『日本経済は1998年半ば以降、デフレが続いているため、需要が供給能力に対して大幅に不足し、その結果、実際の成長率は潜在成長率を下回って停滞してきたこと、そして、実際の成長率を潜在成長率まで引き上げるためには、デフレから脱却して…
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エコノミストたちの歪んだ水晶玉
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良泉/なぜ、多くのエコノミスト達は、平気でウソを言う?
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ナオミ・クライン著「ショック・ドクトリン」に示されるように、日本では、バブル崩壊という経済的ショックに乗じるかのように、新自由主義的政策が続けられた。その結果が、失われた10年に続く“さらにますます失われた10年”として現在現れている。 一部の、いや大多数の経済学者やその他エコノミストたちは、ここぞとばかりに一斉に大きな流れに迎合し、危機を煽りたて、本来決してすべきではない経済政策を持ち出してくる。 ショックを受けた国民は、それらを無抵抗に受け入れるしか無く、日本経済はますます疲弊する。 権力に迎合することのない、真のエコノミストの苦言が、むしろ、耳に優しく染み渡る。『現在の日本における財政…
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日本経済復活一番かんたんな方法
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良泉/日本のあるべき成長の姿とは
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本書で著者は言う。『経済構造の抜本的改革、とくにサプライサイド改革を重視する構造改革派と、金融政策によって緩やかなインフレを実現し、デマンドサイドからの回復を目指すべきとするリフレ派の角突き合いばかりが焦点化されている状況はよろしくない。』 なるほど、とも思う。確かに、今のデフレ・円高経済状況を脱するには、様々な手段の組み合わせと柔軟な対応が必要なことは言うまでもない。 事実、ここで筆者が言う「リフレ派」と呼ばれている人たちでさえ、供給側の改革、構造改革が不要と言っているわけでは決してない。ただし、そこに向かう手段と時期を誤ってはいけないと言っているに過ぎない。 右か左か、正か負かといった議…
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ジェイコブズ対モーゼス
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良泉/都市を市民の手に取り返せ
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第二次世界対戦を挟んでその前後1970年代まで、ニューヨークのマスター・ビルダーとして君臨したロバート・モーゼスと、一介の市民でフリージャーナリストのジェイン・ジェイコブズ。ワシントンスクエアパークとその周辺環境の保全をめぐり、この二人が30年間にわたりる壮絶な闘いを繰り広げたその記録。 本書はこのように紹介される。確かに単純化して言えばそうなのである。しかし、われわれはこの闘いを、ある時代の、ある場所における固有の闘争劇ととらえるべきではない。ましてや、特殊で特異な個人対個人の紛争の記録などと矮小化して読むべきではない。 この闘争には、多くの人たちが住み、また影響を受ける都市というものの環…
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アメリカ大都市の死と生
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良泉/暮らしやすい都市を作り出すのは、実はわれわれ自身であるはずなのだ
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現代の“機能的”とされる大都市の数々が、いかに魅力のないものであるか。現代の“先進的”とされる大都市の数々が、実際はいかに暮らしにくいところであるか。 人口の大部分が「都市」に暮らす現代の我々は、実は、このことをすでに感じ初めているはずだ。気づかない振りをしている人々も含め、素直に自分達が作り出してきた「都市」を振り返ってみることが、大切なのではないか。 われわれは、何を、どこで、間違ってきたのだろう。 その答えを導き出す上で、大きなヒントとなるものが、本書にある。ずっと昔に、日本とはずいぶん離れたアメリカの一都市で記された本書に、すでに、現代の日本の「都市問題」の本質が記されている。 その…
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日本は破産しない!
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良泉/国民を煽っているのは誰だ。そして何のための。
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最近の新聞報道では、日本政府の借金がついに1000兆円を突破したとのこと。大変な数字です。 しかし、本書で著者が言うように、日本でお金をやりとりしているのは決して政府だけではありません。『日本では、政府以外にも、民間企業や金融機関、日銀のような中央銀行、年金基金をはじめとした機関投資家など、さまざまな人たちがお金を運用しています。』 この当たり前のことを考慮して、企業会計などで普通に見かけるバランスシートで、日本全体の経済状況を示した表が本書にあります。 それによると、日本国全体の負債総額は、なんと5322兆円。ここだけ見ると、1000兆円で大騒ぎしている場合なんかではありません。しかし、も…
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デフレと円高の何が「悪」か
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良泉/愚者の政治からの脱却
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イギリスで2008年11月に消費税(付加価値税)の減税が発表された際、ブラウン首相が大衆紙に寄稿した文面を本書より。「現在、家計で苦しんでいるすべての世帯に、われわれが救済に乗り出す準備があり、あなたたちの味方であることを理解してほしい。」 さらに正確にAFP通信の記事から。「多くの人が不安を抱え、目先のやりくりに苦しみ、住宅を失うのではないかと心配していることを理解している。政治家は、大変な時期を終わらせると約束をすることはできない。しかし、人びとがあまり困難な目にあわずにこの時期を乗り切るためにわれわれにできることは何でもやる考えだ。」 政治家の気取ったメッセージであることで、いくらか…
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国力とは何か
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良泉/国民を助けない国はいらない
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橋下大阪府知事や石原東京都知事が、あれだけ勝手な振る舞いをしても、一定の、というよりかなりの支持を得るのはなぜか。 人々は、もはやまともな「人を見る眼」を失ってしまっているように思える。それも、ここ10年、15年くらいに、特に強く感じられる。 本書を読み、うなずかされた。『デフレ不況による失業は、組織や社会から個人を阻害する。・・・孤独な群集は、彼らの劣情に訴えるポピュリスト政治家のプロパガンダによって、容易に煽動されるようになる。デフレとは、社会秩序の不安定化を招き、果ては全体主義の起源にすらなるのである。』 橋下知事や石原知事が行っていることは、特に教育改革の分野などで顕著であるが、もは…
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デフレと超円高
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良泉/将来世代に負荷をかけないために、いまなすべきこと
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デフレと円高が良いことではないことは、今の日本の現実がよく物語っている。 毎年、3万人を越える人が自殺し、多くの人が低所得・身分不安定のまま働かされている現状が良いわけはない。これらの原因にも、デフレ・円高が大きくかかわっている。 デフレは円高を招き、輸出・輸入競争産業に打撃を与える。デフレによる円高は企業の海外流出を促し、雇用を減らす。デフレによる資産価格の低迷はモノやサービスに対する需要を抑制し、景気の悪化要因になる。デフレで株価は上がらないから、株式譲渡所得税収はも増えず、地価は下落し続けるから、固定資産税収も増えない。社会保障費をはじめとする財政支出は増大する一方であるから、税収が伸…
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民意のつくられかた
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良泉/騙されることに、すっかり慣れきってしまった皆さんに
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電力会社の「やらせ問題」など、もう“あほらしい”という感覚しか持てなくなったこの頃である。 九州電力のやらせ問題の後始末も、せっかく作った委員会の判断を無視して、やらせの真犯人とされる県知事を不問にし、一時は辞任を示唆した九電社長も前言を覆し残留をほのめかすようになった。 そんな“せこい悪”をいちいちとがめるのもばからしい。ただ、ここで確認しておかねばならないことは、こんなバカ臭い納め方でも十分世論に勝てると、九電幹部が考えていたというところにある。 本当に国民もなめられたものだ。 この国の意志決定の所在は、どこにある? テレビ番組の「やらせ」問題はあとを絶たないし、信頼できるメディアっぽい…
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消費税か貯蓄税か
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良泉/ナショナリズムの悪用は困る
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東日本大震災からの少しでも早い復興を!というかけ声とともに、いまこそ国民みんなが痛みを分かちあい協力していかないと、という雰囲気が充満している。 このこと自体は大いに正しい。いまこそ、正しい意味でのナショナリズム高揚が期待されるところである。 しかし、この痛み分けをどこでするか、となった時、急に話が軽はずみになる。 政府は、手っとり早く、しかも確実に“金が取れる”ものとして消費税増税をさかんに言う。なんせ、これだと新しい仕組みづくりとか組織づくりとかほとんど必要ない。いまある消費税の税率の数字部分をちょっと書き換えれば足りる。“金を取る”側にとって、もっとも楽で安易な方法である。 しかし、そ…
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人形峠ウラン鉱害裁判
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良泉/忘れさせられては、かなわない
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独立行政法人日本原子力研究開発機構という仰々しい名前を持った機関のホームページを開くと、ちょっと変わったお知らせが目に入る。「人形峠製レンガ頒布への御協力ありがとうございました。」 なぜ、こんな機関がレンガなんか作って売っているの? 通常の販売であれば「御協力」ってなぜ? ホームページには、こう記載される。「人形峠製レンガは、・・・鳥取県湯梨浜町方面におけるウラン探鉱活動により生じた岩石、土砂(掘削土)を使って、鳥取県三朝町に建設した人形峠レンガ加工場において製造したものです。」 この機関がレンガ製造なんて業務をしなければならなくなった理由も、普通の物とは違う“本当は危ないかもしれない”レン…
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都市論
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良泉/日本の都市に大きく欠けているもの
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『「市民なき都市は都市に非ず」と西欧の諺は言うが、日本における都市の起源と歴史を振り返り、ヨーロッパの都市と比較するとき、日本の都市というよりも社会そのものに、「市民」の概念や「自由」というものの経験が欠けていることは、遺憾ながら認めざるを得ない。』 本書の著者が言うこの言葉は、かつて羽仁五郎氏が1969年に書いた「都市の論理」を思い出させる。 日本における都市の概念は、あれからいまだ一向に進歩していない。 ようやくいま、「市民によるまちづくり」や「官民協同」などが盛んに唱われ、「新しい公共」などといったことばも言われるようになったが、やはりこの市民参加はいかにも堅苦しく、あまりにも形式的すぎ…
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ふたつの噓
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良泉/「今さら」と言える問題ではない
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1972年の沖縄返還時に、財政負担を日本側が肩代わりするという日米両政府の密約文書の公開を求める裁判控訴審判決が、9月29日、東京高裁であった。 その結果、政府に開示を命じた一審判決が取り消され、現時点では、密約文書の現存が公式に否定された。 司法の限界という悲しい壁である。 文書が物理的に本当に存在するのか否か、捨てられ燃やされたのか、倉庫あるいは金庫の奥底で眠っているのかどうか。こんなことは誰も文献資料や口頭証言ではわからない。徹底的に探させるべきなのだ。そしてそれを強制的にでも行わせることができるのが司法判決なのではないか。 「秘密裏に廃棄」した可能性なんて裁判官の“推理”なんて聞きた…
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震災恐慌!
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良泉/筆者の言う「最悪のシナリオ」が演じられている
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東日本大震災から半年以上が過ぎ、ようやく復興に向けての国の財政的支援方策が揃い始めてきた。 この緊急事態に、本当に緊急的な対応がなされず、ここまで時期的にもずれ込んできていること自体がすでに失政と言えるのであるが、その財政方策の中身自体もかなりの失政モノのようだ。 震災後、時を経ずに書かれた本書であり、もちろん、国の方策が全く見えない時点での執筆であることを考慮して、本書が示す「復興対策の財源に関する今後考えられるシナリオ」を見てみる。『1つは、財源を復興増税という名目で、増税によってまかなう方法。 2つめは、政府が復興国債を発行して民間から資金を集める方法。 3つめは、復興国債を政府が発行…
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TPP亡国論
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良泉/流されずに、しっかり本質を視る眼を
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トロイの木馬。 著者はTPPのことをこう呼ぶ。『オバマ大統領が「環太平洋で連携しましょうよ、カモーン」と言って、差し出してきたTPPという贈り物は、実は、日本の農業市場の防壁を中から打ち破るための「トロイの木馬」なのです。』 保護主義貿易などというと非常に悪いものという印象が植え付けられている。これを必要と考える者にとってでさえも、せいぜい必要悪とくらいにしかとらえられていないのではないか。 しかし、自国の産業を守る、もしくは自国の労働者を守る。さらに言えば、国家が自国の国民の生活を守る。これを否定してしまえば、では、国家なんてなんのためにある?ってことになる。国家が一部の層にだけ手厚い保護…
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記者クラブ解体新書
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良泉/誰が大手マスコミ陣にこんな特権を与えたというのか
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就任して間もない鉢呂経済産業相の滑稽な辞任劇が繰り広げられた。新聞・テレビをはじめとする主流派マスコミは、ここぞとばかり失言問題をとりあげる。福島第一原発近傍の人々から、「不快」「不謹慎」などの言葉を取り付けるのに奔走し、首尾良くその発言が得られると、まさに鬼の首をとったかのように、ここぞとばかり集中的に報道する。 まるで、国民すべてが、一人の例外もなく、鉢呂発言を問題視しているかのように。 しかし、このような問題こそ、本当に素直に考えてみるほうがよい。この発言は、本当にそこまで問題か。少なくとも大臣職を辞任しなければならないほどの問題と言えるのか。 大手マスコミ陣が流す情報が100%正しい…
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パンとペン
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良泉/この人あればこそ
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歴史を学び、歴史に習うには、歴史上の出来事を学ぶことだけではなく、歴史上の人物に習うことも重要である。 人物の持つイデオロギーにとらわれることなく、その人の生き方にとても強く引かれた経験は誰にでもあろう。 堺利彦の生き方、考え方をすばらしく思う。とてもうらやましく思う。 幸徳秋水、大杉栄、荒畑寒村らほど後世に有名ではないが、社会主義が弾圧され続けた時代に常に運動の中心にいたのが堺利彦である。 堺利彦で思いつくのは、幸徳秋水とつくった「平民社」であり、反権力・社会主義を主張した「平民新聞」である。 しかし、堺は常に幸徳秋水の陰のような存在であった。常に日の眼をあびる幸徳の後ろで、しっかりと彼を…
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岩波講座都市の再生を考える
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良泉/快適な都市は可能だ
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確かに都市には、田舎と比べて何でもそろっている。とりあえずの便利さという点では、都市生活に優るものはない。 それでは、都市での生活の快適性、いわゆるアメニティの点ではどうか。 全く逆である。むしろ都市生活者は、生活の快適性、いわゆるアメニティを犠牲にして便利さを享受していると言えるのではないか。 現代では、いや、少なくとも日本における現代においては、「都市」と「アメニティ」の両語に決して親和性はない。都市にアメニティを求めること自体が形容矛盾になっていると言っても過言ではない。 その大きな原因の一つは増大する自動車交通である。 本書は言う。『本来非都市的な交通手段である自動車を都市に無理やり…
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