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親鸞 親鸞
よっちゃん/「鬼神を敬してこれを遠ざく」の親鸞。命をかけて専修念仏の布教に努める合理の親鸞であったが、その行く手に立ちはだかるものは世俗という堅牢な障壁であった。
死後の世界など無頓着であり信仰に救済を求めるなどまったく考えられない私ですが、実際には大勢の人が神仏に祈りをこめる向き合い方をしている。科学万能の現代でなお科学者のなかには真理の究極に霊的存在を認める方がおられる。身の回りを見れば、私だって墓参もすれば葬儀もあるという具合に日本人の生活様式に深く組み込まれている。また政治や国家、民族の動向に宗教が強く関わっている。さらに宗教にある熱狂が個人に限らず集団の暴力を生み、民族・国家間の戦争すら引き起こす。信仰心のないものでも宗教に強い関心を持たざるをえないのはこのような広範で強力で持続的なパワーがあることからだ。それにしても宗教とはなんであるのかは不…  全文読む 評価する

開かせていただき光栄です 開かせていただき光栄です
よっちゃん/皆川博子氏の作品は『死の泉』『薔薇密室』『伯林蝋人形館』を読んでいた。いずれもナチズムの狂気をエロチックにグロテスクに描いた耽美・幻想の世界で、あまり後味がいい作品ではなかったとの印象がある。ところが、びっくりしたことにこのジャンルとはまったく違うのだ。今回の『開かせていただき光栄です』は上等の本格探偵小説である。
「18世紀ロンドン。外科医ダニエルの解剖教室から、あるはずのない屍体が発見された。四股を切断された少年と顔を潰された男性。増える屍体に戸惑うダニエルと弟子たちに、治安判事(ジョン・フィールディング)は捜査協力を要請する。だが、背後には、詩人志望の少年(ネイサン・カレン)の辿った稀覯本をめぐる恐るべき運命が………。解剖学が先端科学であると同時に偏見にも晒された時代。そんな時代のおとし子たちがときに可笑しくも哀しい不可能犯罪に挑む」ダニエル先生と弟子たちにネイサンが絡んで周辺に起こる連続殺人事件である。探偵役としての捜査陣だが、盲目の治安判事・フィールディングは人並みはずれた聴覚と触覚、人の会話の…  全文読む 評価する

蜩ノ記 蜩ノ記
よっちゃん/武士道を描いた作品ではない。武士になれなかった男の生き様を描いて美しい。大人の鑑賞に堪える純愛物語なのかもしれない。なにをよすがに生きるべきかと現代人に問いかける時代小説の傑作。
遠望すれば春霞の山々に桜の花びらが舞い、近くは谷川のせせらぎ、カワセミの飛翔、清浄な山間の風景に礫をもつ少年が姿を現す。久々の葉室麟であるが、期待たがわず、この美しい冒頭の情景から引き込まれた。あと三年の後に切腹を命じられている男の至誠を貫く暮らしぶりを象徴して、幕開けにふさわしく、静穏の中に緊張感が漂っている。読み終えて窓を向けば朝空は降る雪に煙り、思わず姿勢をただす、清爽の読後感であった。蜩(ヒグラシ)、少年期の私には秋に向かう夕暮れに「カナカナカナ」と、ゆく夏を惜しむかのように、物悲しげに聞こえたものだ。そして「蜩の記」、戸田秋谷にとっては日一日を懸命に生きる証としての日暮しを意味する覚…  全文読む 評価する

二流小説家 二流小説家
よっちゃん/アメリカの狂気を描写してゾッとする現実を見せつけるが、作者が仕掛けたユーモラスは成功しているか。
昨年の『このミステリーがすごい!』『週刊文春ミステリーベスト10』など海外部門ランキング第1位に挙げられた話題のミステリーだ。この手のランキングは国内部門ではどうかと思うものも多いが海外部門は比較的妥当なところがあり、それでは読んでみる価値があるかもしれないと手に取ったしだい。タイトルは「二流小説家」とあるが、原題は『The Serialist』。私にはなじみのない言葉だったが、どうやら連載小説家と翻訳される概念のようだ。主人公の「私」はハリー・ブロック。ポルノ雑誌の性の相談コーナーを主宰し、「アバズレ調教師」のペンネームで淫らなセックスの手ほどきをする。ポルノ風SFはバングストローム、猟奇ミ…  全文読む 評価する

スエズ運河を消せ スエズ運河を消せ
よっちゃん/著者は米国のノンフィクション作家であり、これは実話を小説風に描いたものだ。どこまでが本当も話なのかわからないのがマジックなのかもしれない。
私はあまりノンフィクション系を読まないのだが、この本の書評が新聞2紙に紹介されていたのが目に付いた、第二次大戦の北アフリカを舞台に本物のマジシャンがマジックの手法でドイツ軍を翻弄する。日本にも「一夜城」といって秀吉が墨俣城、石垣山城などアッという間に築城したかのようにみせて、敵の心胆を寒むからしめるお話がある。黒澤明は『蜘蛛巣城』で「森を動かして」見せた。大規模な偽装工作である。だいぶ前に好んでみていたテレビドラマ「スパイ大作戦」のようでもあり、「消せ」という命令形のタイトルは懐かしいクライブ・カッスラーの冒険活劇小説「ダーク・ピットシリーズ」を連想させ、楽しく読めそうな気になった。昔からマジ…  全文読む 評価する

舟を編む 舟を編む
よっちゃん/楽しい仕掛けがいっぱいあるぞ。ライトノベル風で一気読みはできるのだが、それではあまりにもったいない。辞書を片手に寄り道しながら、言葉の世界を逍遥しましょう。
玄武書房に勤める馬締光也。営業部では変人として持て余されていたが、人とは違う点で言葉を捉える馬締は、辞書編纂部に迎えられる。新しい辞書『大渡海』を編む仲間として。定年間近のベテラン編集者、日本語研究に人生を捧げる老学者、徐々に辞書に愛情を持ち始めるチャラ男、そして出会った運命の女性。個性的な面々の中で、馬締は辞書の世界に没頭する。言葉という絆を得て。彼らの人生が優しく編みあがられていく………。しかし、問題が山積みの辞書編集部。果たして『大渡海』は完成するのか………。」「辞書」あるいは「辞典」とのつきあいは本を読み始めたときから現在までだから相当に古い。最近では三省堂・電子辞書版「スーパー大辞林…  全文読む 評価する

みのたけの春 みのたけの春
よっちゃん/冒険小説の第一人者が円熟した筆致で描いた青春群像 若い世代はこのメッセージをどううけとめるのだろうか?
志水辰夫といえばハードボイルド・冒険小説界の第一人者だったのだが、このところ時代小説に転じたらしい。ダイナミックなこれまでのイメージとは異なって『みのたけの春』、相当に渋い。この作品を読んだあとで、1936年生まれと知ってびっくりした。私よりも8歳も年上のオジイチャンだったのだ。なるほど、「若者の生き方のひとつ」として、多分にアナクロニズムであるかもしれないのだが、われわれの年代には、微妙にこそばゆい共感を覚えずにはいられない深みがこめられていた。現在、日本再生には若いエネルギーによる新鮮な発想と行動力が不可欠である………と若者を叱咤激励するかのような識者たちの主張が巷を横行している。激動の時…  全文読む 評価する

007白紙委任状 007白紙委任状
よっちゃん/ジェームズ・ボンドがリンカーン・ライムの捜査手法で凶悪犯を追い詰める
僕は大学生だったが、『007は殺しの番号)』を家庭教師先の坊やと渋谷の東急文化会館で観たときに受けた、これまでの映画にはなかった新鮮なインパクトを忘れられない。あのダンディズムとセクシャルな美女とのからみ、大仕掛けで荒唐無稽な大陰謀と闘うハードなバイオレンスに魅せられて以来、ボンド映画とはつきあいは長い。フレミングの原作は『ムーンレイカー』他2~3作を読んだ。当時の和製冒険活劇小説に『野獣死すべし』でヒットした大藪春彦の作品があって、愛読していたものだが、これとは異質な「007」のバタ臭いスマートさによけい魅力を感じたのかもしれない。ただ、ジェームズ・ボンドのイメージといえば小説よりもスクリー…  全文読む 評価する

平成猿蟹合戦図 平成猿蟹合戦図
よっちゃん/お伽噺「猿蟹合戦」といえば私たちの年代なら誰でも知っている懐かしい昔話です。ところで私たちが子供時分はこのお話からどういうメッセージを受け取っていたのでしょうか。また、仮に私たちが現代の子どもたちに向かってこのお話をする場合、どういうメッセージをこめればよいのでしょうか。
私は「弱いものたちが力をあわせて強いワルモノをやりこめる美しいお話」として受け止めていたような気がします。猿をやっつける計略も痛快でした。そして吉田修一もこのメッセージをそのまま現代におきかえて『平成猿蟹合戦図』を作り上げたのだと思います。長崎の五島福江島でホステスをしていた美月が新宿歌舞伎町の路地裏で6ケ月の赤ん坊の瑛太を抱いてうずくまっている。同郷の夫である朋生が消息不明になり、このあたり流れて、ホストをしているというから会いに来たのだ。韓国クラブでバーテンをしている秋田生まれの純平は朋生と知り合いで、このふたりの面倒を見ることになる。ところで純平は轢き逃げ致死事件を目撃するが、犯人として…  全文読む 評価する

ラブレス ラブレス
よっちゃん/時の流れに身をまかせた浮き草の人生、あまりに哀しい昭和女の一生………とお膳立ては古めかしいのだが。「しあわせ」の尺度をひくりがえしてみえてくる生きることの値打ちには、漂流する現代の精神に対する力強いメッセージが込めれれている。
「馬鹿にしたければ笑えばいい。あたしは、とっても『しあわせ』だった。風呂は週に一度だけ。電気も、ない。酒に溺れる父の暴力による支配。北海道、極貧の、愛のない家。昭和26年。百合江は、奉公先から逃げ出して旅の一座に飛び込む。『歌』が自分の人生を変えてくれると信じて。それが儚い夢であることを知りながら―。他人の価値観では決して計れない、ひとりの女の『幸福な生』。『愛』に裏切られ続けた百合江を支えたものは、何だったのか?」裏切られ続けた女の一生、この飾り帯にある解説コピーは本著の全体像を端的に説明できています。家出した少女が旅芸人一座の仲間となり、場末の演芸場、温泉旅館で酔客相手の歌手となる。請われ…  全文読む 評価する

桜田門外ノ変 桜田門外ノ変
よっちゃん/「幕藩体制再構築」のために水戸藩が体系だてた尊王攘夷論が「倒幕」の理論と転化されたことから生まれる水戸藩の悲劇
水戸藩の尊王攘夷論は日本史を動かす理論として展開をはじめるのだが、それは桜田門外の変を実行したものたちによる全国行脚の遊説活動があったからに他ならない………と私には思えた。『桜田門外の変』の後半三分の一は事変後、幕府ばかりでなく、水戸藩からも追われる鉄之助の逃避行が丹念にたどられる。飢え、寒さ、病魔。彼は必死の逃亡を続けながらも、なお北陸、中国、四国、九州の各藩へ工作活動を試みようとする。感情は語られず、淡々と過酷極まりない事実を積み上げるだけの叙述には鉄之助の一徹さと無念の思いがにじみ出て哀しい桜田門外の襲撃は、金子孫二郎、高橋多一郎という冷静沈着なリーダーが薩摩藩と手を組み、薩摩藩士300…  全文読む 評価する

桜田門外ノ変 桜田門外ノ変
よっちゃん/史実を丹念に積み上げ桜田事変の実相に肉薄する歴史小説の傑作
「桜田門外の変」とは安政7年(万延元年・1860年)、雪降る江戸城お堀端で水戸藩士たちが井伊大老を襲撃し暗殺した事件である………と。それだけでなく安政の大獄、無勅許の開国など独断専行に対する制裁だった………程度は誰もが知っている著名な事件である。先日出会った山田風太郎『魔群の通過』はその4年後の1864年の天狗党の乱であったが、このとき茨城県生まれの私は「幕末期の水戸藩とは一体なんであったのか?」との興味にとらわれてしまった。本著は桜田事変の襲撃現場の指揮者・関鉄之助を主人公にして、その背景、顛末の全貌を膨大な史料にもとづき活写した吉村昭氏の大作である。私の知りたかったところの核心がドクキュメ…  全文読む 評価する

警官の条件 警官の条件
よっちゃん/悪徳警官の汚名のまま追放された最強の捜査官・加賀谷仁が戻ってきた。不条理世界で生きるこのニヒリストに警官の誇りはあったのか。
2011/10/17日経紙「春秋」にこんな記事があった。暴力団が用心棒代(みかじめ料)を要求すると公安委員会は「やめるように」と命令をだし、従わない場合は罰則があるというのんびりした対応だ。ところが都道府県条例ではこうした時に会社や商店が暴力団にカネを払うと名前を公表されたり処罰されたりする。市民は生身のまま暴力団と対峙することになっている。心配なのは暴力団からの反撃だ。暴力団の襲撃が絶えない北九州市で雰囲気を尋ねると「『警察と暴力団のどちらについた方がいいか考えている人もおる』と、冗談ともつかない答えも聞かれた。次は当然、国や警察が踏ん張る番である。」私は、警察官の使命はなによりも市民の生活…  全文読む 評価する

魔群の通過 魔群の通過
よっちゃん/「水戸の内戦は、まことに酸鼻なものでございました。内戦とはそれまでまったく隣人友人としてつき合っていた人間たちが敵味方に分かれて、同じ国の中で、いくさと言える時間と規模で相たたかうものであります。そもそも日本において内戦という状態にあるいくさは、元治元年の水戸内戦以外にはないのではござりますまいか。」
山田風太郎の作品群にあって、おそらくポピュラーなものではない。しかも水戸天狗党の乱の詳細を追ったシリアスな歴史小説で著者の作風からもしても異色である。私の手にしたものは光文社のハードカバーで昭和53年の初版本だった。書架の奥に眠っていた父の蔵書からたまたま引っ張り出してきたのだが、思いがけない傑作!砂利石の中から宝石を見つけたような驚きでうれしくなった。山田風太郎にこんな凄い作品があったんだ。私は茨城生まれなのに、お恥ずかしいことだが、そもそも天狗党ってなんなんだ?水戸藩、徳川斉昭、藤田東湖、水戸学、勤王攘夷、桜田門外の変、武田耕雲斎。これらはばらばらに常識の範囲で知っていたのだが、天狗党の乱…  全文読む 評価する

エージェント6 エージェント6
よっちゃん/人を殺さねば生きていけない極限状況で人はなにをよすがに生きて行けるのか?と不屈の戦士レオ三部作完結篇では哲学的思索と試みる。
『チャイルド44』。1953年、スターリン統治下のソ連。恐怖政治、監視国家、秘密警察、密告システムの残忍さを極限まで描き、犯罪者として烙印を押された主人公レオの国家相手の壮絶バトルアクション。とにかくあまりにもサディスティックな描写に度肝を抜かれた。『グラーグ57』、1956年、フルシチョフ政権への移行期にあるソ連。政権内抗争に巻き込まれるレオの前作に引き続くマンハントチェイスの過激な魅力は充分にあったし、愛する人を殺された二人の女(彼の幼女となったゾーヤとマフィアの頭目となったアニーシャ)のレオに対する復讐劇や新旧体制の闘争に直結させたハンガリー動乱の市街戦と前作より深みを加えてフレッシュア…  全文読む 評価する

遠くへ 遠くへ
よっちゃん/「あとがき」から読むと著者はいかにも傲岸不遜、鼻持ちならない人物のようだが………これはユーモア精神の発露だろう。
著者の渡部伸一郎君は新宿高校の同期生である。今年の4月同期会の席で彼が「今小説を書いている。面白い作品だと思っているんだが、出版したら読んでね」と、どんぐり眼をぎょろりとさせて近づいてきた。7年も前になるだろうか、彼の著書『わが父テッポー』の感想を述べたことがあった。彼にその記憶が残っていたのか、顔を合わせたついでに声をかけてきたのだろう。特別親しい付き合いはない。なにせ彼はいまだ僕の名前を正確に書けないぐらいである。頭がずば抜けて切れる男だったにしても「面白い小説」を書けるほど世間擦れしているとは思ってもいなかったし、自称ひねくれものの言質はそのままには受けとめないものだ。実際手にしてみると…  全文読む 評価する

韃靼の馬 韃靼の馬
よっちゃん/対馬にとって朝鮮との外交と通商が、もっとも大切であることは論を俟たない。外交とは対等の立場においてなされるもので、相手への敬意と己に対する矜持なくしては成り立たない。我々は友誼に最善を尽くすが、たとえば………もし朝鮮に非がありながら打擲などされた場合、その場で相手を打ち捨てるくらいの気概がなければ外交官はつとまらぬ。
これは対馬藩主・宋義真の教えだそうだ。現代にも通ずるもっともな説ではあるが………。李朝朝鮮とわが国の歴史的な外交制度である朝鮮通信使を知ったのは最近のことだ。わが国と朝鮮との間には様々な緊張関係にあるのだけに、対等な善隣関係を前提にした通商・文化の交流という重要な史実を知らなかったことはショックであった。どうして教科書にはのっていなかったのだろう。私たちが知っておくべき歴史のはずだとつくづく思うのである。「………徳川家康の求めに応じて日本と国交を回復し、1609年には己酉(きゆう)約条を結んだ。朝鮮からは1607~24年までに3回の回答兼刷還使、1636~1811年までに9回の通信使(約200…  全文読む 評価する

犯罪 犯罪
よっちゃん/異常な犯罪者たちの「事実」を積み上げる弁護士、検事、判事。法廷はそこにある「真実を」証明しつくせるのか?………と立ちすくむ。現役弁護士である著者は小説という手法でその真実を明らかにする。
「弁護士の著者が現実の事件に材を得て、異様な罪を犯した人間たちの哀しさ、愛おしさを鮮やかに描く連作短編集。文学賞二冠、45万部突破の欧米読書界を震撼せしめた傑作」「一生を愛し続けると誓った妻を殺めた老医師。兄を救うため法廷中を騙そうとする犯罪者一家の息子。羊の目を恐れ、眼球をくり抜き続ける伯爵家の御曹司。彫像『棘を抜く少年』の棘に取り憑かれた博物館警備員。エチオピアの寒村を豊かにした心やさしき銀行強盗。………魔に魅入られ、世界の不条理に翻弄される犯罪者たち」その他………ギリシャ人であること拒否することに囚われたギリシャ人の若者が企んだ盗みの波紋。資産家の父の束縛から逃避した姉弟のふたりだけの愛…  全文読む 評価する

黄昏に眠る秋 黄昏に眠る秋
よっちゃん/スウェーデンのエーランド島。地図を見れば、スカンジナビア半島を海龍に見立てたとき、デンマークを飲み込もうとする下あごの付け根にコバンザメのように張り付いて見える細長い島だ。現在、南部の農業地帯は世界遺産に指定されている。島の北部がこの物語の舞台になる。
西に本島を眺望するいくつかの村落があるが定住人口は数少ない。ストックホルムの小金持ちたちがここに別荘を持ち、夏だけが賑わいを見せる。秋ともなれば本土へUターンする人の流れも途絶える。厳しい冬を迎える老人達だけがひっそりとそれぞれの軌跡、栄光と挫折の過去に思いをいたし、残り少ない余生の平穏を祈る。「黄昏に眠る秋」とはこういう憂愁の気配が濃い季節をさしている。濃霧と冷雨に閉ざされた灰色の世界、石灰岩平原が荒涼と広がる。若い時分には製材業、石材業、小型船舶による本島間海上輸送などを生活基盤として、活気があった老人たち。しかし、過疎化し若者がいなくなった今のエーランド島自体が黄昏の局面にある。エーラン…  全文読む 評価する

ジェノサイド ジェノサイド
よっちゃん/冤罪の死刑囚を取り上げた『13階段』が記憶に残る作品だったが、まさか高野和明がこれほどの大型エンタテインメントを書けるとは思わなかった。うっとうしいこの夏のひととき地球規模で繰り広げられる恐怖と冒険の物語に度肝を抜かれる絶好の暑気払いをしよう。
読者にこれだけの面白さをアピールするには飾り帯の紹介では舌足らずなのだが………「急死したはずの父親から送られてきた一通のメール、それがすべての発端だった。創薬化学を専攻する大学院生・古賀研人は、その不可解な遺書を手掛かりに、隠されていた私設実験室に辿り着く。ウイルス学者だった父は、そこで何を研究しようとしていたのか。同じころ、特殊部隊出身の傭兵、ジョナサン・イエーガーは、難病(肺胞上皮細胞硬化症)に冒されていた息子の治療費を稼ぐため、ある極秘の依頼を引き受けた。暗殺任務と思しき詳細不明の作戦。事前に明かされたのは、『人類全体に奉仕する仕事』ということだけだった。イエーガーは暗殺チームの一員とな…  全文読む 評価する

風の陣 風の陣
よっちゃん/第四巻まで続いた『風の陣』もこの第五巻「裂心篇」で完結だが、完結の盛り上がりに欠ける。前4巻は読まなかったつもりで「裂心篇」を読めば独立した小説として別の味わいがあるだろう。
「もはや戦いを防ぐ手立てはない………。蝦夷の雄・鮮麻呂に決起のときが!陸奥の黄金を求め、牙をむく朝廷に対し、蝦夷の首長・伊治鮮麻呂が起ち上がる。狙うは陸奥守の首ひとつ!北辺の部族の誇りを懸けた戦いを描くシリーズが、ここに幕を降ろす。」第4巻まで続いた『風の陣』もこの第5巻「裂心篇」でいよいよ完結だ。全体の構成は大和朝廷が統一国家の中に広大な陸奥の地を編成しようとする征服のプロセスであり、その征服に抗う蝦夷たちの闘争の物語である。振り返れば当初は蝦夷出身の道嶋嶋足が中央政権で立身出世を遂げ、陸奥守への就任を果たし、蝦夷たちのための地方政治を進めることを戦略としていた。蝦夷を理解する陸奥の首長の擁…  全文読む 評価する

下町ロケット 下町ロケット
よっちゃん/元三菱銀行のサラリーマンだった著者の『空飛ぶタイヤ』『鉄の骨』を読んで、その人柄に好感を持っていた私はこの作品が今回の直木賞を受賞したと聞いて素直によかったなぁと思いました。
「企業小説」というジャンルは元銀行員とか元役人とかあるいは経済評論家という人たちが書くことが多いのですが、たいがいはノンフィクション仕立てで内幕暴露の一点に読者の好奇心を集めることを狙いにしています。そこには企業という怪物だけがあって人間のドラマが描かれていません。非情な企業論理が貫徹すると同時にだからこそそこに生きる人間の葛藤があるわけです。最近、この企業論理と人間ドラマの緊張をリアルに描いた上質の企業小説はあまり見当たりません。池井戸潤はこういう企業小説を書ける数少ない作者です。かつて宇宙科学開発機構の研究員だった佃航平は、実験衛星用ロケットの打ち上げ失敗にし辞職、家業の佃製作所を引き継い…  全文読む 評価する

大地の牙 大地の牙
よっちゃん/満州クロニクル、大陸侵略史の断面。昭和13年~14年を750枚のボリュームで多面的にとらえ、迫真のドラマにしている。
第5巻が出版されて2年余りが経過した。この間に目先を変えた『新・雨月』を上梓したものの、どうなっているかと心配していたが、なるほど、これだけの豊富な素材を緻密に組み立てるにはそれだけの時間が必要だったのだと思わせる、期待を裏切らない第6巻だ。密度の高い2年間なのであり、劇的なエピソードもふんだんに披露されるのだが、何よりも私は史実の大筋についてすら「何も知らなかった」のだと愕然とする思いでこの作品に没頭していった。「満州を独立国として育成し、民族協和の理想郷とすることで大陸における日本の権益を安定確保する。そして内乱が続く中国に対しては統一国家を認め、国交改善を図り、戦争を回避、経済提携を強化…  全文読む 評価する

吉原御免状 吉原御免状
よっちゃん/未読のままにあった一時代前の傑作を読むというのはいつもと違う高揚感があるものだ。安心して読めるからでしょう、物語に没頭しながらもあれやこれやと雑念がわいてくるのが楽しいからです
昭和59年から60年にかけて「週刊新潮」に連載された隆慶一郎の処女作である本著を当時どうして読まなかったのだろうとまず考える。どうやらあのころは本を読む時間がなかったんだと思い当たる。そして剣豪小説もいろいろ読んだなと感慨にふける。ずっと昔同じ「週刊新潮」で連載された五味康祐『柳生武芸帳』と柴田錬三郎『眠狂四郎無頼控』が剣豪小説と付き合いの始だった。『柳生武芸帳』は筋書きがなにがなんだかわからなかったが、「裏柳生」「柳生武芸帳に記された国家の一大秘事」「後水尾天皇の皇子暗殺」などの素材は『吉原御免状』でも形を変えて上手に料理されている。柳生烈堂はマンガ『子連れ狼』で充分に慣れ親しんだ。『子連れ…  全文読む 評価する

桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活 桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活
よっちゃん/「にやにや、にたにた、くすくす、くすり、げらげら、ははは、ふふふ」ページを繰るごとにこれだから、電車で読んでいるとつい周囲が気になる。これほどいくつものわらい方で笑える小説にはめったに出会わない。とにかく可笑しくてたまらないのだ。ところでヒトだけが「笑う動物」だとの説があるそうだが、どういう場合に笑うのだろうかとふと考えるとなかなかの難問だとしかいいようがないことに気づかされる。
クワコー、桑幸、桑潟幸一、日本文学准教授、40歳。都内中堅私大の博士課程を修了。関西圏随一の低偏差値を誇る「敷島学園麗華女子短期大学」通称レータンでは勉強はおろか読むのはスポーツ紙と漫画、文字を書くのは出張旅費申請書とネットへ投稿する大学教師の中傷だけ。しかしレータンではひらがなカタカナが書ける程度のサル学生しかいないので特に困らなかった。雑務が多いとはいえ、一般企業より休みが多く、給料もほどほどのぬるま湯の天国だったのだが、このところ放漫経営から廃校が噂され始めた。一方、千葉県のド田舎にある「たらちね女子短期大学」、内情はこれも経営難だが、時代錯誤の拡張主義から、共学4年制「たらちね国際大学…  全文読む 評価する

隻眼の少女 隻眼の少女
よっちゃん/本格ミステリーのセオリーを根底から破壊して見せた「本格」といわれる怪作
ガルシア・マルケス『百年の孤独』に疲れたので、軽く一息入れるとしよう。このところ日本の本格推理小説にはご無沙汰だったから、日本推理作家協会賞、本格ミステリー大賞といういかにも「本格」らしい二冠をとったという作品なら最近のヒット傾向がわかるかもしれないと思い、手に取ったしだい。もちろん謎解きをゲームとして楽しむために。険しい山々に囲まれたポツポツと集落のある寒村。千年の時を越えて今なお生きる龍神伝説。龍神の祟りを封印した女神の子孫スガルが今でも村民たちの鎮守信仰を集めている。そして次期スガル候補者であるこの一族の娘たちが次々と首を落とされて殺されていくのです。となれば、推理小説界もまだまだ横溝正…  全文読む 評価する

百年の孤独 百年の孤独
よっちゃん/「蜃気楼の村マコンド。その草創、隆盛、衰退、ついには廃墟と化すまでのめくるめく百年を通じて、村の開拓者一族ブエンディア家の、一人からまた一人へと受け継がれる運命にあった底なしの孤独は、絶望と野望、苦悶と悦楽、現実と幻想、死と生、すなわち人間であることの葛藤をことごとく呑み尽くしながら………。」 はなはだ要約が難しいだけに、作品のあらすじを語るとすればこのコピーは急所を突いている。
「蜃気楼の村」であるから現実にはありえない時空だと私は思い込んでいる。その村に杖のように大きい棒磁石をもったジプシー・メルキアデスが現れ、村中の金属をひきつけてみせる。望遠鏡をみせて遠くのものを近寄せてみせる。ジプシー集団は氷塊(これはその村には存在しないものだった)に触らせる、錬金術の魔法で、あるいは空飛ぶ絨毯で、などなど超絶のワザで村人を驚嘆させるのだ。族長のドン・ホセ・アルカディオ・ブエンディアは彼等のもたらした科学技術に夢中になり、身代をなげうってそれを極め、村の発展を導くことを構想していく。このイントロに私はスタンリー・キューブリックの記念碑的作品『2001年宇宙の旅』の冒頭シーンを…  全文読む 評価する

葉隠物語 葉隠物語
よっちゃん/「葉隠」については詳しくない。ただ、その語感にはつつましさに潜む熱い思いがある。いつのまにか失ってしまった日本人の美徳を象徴しているようで、引きつけられるところだ………が。
ところで、最近評論家の語るあるべき国家論やあるべき日本人論のなかに、よくこの葉隠精神をみかけるのだが、そこにはなんとなく胡散臭いものを感じるのだ。歴史小説家の安部龍太郎がこれをどういう具合に料理したのかを確かめたかったのである。本著では、「葉隠」は鍋島藩の元武士・山本常朝が語る彼の見聞や体験を弟子・田代陣基が筆記し、享保元年(1716年)ごろに完成、鍋島藩主・宗茂へ献上されたものしている。第一話から第二十三話と終章、本著は二十四の逸話からなる。おそらく逸話のすべては「葉隠」に記されたものであり、これを安部龍太郎の筆が小説として構成したものだろう。安部は山本常朝が抱いた当時の武士のあるべき姿をで…  全文読む 評価する

一週間 一週間
よっちゃん/苦しいこともあるだろさ 悲しいこともあるだろさ だけどぼくらはくじけない 泣くのはいやだ笑っちゃおう 井上ひさし文学の到達点
井上ひさしさんの作品では『吉里吉里人』『腹鼓記』『馬喰八十八伝』などは昔のことなのでよく覚えていないが、伊能忠敬を描いた『四千万歩の男』、通説では不忠者とされた人々の物語『不忠臣蔵』 、占領下の日本人と米軍とのコンフリクトを喜劇的に際立たせた『東京セブンローズ』 の記憶は鮮明に残っている。いずれの作品も弱いもの、差別されているものへのやさしさが滲んでいた。主人公の小松修吉、1904年、山形県の小作農の生まれ。東京外大、京都帝大でロシア語と経済を学び、共産党の非合法活動に参画。逮捕、転向の後、共産党弾圧の工作員だったMを探して満州を転々とした。「昭和21年早春、満州の黒河で極東赤軍の捕虜となった…  全文読む 評価する

忘れられた花園 忘れられた花園
よっちゃん/家族を中心にまとまろうとする力、家族から遠くへと離れようとする力。その緊張関係がもたらすいくつものドラマ。これはある血族の悲劇、ビクトリア朝末期の世紀末から現代に至る血の相克である。
1913年、ロンドンからオーストラリアに着いた船にたったひとり残された少女ネルに何があったのか。魔法の組み紐が遡る謎の原点には名門貴族・マウントラチェット家の家族関係があった。ビクトリア朝世紀末と現代にまたがる家族関係の普遍性とは?私は『家政婦は見た』という二時間テレビドラマをよく見た。俗受けするドラマの典型で市原悦子の個性が大金持ち家族の内部事情を覗き見するところに面白さがあった。この作品の謎解きも、つまるところ家庭内事情の暴露にすぎないのだが………。『家政婦は見た』の金銭欲、相続争いとはまるで次元が異なる。マウントラチェット家の家庭内事情とはなんであったか。それはイギリス繁栄の絶頂期であっ…  全文読む 評価する

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