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別名S・S・ヴァン・ダイン 別名S・S・ヴァン・ダイン
うみひこ/僕らはみんなグリーン家の子供たち
 子供の頃、初めて『グリーン家殺人事件』を読んだ時の驚きから、いまだ覚めない。気がつけばあそこから、小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』への暗い道が開いていったのだ。きっと多くの読者が私と同じように、グリーン家の館の扉を閉めたとたん、霧に導かれて、数々の古い館を訪ねる旅に出てしまった気がする。そんな魅惑に満ちた推理小説の世界を築きあげた作家S.S・ヴァン・ダイン。最初の作品『ベンスン殺人事件』のあとがきで、この作家の名は別名で、作者は他の顔を持っていることが明かされていた。いわく、作者は優れた批評家で、実は、推理小説を書いたのは、病気療養のために過ぎない。また、この作家は、真の推理小説家は優れた作品…  全文読む 評価する

ジェイン・オースティンの思い出 ジェイン・オースティンの思い出
うみひこ/『説得』のおまけつき
 この本を手に取った人は、あるデジャ・ヴュ観を抱くだろう。それは、ありとあらゆる解説や伝記の元になっているのがこの本だからなのだが、それだけではない。作者が、ジェィンの実の甥だからだろうか、ここにはなにか、ジェィンを髣髴とさせるユーモアや皮肉を感じさせるものがあり、そこに、深い魅力を感じさせられるからなのだ。 作者は、ジェィンが亡くなったときに19歳。それから50年の月日を経て70歳になってからこの本を執筆した。そのため、貴重な証言をしてくれる人々は、すでに鬼籍に入ってしまっていた。けれども、ジェインの最後の家の近くに住み、その日常生活を見ていたこと、そして、ジェインが親族にあてて書いた手紙を…  全文読む 評価する

ブラッドベリ年代記 ブラッドベリ年代記
うみひこ/わくわくしすぎて、先に進めない…
 これくらい、読者に待たれていた伝記はなかっただろう。私も嬉しくて、冒頭の写真を見るだけでどきどきして、先に進めなかった。例えば、祖父母の家の前で無邪気に座っている赤ちゃんブラッドベリの後ろにあるのは…。あのステンドガラス、「二階の下宿人」のステンドガラスじゃないか!もう、そこで心は物語の中に入り込んでしまうのだ。 そして、作者の序文を読んでいるときにも同じ気分になってしまった。ブラッドベリの熱烈な愛読者である作者が、ブラッドベリに出会い、インタビュウし、伝記を書くまでに至る経緯だけでも一つの冒険談であるし、(だって、同じ愛読者じゃないか)その気持ちが痛いほど分かるところがあって、またまたどき…  全文読む 評価する

わが住む村 わが住む村
うみひこ/戦時下で語られた村の生活の歴史。
昭和11年春、鎌倉郡村岡村、 今は、藤沢市になっているあたりに、 菊栄は、ウズラの養鶏場を移して住み始めた。 ウズラの養鶏場は、戦争の始まりと共に縮小し、 馬鈴薯などを始めている。 そんな生活の中で、 周囲の老人などに聞き書きを始めたものを、 まとめたものらしい。柳田国男に勧められたとも書いてある。 意外に典雅な文章で、 各章に、和歌やら『更級日記』や等が引用されているのだが、 生々しい古老からの聞き書きが面白い。 いわゆる東海道の街道筋の土地柄なので、 話は、雲助のことから始まる。 夏でも冬でも褌一丁で、 きりきり紐で巻いた財布を後ろにはさみ、 急な坂道の近くでゴロゴロしていて、 足弱だった…  全文読む 評価する

乙女の日本史 乙女の日本史
うみひこ/豪華絢爛、饒舌な文学史と、少女漫画による文学解釈の可能性
 久々に実に面白い、文学史を読んだ。イラストの可愛さや、「乙女」という言葉に、漫画で描いた解説書かと思って手に取ってみたのだが、読み始めるとその内容の豊富さ、情報量の多さに、かなり充実した時間を過ごすことになった。  この本の意図は、上代文学から始まって昭和の近現代文学(万葉集から川端康成)までを、「おじさん的解釈」では捉えきれないものとして読み解こうというもの。従来唱えられてきた、文学史上の常識に、茶々を入れるような形で、豊富な「異説」を次々展開している。 国語の授業や文学史の授業の面白さは、本来そういうものだったのではないだろうか?教科書の定説に対して、いかに、現代の研究では違う視点ができ…  全文読む 評価する

デカルトの骨 デカルトの骨
うみひこ/髑髏を片手に、旅に出よう
 この本を手に取るとき、読者はまず、表紙絵にある頭蓋骨に目をやるだろう。下顎のない、なにやら額に幾つかの文字の書かれた頭蓋骨。これが、デカルトの、あのコギト・エルゴ・スムによって近代の知を開き、その「二元論」により、科学への扉を開いた、大哲学者の頭脳を納めていた頭蓋骨なのだ。 だが、冒頭「序」の章で、パリの人類博物館での風景、著者の手にあっさりと頭蓋骨が渡される瞬間を読むと、いいようのない違和感に満たされる。 なぜ、頭蓋骨は博物館に置いてあるのか? その他の骨はどこにあるのか? 頭蓋骨に書かれた文字とはなにか?読者はいくつもの疑問を胸に抱くに違いない。そんな、読者を尻目に、作者は、ゆうゆうと、…  全文読む 評価する

海と灯台の本 海と灯台の本
うみひこ/灯台のようであれ!
 出会いは、東京国際子ども図書館。「絵本の黄金時代 1920~1930年代-子どもたちに託された伝言」という展示で、ガラスケースの中に開かれていた頁を見た途端、動けなくなってしまった。群青色の夜の海の中、三艘の大型船が、灯台の光を目指して進んでいく。群青の海に印された白い光の道。光の中に浮かび上がる灯台の赤い輪郭。背後に待つ夜の港の赤い光。浮かび上がるクレーン。働く港。働く船。頭の中に、今まで訪れた、全ての港が甦った。神戸、横浜、小樽、函館、東京湾。そして、その絵の下の方に記された、ロシア語の言葉をなすことなく、見つめ続けた。ロシア語は読めない。でも、この文字のなんと魅力的なことだろう。そして…  全文読む 評価する

ミッドナイト・ララバイ ミッドナイト・ララバイ
うみひこ/4年ぶりのヴィクと1966年の夏
物語はいきなり、従妹のペトラの行方不明で幕を開ける。大金持ちでカンザスに住む、ヴィクとは不仲の叔父ピーターの娘。父親の友人の息子の選挙事務所を手伝うためにシカゴに来たばっかり。若くて美人で、大学を出たての従妹は、瞬く間に持ち前の明るさで、ヴィクの友人でアパートの階下に住む老人ミスタ・コントレーラスを魅了してしまい、頻繁に訪ねてきては、一族の過去を調べようと、ヴィクを引っ張り回していた。いったい、どうして? ヴィクは恋人のジャーナリストと別れて、シカゴに帰ってきたところ。ふとした縁で、病院で世話になった牧師から、人捜しを頼まれた。それは、40年も前に行方不明になったアフリカ系老女の息子を捜すこと…  全文読む 評価する

沈黙の時代に書くということ 沈黙の時代に書くということ
うみひこ/ヴィクとパレツキーの自伝と、現在という恐怖の時代について
 初めて、この書物を手にしたとき、これは、サラ・パレツキーのただの自伝だと思っていた。シカゴの名高い女探偵「V.I.ウォーショースキー」の生みの親。強く逞しく、恋人が「君は強すぎる…」と言って、去っていくような女性を描いた人は、どんな人生を送ってきたのだろうと思ってきたから…。けれども、この書物は、ただの自伝ではなかった。現在のアメリカへの告発の書なのだ。作者は 1947年6月8日生まれ。こう書くと、この年号に深い意味を感じる。日本では、団塊の世代と呼ばれている世代。アメリカでは、反人種差別運動とウーマンリブ運動を知る人々の世代なのだ。 ある意味、「若者の時代」の作家でもある。  この自伝を読…  全文読む 評価する

ユイスマンスとオカルティズム ユイスマンスとオカルティズム
うみひこ/オカルトの時代という歴史的視点とユイスマンス
 私は、昔から、ユイスマンスが好きだった。『さかしま』で、館に籠もり、口中オルガンという奇妙なカクテル製造器で飲み物を作り、甲羅に象眼した生きた亀を部屋の中に歩かせて楽しむ主人公。王侯貴族が繰り広げた豪奢とは違う、個人の夢と想像力が作り上げる贅沢と美の魅力。この主人公デ・ゼッサントこそ、デカダンスの極致の魔王のような男、と思いきや、実は脆弱で胃が弱く、最後はふらふらになって館から担ぎ出されてしまう。そんな物語の奇妙さには、あっけにとられた。そして、美術評論の章だけが傑出していて物語からはずれてしまうように、ところどころ作者が主人公のふりをして顔を出しているのにも興味を覚えた。 さらに、『彼方』…  全文読む 評価する

くいいじ くいいじ
うみひこ/食べ物について空想すること
 漫画家である作者が書いた食べ物にまつわるこのエッセイは、とてもおいしそうで、そして、人の持つ「食欲」というものへの不思議に満ちている。 御本人が、「旺盛なのは食欲くらい」と、いうだけあっって、例えば、ひたすら出前のパスタを食べる「デリバリ」の章や、牡蠣を食べる事に対するスリリングな気持ちに満ちた「牡蠣」の章など読むと、信じられない程の大量の食物が描かれている。また、「差し入れ」や「漫画家シチュー」の章は、漫画家特有の食生活をのぞかせてくれる。そして、この食欲は、漫画家生活が生み出す独特のものなのだろうかと、思わず考えさせられてしまう。これとは逆に、「おもてなし」にある、来客の為に、急に大量の…  全文読む 評価する

消えた王子 消えた王子
うみひこ/不思議な少年
 不思議な少年が歩いている。道行く人はふと振り返り、イギリス人ではないなあ、と、少年を見送る。彼の名はマルコ。身なりは貧しいが、きりっとした面立ち、12歳にしては身長も高く、しっかりとしたすばらしい体格だ。 彼は父ロリスタンと、軍隊上がりの召使いと三人で、ロンドンの貧しい街角に住み着いている。その前はロシア、フランス、ドイツと、あらゆる国をさまよってきた。そして、父親によって教育を受け、あらゆる国の図書館や美術館で、自分で様々なことを学んできた。何よりも、沈黙を守ること、その国の言葉でしか喋らないこと、そして祖国のために忠誠を誓い戦士となることを、学んできたのだ。 それはすべて、少年たちの祖国…  全文読む 評価する

岩佐美代子の眼 岩佐美代子の眼
うみひこ/二つの像
 代々続く学者の家として名高い家に生まれ、四歳の時から内親王のお相手を務め、女子学習院でも同級生として過ごし、結婚後、姑、大姑を見送った後に、独学で学問を始め、論文を投稿し続けて、後に、大学教授となった女性。  夫の死後、国会図書館に非常勤で務め、その間、非常勤職員の待遇改善運動をした女性。大学教授を辞めた後には、清泉女子大学の第二次セクハラ事件裁判を支援する研究者の会の代表として、裁判に関わり、勝訴を勝ち取った女性。 何だか、名家に生まれたお嬢さま学者というレッテルを貼られてしまいそうな前者の見方が先行していた彼女の人生には、一種の闘士のように思える後者の女性が同時にいるのだ。  本書を読ん…  全文読む 評価する

古書の来歴 古書の来歴
うみひこ/古書にまつわるミステリーと、書物に関わる人々の時空を超えた物語
 古書の保存修復の専門家の、オーストラリア人ハンナが、ある1冊の本を調査保存するために、ボスニアのサラエボに降り立つ。 その本は「サラエボ・ハガター」と呼ばれ、中世のスペインでつくられた。ユダヤ教では禁じられていた筈の彩色された宗教画の挿絵入りのヘブライ語の書物。国立博物館の学芸員オズレンが、戦火の中保存した奇跡の書物。彼と共に、国連職員や、国連平和軍の兵士、ボスニアの警察官、銀行の警備員に囲まれて、銀行の会議室で、ハンナは仕事を始める。 彼女に与えられた時間は1時間のみ。その間に彼女がするのは、本をすっかり綺麗にすることではなく、与えられた本の損傷はそのままに、その本を研究できる程度に修復…  全文読む 評価する

和ごよみで楽しむ四季暮らし 和ごよみで楽しむ四季暮らし
うみひこ/2月は始まりの月―お薦め旧暦生活
 今年の冬はとても寒いからか、冬がいつまでも続くような気がしていたのだけれど、気がつけば、窓から射す光も明るさを増していて、だんだん日も長くなってきている。植木鉢には、かすかな緑の気配がある。あれは、チューリップだろうか。もう一度、一年が新しく始まろうとしている。そんな気配がしてきた。二月というのは、実は、始まりの月かも知れない。そう、思って、この旧暦の本を手に取ってみた。 心和むイラスト付きのこの本で、作者は、昔の行事について語るだけではなく、その行事を楽しんだ昔の人たちと同じ心を、季節の中で感じて欲しいと提案する。「季節のおいしいものを食べて、美しい自然に触れて、生きている喜びを感じる」そ…  全文読む 評価する

明治のお嬢さま 明治のお嬢さま
うみひこ/明治美人が一杯
このところ、古い雑誌を読むのにはまっている。昔の雑誌を読んでいると、挿絵、表紙絵、広告や奥付にある発行所の住所表記だけでなく、表紙や各頁の紙の質など、全てがその時代を語ってくれるのに気づく。雑誌というのは、時代を表す情報の宝庫なのだという気がしてならない。 本書は、そんな古い雑誌、明治の『婦人画報』(何と、編集長は、国木田独歩!)や『『女学世界』『婦人世界』などのグラビアページに現れる上流階級の人々の生活や姿を中心に、明治後期の令嬢達の姿を描いたものだ。 例えば、この本の表紙絵をよく見ると、『婦人画報』に載っているこのお嬢さまがいかに裕福なのかが読み取れてくる。一人のお嬢さまの絵は、立って、箪…  全文読む 評価する

ゆめはるか吉屋信子 ゆめはるか吉屋信子
うみひこ/愛に満ちた伝記
 田辺聖子さんのこの本を読みたい読みたいと以前から思っていた。 一つには、昭和初期の女流文学界の様子を知りたかったこと、そして、もちろん、ある意味過剰さが光る作品の書き手である(つまり、少女小説、ガーリー、乙女の元祖である)この作家の人生を知りたかったこと。また、先日読んだ『女三人のシベリア鉄道』同様、吉屋信子も門馬千代と二人で、パリへ向かったこと等、円本景気で海外遊学を楽しんだ作家たちの様子など、この作家の周辺には、貴重な女流文学史的要素が満載なのだ。期待に違わず、興味が尽きない本だった。  そして、なにより、田辺聖子版で伝記を読みたかった。それは、田辺聖子さんが、吉屋信子を愛しているからだ…  全文読む 評価する

まぼろしの白馬 まぼろしの白馬
うみひこ/月姫のブーツ
 夜汽車に乗ったとき、夜、車で移動しているとき、何故か、いつもこの物語の始まりを思い出す。じっとうつむいて足先を見つめていると、この主人公マリアが履いているブーツの飾りのキラキラした光が、目に浮かんでくるのだ。 この場面は、とても独特だ。主人公の少女は孤児で、顔も知らない従兄の屋敷に引き取られていくところ。迎えに来た馬車は、古びていて、乗り心地が悪い。二月の霧に包まれて、外はどんどん暗くなっていき、何も見えない。向かい側に座った家庭教師の老婦人は、ただ黙って、赤黒い鉤鼻をフランス語の本に埋めて読んでいる。マリア自身も、決して美人ではなく、赤毛でそばかすがあり、顔は青白く、体は小柄だ。けれども、…  全文読む 評価する

キャットと魔法の卵 キャットと魔法の卵
うみひこ/『魔女と暮らせば』の主人公、キャットのその後の物語
 数あるクレストマンシーの物語の中でも、お気に入りの登場人物と言えば、ちょっと気弱なこのキャット少年だ。悪い魔女のお姉さんに虐げられて育ってきた彼は、実は九つの命を持つ大魔法使い。悪い魔法を取り締まる要職のクレストマンシーになるべく、お城の中で修行中の身だ。 そんな彼の出てくる『魔女と暮らせば』(旧訳『魔女集会通り26番地』)を、読み返すたびに、ここに描かれている世界、普通の人や魔法使いが一緒に暮らす、ちょっと古くさい感じで、馬車と車が共存する世界の様子を、もっと知ってみたいと思っていた。そこへ、この続編。大喜びで、読み出した。  クレストマンシー城でキャットと共に暮らす子供たち、クレストマン…  全文読む 評価する

藤原道長「御堂関白記」 藤原道長「御堂関白記」
うみひこ/1000年前のブログを読むには
 この書評を下巻から書きおこそうと思ったのは、この下巻の「おわりに」にまず注目してもらいたいからだ。この日記の面白い読みどころが、実に平明な学者臭くない文章で書いてある。成る程、そこに注目して読めば、この日記が、ますます面白くなるな、と思わせるものが、いくつもある。例えば、「文字について」各巻の冒頭に、自筆本の写真が載っているのだが、確かに道長の字は汚い。おまけに黒々と墨で消してあったりする。じゃあ、本当にこの国第一の権勢を誇った人が悪筆だったのかというと、それは、人に見せないつもりの日記だからであって、寺に奉納した教典の文字は達筆だったという。そう知ると、この日記が、記録としての半ば公式な日…  全文読む 評価する

プロコフィエフ短編集 プロコフィエフ短編集
うみひこ/作曲家は、奇妙で面白いファンタジーを、日本で、書いていた
 プロコフィエフ、あの作曲家の?日本に来たことがあったの?え、小説も書いていたの? これが、この本を知ったときの正直な感想だ。でも、『ロミオとジュリエット』のあの不可思議な旋律を鼻歌で歌いながらこの本のページをめくってみると、思いもかけない奇想天外な物語に魅了されてしまった。  エッフェル塔がバビロン目指して歩き出す『彷徨える塔』、赤外線と紫外線の姉妹のせいで、アメリカ人の石油を手に入れた実業家が、エジプトのファラオと出会う羽目になる『紫外線の気まぐれ』。奇妙きてれつで、見事な短編が、次々現れる。 なかでも楽しい物語は、五歳になるターニャちゃんがベニテングダケと地下世界に出かける『毒キノコのお…  全文読む 評価する

神去なあなあ日常 神去なあなあ日常
うみひこ/山の中の神に出会う
物語を読むという行為の不思議さは、あらゆる差を、性差、年齢、人種、時代を乗り越えて、主人公と同化してしまうことにある。だから、この夏、「私」は、横浜から来た高校出たての「俺」に変身して、山また山の奥の神去村のさらに山奥の神去地区で、呆然としながら日々を送った。この作品を何度も読み直すという行為は、だからなんだか夏休みの思い出に浸る行為ににている。 簡単に荒筋を言うと、こうなる。主人公の俺は、高校を出てフリーターになるつもりが、親と先生の陰謀で、卒業と同時に、いきなり山奥の林業の村に、研修生として放り込まれ、「林業」の修行する羽目になる。 迎えに来た駅で、俺の携帯電話の電池パックを奪って投げ捨て…  全文読む 評価する

ラフカディオ・ハーンのクレオール料理読本 ラフカディオ・ハーンのクレオール料理読本
うみひこ/ニューオーリンズ時代のハーンを知るには…
 この本は、ハーンが敏腕新聞記者として名を馳せ、最初の結婚をしたンシナティを離れ、ただ一人、空手でやって来たニューオーリンズで書かれたものだ。最初のうち、ハーンは、この町で再び貧困にあえぐはめになり、さらに、その中で貯めた金で料理店を開こうとして相棒にだまされて、たった20日で店を閉じたりしている。 やがて、アイテム紙というとても小さな新聞社に職を得て、コラムを書き、挿絵を描き、その小さな紙面を自分自身の筆で大きくする迄にいたった。傍ら、ゴーチエの小説を翻訳し、出版した。  工藤美代子著『ラフカディオ・ハーン漂泊の魂』では、 この土地で、ハーンは、社会面を描く新聞記者から 文学的志向へ変身して…  全文読む 評価する

ビロウな話で恐縮です日記 ビロウな話で恐縮です日記
うみひこ/作者の夢をのぞき見よう。それは、「こんな夢を見た…」と、始まる。
本書は、ネット上に公開されていたエッセイではなく、日記を取捨選択し、脚注をつけたものだ。私は、ネット上でも読んでいたのだが、やはり、まとめてあると、その特徴に気がつく。 それは、まるで、夏目漱石の『夢十夜』を思わせる、夢日記の多さだ。奇妙に凝った、そして、恐怖に満ちた世界でもある作者の夢を覗かせてもらえるのだ。作者自身も、「オタクは見る夢の登場人物名もオタクだ」と、註でつっこみを入れているが、内容も、内田百けんや漱石を思わせるたぐいの恐怖の味わいがあって、作者の恐怖の質というものを感じさせてくれる。そこへ、BL的要素が入り込んでいて、作者独特の世界が、本当に無意識なのだろうか?と思うほど形成さ…  全文読む 評価する

魔法の館にやとわれて 魔法の館にやとわれて
うみひこ/大魔法使いクレストマンシーと、貴族の館で召し使い修行
 町の本屋で母、姉、叔父と暮らすコンラッド少年は、ある日、魔法使いの叔父から自分の恐ろしい運命を知らされる。高台にある貴族の館に召使いになって入り込み、ある人を殺さないと、今年中に死んでしまう「悪い業」を背負っているというのだ。悲惨な運命に、がっかりしながらも、無事、館の従僕見習いとして雇われ、黒いビロードパンツにしましまのストッキングという制服に着替えて、召使いの修行を始めたコンラッド。 でも、お城の召使いになるのは、すごく大変。朝早くから夜遅くまで働きずくめ。奥方様やお嬢様やロバート卿がお食事をするときには、お給仕だけではなく、家具のようになって壁にとけ込むようにずっと立っていなくてはなら…  全文読む 評価する

イスタンブールの毒蛇 イスタンブールの毒蛇
うみひこ/宦官の探偵はなすの料理をしながら、恋に落ちて…謎を解く
 この物語の主人公、ヤシム・トアル、通称ヤシム・エフェンディ(旦那さんという意味)は、宦官で、スルタンやその母后の信任が厚い探偵だ。こうきいて、いわゆる宦官というイメージ、女性化したハーレムの黒人奴隷、または召使いを思い描かないで欲しい。ヤシムの容貌はまるで違う。自由で、優しい物腰の白人の40がらみの紳士。町で、自由気ままにに暮らしている。でも、いざとなれば、「宮殿の御用だ」と呟くと、まるで魔法のように道が開けていって、宮殿まで自由に入っていける身分なのだ。それが、町の者にも知れ渡っている。不思議な暗黙の了解に満ちた町、イスタンブールを感じるところだ。 彼の趣味はフランスの小説を読むことと、料…  全文読む 評価する

アップルパイ神話の時代 アップルパイ神話の時代
うみひこ/アメリカの台所で、孤独な主婦は、ウーマンリブの直前に何を見ていたのか
 この本を手に取ったなら、表象学って何?と考える前に、とにかく96枚に及ぶ図版、アメリカの科学技術雑誌と家庭雑誌とに掲載された広告の数々を楽しんでみよう。気の利いた短い解説を読みながら、図版を見ていくと、20世紀前半のアメリカ、特に、1950年前後のアメリカで、何が起きていたかが実によくわかる。    まずは、機械を駆使する女性。でも、そこは工場ではなく、台所だ。台所で途方に暮れ、涙を流し、顔をゆがませる女性の図。タキシードとドレスの男女。シャツを持って怒鳴りつける夫の前で、ソファに泣き崩れる妻。おいしい料理に微笑む男たち。大粒の涙を浮かべる女性たち。顔をゆがませ、憎らしくも指を下に向けて料理…  全文読む 評価する

リンゴの丘のベッツィー リンゴの丘のベッツィー
うみひこ/女の子はみんなバター作りを見るのが大好き
 ある町で、ちょっと神経質で恐がりなフランシスおばさんに、大切に大切に育てられていたベッツィー。お父さんもお母さんもいないけれど、大おばさんと召使いと3人の生活は、ベッツィー中心に廻っていた。 ところがある日、大おばさんが病気だったことがわかり、ベッツィーは、田舎の農場の親戚に預けられることになる。そこは、フランシスおばさんが大嫌いな、「…子どもたちに、家事や農場の仕事を手伝わせていたんだから。まるで使用人みたいにね」と、いうひどいところ。 それなのに、あれよあれよという間に、ベッツィーは汽車に乗せられ、迎えに来た大おじさんの荷馬車に乗せられて、農場に向かうことになる。それどころか、大おじさん…  全文読む 評価する

記憶の中の源氏物語 記憶の中の源氏物語
うみひこ/源氏物語を取り戻せ
 物語は誰のものか。この本の作者は、「はじめに」で、そのことを問いかける。それは、千年にわたって奪われ続けてきた物語について語り始めるための、魅力的な幕開けだ。 そう、始まりは藤原道長だった。『紫式部日記』のなかには、その最初の略奪風景が記録されている。それによると、道長邸で皇子を生んだばかりの中宮彰子は、源氏物語の豪華な写本を仕立てて内裏へ持ち帰ろうとしていた。最初は、物語などと馬鹿にしていた様子の道長も、周囲の反響と羨望に、次第にこの豪華本の制作に夢中になってくる。挙げ句の果てに、道長は紫式部の局の中を勝手に家捜しし、見つかったもう一冊の原本を娘の妍子に与えてしまうのだ。読者と自分のもので…  全文読む 評価する

江戸東京怪談文学散歩 江戸東京怪談文学散歩
うみひこ/地縁を得る
 地縁という言葉をこの書物で初めて知った。この言葉は本当はその土地の人間関係を得ることをいうらしいのだが、私は、土地そのものと縁を結ぶという意味で使いたい。 実は先日、誘われて深川の芭蕉ゆかりの深川文学散歩というのに参加したのだが、こちらはほとんど俳句に縁がない身、芭蕉文学館で熱心に展示物見る連れを置いて、ぼんやりと小さな庭に出てみた。庭の中にある階段を上ってみると、いきなり隅田川の土手に出た。そして、その滔々とした水の流れの豊富さに打たれたようになって見つめていると、心がどんどん時代を遡って、江戸に飛んで行くのを感じた。 それからは、歩いている道すがら、川や橋の名、お寺の名前も、何か聞いたこ…  全文読む 評価する

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