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日の名残り
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白井道也/テレビ東京塩田真弓アナのお気に入りの小説
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(中公文庫、表4より)短い旅に出た老執事が、美しい田園風景の道すがら回想する、古き良き時代の英国。長年つかえた先代の主人への敬慕、執事の規範のような亡父、女中頭に寄せた淡い想い、両次大戦間に邸内で催された重要な外交会議の数々——。というような話が老執事の語りで語られるわけだけど、“旅に出る”ってくだりは何というか物語を進めるための装置で、メインになるのは回想。で、この物語の持つ意味ってのは何なのだろうか。ひとつ、いやがおうでも目に付くのは、主人公の老執事が「執事の品格とはなにか」ということをしきりに語っているところ。品格はプロ意識というコトバに置き換えても良いかもしれないけど、いずれこの物語は…
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派閥
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白井道也/具体例が少ない
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とても抽象的な本なんだな。「派閥は党内で争う」とか「派閥は継承される」とかそういう言葉ばっかりが踊って、具体例が少ない。僕はもっと、自民党の派閥抗争の歴史みたいなことを読みたかったのに、この本にはそういったことが書かれていなかった。
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チャタレイ夫人の恋人
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白井道也/精神と肉体、とか
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すごくまっとうな小説だ。都市と農村とか標準語と方言とか精神と肉体とか、近代化にともなうそういった二項対立が物語の根底にあると思う。チャタレイ夫人が森番メラーズとするセックスは、自然賛歌というか肉体賛歌で、それはさすがに男の作家が書いたものだなぁという印象を受けるけど。あと、メラーズがセックスの時、男女同時にオーガズムに達することにこだわっているのも、マッチョな感じだ。
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老人と海
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白井道也/堀口の解説は面白い
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(表4より)キューバの老漁夫サンチャゴは、長い不漁にもめげず、小舟に乗り、たった一人で出漁する。残りわずかな餌に想像を絶する巨大なカジキマグロがかかった。四日にわたる死闘ののち老人は勝ったが、帰途サメに襲われ、舟にくくりつけた獲物はみるみる食いちぎられてゆく……。そういう話だったのか、と、これを読んで初めてわかった。ヘミングウェイはなにを書きたかったのだろうかと考えながら読んだけど、「大魚を相手に雄々しく闘う老人の姿を通して自然の厳粛さと人間の勇気を謳う」(表4より)とは読めなかった。ただ、訳者・堀口大学の解説——自分はヨーロッパ文学に比べてアメリカ文学には興味を覚えなかったが、この『老人と海…
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夜間飛行
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白井道也/堀口大学の訳について
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「夜間飛行」の内容やその面白さについては僕が述べる必要もないと思うので、ここでは堀口大学の訳について書く。彼の訳文は、原文に引っ張られすぎている。例えば、やがて彼らは、雷雨の、または平静な空から、この大都会の方へと静かに降りて来ることだろう、山から降りて来る風変わりな農夫たちのような格好で。というように。参考までに、別の箇所の工藤庸一郎訳(みすず書房)と堀口訳を列挙する。アンドレ・ジッドの序文。A:わたしは作者にたいして、わたしにとってかなりの心理学的重要性を有するつぎの逆説的真理を明らかにしてくれたことをとくに感謝している。それは、人間の幸福は自由のなかにではなく、義務の受諾のなかにあるとい…
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セックス神話解体新書
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白井道也/現行の性教育を、「少女たちをだますことで強姦に加担している」とぶったぎる。
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この本の最終章「性差論争の本質とは何か?」の冒頭の言葉をまず引用する。ここまでの章を費やして私が繰り返し語ってきたのは、二つの事実です。一つは性的奴隷制という全世界的規模の見えざる制度によって女性が男性に支配されているという事実、もう一つは「男は女と違う」のだから、これは支配ではなく自然な区別なのだとする言説が、制的奴隷制を覆い隠すために意図的にばらまかれているという事実です。例えば、「男は論理的/女は感情的」というのも先天的なものではなく、環境やらに影響されて出来るものだということを著者は言ってる。男である僕がこの本を面白く読めたのは、著者の姿勢が“男性への攻撃”ではなく“女性の意識改革を促…
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戦後短篇小説再発見
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白井道也/埴谷雄高の「深淵」と古井由吉の「先導獣の話」
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本にしろCDにしろオムニバスのいいところはいろんな作家をつまみぐい出来るところであり、このシリーズでは第二巻で河野&富岡のダブル多恵子を読めたこと、この第九巻で埴谷雄高の「深淵」と古井由吉の「先導獣の話」を読めたことがとりあえずの収穫である。この巻の頭に収録されている田中英光の「少女」は、終戦直後の1シーンを記述しただけで今読んだら古臭い印象しか受けないのだけど、というか、政治や革命というテーマ自体が今や古いものになってしまっているのだけど、埴谷雄高の「深淵」では、まず冒頭のパスカルにはひとつの深淵があって、例えば、腰かけている肘掛け椅子からふと左手の床を見下したりすると、そこにはぴかりと口を…
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マノン・レスコー
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白井道也/恋は盲目
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(表4より)自分を死ぬほど愛している純情な貴公子デ・グリューに、賭博、詐欺などの破廉恥な罪を重ねさせながら、自分は不貞と浪費のかぎりを尽くし、しかもなお、汚れを知らぬ少女のように可憐な娼婦マノン。日本語タイトルは『マノン・レスコー』だが、原題は『騎士グリュウとマノン・レスコーの物語』。グリュウの回想という形で物語が語られるので、主人公はグリュウです。早い話が“恋は盲目”という物語で、マノンに裏切られても、グリュウはオメデタイまでにポジティブ・シンキング。古典だからまぁいいかと思うのだけど、もっとマンン・レスコーがどんなキャラクターなのか書きこんで欲しかったし、グリュがマノンにいれこむリアリティ…
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親指Pの修業時代
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白井道也/親指ペニスの来し方行く末
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ずばり「親指ペニスとはなにか」という名のあとがき(というか早大での講演録)に、すべて書かれている。「通念と、通念に染まらない無垢な器官としてのペニスそっくりな器官とがぶつかり合うことによって、私たちが信じ込まされている性の通念をいかに揺るがされるか」ということを松浦は書こうとしたのであり、「一応形としては、小説的な伝統的形式を借りて来なければならない。そこで成長小説=ビルドゥングス・ロマンという体制を借りてきた」。そして、「男根主義という見かたで、何かと昨今悪者にされがちなペニスを、本来無垢な器官として備わっていたはずの生まれたまま物にもどしてやる」という気持ちがあったのだそうだ。ここまで著者…
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親指Pの修業時代
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白井道也/親指ペニスはどこへ行く?/上巻を読んで
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一実の親指がある日突然ペニスのようになる。一実の恋人・正夫は男根史上主義者で、フェラチオされるのはもちろん好きだが、一実の親指ペニスをは嫌悪する。しかし正夫には晴彦という友人がいて、女学生同士のような慣れ親しみ合いをしている。結局一実と正夫は別れ、一実は盲目の作曲家である春志と付き合い、ふたりで“フラワーショー”に同行、そこでさまざまな人間と出会う。というのが上巻のあらすじ。物語が面白いのですいすいと読み進んでいくが、問題はなぜ松浦理英子が“親指ペニス”なるものを想像したか、というところだ。『優しい去勢のために』では、松浦は“非−性器的エロス”を主張する。それを頭に置いて、この上巻で気になった…
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数学流生き方の再発見
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白井道也/このころの秋山仁はのっていた。
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数学が苦手な人間にその面白さを吹聴したところで聞く耳を持って貰えない。こないだ雑誌『ダ・カーポ』では“文型人間に贈る数学入門”みたいな特集をやっていたけど、成功したとは思えないな。“数学的な思考法”ってのは、それが出来ない人間には、いくら噛んで含めるように説明してもチンプンカンプンなものらしいから。この本も、その“数学的思考法”を説くもの。僕は大学での専行が数学だったぐらいだから面白く読めたけど、寅さんをひきあいに出してるのはなかなか面白かったな。例えば、シリーズ第32話で寅さんが泊まった寺を去ろうとしたとき、「せめて朝ゴハンだけでも」と引き止められるが、寅さんは「朝ゴハンを食べたら無駄話をし…
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世界の十大小説
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白井道也/『嵐が丘』を読んだ後に
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「嵐が丘」を読んだあと、本書の“エミリー・ブロンテと『嵐が丘』”を読んだが、なかなか面白かった。エミリー・ブロンテがいかに偏狭な性格の持ち主かということ。彼女の屈折した心情が、『嵐が丘』のヒースクリフの特異なキャラクターにつながっている、ということ。あるいは『嵐が丘』の話法には稚拙な部分が少なからずあるが、それが逆に緊張感を生んでいるということ。参考になったところが多い。
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嵐が丘
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白井道也/この訳がいちばんだと思った
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いろんな出版社から翻訳が出てるってことは、それだけこの「嵐が丘」が不朽の名作だってことなのかもしれないけど、いろいろ読み比べたらこの大和資雄訳がいちばんいいと思った。冒頭に物語の主要人物の紹介が載っているのも、角川文庫クラシックスのいいところ。物語について。ひとことで言えば“三つ子の魂百まで”っていう話なのかなぁ。捨て子として拾われてきたヒースクリフがきょうだいたちにいじめられ、しかしキャサリンだけには優しくされ、そのときの感情をずっと持続させながら周囲の人間に悪魔的な影響を与えていく。いろんな人物が錯綜し、明確なテーマも見出しがたいのだけど、ついついページを繰ってしまうのは、そのヒースクリフ…
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いくつもの週末
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白井道也/男性側の意見
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前につきあってた女の子にこの本を貰って、ちょっと読んで「あんまり面白くなかったよ」って言ったら、「私たち分かり合えないかもね」って半ば冗談半ば本気で言われた。久しぶりに読み返したら、けっこういいエッセイかも、と思えた。妻としての江国香織は愛情過多で疑心暗鬼で妄想癖があって、そういう女性と一緒に暮らしてると男としては大変だよ、と思うのだけど、このエッセイを読んで感じるのは、夫への同情、ではなく、紆余曲折がありながらもしっかりとした愛で結ばれているふたりへの羨ましさ、といったところ。カップルでこの本の感想を言い合うのはなかなか楽しいかもしれないですね。
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レ・ミゼラブル
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白井道也/最後はうまいことまとまって感動
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第五部「ジャン・ヴァルジャン」。ジャン・ヴァルジャンはあれほど憎んでいたマリユスをバリケードの中から救い出す。ジャヴェールとテナルディエも最後の最後まで登場、晴れてマリユスとコゼットは結ばれるが、ジャン・ヴァルジャンの正体がマリユスに明らかになり……と、第五部はさすがにかなり盛り上がる。そしてようやく“レ・ミゼラブル”というテーマがクリアーになっていき、「いろいろ無駄話があって長い小説だったけど読みがいがあったなぁ」という感想に落ち着いた。まとめ:ジャン・ヴァルジャン、コゼット、マリユス、テナルディエっていう主要人物のキャラ設定はすごくフラットで、物語は善悪がはっきしりした凄くシンプルなもの。…
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レ・ミゼラブル
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白井道也/第3部に比べれば面白くなってきた。
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第3部に比べれば面白くなってきた。相変わらず“隠語”や“暴動”についての無駄話があるけれど、なんたってこの第4巻ではコゼットとマリユスのロマンスがある。これでもってる。最後にはジャン・ヴァルジャンがそれに気づき、彼の心には“憎悪”の炎が燃えて第5部に続く。表4によると、「王統派からボナパルチスト、共和派へと立場を変え時の政府に反逆するマリユスは、亡命生活の中で執筆を続ける老大家ユゴーの若き日の姿の投影である」らしい。詳しい事情はよくわからないけど、確かにバリケードの中の記述はリアルでアツい。
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ロックンロールミシン
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白井道也/フツーの青春小説
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夢に向かって服を作っている奴らがいる。そんな奴を尻目に会社勤めをしたものの、なんとなく退社して、同僚の恋人ともうまくいってない奴がいる。服を作ってるやつらは「まったく新しいものを作るんだ」と息巻いたり、「本当にオリジナルなものなんて存在しないのよ」と反論したり。どこにでもある光景だし、どこにでもある思想だし、一度読めばどこかに行ってしまう文章だし。面白くなくはないけど、なんでこれが三島由紀夫賞を受賞してしまったのだろう。
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優しい去勢のために
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白井道也/『親指Pの修行時代』と併せて読んで、
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「時代」「印象」「文学」「優しい去勢のために」「性愛」の5つに章立てされている。音楽と文学に関する文章はあまりいい出来だとは思わない。他のも、才気と意欲だけが先行して読みやすい文章ではないのだけど、やはりセックスにまつわる文章を書いたとき、松浦は輝きを増す。『親指Pの修行時代』と併せて読んで、私たちはに思いをはせる必要がある。
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小説修業
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白井道也/『戦争と平和』と『特性のない男』
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もともと特異な小説を書くふたりだから、交わされる小説談義もまともなものではないだろう、とは予想していたけど、何と言うか、師弟が仲良く駄弁ってるって感じだね。これを読んだからといって“小説”の何たるかについてのヒントが与えられるわけではないけれど、とりあえず『<a href="/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi/?aid=&bibid=00308534&volno=0000" target="_blank">戦争と平和』と『<a href="/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi/?aid=&bibid=01803118&volno=0000" tar…
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レ・ミゼラブル
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白井道也/意外な展開
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(表4より)第三部「マリユス」。頑固な祖父にさからって、ひとり下宿生活をはじめたマリユスは、窮乏の生活の中で、しだいに共和主義に傾倒してゆく。そのころ、彼が毎日散策に出かける公園で必ず出会う親娘があった。誇り高く純真な青年マリユスは、その未知の少女の清らかなまなざしにとらえられ、可憐な姿に憧れをいだく。娘は、ジャン・ヴァルジャンに養われているコゼットであった。こうやって書き写すと、うまいこと要約された良い文章だなぁと思うけど、相変わらず無駄話が多いな。第1章は「パリの微粒子的研究」と題された、浮浪児に関するエッセイ。19世紀のパリの風俗が書かれているという点で面白くはあるけれど、物語の筋にはほ…
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蝶々の纏足
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白井道也/「大きすぎるものを呑み込もうとするからよ」
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幼なじみの瞳見とえり子が主人公。えり子は絵に描いたように美しくて、自分をかわいく演出する術を知っている。瞳見は、そんなえり子に好悪の入り混じる複雑で屈折した感情を抱きながら、えり子を含む周囲の青臭い恋愛観に辟易し、男の体に興味を覚える自分が大人だと思っている。という設定が、何と言うかすべて作為的に思える。瞳見の恋愛観は山田詠美の思想そのものだし、えり子の青臭さも、山田が瞳見の言動こそが大人びてまっとうなものであるということを引き立たせるための道具にしかなっていない。書評タイトルは、小鳥を飲み込むことに失敗したヘビの死体を見たときに、瞳見がつぶやくセリフ。このセリフも唐突で、何かを象徴させようと…
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レ・ミゼラブル
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白井道也/ここは中だるみか
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第2部はとにかく無駄話が多い(鹿島茂に言わせれば、それが魅力なのだが)。第1章はナポレオンの話。修道院の話でまるまる1章が使われてもいる。かつ、それ以外のジャン・ヴァルジャンとコゼットの物語は、そんなに大きな動きはない。第1巻を読んだからには最後まで読まざるを得ないのだけど、にしてもこの第2巻は面白みが少なく、飛ばし読みをしてしまう。
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AV女優
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白井道也/『約束された場所で』を読んでる気分だった
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これは、どんな人がどんな気持ちで読むんだろう。興味本位で手にとって、インタビューのうまさに感心し、知ってる女優の裏話に興味を覚え、ちょっとエッチな気分にもなったり。そういう“ヒトゴト”な読み方が出来ればすごく楽なんだろう。僕は、彼女たちの人生がヒトゴトだとは思えない。読んでいて重い気分になって、途中で投げ出した。村上春樹の『<a href="/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi/?aid=&bibid=02046650&volno=0000" target="_blank">約束された場所で』を読んで、オウム信者と僕たちとが共有する“闇”に気づいた時のように。僕は以前、風…
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マキアヴェッリ語録
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白井道也/自ら噛み、そして消化(あるいは嘔吐)
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思想の解説でもなく、あくまで抄訳。マキャヴェリの格言が抜書きされていて、「ここで塩野の解説が欲しい!」と思うこともあるけれど、あえて抄訳にとどめた理由ははしがきに書かれている。鋭いマキャヴェリの言葉を、自分なりに噛み砕いて消化(あるいは嘔吐)することが大切なんだろうな。「君主論」や「戦略論」から抜かれたマキャヴェリの言葉は、今の時代にも通用する。「結果が良ければ手段は問われない」などなど、抽象的な思考ではなくあくまで現実に裏打ちされた言葉なので、凄く説得力がある。今の時代に君主になる奴はいないけど、組織のリーダーなんかは非常に参考になるのでは。一部、恋愛に応用できるようなものもあったりで、とて…
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レ・ミゼラブル
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白井道也/訳は岩波より新潮
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岩波は4分冊で新潮は5分冊。ついつい岩波文庫で買ってしまいそうだが、訳は新潮がいい。これは1ページ目を読めばすぐわかる。19世紀の長編小説がいいのは、ゆったりしてることだ。登場人物が少なくはないが、ひとりひとりに関する記述が濃い。第1章は神父、第2章はジャン・ヴァルジャン、というふうに、ゆっくりじっくり物語を味わえるのがいい。第1巻は、マドレーヌ市長として振舞ってきたジャン・ヴァルジャンが、良心に従って自らの本性を現すところで終わる。この第1巻だけでも完結できる内容だ。今後、物語がどう展開していくのか楽しみだ。
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私の個人主義
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白井道也/そんな凄いかねぇ
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確かに、漱石の語り口は素晴らしい。さすがは落語通である。謙遜する、洒落をかます、そしてしれっと本題に入る。で、その本題。たいしたことを語っているとは、僕には思われない。有名な「私の個人主義」では、自由には責任がつきものであり他人の自由をも尊重すべきであるということ、「現代日本の開花」では、維新後の西洋化は内的要因ではなく外的要因から進んでおりそれはイビツであるということ、だいたいそんなことを言っているのだけど、それって21世紀に生きる人間が読んで「嗚呼! 確かにその通りだ!」って感嘆するものでもないでしょう。ということでこの本は、内容は置いといて漱石の語りを味わうものではないか。漱石の小説が好…
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ローマ人の物語
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白井道也/塩野の人生訓
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“歴史”というものにまるで興味のなかった僕でも非常に面白く読める、ということは、ローマ帝国の歴史が物語として面白いということもさることながら、その面白さを理知的に書ける塩野の文才が絶大だということだ。バルザックは小説のなかでしばしば人生訓を語るが、塩野も負けていない。例えば、「敗けっぷりに良いも悪いもない。敗北は敗北にすぎない。ただ、敗北からどう起ち上がるかが重要なのだ」といったようなもの。こういった含蓄あるひとことが興味深い。
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ローマ人の物語
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白井道也/著者から読者にあてた長い手紙
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上下巻合わせて400ページぐらいなのに、なんでわざわざ分冊にするんだよ、と思ってたら、上巻の頭にある“文庫刊行に際しての、著者から読者にあてた長い手紙”にその理由が書いてあった。塩野七生の本を読むのは初めてだけど、これを読んだだけでも塩野の凄さがわかった。
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整体入門
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白井道也/ちくま新書「整体」と合わせて読め
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本としての面白さからいったら、ちくま新書の「<a href="/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi/?aid=&bibid=02096429&volno=0000" target="_blank">整体」の方が面白いけど、その「整体」の著者・片山洋次郎も、“野口整体”の思想に触発されたのだそうな。しつこいようだけど新書の「整体」と比較すると、あちらはほとんど身体論の本で、こちらはよりテクニカル。“頭の疲れをとる方法”“水虫やニキビの皮膚病に効く操法”とか、とりあえず整体とやらを試してみたいという人にはいいかも。ただ、第1章・第2章がいきなり“気”の話。いくら東洋医学に興味…
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消費者金融
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白井道也/そんないい本じゃないよ
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どこかの新聞の書評欄でも取り上げられていたけど、そんなにいい本だとは思わない。書かれてる内容は薄くてたぶん8ページぐらいにようやくできるだろうし、最初の3章は同じことを繰り返し書いてる。ためになったのは、多重債務者が借金を逃れるのには自己破産以外の方法がある、ということぐらい。
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