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それでもやっぱりがんばらない
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濱本 昇/やさしい書
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あれほど好きだった読書から離れて半年振りに完読した書だ。一冊を読むのに半年も掛けると、その内容も忘れているし、書評を書ける立場に無いが、習慣として書評に残しておきたい。著者は、医者である。その職業上、死に向かう人との付き合いも多い。その患者との関係を綴ったのが本書だ。「がんばらない」「あきらめない」「それでもやっぱりがんばらない」と三部作で著者の述べる「がんばらない」の意図を読者に伝えようとしている。著者の言う「がんばらない」とは何であろうか?「自然を良しとする」と私は理解した。死と戦う姿勢は美しい。しかし、それを「がんばる」とは見ないのである。自ら発する「生きたい」という意思に委ねるというこ…
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人生は愉快だ
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濱本 昇/生きる事への応援歌
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著者、池田晶子とは、どんな人物だったのだろう。彼女は、故人である。帯に「死んでからでも本は出る」とあったので、本書は、彼女の死後出版されたのだと思う。著者の紹介には、文筆家とあった。本書は、3章からなっている。第一章では、「死を問う人々」と題して、古今東西の哲学者、宗教家等30名の思想を端的にそれぞれ5~6ページで語り挙げている。私もかなりの哲学書を読んだが、それぞれの哲学者の思想を端的に第三者に説明する事は出来ない。とてつもない理解力だと感心した。第二章では、「生を問う人々」と題して、質問に対する答えという形で人生相談である。まるで男性の如くズバズバ物言う姿勢には驚かされ、また納得してしまう…
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あきらめない
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濱本 昇/優しさが伝わる一冊
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私は、正直、著者である鎌田氏が医者で、患者に優しく接する事で有名程度の事しか知らない。どれほど偉大な人かを知らない。本書は、その優しさが存分に伝わる内容であった。まだ、読んでいないが、「がんばらない」という本で著者は、一躍有名になった。「がんばる」という事は、ストレスに繋がる。自然に生きる事の勧めであると想像する。本書「あきらめない」は、「がんばらない」と正反対の意味あいを持つが、そういう意味ではない。癌を宣告され、余命数ヶ月という診断から何年も生き続ける患者の姿。子供の卒業式が見たい。ただ、それだけの希望で生きることが出来るのである。たった一人で子供を産まなければならない事情を持った若い女性…
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ダライ・ラマ般若心経入門
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濱本 昇/新しい解説書
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般若心経については、数冊の解説本を読んで来た。それらは、全て、般若心経の一言一句を細かく解説したものであったが、本書は、全体を流れる「般若心経の心」を著者の考えを中心に述べられていた。今まで読んだ解説本は、一言一句を説明したものであったので、分かり易く、それなりのインパクトもあった。本書のような解説の仕方は、般若心経を理解している者には分かり易いが、「入門書」としては、難解ではなかったか?と思う。最後に数ページに付録として一言一句を解説しているが、これだけでは、良く理解出来ない。数冊の解説本を読み終えている私は、般若心経への理解はある程度あるものと思っていたが、本書を読み終えて、本書を十分に理…
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生と死のケアを考える
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濱本 昇/「死」を考えること
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カール・ベッカーなる人物を知ったのは、NHK「日本の教養」に出演した彼に会った時である。彼は、宗教学という学問を専門にしていた。宗教学とは、特定の宗教を研究する学問では無く、宗教そのものを研究する学問である。当然、「死」というものを正面から見据えて論じる学問である。私は、以前、「死」を真剣に考える事は、「生」を真剣に考える事に繋がると自負し、「死」を楽しみに考えていると豪語していた。しかし、今年、4月、「死」を意識する診断を下された時に、その考えの甘さを痛感した。「死」について考える事は、悪いことではない。今もその考えは変わらない。しかし、意味が違うとは言え、「死」を楽しみに待つという姿勢は間…
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知事の世界
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濱本 昇/新しい知事のイメージ
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07年1月、そのまんま東こと、東国原英夫氏が宮崎県の知事に当選した時は、日本中の話題を浚った。そこには、タレント知事として今まで生まれた知事とは、少し異色なイメージを持った。それは、東京・大阪という大都会じゃ無くて、どちらかと言えば貧しい県である宮崎県の知事となったという事が大きな要因であろう。本書は、東国原知事が、何故、政治家を目指し、何故、宮崎を「どげんとせんといかん」と思うようになったのかが、熱く語られている。今までの常識を破る事の困難さ、しかし、不可能では無い事を実証する素晴らしさが語られている。宮崎県知事と言えば、彼が就任するまでは、不祥事以外には、全国版のニュースになる事はなかった…
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リビング・ウィルと尊厳死
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濱本 昇/難しい問題
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生前に死を語る事は、長く日本ではタブーとされて来た。しかし、医学の進歩により、植物人間のような死んでいるが生きているような現実が世界的に見られるようになった。西欧では、20世紀初頭以降、安楽死と言葉で語られる問題が顕在化してきた。多くの判例を重ね、法律の整備もされてきた。リビングウィルとは、生前に自分が植物状態になった時の処置を生前に文書に残しておく事である。しかし、リビングウィルが整っていれば、単純に尊厳死を認められるという単純なものでは無い。そこには、家族の感情も入り得るし、医者の判断も入り得る。私個人の希望を言えば、絶対に、植物人間で行き続けたいとは思わないし、リビングウィルを残して、尊…
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米原万里の「愛の法則」
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濱本 昇/持論の自由な展開
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本書は、NHK「週間ブックレビュー」にて、南伸坊氏がお勧め本として紹介したものである。私は、その勧めに対して読みたいと感じたものの、メモるのを怠った為に分からず、直接NHKに電話して聞いて購入した次第である。本書は、叙述されたものでなく、講演をそのまま記述したものである。話し言葉であるので、それだけ読み易かった。演題は、「愛の法則」「国際化とグローバリゼーションのあいだ」「理解と誤解のあいだ」「通訳と翻訳の違い」である。それぞれに関連性は無いので、本書の題名は、最初の講演で代表しているのである。「愛の法則」では、種としてのメスの優位性について語っている。オスの私としては、悔しさも感じたが、納得…
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ワープする宇宙
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濱本 昇/理解出来ぬが、楽しい書
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私は、具体的な意味を理解出来なくても、理論物理或いは宇宙物理学の話しを聞くのが好きである。本書もNHKの番組でリサ・ランドールという魅力的美人理論物理学者が紹介された時に、茂木健一郎との会話の中で紹介され、私は、飛びついた。実際に読んで、私の物理学知識を遥かに超えており、内容を理解出来なかった。読み終えるまで、2ケ月も掛かった。しかし、こういう理解不能、時間浪費であろうと、こういう知識に触れる事は、私の喜びとするところなのである。私が名前として知っていた「ひも理論」の意味が、本書を読んで理解出来た事は、本書から得た実質的知識の唯一のものである。「ひも理論」から発展した「超ひも理論」は、統一場理…
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幸福論
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濱本 昇/幸福論(実践編)
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私は、世に有る「幸福論」ヒルティ、アラン、ラッセルを読んだ事が有る。それぞれに、納得出来る内容が叙述されていたが、本ダライ・ラマの「幸福論」を読み終えた今、これらは、「幸福論(理論編)」と呼べると感じている。これに対し、本書は、「幸福論(実践編)」と言えるのでは無いだろうか?前者は、幸福の定義の理論展開が中心であったが、本書は、幸福を感じる為に何を為すべきか?が論理の中心であった。著者は、この問いに対し、ごく単純なる答えを用意していた。それは、「人の為に生きよ」である。これを実践するだけで、幸福は自分のものになると訴える。私は、ここで引っ掛るものが有った。「人の為に生きる」とは、この事に気持ち…
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ゲルニカ
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濱本 昇/絵画の見方
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ピカソの傑作「ゲルニカ」は、非常に印象的絵画である。私は、本物は見たこと無いが、大塚美術館で実物大の複製画を見た事がある。大塚美術館でも20世紀美術の傑作として、1コーナ設けて展示されていた。このゲルニカの前に佇んだ時に覚える「漠然とした不安」「ユーモアに近い感情」「悲愴」等々が、何故生じるのか?何故、ゲルニカが20世紀美術の最高と呼ばれるのか?本書は、具体的に解説すると同時に美術品の見方にまで言及している。本書は、ゲルニカに焦点をあて、「創作過程」「美術史の中のゲルニカ」「歴史画として読む」「戦争画」とあらゆる角度からゲルニカを分析する。「創作過程」では、ゲルニカのモチーフとなっているそれぞ…
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北八ツ彷徨
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濱本 昇/のんびり登山の勧め
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本書は、昭和三十年代、北八ヶ岳をこよなく愛した著者の随筆である。手記と日記から構成されている。私も八ヶ岳に登山した事が一度ある。私が登山したのは、赤岳、横岳、硫黄岳等、八ヶ岳の主峰が連なる八ヶ岳南部である。八ヶ岳南部は、大同心・小同心のような岩稜に象徴されるようにダイナミックな登山が楽しめる。しかし、著者は、そういう南八ヶ岳よりも静かな森に囲まれた「山歩き」と呼ぶに相応しい北八ツに、大きな魅力を感じている。登山と言う行為は、エベレストから裏山まで、純粋に個人的な行為である。登山の志向も、人それぞれである。しかし、登山と言う行為の各人の底流を流れる思考は、共通のものがあるはずである。この「底流の…
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政治学を問いなおす
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濱本 昇/わざと難解に記述した書
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「難しいことを難しく、簡単なことを難しく説明するのは、易しいが、難しいことを易しく説明するのは難しい」と物の本で読んだ覚えがある。本書は、難しい事を難しく説明したもので、楽しく読めたとは言えない。著者自身も言っている。学問を極める事は、一般的に楽しいものであるが、政治学という学問は、楽しさは感じないと。外に向かって、本書のように研究の成果を論述する姿勢では、学問を極めるのに楽しさを感じるとは、思えない。哲学書等は、性格上、難しい事を難しく論述せざるを得ないと思うが、政治と言う俗物的問題を此れほど難解に論述する事に何の意味があるのか?私は、疑問を感じた。読み終えて、少し、がっかりした読書であった…
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とてつもない日本
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濱本 昇/リベラリストの愛国論
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私が、元外務大臣麻生太郎に興味を持ったのは、NHK「英語でしゃべらないと」に出演した姿を見てからである。自民党代議士とは思えない自由な雰囲気に驚いた。また、彼の祖父が大政治家吉田茂である事も、その時、初めて知った。本書は、彼が自民党総裁選挙での自己PR用に書いたと思われている書であるが、彼の日本を愛する心が如実に表現され、私は、日本の良い面・悪い面を理解していると思っているし、だからこそ日本を愛しているが、改めて、日本の素晴らしさを認識した。まず、日本のマスコミは自虐的に日本の悪さを強調するが、世界の目で見ると、日本は羨望の的であるし、尊敬の的でもある事を強調する。日本の若者の問題、例えばニー…
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ポアンカレ予想
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濱本 昇/数学的歴史書
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21世紀初頭、100年間解けなかった数学上の難問「ポアンカレ予想」が証明された。証明した人物は、ロシア人数学者のベリルマンであった。当然のようにフィールズ賞が彼に贈られる事になる。しかし、彼は受賞を固辞し、そのまま身を隠してしまった。本書は、世の数学者がポアンカレ予想に挑み、敗れ去った数学的歴史物語であった。ベリルマンに至るまで、この難問に取り組んで来た数々の数学者の知の歴史の厚い事を本書で初めて知ったし、トポロジーという数学的思想が世に出た意義等、非常に専門的な事柄を、分かったような気持ちにさせてくれる意味で面白かったと思う。ただ、ベルリマンがポアンカレ予想を証明した、その内容の説明等、私が…
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本質を見抜く「考え方」
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濱本 昇/考え方を安易に解説
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世の中、何と本質を見抜かないで、日々送っている野からが多いか。本質を見抜かない政治家、教師、親、社員、私は、今の世を見て目を覆いたくなる。本書の著書も同様の思いを抱いて本書を書き上げたものと容易に想像出来る。本書は、「本質を見抜く考え方」を53の論述で纏めてある。その結論は、最後の53番目の論述に記されていると私は、思った。53番目の題目は、「「日本人を明確に意識する」である。自分は、何者で有るかを明確に理解してこそ、初めて本質が理解出来る。日本人としてのアイデンティティを明確に持つ事から第一歩が始まるのである。これは、決して右翼的な考えでは無い。自分が何なのか?を理解出来ない者が、物事の本質…
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あきらめないこと、それが冒険だ
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濱本 昇/出会いとそれを生かすこと
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本書は、小学生高学年向けに書かれた野口健の自伝である。2月3日、私は、著者の講演会を聞いた。人間の極限状態における判断能力あるいは、清掃登山を始めるきっかけが、自分も意図せず記者会見で口から出た言葉だったと言う事等、非常に興味深く聞けた。本書は、講演会後の会場で購入した。彼が直筆でサインもしてくれた。サインをして貰いながら、私は、植村直己のこと、ジョージ・マロニーは、エベレストに登ったかとか2,3会話を交わした。彼は、的確に自分の意見を語ってくれた。本書は、サインして貰うのを待っている時間と少しの時間で完読出来た。彼が、ハーフというより雑種的人種であること、「落ちこぼれ」だったこと、お父さんの…
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漢字と日本人
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濱本 昇/漢字と日本語の不思議な関係
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言語とそれを使用する人間の思想には、深い関係が有る事は、理解出来ると思う。日本語に無い概念は、日本人には理解出来ないし、英語に無い概念は、アメリカ人には、理解出来ない。しかし、日本語には、6世紀頃より「漢字」という得体の知れない文字が入って来た。優秀なる日本民族は、この得体の知れない「漢字」から「かな」を発明した。江戸末期まで、これで矛盾は、起こっていなかった。しかし、明治になり西洋から、また特異な言語が入って来た。西欧を模範にして富国強兵を計った政府の主導で、西洋言語から、色んな今まで日本に無かった概念を現す日本語を造語し、それに漢字を当てはめた。これから、日本語の酩酊が始まる。即ち、日本語…
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道徳形而上学原論
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濱本 昇/カントは難解!!!
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カントは、難解である。カントの代表的著書に「純粋理性批判」がある(岩波文庫より上・中・下巻出版され、購入している)が、3度トライして、3度撃沈された。ニーチェの「ツァストラストラはかく語りき」は、学生時代に何度もチャレンジして、その都度撃沈されたが、30代半ばになった時に、ふと手に取って、読み進んだところ、面白くてたまらず、それから読書に没頭するようになった。しかし、カントは理解出来ない。本書は、「純粋理性批判」に比べ小冊子であるし、ひょっとすると読めるかも知れないと思って手にした。やっぱり難解であった。文脈を理解出来た所も、少しは有る。その部分は、事の真理を鋭く突いているなぁと感心したが、本…
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上杉謙信
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濱本 昇/愛すべき義将
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「謙信、恐るべし」NHK「歴史が動いた」の題名である。また、NHK大河ドラマ「風林火山」でGAKTが演じる上杉謙信を見て、謙信に興味を持ち、彼の人となりを知りたくて、本書を手にした。これらで描かれている謙信の何に私は、引かれたのであろうか?まずは、戦国一の武将と言われる信長が一目置いた武将であること。信長は、謙信に貢物をして、ご機嫌を伺っていた事が史実として記録されている。また、毘沙門天を旗頭に「義」を重んじたこと。戦国においては、室町幕府を尊重し、その子孫では、明治維新時の会津蕃のように幕府側に付いたことである。私は、新しいもの、時代の流れに忠実なることを好むが、何故か、古きものを愛する古風…
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靖国問題
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濱本 昇/根深い問題
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「靖国問題」、私はA級戦犯を合祀した神社に首相が、参拝するという事に対する中国、韓国の反発という単純な構造の問題と考えていた。しかし、本書を読んで、それは、歴史・文化・感情等、国家の存在の意味を問う程、複雑で根深い問題であると再認識した。著者は、まず、「感情の問題」として「靖国問題」を捉える。それは、遺族の感情である。戦場で死ねば、靖国で神になると信じて死んで行った人々の遺族。或る遺族の夫人の思いを伝える文章が掲載されていたが、それには、「靖国を悪く言われると、断腸の思いだ」との内容であった。この感情の問題は、国家が国に殉じる事を上手く奨励し、戦死を美化した賜物である。次に「歴史認識の問題」、…
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神を観ることについて
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濱本 昇/神の実在
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神の実在を信じる私に取って、神の存在を前提に書かれた本書は、心地よいものがあった。しかし、本書で論じる神は、キリストである。私は、キリスト教で信じるイエスの神性については、何か胡散臭いものを感じる。イエスは、悪まで人間イエスであり、神性は、後世の人間が権威として、賦与したものではないかと私は、考えている。三位一体という考え方自体に無理を感じる。本書では、この三位一体も3つのペルソナの一つの統合と、私には理解に苦しむ説明をしていた。本書は、神が実在すること、神の権威、神の可能性・絶対性、神の真理、神を観る事等、神との付き合い方を切々と論じている著者は、哲学者であり、その思想は、「知ある無知」「推…
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デモクラシーの論じ方
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濱本 昇/上手い論じ方
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本書の論の進め方は、意見の異なるAとBの対話と言う形で進められる。この手法は、著者の意見を二面から論じれるという意味で良く使われる手法である。ギリシア哲学でも、たしかアリストテレスの手に拠るものだったと思うが、ソクラテスと他2名の会話でアリストテレスの意見を主張する哲学書があったと思う。AとBは、両者共にデモクラシーの本質を理解した知識人であるが、Aは理想家、Bは、現実派として議論が進められる。Bは、デモクラシーの根幹は、国家だと言い、Aは、国家とは偶然の産物故、それをデモクラシーの根幹とする事には、異を唱える。最終章にAの主張が長々と語られるが、これを読んで、私の意見は、Aに近いと思った。そ…
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人はなぜ「美しい」がわかるのか
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濱本 昇/「美しい」が分かる人=「孤独」の意味を知る人
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本書を手にした理由は、書名が私の興味を引いたからだ。本当の意味で「美しい」ことを「美しい」と素直に言える人は、案外少ないのでは無いか?私は、常々、そう思っている。本当の意味で「美しい」を分かる為には、「醜い」も知る必要がある。その為には、何事にも目を逸らさずに、事実を事実として受け止め、自分なりに消化した上での、自分の判断が必要で有るが、世にそれだけの事が出来る人は少ないと私は思っているのである。書名だけで、手にした本書だが、読み進むに従って著者の面白い論理展開にのめり込んでしまった。まず、著者は、「美しい」=「合理的」と論を始める。しかし、この「合理的」の限界を指摘し、「美しい」=「恋」とい…
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神は妄想である
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濱本 昇/西洋的合理的論拠の限界
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「利己的な遺伝子」この名著の著者であるリチャード・ドーキンスが、私に叩きつけた、本書は、挑戦状であった。私は、人格神としての神を確信している。本書は、そのテーゼに対して、真っ向から向けられたアンチ・テーゼであり、神及び宗教の悪を徹底的に論じた書である。本書は、ほとんどが、キリスト教で敬虔なクリスチャンであるアメリカで大ベストセラーになっている。この矛盾は、何を意味するのであろうか?神を信じると一言で言っても、いろんなタイプが有る事を知った。「有神論者」:神が宇宙を創造するという主要な仕事に加えて、自分の最初の創造物のその後の運命をいまだに監視し、影響を及ぼしていると信じる。「理神論者」:超自然…
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なぜ、働くのか
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濱本 昇/貴方は、何の為に、仕事をしていますか?
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「何故、働くのか(仕事をするのか)?」この問いは、私が、「貴方は、何故、生きているのですか?」という問いの代案として考えた問いである。後者の質問は、あまりにも哲学的である為、誰も答えられないだろうと思い、前者の質問を考えた。この質問に対する答えに拠り、その人の知的レベル、思想等が、大体分かるのである。この質問を多くの人にぶつけたが、私が期待する答えは、ほぼ返って来ない。本書は、正にこの私の質問を書名にした本である。著者は、「仕事に思想を持て」という一つの回答を示している。この「思想」を持つためには、「死生感」「世界観」「歴史観」を持ちなさいと説いている。「死生感」とは、所謂、「死」と対峙した経…
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「不自由」論
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濱本 昇/自己決定の限界
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本書を手にした理由は、そのタイトルの衝撃である。私は、「自由」を人類至上の価値と認識しており、「自己決定」を人間のあるべき姿と言う思想を持っている。それを真っ向から否定しているタイトルに衝撃を受けたのである。哲学者である著者は、序言で語っているように、難しい表現で本書を書いている。従って、理解出来ない内容も多々有ったが、全体が語る内容は、理解出来たような気がする。 ユダヤ人虐殺の首謀者アイヒマンを例に挙げ、「「悪」の本質とは、日常的な「陳腐さ」の中で、自分で考える能力を喪失していくことである。」と語る。自己決定していると考えるその考えは、誰かの意見に迎合した考えであると言うのである。考える事の…
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オーパ、オーパ!!
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濱本 昇/驚嘆!!!
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「OPA!何事であれ、ブラジルでは驚いたり感嘆したりするとき、「オーパ!」という。」つまり、本書は、著者が、驚いたり、感嘆した世界の事柄を記述した書である。どんなに望んでも、我々庶民は、世界中の全ての驚異を自ら見たり、体験したりする事は、物理的に不可能である。だから、書物等で擬似体験をして満足するのである。その書物の著者が小説家で有る事は、願ったり叶ったりであると思う。小説家というものは、自らの目を通して、その母国語の持つ最も適した言葉を捜して、その描写を描くからである。開高 健は、小説家であり、ジャーナリストであり、旅人であり、釣人であり、正に、本書のような紀行文を記述するのに最適な人物であ…
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群青の海へ
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濱本 昇/芸術性の高揚は、人間性の高揚
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私が芸術家の著作を手にしたのは、二人のみである。一人は、岡本太郎、そして、もう一人が本書の平山郁夫である。本書でも述べられているが、絵画と言うものは、動と静の融合が美をかもし出すものである。岡本は、静の中の動、平山は、動の中の静を得意とした画家であるような気がする。芸術家というものは、技術だけでは、芸術作品を生み出す事は出来ない。そこに深い自然観、人間観察力、人間性、人間力、そういうものが融合して初めて優れた芸術作品が生まれるのである。平山は、その点、若い頃から、哲学等諸学を学び、それを作品に結び付けている。生まれ故郷の瀬戸内の生口島の原風景、中学生の時の広島での被爆体験、仏教に目覚め、ユーラ…
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孔子
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濱本 昇/四拾にして惑わず
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著者は、本書の中で「世界の四聖人」として、釈迦、キリスト、ソクラテス、そして孔子を挙げている。私も、いずれに関する書物も読んだ。しかし、ソクラテスは良いとしても、釈迦、キリストと孔子を並び称するのには、異を唱える。釈迦、キリストは、やはりマホメットと並び称するべきと思う。ソクラテスは、哲学者で西欧の思考の祖と言える。孔子も東洋の思考の祖であり、東西の思考の粗として、並び称されるべきである。論語に「子曰く、吾十有五にして学に志し、三十にして立ち、四十にして惑わず、五十にして天命を知る、六十にして耳順う、七十にして心の欲する所に従って矩を踰えず。」がある。孔子自身の人生を振り帰ったものである。これ…
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