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悪い娘の悪戯 悪い娘の悪戯
中村びわ/『ある貴婦人の肖像』ならぬ「ある『あばずれ』の肖像」なのに、一途に思う姫を常に守ろうとする騎士道精神の物語が合わさって、有り得ない恋は、20世紀後半の激動の世界を転げ回る。そうして辿り着く。人間存在の哀しみを「これでもか」と思い知らせ、哀しみに至る前の甘美と哀しみの先の甘美を思い知らされる所へ……と。
 おまえたち男どもは、まったくもってしょうのない生き物だから、周囲にちらつく張りの良い「かわい娘ちゃん」たちを五感で受け止めては、やれ「あの娘のおっぱいが大きい」だの、やれ「ゆう子より、あつ子のくちびるの方が好み」だの、やれ「少し年上の小悪魔にいたぶられたい」だの、愚にもつかない妄想をふくらませては人生の3分の1もの貴重な時間を蕩尽する。 あとの3分の1は、妄想がつづくよう願いながら分け入っていく睡眠。そして残された3分の1で、飲み食いとわずかばかりの務めを果たしながら生き永らえ、「何のために生まれてきたのか」と最後の瞬間に至るまで疑問を抱きながら死んで行く。 「かわい娘ちゃん」に群がるおまえ…  全文読む 評価する

スターバト・マーテル スターバト・マーテル
中村びわ/18世紀、教会の養育院に置き去りにされた娘が音楽教育を受け、ヴァイオリンの才能を花開かせる。しかし、その演奏は施設の外に持ち出されることなく、聴衆と隔てられたバルコニーの高みから床へと注がれる。そのような音楽院が育んだヴィヴァルディの『四季』に捧げられたイタリアのベストセラー。
 本文わずかに160ページ余という小さく愛らしい小説だけれど、なぜイタリア最高の文学賞ストレーガ賞に輝いたのかが、よく分かる象徴的で濃密な内容だ。 題名の「スターバト・マーテル」からして、息子を失い悲しみにくれてイエスの足元にひれ伏して祈る聖母に捧げられた詩歌だから、ローマン・カソリック信仰という土壌を彷彿とさせる。 モノローグで展開していく物語の主人公は、赤ん坊のときに教会の養育院の外に置き去りにされた娘。ヴァイオリンの才を認められ、神父たちの作る音楽を演奏するよう教育を受ける。 西欧音楽は、宮廷と教会をパトロネージとして発展してきたものだとは知っていたが、また教会が教育機関として重要な役割…  全文読む 評価する

ブエノスアイレス食堂 ブエノスアイレス食堂
中村びわ/食人というセンセーショナルな内容がどう消化されているのかに注目しがちな小説だが、作家はところどころに、ぐつぐつ煮立つ鍋からもれる「香り」と「熱」のような心地よさで、分かり良く共感しやすい人生の摂理をまともに漂わす。食べたものを戻しそうになる気味悪さがあっても、咀嚼し、消化せずにはいられない。
 自分の心の奥底には、何か恐ろしいものが隠れている。その何かを飢え死にさせてしまえば、亡き骸が朽ち腐臭が漂い、生身の自分が心身健康では過ごせまい。だから、その何かをおとなしくさせ、人知れぬ場所でうごめき続けさせるよう私は時々こういう本を読むのだろう。 読み終えた後の「うえっ。気持ち悪かった~」というかなりの後悔に対し、自分を納得させるために見つけ出した答えが、こんなところなのである。 本書は、シックで居心地の良さそうなビストロの表紙写真とはうらはら、食人を扱った猟奇事件を含む小説。のっけから「セサル・ロンブローソが人間の肉をはじめて口にしたのは、生後七ヶ月のころのことだった。というのは母親の肉…  全文読む 評価する

ネザーランド ネザーランド
中村びわ/大きな悲劇を、具体的日付や事件名を出さず、各人が心身に受けたダメージの痕跡として慎重に表現する――そういう姿勢が好ましい。この国が今年見舞われた大きすぎる不幸、いまだ出口の見当たらない被害の連続も、いつか『ネザーランド』のように静謐で繊細な小説として記録される日が来るだろうか。
 作家にどうしても書きたい思い出やイメージ、考えがあり、それに一番ふさわしい表現が探され見つけられ重ねられていったとき、作品は読者の耳に届く音を奏でる。脳裡には色や姿を露わにさせ、魂に生気を吹き込んでくれる。そのような成果がもたらされるものが「文芸」と呼ばれるに値すると私には思える。 「文学」というジャンルでくくられるものを愛好するだけでなく、学問や批評対象にならなくとも「文芸」として抜けたものに触れ、支えられたいと感じる。これからは、より一層……。 言葉は、扱いようによっては、空疎や虚脱しかもたらさない難しい生き物には違いない。 あの9月11日から後のマンハッタンを主要な舞台にした小説『ネザ…  全文読む 評価する

戦場のエロイカ・シンフォニー 戦場のエロイカ・シンフォニー
中村びわ/日米戦があったからこそ日本に深く関わり、研究者ドナルド・キーンは生まれた。日本の文学や伝統を深く理解し、日本的感覚や美質に心酔し、それらを次世代に引き継いでいきたいと永住を決めたキーン氏が、長年の友を聞き手に「戦争体験」と「日本人」を語る。
 「3月11日の東日本大震災を受けて」「震災で傷ついた日本を励ますため」というように、89歳になった日本文学研究者ドナルド・キーン氏の日本永住への決意が報道され、話題を呼んでいる。 しかし、本書のための対談が行われた2010年11月の時点ですでに、キーン氏は30年来の友人である小池政行氏に、コロンビア大学の授業は2011年を最後に日本へ移り、骨を埋めたいと思っている旨を打ち明けている。 日本文学に心酔しているなら自然なこと、親日家のヒューマニズムとして東日本大震災に心寄せたのは納得できることと思えるものの、それでもなぜ90歳にもなろうという米国人学者が、ニューヨークの住まいを引き払い、この国で…  全文読む 評価する

犯罪 犯罪
中村びわ/ドイツで刑事事件弁護士として働く作家が書いた、弁護士が語り手の短篇小説。猟奇的事件の犯罪者の「異常」や「正常」を描くと共に、弁護や裁判の正義、正当性も問う。現実の受け止め方のあやふやさについても注意を喚起させる。紙に描いたリンゴを、「これはリンゴだ」と言うのか、「これはリンゴではない」と言うのか――私たちの日常世界の構成を「ゆらぎ」として提示する。
 何の罪もない人たちの人生が、ごっそり根こそぎ引き抜かれていった現実を意識の深層に蓄える経験をしたぱかりだ。それなのに、せっかく生きて在る人生を罪人として汚す人たちの不条理を苦々しく感じやしないかとためらいながら、なぜかこのような本を手にした。 だが、弁護士である作家が、実際にあった事件を元に書いたであろう11の罪の短篇のうちいくつかは、奇妙な正当性に納得させられるものであり、それゆえ困惑させられるものであった。 各篇いずれにもリンゴが出てくる。日本のリンゴと違い、ドイツのリンゴは大人なら片手で握られるテニスボール大で水分が少なく酸味が強い。ポケットに忍ばせておいて、がぶりしゃりしゃりとやれる…  全文読む 評価する

自立クライシス 自立クライシス
中村びわ/教育力を失いつつある家庭、地域、学校、そして社会は、子どもたちの自立モデルを阻む。川口、戸田、蕨といった埼玉県南部の中学校の保健室に30余年勤務。大人に近づく心と体の変化に戸惑いつつ「自立」への一歩を踏み出そうとする思春期の子どもたちに寄り添ってきた教諭からの、大人たちへの提言。
 高校一年生、思春期まっただなかの男児が我が家にはいる。成績が芳しくない、物の整理が悪い、スケジュール管理がなっていない、覇気がない、好奇心が足りないなど、親の目から見れば、いくらでも気になる点があるにはあるが、まあ片目をつぶれば「こういうものか」とも思える。家でのコミュニケーションも割に取れている方で、何か困ったことがあると愚痴も吐いてくれる。人の悪口は言わないさわやかさもあるし、大人っぽい気遣いや物言いも時にできるので、そうそう案じてはいない(かなり見栄を張って書いているような……)。 考えてみれば、腹にいる頃から母親をつわりにも陥らせず、生まれる直前まで働かせてくれたし、生まれてからも総…  全文読む 評価する

みんなでせんたく みんなでせんたく
中村びわ/【コレクション向】【読みきかせ・幼児~小低】せんたく板を使って川でおせんたく。それが終わると、みんなで体にせっけんを泡立てて水浴び。のどかな片田舎を舞台にしたフランスの絵本。澄んだ水と、温かな陽ざしと、さわやかな風と……。そういう恵みに気づいた人が思いついた幸せな物語なのでしょう。
 何て楽しげで幸せそうな光景だろうと表紙に惹きつけられ、ジャケット買いをしました。 幸せといっても、いろいろな種類のどうぶつたちがこのように並び、体をこすり合うことなど実際にはありえません。けれども、どういうお話が展開した先に、このような場面になったのかを想像しながら、ついでに「出会い」と「成り行き」というものについて考えてみれば、自分の身の回りレベルでも、ありえないことではないと思えます。 女の子、あらいぐまの親子、ビーバー、ねずみ、かえる……どのキャラクターもデフォルメされず、自然な色合いで描かれています。 この画風は、日本の絵描きんたちで言うと林明子さんや垂石眞子さん、鈴木永子さんらを彷…  全文読む 評価する

おとうさんおかえり おとうさんおかえり
中村びわ/【読みきかせ・就園前~年長】ページをめくるたび、美しい色のグラデーションに「ほう」とため息が出ます。お話は、20世紀最大の絵本作家マーガレット・ワイズ・ブラウンの遺稿だそう。いろいろな動物たちのお父さんが子どもたちの元へ帰っていくだけの展開ですが、「父親がいる」「帰る家がある」「夜に帰る」「待つ人がいる」という一見「ありきたりの生活」に深い感懐を覚えながら読み伝えていきたいです。
 父と子の動きがいきいきしているし、表情もすてき、月のまばゆい光がふたりを見守っていて、とても温かな場面ではあるけれど、これほど色を抑えた地味な絵を表紙に持ってくるとは、思い切った選択です。 ジャケットに惹かれて衝動買いする人は少ないかもしれません。しかし、文章が短いので、全体を一読してみれば、夜、おねんね前の絵本コレクションの1冊に必ず加えたくなることでしょう。 これは、2011年に出た絵本を集めたとき、「いいわ」と評価をたくさん集めそうな作品です。 マーガレット・ワイズ・ブラウンの詩は、シンプルだけれど、本当によく内容が吟味されていると思います。 「よるに なりました。おとうさんたちが か…  全文読む 評価する

子どもにかかわる仕事 子どもにかかわる仕事
中村びわ/小児科医、保育士、教員、養護教諭など、子どもたちの苦悩や迷いに寄り添いながら仕事を続けてきた13人の大人たちの証言。生身の子どもたちとの体験からしぼり出された真摯な考えや言葉に学べるものが大きい。
 中高生のキャリア教育をサポートする内容で、題名の通り、子ども相手の現場での仕事がどういうものかを紹介している。そういう仕事をしている13人が写真入りで登場、内訳は助産師、小児科医、保育士、元・小学校教員、小学校教員、中学校教員、学童クラブ指導員、養護教諭、スクールソーシャルワーカー、スクールカウンセラー、フリースクール主宰、元・家庭裁判所調査官、弁護士(子どもシェルター理事長)と多彩で、半分ぐらいの職は、子どもたちが成長していく上で、必ず出会う職種の大人である。 13人のうち、医師の細谷亮太氏、保育士の井桁容子氏、養護教諭の金子由美子氏などは、本業に関わる著作や講演などの仕事でも実績のある人…  全文読む 評価する

ヴァレンタインズ ヴァレンタインズ
中村びわ/愛が失われ、絆が失われ、人にはいくつもの傷痕が残される。それをときどき舐めるように自分で癒す姿は、人に見せるべきではない。ビジネス界の成功者でもあるオラフソンの短篇小説は、そういう掟を遵守できる人の知性と上品さに満ちている。
 経済人にして文学者としてもひとかどの……というと、日本ならば歌人の川田順、詩人で小説家の辻井喬の名が思い浮かぶ。 川田順は住友本社の大番頭の地位まで登りつめながら財界を退いた。歌詠みとしての道に専念し、仲間であった人妻と恋に落ち、話題となる。その川田順を小説『虹の岬』に著したのが辻井喬である。辻井は財界人・堤清二の筆名で、堤清二は西武流通グループ、のちのセゾン・グループの総帥であった。 オラフ・オラフソンとは不思議な響きの名だが、アイスランド出身の作家で、米国の大学で学んだ後は、ビジネス界に入り活躍しているという。それもソニーのゲーム機「プレイステーション」を世界に向けてプロモーションし、現…  全文読む 評価する

いのちと放射能 いのちと放射能
中村びわ/「防護壁を作るまで原発を止める」「原発が使えるようになるまで節電する」というのでは、原子力発電の根本的な問題を隠してしまう。放射能が今生きている生物、生まれてくる生物にとっていかに危険か、なぜ大人より子どもが危険なのかが分かりやすく説明されている本書を読み、さらなる対策を考えていくべきなのだろう。
 原子力発電について検討するのに、信頼できるバランス感覚で書かれたものが何かないかと探しているとき、この本に出会えた。原発の問題を考えていく上で欠かせない「放射能が生命に及ぼす影響」について分かりやすく書かれている。 著者名を見ると、日本エッセイストクラブ賞に輝いた『二重らせんの私』で知られる柳澤桂子さんだった。この方の書くものなら確かで、思慮深く心のこもった深い文章のはずだと、心が浮き立つ一瞬があった。一人の人間の存在の重さは、死によって深められる。 それに引き換え、私のおなかの中で育っている生命は、か弱くしかも光り輝いている。誕生は喜びであり、神秘であるが、「いのちの重さ」という感覚とは密…  全文読む 評価する

すばらしい墜落 すばらしい墜落
中村びわ/ニューヨークで一、二を争う中国人街フラッシングを舞台に、故国を離れた人々とその家族の厳しい現実を突き付けながら、たくましさとユーモアによる「気概」を表す。天安門事件により米国に帰化したハ・ジンの円熟ぶりで読ませる短篇集。
 大震災と津波、そして原子力発電所事故が狂わせた数多くの人々の運命の報道に触れるたび、私の中に積もり重なってきたのは、ごく普通の生活や当たり前の営みに対する敬意だ。 若い頃、そういう敬意は得てして、波乱万丈な人生にあって強烈な感動を人々にもたらす特殊な才能の持ち主や、日々こつこつと地道な努力をつづけた人が達成した偉業に対してのみ払われたものだった。 凡庸な生活にかえりみる価値などなく、頂点や高みを目指し、時に日常生活をなげうってまで邁進していく、ひとつかみの個性こそが崇められ、尊重されてしかるべきものと考えていた。 優れた文学作品の核心に触れられるように、良い作品を求め、読み解きたいと意識的に…  全文読む 評価する

ボグ・チャイルド ボグ・チャイルド
中村びわ/近所で発見された遺体、獄中でハンストを行う活動家の兄など、死の影に忍び寄られながら、進路や恋の問題に向き合い、みずからを育てていく青年の物語。IRAの活動や泥炭ミイラなど、北アイルランドの特異な社会背景がからむ青春の夏。
 湿原植物の分解が中途半端なところで堆積したものが泥炭。これは切り出され燃料として利用できる。近年、この泥炭地の乾燥が温室効果ガス排出問題としても取り沙汰されているようである。 泥炭は世界のあちこちにあるが、ヨーロッパ北部の泥炭地、例えばデンマーク、アイルランド、英国、オランダ、ドイツといった国では、過去にここから数百体のミイラが見つかっているという。泥炭の水分がタンニン酸を含み、それが遺体の筋肉や肌を防腐する。おまけにブロンズ像よろしく、黒光りさせる。酸素に触れない状態で、しかも低温が幸いし、指紋が採取できそうなほど、生前の状態が保たれている。 「泥炭ミイラ」「湿地遺体」「ボグ・ピープル」な…  全文読む 評価する

どこからも彼方にある国 どこからも彼方にある国
中村びわ/日本とはちょっと違う米国の高校生事情が分かって面白い。SFの女王ル=グィンが精力的な1970年代に書いていた、進路と恋愛に悩むティーンエイジャーのみずみずしい青春小説。
 地元大学か州外の大学かという進学問題と、突然ハマった恋愛問題に悩む米国のティーンエイジャーの恋愛小説である。子どもの本の出版社から出たYAシリーズの一冊なので、「ああ、そういう内容なのか」と素直に受け止められるけれど、これを書いたのがSFの女王にしてファンタジーの名手アーシュラ・K・ル=グィンだと分かると、「へえ?」と意外に思いやしないだろうか。 ……と、冷静そうに書いてみはするが、私は「ル=グィンの新作が出た。ヤングアダルト向けファンタジーか。よし!」とbk1に頼んで買って、待つともないうちに早速手元に着いたので、ろくに帯の内容も読まず、「文字の量、少ないわ~。これはすぐに読めちゃいそう」…  全文読む 評価する

顔のない軍隊 顔のない軍隊
中村びわ/市民生活を暴力でこなごなにする三つの軍隊の内戦。当事者でなければ分からない「否応なく破滅に追いやられる恐怖」を、純朴な中年男性の語りで描く。ラテン・アメリカ注目の作家作品。
 小さな村の、とある庭ののどかな景色の中で、男が「まあ、言ってみりゃこんな具合かな」と、ほっこりした調子で語り出す。正確に言うと、庭と庭の境の壁のところ。 語り手イスマエルは、オレンジをもぎつつ、お隣のブラジル人妻が全裸で日光浴するのを覗き見しているのだ。コンゴウインコが鳴いたり、ブラジル人ご亭主がギターを弾いたり、強い陽光の下、猫や金魚、木々の葉がみなゆらゆら揺らめいていたり……そういう平和な景色に始まる語りだ。 のどかな中、ブラジル人宅のお手伝いさんがナイフで指を切ったらしく、血のしずくが一滴、物語にたれる。そして、その子が、孤児になったからブラジル人宅にいるという事情をイスマエルが話し出…  全文読む 評価する

マイ・アントニーア マイ・アントニーア
中村びわ/石井桃子さんはじめ、何人かが翻訳を考えていた米国の国民的文学。カポーティが愛読し、フィッツジェラルドが影響を受けたウィラ・キャザーの代表作。アントニーアとジムをめぐる西部開拓時代の人々と自然の息吹を感じる物語に、いくつも埋め込まれた「おとぎ話」のようなエピソードも夢のように怖く、美しい。
 4つ違いの女の子と男の子は、同じ汽車で来て、同じ駅にたまたま降り立つ。アメリカ中西部ネブラスカ州の町ブラック・ホークが目的地。 14歳のアントニーアから見れば、10歳のジムは、お姉さん風を吹かせて庇護すべき存在で、その隔たりがなくなるには、ジムの1つの武勇伝を待たなくてはならない。 アントニーアの方はボヘミア地方から、家族やカトリックの信仰とともに海を越えて来た移民である。ジムの方は両親を失い、ヴァージニアから祖父母のいる農場へやって来た。あるいは、最初に新大陸に移り住んだピルグリム・ファーザーズの子孫という設定かもしれない。 ふたりは隣人となるが、ジムの祖父母が農場をうまく切り回しているの…  全文読む 評価する

チボの狂宴 チボの狂宴
中村びわ/暴政で人の自由意思を奪い骨抜きにする独裁者のグロテスクにも、保身のため犠牲を払って困難を乗り越えようとする追随者たちのグロテスクにも、吐き気がする。これは果たして他人事なのか。31年かけドミニカを私物化していったトゥルヒーリョの独裁と、共和国・国民が受けた外傷をノーベル賞作家リョサがむき出しにする。
 グロテスク極まりない小説だ。 「読んでいて胸にこみ上げてくる本」というのは褒め言葉だが、「読んでいて胃からこみ上げてくる本」、つまり嘔吐をもよおす本というのは批判になってしまうのか。 「オエッ、オエッ」とつぶやき、気持ちわりィと思いながら読み進めた部分が多い。生々しく表現がのしかかってきて、せっかくの読書だというのに、拷問されているのか、虐げられているかのような苦痛体験をさせられた。再読は、考えただけでしんどい。 痛烈な読書体験は保証される。文学なる芸術は、ここまで人間と社会、それが作る歴史の暗部をえぐり出し、生身たる読み手やうごめき続ける社会に強烈な一打を食らわせられる。だからといって、ど…  全文読む 評価する

よくできた女 よくできた女
中村びわ/堅実で平穏な「おひとりさま」女性の中流生活に現れた華やかなカップル。社交生活が広がった代わりの意外な変化に動揺しつつ、よく生きようと働き、人に声をかけ、楽しみや意味をさがす女性に共感できる。ユーモアと若干の皮肉で読ませる、「20世紀のオースティン」と言われる作家の出世作。
 クラシカルな味わいの落ち着いた小説を、くつろいだ気分でゆっくり読むことができた。忙しい毎日に、ちょろちょろ読み進めていくより、少しまとまった時間の取れる休日に、好きな飲み物とお菓子でも用意して読んでいく方が、リフレッシュできて良いかと思う。 題名のように、よくできた小説なのだ。 「時間軸が解体されたり、話者が林立したりの内容を頭の中で組み立てる」「ほのめかしの多い断片を詩を味わうように感じ取る」「幻視が追体験できるよう、緊張や集中を強いられる」といった、脳のマッスルを鍛える内容ではない。 そういう現代文学の読書体験もスリリングで素敵だが、この小説では、誰かの心の内を語り聞かせられるように、他…  全文読む 評価する

骨狩りのとき 骨狩りのとき
中村びわ/これもまた、世界に、あまたある民族にとってのトラウマの1つ。1937年、ドミニカ共和国でハイチ人移民労働者が大量に虐殺された事件を背景に、ハイチ系米国人作家が物語る苦難に翻弄された女性の生涯。米国図書賞。
 ガチッ!と、読み始めてしばらく、つるはしの先が鉱脈を掘り当てたかのような鈍い音がした。最後の1ページをめくり終えたとき、それは本物の鉱脈を掘り当てた確かな感触に変わった。「ああ、彼女の作品は、もっと読まなくては……」と、自分なりの発見の喜びに、血が勢いよく全身を駆けめぐるのを感じた。 エドウィージ・ダンティカ――12歳でハイチから米国へ移住した彼女の作品は、すでに日本語訳がいくつか出されているというのに、おまけに、購読する新聞の書評欄でも紹介されていたらしいのに、書店の棚に差された本書で初めて、その名に出合った。 『骨狩りのとき』とは、あまりに強烈なタイトルである。 表紙カバーに掛けられた帯…  全文読む 評価する

伝説の編集者ノードストロムの手紙 伝説の編集者ノードストロムの手紙
中村びわ/『かいじゅうたちのいるところ』『どろんこハリー』「がまくんとかえるくん」シリーズ、『はなをくんくん』『おやすみなさいフランシス』『おやすみなさいおつきさま』『おおきな木』――黄金のように、さん然と輝きつづける米国の絵本や児童書の名作の数々は、つまるところ、彼女がハーパー社の片隅で膨大な手紙を打ちつづけなければ生まれてこなかったのだ!
 500ページ近くの長大な本である。1943年から1970年まで、米国ハーパー社の少年少女の本編集部を統括したアーシュラ・ノードストロムが、絵本作家や画家、書評家や司書、読者などに宛てた1万通近い手紙。そこから263通が編纂されている。 ノードストロムが書いた手紙は、カーボンコピーで同社に保管されていた。しかし、編著者である児童書評論家マーカスは、はなから、それに目をつけたわけではない。いろいろな作家や画家の話を聞いているうち、ノードストロムの手紙の話題になると皆が顔をほころばす。それで、手紙をまとめることを思い立った。2年ほどかけ、膨大な量の手紙をあらためたという。 本文に先立ち、この編集者…  全文読む 評価する

怪奇小説という題名の怪奇小説 怪奇小説という題名の怪奇小説
中村びわ/まいったなあ。うかつにも買わされ、まんまと読まされ、すっかりおちょくられてしまいました(>_<)読後は、ぽーんと蹴飛ばされ、大気圏外に弾かれたかのような思ってもみなかった感があり、そこまで飛ばされてしまっていたのかと、自分にびっくり。これほど先の読めない展開って、めったあるもんじゃない。
 本の宣伝広報は、どちらかというと派手なものは少なく、題名と著者名ぐらいで立ち向かって行かなければならないところも多い。だから、「それでも」の効果についてよく知る関係者は、寝ても覚めてもの入れ込みで、いっしょけんめいインパクトある題名をひねり出そうとする。そんな当たり前については、もう読者も十分に感じ取っている時代になってきているはず。 「何なのだ、それは?」「何だか面白そう」「そう来たか、おまえは!」と、未来の読者に感じさせる題名をつけられたなら、第一関門は通過。 この『怪奇小説という題名の怪奇小説』は、ありがちな題名でありながら「おやっ?」と誘ってくる。読まないと内容が分からないとワナを仕…  全文読む 評価する

大草原のちいさなオオカミ 大草原のちいさなオオカミ
中村びわ/草原の掟、天の掟に背き、オオカミの仔を捕らえて観察しようとした青年が味わう苦悩。それは、自然との共生(ともいき)をかえりみなくなった近代化の苦悩にも通ずる。中国で空前のベストセラーとなった『神なるオオカミ』のジュブナイル版小説。
 モンゴル草原の遊牧民と暮らしを共にすることになった青年が、オオカミに魅せられ、オオカミの赤ん坊を何とかつかまえ、飼っていこうとする話である。ものすごい迫力、臨場感だ。 犬とは全く違い、親と引き離された仔オオカミでも人間の言うことをなかなか聞かない。その誇り高さに圧倒されながら、青年は自然の掟の厳しさを知る。町で暮らしていた漢人の青年は、モンゴル人の伝統や文化を十分に理解していないために、草原の掟や天の掟を何度も犯してしまう。異文化体験の重みについても書かれているのである。 青年の目を通し、自然と共生(ともいき)することの難しさ、異文化と共生することの難しさが経験できる。 同じ作者で、『神なる…  全文読む 評価する

馬を盗みに 馬を盗みに
中村びわ/この小説の揺るぎなさ、力強さは、子どもが複数の大人たちから学び得たことをタテの線としてきっちりと引き、きょうだいや友人、仲間といった人々とのかけがえのない関わりをヨコの線としてきっちりと引いたことで補強される。ノルウェーの雄大な自然を背景に描かれる着実な労作業、悲哀と痛みを乗り越えて進もうとする人々の生。
 今の社会は何か、厚くない氷の上をそろそろ歩いている気にさせられる。足元に確かな感じがなく、バランスを崩すと氷が割れ、冷たい水に濡れたり、ざんぶり浸かってしまったりするのではないかと不安がよぎることもある。せめて読む本ぐらい、しっかり確かなものを自分の中に築いてくれる内容であってほしい。 ノルウェー発のペール・ペッテルソンという現代作家が書いたこの小説は、そういう期待に応えてくれるものだ。一歩進むたびに揺るぎない大地の確かさを感じさせてくれ、先へ先へと歩む喜びをもたらす。 例えば、次のような部分がとても良い。 ラーシュが働いているところを見るのは心地よい。きびきびしているとは言えないが、仕事の…  全文読む 評価する

寝台特急黄色い矢 寝台特急黄色い矢
中村びわ/現代ロシアを代表する作家ペレーヴィンの言葉の操作には刺激される。具体的に書きつつも、それが示すものを抽象的にし、抽象的に書きつつも、それが示すものを具体的にしてしまう。だから、スリリングな読書体験をさせてもらえる。多様な作風が試みられた短篇集。
 言葉は具体的なものか、それとも抽象的なものか。あるいは、言葉は確かなものか、それともあやういものか。 ペレーヴィンという作家は、具体性と抽象性をうまく使い分け、言葉をあやつる。多彩な作風が観察できるこの短篇集を読んでみると、言語という記号が具体性にできること、抽象性にできることの広がりに愉快に酔える。 「言葉にしかできないことに挑みたい」「言葉の持つ可能性に賭けたい」といった心意気は、多くの作家が口にするものだ。映像で見せれば台無しになる事象や出来事を、言葉の喚起する力で読み手の脳裡に浮かび上がらせる、観念を重ねれば到達できる場所に読み手を連れ去るなどといったことだろう。では、どういう取り組…  全文読む 評価する

バムとケロのもりのこや バムとケロのもりのこや
中村びわ/【コレクション向】【枕元で読みきかせ・幼児~小低】人気の絵本シリーズ、バムとケロの世界では、前作『バムとケロのおかいもの』の水曜日から、この本の木曜日に移るまでに12年もの時間がかかりました。絵本って、手間をかけて作られるべきものですよね。古くてボロボロの森の小屋を、くせのある雑貨とおいしいおやつ、バムケロワールドの愉快な仲間たちでいっぱいにするまでの秘密の場所づくりのお話。
 「バムとケロ」は思い出深い絵本シリーズです。10年前、保育園に通っていた息子と、全4冊をなめるように眺めて絵探しをして楽しみました。その話を聞きつけた園の先生に、「子どもたちに見せてあげたいので持ってきてほしい」と頼まれ、初めに1冊持っていったところ皆に大人気となり、すぐに残りの3冊も持っていきました。 なかなか返却される気配がないので、その4冊を園に寄付し、新たに4冊を買い直したのです。 残る3冊を園に持っていった時、「バムとケロ? 続きを持ってきてくれたの?」と、絵本などふだんは見向きもしないようなわんぱくな男の子が目を輝かしてとびついてきました。いたずらや突拍子もないことばかりをしてい…  全文読む 評価する

ぼくのてぶくろ ぼくのてぶくろ
中村びわ/【読みきかせ・就園前~年長】男の子がどこかに落としてきてしまった手袋の片っぽをさがして歩くだけのシンプルなお話。でも、どこに落ちているのか、絵をさがす楽しみに子どもたちの反応が良く、「自分の持ち物は大切にしようね」と言葉を添えることができました。
 「芸術性が高くない」「いかにも幼児絵本という内容で他愛ない」「深みが感じられない」といった理由から、絵本や児童書の専門家たちからの評価は高くない、けれどもなかなかに良い本だというものがあるかと思います。子どもたちの現実的な生活感覚に合っているから気に入ってもらえ、「面白い本」「楽しい本」という反応が見られる本です。 そういう本は、正面から評じたり論じたりは、かえって難しい。だから「3才の女の子に、繰り返し読んでとせがまれました」「5歳の男の子が、同じページを何度も見て笑っていました」といった口コミが何十件もつくサイトが人気を集めるのでしょう。 「プロがいいと薦める本より、実際に絵本を読みきか…  全文読む 評価する

超マクロ展望世界経済の真実 超マクロ展望世界経済の真実
中村びわ/ゼロ成長を前提に、日本の向かう道を考えるのは悲観的ではない。「経済大国」ではなく「生活充実大国」のような価値を「知恵」と「覚悟」で創り出す。経済政策に「フレックス休日による地域参加・生涯学習」政策でもリンクさせ、人づくり、高齢者・地方支援、身近な環境保全等で生活充実を図るモデルを作ればどうか――注目の政府ブレーンと政治哲学者による資本主義の史的構造論を読み、昼間にそういう初夢を見た。
 金融の専門家である古い友人が「国家論的、歴史的アプローチで分かりやすい形式ながら中身は深い」と情報を寄せてくれたので、正月二日に読んでみた。 前に、『系統樹思考の世界』のところにも書いたが、「右肩上がりの経済は望むべくもないのだから、適正規模の組織や社会をイメージし、どう運営していくべきかを考えれば」という話をしたり、100年に一度の金融危機に「いっそ固定相場制に戻せば」と拙ブログで暴言を吐いたりするものだから、きちんと勉強せよということか。それとも単に、ゼロ成長を想定した論を展開するユニークなエコノミストを善意で紹介してくれたのか。 第一章「先進国の越えられない壁」は、ここ40年、米国を中…  全文読む 評価する

宇宙飛行士オモン・ラー 宇宙飛行士オモン・ラー
中村びわ/ローテクで、月の裏側になどとても到達できやしないだろうと思わせられる、ソヴィエトの宇宙飛行士オモン・ラーの物語。社会主義であろうとなかろうと、生存にまつわる憂いに気づき、それを考えてやまない人間にとって、虚無は根本的に平等だとでも言いたげな内容。しかし、その一方で作家は、星の死した後に放たれる光を追う者のエネルギーや生命力をいとおしみ肯定する。
 何という挑発的な文体。翻訳でも、それが十分に伝わってくる。スリリングな物言いやたとえ、切り返しにいたぶられる快感に、「もっともっと」とねだりたくもなるが、ペレーヴィンという人は、どうも過剰を好まない。 青空をもくもくと征服していく積乱雲のように、残酷なイメージ、みじめなイメージ、不愉快なイメージは重ねられていくが、はなから、そういう雲で空を覆い尽くし、読者に光なきディストピア的世界の現実をつきつけようという気もないらしい。 雲に覆われない空の片隅には、いつも清涼な「青」のエピソードが残される。そして、短めの作品だから一気に読み通そうとするせっかちな読者を、しばしの郷愁や哀切に留めようとする。…  全文読む 評価する

おかあさんは、なにしてる? おかあさんは、なにしてる?
中村びわ/【読みきかせ・幼児~小低】こぐまの「くんちゃん」シリーズのドロシー・マリノの作品。子どもたちが学校や幼稚園で過ごす姿と、その時間帯の母親の知らない姿が対比されて描かれています。1959年の古い絵本ですが、そう現代とのギャップがありません。さりげなく、子どもたちの回りに広がる社会について知ってもらうのに良い内容。
 子どもたちが学校や幼稚園に行っているあいだ、おかあさんはどういうことをしているのかを描いた絵本です。 「イクメン」なるものが脚光を浴びる男女共同参画社会推進中の現代において、おかあさんだけでいいものかという気もしなくはない。けれども、そういう突っ込みをするなら、ついでに幼稚園だけでなく保育園も入れておいてよということや、月曜日から始まる物語が、仕事のない週末の家族の情景で結ばれるけれども、今はサービス業他、土日に働く人も多いのだからということも加えたくなります。 原書は1959年に米国で出たようです。働いているお母さんが多く取り上げられているだけでも十分という感じです。 この絵本を作ったのは…  全文読む 評価する

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