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虚無への供物 虚無への供物
中村びわ(JPIC読書アドバイザー)/時代と犯罪の関係を意識しながら、美しく幻想的に、しかしいびつでバロックに提示された特別な存在感ある小説。
 東京創元社から全集の形でも刊行されているが、ずっと分厚い1巻として出ていた講談社文庫版が2巻になって登場した。どこの文庫も、文字を大きくするための改版が進んでいるから、その流れに沿った改訂には違いないだろうが、この2004年という年は、どうやら作家・中井英夫にとって節目の年らしい。 2月29日が『虚無への供物』刊行40周年の日であったそうだ。そして15年前の6月、中井英夫は終の棲家と考えていた世田谷区羽根木の地から離れざるを得なかった。私事で恐縮だが、羽根木は隣町。中井氏の散歩道だったところを私は始終うろついているらしい。 50年前の1954年9月26日、青函連絡船「洞爺丸」が転覆した。11…  全文読む 評価する

悔悟者 悔悟者
中村びわ(JPIC読書アドバイザー)/信仰心が空洞なまま「掟」や「慣習」だけが踏襲される現代のユダヤ教への問い。それは私たちを取り巻く様々な制度や伝統にも共通するものとして置き換えが可能。
 あまり仰々しい構えで書かれた小説ではなく、ある人物が作家シンガー自身の投影とおぼしき人相手に自分の物語を話して聞かせるという形式で、すらすら書かれた小説のように思える。「悔悟者」という題名そのままに、米国で俗人として生きていた過去から抜け、どのようにエルサレムでユダヤ教徒として生活していくに至ったか、内省と真の信仰を求めた過程を時系列に語ってみせる。 小説としての構成はシンプルですんなり読み進めていけるものになっているが、特に最初の方に作者のメッセージ性の高い言葉が頻出している。金欲や名誉欲、情欲を満たしていく成功者の立場から、ユダヤ人としての出自を問いかけ、賢者たちとの出会いに納得のいく生…  全文読む 評価する

深淵 深淵
中村びわ(JPIC読書アドバイザー)/「作家の思想」と「物語」とのあいだに横たわるものについて考えさせられる。また、「おもしろさ」について考えることと、「おもしろさ」を感じることについても…。
 数値評価を結構当てにするという人のために、★印をつけず「評価保留」としたことの真意を書いてみるなら、3.3〜4.2ぐらいの範囲で通読中に微妙な揺れが生じた。3つなのか4つなのか絞り込めずにアポケーしてしまったというのが本当のところだと補足しておきたい。 まだあまり評の出ていない本書だが、谷津さんという方が自身のブログ(yatsu blog)でかなりシビアで鋭いコメントを提示している。この人は『神聖喜劇』を読破している。「この小説は大西氏の説教の道具になってしまっているように感じる。つまり、小説としての魅了を感じないのだ」「この小説は大西氏の頑固哲学の流通媒体でしかないのかと思ったとたん、つま…  全文読む 評価する

深淵 深淵
中村びわ(JPIC読書アドバイザー)/剛堅で緻密な文体により構築された寓話的推理小説。二度記憶を失い、12年間を別人間として生きた男性が関わった2つの殺人事件の解明。
 初めて読んだ大西巨人作品だった。埴谷雄高『<a href="/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi/?aid=&bibid=00074171&volno=0000" target="_blank">死霊』、武田泰淳『<a href="/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi/?aid=&bibid=00163224&volno=0000" target="_blank">富士』、石川淳『狂風記』などのように戦後文学(このくくりから脱却を宣言できる契機は果たして何になるのだろう。まさか次なる戦争の到来を待つわけではあるまいし)の金字塔と誉れ高い『<a hr…  全文読む 評価する

夷狄を待ちながら 夷狄を待ちながら
中村びわ(JPIC読書アドバイザー)/ノーベル賞作家クッツェーが初めて国際的に注目されたという第3作。社会の暴力的側面を告発する達者な寓話。
「考えさせられたことが多い」「深みのある内容」「手ごたが十分だった」という書評の常套語を、語彙が豊かでない私もよく便利に利用する。そういった表現をすれば、少なくともsomethingがあることを、つまりなかなかのものであることは伝えられるだろうから、読む人が手に取るきっかけになれば良かれと思い…。半ば後ろめたい気分もありながら、自分の限界を引き受けながら…。 マルチ有識者山形浩生氏のサイトを見ていたら、作家クッツェーに関する相当にしょっぱい記述が出ていた。「器用なのに深みのない作家。さらに、なぜ小説でなければいけないか、という必然性がまったくなくて、現代において小説を書くということについての自…  全文読む 評価する

不思議のひと触れ 不思議のひと触れ
中村びわ(JPIC読書アドバイザー)/「愛」と「孤独」の深みを知る者にのみ去来する奇想。「愛」と「孤独」の何たるかを知りたいと願う読み手に開かれる、不思議のひと触れ。
2項を用いて物事を解説しようとするのはベタであるけれども、論理的に考えを整理していこうという折にはやはり便利なことである。今はそれを対立する概念として比較対照のために挙げるのではなく、傾向の分析に使う。 紙の上に、あるいはディスプレイ上に1本の横線を引く。右と左のどちらの端にも外側に向けての矢印をつけ、綱引きのように引っ張り合うベクトルとする。どちらかに「孤独への志向」と記入し、もう一方へ「愛への志向」と書けば、人間存在についてのひとつの論考が試みられるだろう。 そして、この図はスタージョン作品のそれぞれを、頭のなかで位置づけするときに使えるかもしれないと思う。だが、ここに収められたある種の小…  全文読む 評価する

宿命の交わる城 宿命の交わる城
中村びわ(JPIC読書アドバイザー)/あらゆる事物を言葉に置きかえ物語化しようという執着心、すなわち「作家魂」が書かせた、タロットカードのなかの物語。来千年紀初めてのうるうに、とけかかった月面でカルヴィーノ先生と連歌遊びを希望。
 作家「だましい」と表現すると、何やら浪花節か演歌に数十年どっぷりつけこんだ匂いがしてしまうから、「スピリット」と言って全身全霊を注ぎ込んだ感じをカルヴィーノ流の洒脱さで出せばいいものなのか(ああ、伊語でそれは何と言うのだろう?)。「爪の先まで、この人は作家だったのだな」と思わせられた小説だった。 タロットカードを利用したお話なので、今をときめくカリスマ占い師・鏡リュウジ氏が解説を寄せている。はじめギャンブルに用いられていたものが占いに使われるようになった歴史、タロットの物語生成力についての考察、文学との関係などが豊富な知識から説明されており、ある意味、文学関係者が書くより作者の意図に肉迫して…  全文読む 評価する

地球に落ちて来た男 地球に落ちて来た男
中村びわ(JPIC読書アドバイザー)/デビッド・ボウイ主演映画公開から27年、原作の初訳。家族と決別し、300人残された同胞の命運をかけ異星からやって来た男の孤独と堕落。
 米国での出版が1963年、40年も前のSF小説だ。訳者も巻末に「原作が書かれた時代には近未来だった設定が、すでに近過去になってしまっている」と触れている。 たとえば、主人公である異星人ニュートンがビジネスパートナーとなった男性からスピーカー・システムをプレゼントされる。それといっしょに500曲が録音されている自動カートリッジも贈られるのだが、「録音はすべて小さな鉄球の上におこなわれており、…」(137P)という具合。 映画化されたものは公開されてすぐに観たのではなく、数年経て名画座に落ちたものを観た記憶があるが、当時の私が何枚か持っていたデビッド・ボウイのアルバムはCDではなく、まだLP盤ば…  全文読む 評価する

ラピスラズリ ラピスラズリ
中村びわ(JPIC読書アドバイザー)/「微笑むガラスの棺の中の花嫁」——彼女を目の前にした花婿の嘆きともどかしさ、そして人知れぬ恍惚にたとえながら…。
 半ば神話化された作家の20余年ぶりの書き下ろし新作ということで、山尾作品にきちんと対峙するのが初めての私は、あるいは古くからのファンの方たちよりもむしろ、もっと期待高く本書を手にしたと言えるかもしれない。だから、いつになく少ししょっぱいことを書き始める覚悟でいる。『山尾悠子作品集成』が出て間もなくこの作家の存在を知ったのだが、初めて読む作家の本としては贅沢なので保留扱いしていた。昨年秋『ラピスラズリ』発刊を受け、先に読んでおきたいと試し読みに借りてみたものの、他に読み易い本がどんどん出てくると、厚さゆえどうも手に取りにくい。結局2ヶ月手元にあったのに、ぱらぱら少し読んだ程度。これは2〜3分冊…  全文読む 評価する

エルフランドの王女 エルフランドの王女
中村びわ(JPIC読書アドバイザー)/「幻想の美しさ」という意味においては、『指輪物語』や『ゲド戦記』すらかすんでしまう魔法ファンタジー。想像のなかにこそ美しいものがあるとばかりに、文章が自ら魔法をかけてくる物語。
 この世の王国の王子と魔法の国の姫君が結婚し、かわいい子まで成したのに、ふたりの間には出自と育ちの違いからどうしようもない溝が横たわっている。前向きな妻の取り組みが夫に勘違いされ誤解を受け、すねてしまった妻は、父の使いがもたらした呪文を使って実家へ戻ってしまう。 夫は妻を連れ戻そうと旅に出るが、魔法の国は彼に扉を閉ざし、入り口がどこにあるのか教えようとしない。自分に流れる血について知らない幼子は、父の一族が愛しつづけてきた狩猟に夢中になり、たそがれ時になるといつも、魔法の国から流れてくる角笛の音を森で聞いてはいたのだが…。 筋をまとめれば、どこかのおとぎ話のようだ。だが、それがどのような文章で…  全文読む 評価する

らせん階段 らせん階段
中村びわ(JPIC読書アドバイザー)/数度映像化された原作小説の伝説の未訳作品。荒地に偉容を誇る館に迫る恐怖の影。追い詰められていく若い女性の動揺の描写が秀逸。
 ヒッチコック映画の原作となった『バルカン超特急』を面白く読んだので、同じ作者のもう一つの代表作『らせん階段』に手が伸びた。『嵐が丘』やコナン・ドイル作品など、英国田園地帯の荒涼たる雰囲気が描かれているものが好きで、さらに言うなら、そのような土地の風情が、住む人びとの精神状態に影響することが引き金となって起こる出来事が描かれているものに興味を覚えるのである。 何でそうなのかと、この機会にさらに踏み込んで考えてみると、出自とか環境とか人力を超えたところにあるもの、個人が抗おうとすることを拒むような何かの存在について、作家がどう捉えどう表現しているか、どう地道に書いているかが、自分の考えたいことに…  全文読む 評価する

ロサリオの鋏 ロサリオの鋏
中村びわ(JPIC読書アドバイザー)/麻薬取引が統制する80年代以降のコロンビア都市社会の内情、そこに生きる若者のひりひり焼け付くような片想いの内面感情をえぐり出した濃密な小説の精華。
 この国の関係者にすれば実に失礼な話だろうが、コロンビアのイメージといえば「やばい国」という以外に考えつくものがない。産物ならコーヒー豆もあろうが、米国に麻薬を流すことでかろうじて生計を立てている国という感じが強い。裏とも表ともつかぬその産業が統制する社会は、アル・カポネらが支配していたシカゴのギャング・エイジに似ているという指摘が訳者あとがきにもある。 麻薬依存に絡んで、サッカーW杯米国大会コロンビア代表の悲劇も思い浮かぶ。米国とのゲームでクリアミスをし、オウンゴールを喫したディフェンダーのエスコバルが、帰国後まもなくサポーターの1人に銃殺された。ショッキングな事件だった。やはり相当クレージ…  全文読む 評価する

灰と土 灰と土
中村びわ(JPIC読書アドバイザー)/アフガニスタンという土地——出版状況が壊滅状態に陥った閉塞状況のなかから、亡命作家とはいえ、これほどまでの文学的到達が成し得るのか。人は詠い、人は物語るのか。
 アフガニスタン人の現代作家なんて珍しいし、薄っぺたい上に文字組みもゆったりしてとっつき易そうだしと、年末年始の移動用にピックアップしてみた本であったのだが…。 ちょうど元旦の、ことし第1冊めの本に当たり、東海道新幹線の下り列車のなかで「また、良い本にいっぱいめぐり逢える日々だといいな」とくつろいで読み始めたところ、全体の10分の1のあたり最初から11ページめで、いきなりブンと針を振り切るようにして小説としての緊張度が一気に上がり、突き抜けてしまった。びっくりした。 年老いた男が、いたいけな孫息子を道連れにどうやら旅してきたところである。これから目的地である炭鉱に赴こうとしている。息子が働く場…  全文読む 評価する

東京古本とコーヒー巡り 東京古本とコーヒー巡り
中村びわ(JPIC読書アドバイザー)/用事に追い回されない日々がきたら、本との出合いを求めるためじっくり探し歩き、出合いの喜びを噛みしめるため椅子に座ろう。眺めるだけで場所の磁力に引き寄せられる写真満載。すでに5刷だとか。
     「本を読む」 陰影が満ち、静寂が満ち孤独な思索への希求が満つるからこそ幸福を感受できる場所があり——虚勢ではなくそれを「幸福」と素直に認める自分がいて——珈琲碗より湯気と芳香(かおり)立ち昇るゆらゆら立ち昇る去りし日のあなたの言葉——「きみにはがある」かんぬきを下ろし——せめても読み継がれてきた本を道連れにして——こもらなくてはでなければ芳醇は得られないとかたくなに囲い込んだ年ごろがあり——うっかり遣り過した月日はないと言いわけできるいまには至らぬものの——ふたたび扉の内に本を携える——古い本をだがしかし鍵は外したまま碗より少しばかりの一口をすする苦味に寄らず、酸味にも走らない理想の…  全文読む 評価する

小川未明童話集 小川未明童話集
中村びわ(JPIC読書アドバイザー)/ひとりきりで過ごすクリスマスに読むならば…。世界の児童文学に比肩させるより、世界の幻想文学を眺めわたしたとき魅力の本領が見えてくる未明童話。
 武井武雄かと思ったら、それを意識したのだろうか、安野光雅氏の絵であった。武井武雄も小川未明も無国籍的な作風によって、あるいは洗練されたモダニズム(しかし古典的な味わいも含むそれ)が、いつまでもどこででも受容され得る力を持ち、輝きを放っている。ワールドクラスとして語られるべき芸術作品たちだろう。 だいだいとオリーブという色の組合せが好きということもあり(できればどちらも少しくすんでいる感じなら尚好みなのだが)、愛らしい表紙に昔なつかしい「未明」の名を見つけ思わず手に取ってみると、文字も大きく直された改版だった。 小川未明といえば言うまでもなく、この童話集の一番目にも所収されている不滅の代表作「…  全文読む 評価する

赤い高粱 赤い高粱
中村びわ(JPIC読書アドバイザー)/現代社会という狭い通風口のなかを這って前進している。時にうずくまりつつ…。突然、背後から襲ってきた爆風に吹き飛ばされ、出口から外に出されてしまう。莫言の文学とは、そのようなものだ。
 国際映画祭で高い評価を受けた「紅いコーリャン」の原作である。本書と続編の2冊が他の出版社の現代中国文学選集シリーズに所収されていたが、絶版になっていた。名作の誉れ高かったものの、巻末に添えられた訳者あとがきがどうも気乗りしないで書かれている風で、図書館で何回か手にとっては読まずにいた。 本書には、稿が改められたあとがきが添えられた。ここ20年ほどの作家の歩みと内外の評価について分かり易い解説がされ、莫言文学の特徴について興味深い分析がなされている。さらに、張競氏による充実した解説も付けられ、作品を堪能したあと、改めてこの作家が描いているものの偉大さを確認できるようになっていた。 訳者による興…  全文読む 評価する

バルカン超特急 バルカン超特急
中村びわ(JPIC読書アドバイザー)/ヒッチコック代表作の原作、本邦初訳。出版は1936年、映画は1939年の「バルカン」——緊迫する政情はあまり関係なく、失踪した乗客の謎と追い詰められるヒロインの去就に集中。
 コーネル・ウールリッチ『非常階段』があまりに素敵だったもので、ミステリのヴィンテージに目が行った。この小学館クラシック・クライム・コレクション・シリーズというのは、ジョセフィン・テイ『魔性の馬』なんていう渋いものを出してきて、いいとこ突いてくるよという感じだが、それ同様『バルカン超特急』原作も「へえ、未訳だったのか」と意外である。 カバーに小さくレイアウトされているのが、古き良きヨーロッパの雰囲気を象徴するカッサンドルの絵でうれしくなる。絵と文字を一体化したポスターで有名な近代デザインの父の「ノルド・エクスプレス」シリーズをもってくるなんざぁ…。 ヒロインのアイリスは、前に日本でもヘア・スタ…  全文読む 評価する

オルメイヤーの阿房宮 オルメイヤーの阿房宮
中村びわ(JPIC読書アドバイザー)/「地獄の黙示録」の原作を書いた作家のデビュー作。未開の地ボルネオの生々しい自然、挫折と孤独にさいなまれる人の絶望、背反するふたつの血に悩みつつ恋にとらわれる人の葛藤などを鮮烈に描写した忘れがたい傑作。
 読書人のほか図書館関係者、リアル書店や出版関係者の方たちもロムっているようなので訴えてみたいのだが、本書はもっと紹介されたり、店頭に並べられたり、図書館に入れられたりしないものなのだろうか。 インターネットの検索エンジンで「書名」「作者/書名」で当たり、ヒット数の非情なまでの少なさに呆れ落胆してしまった。新刊なので書評は期待していなかったが、普通はどこかの図書館の新刊リストぐらいは出てくるもの。こういう本を図書館が購入しないで、どうする?(版元の営業の問題もあろうが、怒ってしまった) しかも八月舎のサイトもヒットしない。検索エンジン自体の機能も疑ってしまったではないか! 奥付に初版1500部…  全文読む 評価する

クリスピン クリスピン
中村びわ(JPIC読書アドバイザー)/中世英国の少年の視点を借り、身分や血の縛り「からの自由」、そして個人として生きる選択「に対しての自由」をしっかり書いた傑作。2003年ニューベリー大賞。
 デュラックやラッカムを彷彿させる、繊細で幻想味あふれる加藤俊章氏の絵が表紙だけでなく各章扉も飾っている。飾り罫や約物(マーク状の記号)を丹念にあちこちに施し、花ぎれ(本を綴じた部分にかぶせる布)やスピン(ひも状のしおり)の色味に至るまで装丁にも力が入っている。手にしたとき高級感を受けるようなシックな造本がとても気に入った。 それなのに、翻訳物で今どきこの価格である。児童書コーナーで魔法ファンタジーにまぎらせる販売が期待できるからなのかもしれない。だとしたら狙いは悪くない。中世が舞台であるものの魔法が関係しない。しかし、安易な魔法冒険ファンタジーでは得られない読みごたえがきちんと用意されている…  全文読む 評価する

七つの恐怖物語 七つの恐怖物語
中村びわ(JPIC読書アドバイザー)/ジェイコブズ「猿の手」、ホジソン「夜の声」、ビアス「アウル・クリーク橋」といった怪奇幻想短篇の珠玉品ばかりを並べた重宝な1冊。児童向け文庫ながら満足度高し。
 若島正先生の『乱視読者の英米短篇講義』は良質の情報と刺激に満ちたブック・エッセイ。おなかいっぱ〜い大満足だったが、どんな作品から始まるのだろうと手にしたところ、本書に所収の「アウル・クリーク橋」からなのであった。 それは、若島氏言うところのマイナー小説とはちょいと異なり、日本で言う「東海道四谷怪談」とか「おいてけ堀」のような認知なのではないかと推察するが、ヘミングウェイやオコナー、スタインべックにメルヴィル、モームでもなくこの短篇小説がくるのね…と思わされた。虚を突くかのようでありながら、その著書に一貫する厳然としたテイストを予感させる個性的な選択で、期待感がぐっと高まった。「アウル・クリー…  全文読む 評価する

至福のとき 至福のとき
中村びわ(JPIC読書アドバイザー)/風格が形成されるや作家の創作は行き止まりに追い込まれ、おなじ平面を滑りつづけるのみ——と書いておきながら、味わいの異なる幻想奇譚を提示。表題作は映画とは異なるもの。
 まず、表題作で映画にもなった「至福のとき」について。映画の方は、予告篇とか宣伝美術しか目にしていない。しかし、チャン・イーモウ監督の3部作ということで、「あの子を探して」「初恋のきた道」のようにあどけなさの残る美しい少女が出ていることが頭に入っていたものだから、本書では(良い意味での)見事な裏切りを体験させてもらった。 映画では、リストラされた中年男性と少女の短い間のふれあいが「至福のとき」と表現されていたようだ。本書の表紙を眺めれば、その少女のイメージのように、新緑の頃の清楚な木々の葉が温かな光に透けるさまを想像する。そういう気分が盛り上がったところで読み始めるものだから、少女など影も形も…  全文読む 評価する

けんこうだいいち けんこうだいいち
中村びわ(JPIC読書アドバイザー)/「魚を与えるのではなく釣りの仕方を教えよ」とかいう中国のことわざのように、健康的な生活を提供するだけでなく健康管理できる子どもにしつけるべきなのだろう。風邪の季節、いよいよ到来。
 絵本の読みきかせ会をたまに一緒にする先輩のひとりから、感心な話を聞いた。そちらは高校生でクラブチーム、こちらは小学生で学校のチームだが、息子がそれぞれサッカーをやっている。私はペーパー資格だが東京都4級審判員の資格をもっていて子でもたちの練習サポートをしている(俗に言う球拾い程度のものですな)こともあるので、そういう方面の話が弾んだときのことだった。 その息子さんが高校に入学したとき、お母さんにお弁当についてリクエストをしたそうだ。栄養バランスの問題があるので冷凍食品は使ってほしくないのだ…と。スポーツをしていれば「体を作る」ことに意識的なのは分かるが、高校生にして栄養のことまで考えるのかと…  全文読む 評価する

この道のむこうに この道のむこうに
中村びわ(JPIC読書アドバイザー)/メキシコから米国に移住し、季節ごとに職を求め転々と移動しつづけた1950年代の家族を描いた自伝物語。子どもの労働と教育について考える。
 子どもの本でヒメネスと聞けば、『プラテーロとわたし』でアンダルシアの牧歌的世界を描いたファン・ラモス・ヒメネスの名が思い浮かぶが、こちらのヒメネスはメキシコ生まれで、4歳のときにカリフォルニアに移民として入国した。 本書は入国して最初の数年間の家族の過酷な暮らしの物語である。米国では続編も出ているそうだ。あとで述べるが、これは続編が出ていないとひどく途方に暮れてしまう結びである。 移住を示すimmigrantという言葉があり、migrant circuit(ミグラント・サーキット)という「移住しつづける季節労働者の輪(「輪」というよりは「巡路」といったニュアンスかと思う)」を示す言葉があって…  全文読む 評価する

コーネル・ウールリッチ傑作短篇集 コーネル・ウールリッチ傑作短篇集
中村びわ(JPIC読書アドバイザー)/絶品。極上のヴィンテージ。1冊の本の終わりに解けるものなどしょせん「謎」ではなく、真のミステリーは人の意識、行動、そして言葉だと感じていたのではないか、この芸術家は…。痛いほどに。
 文学通でもなくSF者でもない。ミステリ好きでもラノベおたくでも、はたまたホラー・マニアでもなく、ただの「小説読み」でしかないから、ジャンルのまとまりでの掘り下げは残念ながら浅くしかできない。だから、よりによって「このミス」が出たばかりで盛り上がっている今の時期に、見出しのようなことを書いてミステリ・ファンに要らぬ挑発をするような真似はハードボイルドではないのだが、ウイリアム・アイリッシュことコーネル・ウールリッチ作品で「いきなりすごいのに当たっちまったよ」と衝撃的を受けてしまったものだから…。 しかし、この作家の小説は初めてであっても、表題作「非常階段」を脚色したヒッチコック「裏窓」は観てい…  全文読む 評価する

スーホの白い馬 スーホの白い馬
中村びわ(JPIC読書アドバイザー)/名もなき白い馬の「誠実」で多くの子どもの涙を誘ってきた民話。小学2年の3学期、教科書に登場。「よい絵本」選定。
「才能」「才気」の「才」という漢字を鏡文字で繰り返し書く掛け値なしの愚息が、新しい教科書をもらって帰ってくると、先にお母さんがほとんどのページに目を通す。写真や挿絵のチェックもさせてもらっている。楽しくて仕方ないのだ。 国語の教科書は業界一のシェアを誇る版元のものを使っているが、2学期が始まってしばらくしてから持ち帰った下巻の掉尾を飾り、いよいよこのお話が登場することを発見した。「これがまだ載っていたのか。小学国語のクライマックスをはや2年生で迎えるか」と勝手に感激している。余談になるが、2年生の教材はなかなかの充実ぶりで、初夏に『スイミー』、秋に『ふたりはともだち』中の「おてがみ」といった具…  全文読む 評価する

黒馬物語 黒馬物語
中村びわ(JPIC読書アドバイザー)/1974-75年にNHKで放映されていた毎週30分の英国ドラマをわくわく観ていた。原作を子ども向けに要約。写真や絵で19世紀後半の様子をいきいき再現した絵本。
 少年少女向けの短縮版で接した文学作品にも言えることだが、子どもの頃や年若い頃に観て印象に残ったドラマや映画にしっかりした原作があることを後になって知り、遅ればせながら感心させられるという経験は、誰にでもひとつやふたつ、あるのではないだろうか。 もう30年も昔のドラマなのかと調べてみて驚いたが(というより、もうそんな年をくってしまったのかと呆れたのが本当のところなのだが)、1974〜1975年当時、寝坊して起きてきてパンとチーズをかじる日曜朝10時過ぎ、弾むようなオーケストラ曲にのせ馬がこちらに駆けて来るオープニングで始まる忘れられない海外秀作ドラマがあった。ブラック・ビューティーと名づけられ…  全文読む 評価する

中国現代戯曲集 中国現代戯曲集
中村びわ(JPIC読書アドバイザー)/華人初のノーベル賞作家・高行健の亡命後第1作『逃亡』を所収。人物たちの内部の葛藤、そして外部との葛藤によるエネルギーが弾ける中国の現代演劇。
 実に地味な本である。だが、1994年に出た本書は2000年に版を重ねている。 この第1集には、孟京輝『思凡』という中国伝統劇である昆劇と『ボッカチオ』に題材をとったコメディ作品、ノーベル賞作家である高行健が1989年の天安門事件に影響を受けて書いた『逃亡』、1990年代前半の国営劇団上演の傑作と言われている過士行『鳥人』が収められている。 プロの興行として採算が成り立つかどうかは心もとないが、いずれも舞台装置が大げさなものではないし、良いテーマに貫かれた作品だと思うので、学生演劇でもよいから上演されないものだろうか(日本での上演記録までは確認していないので、すでに上演歴がある場合はお赦しくだ…  全文読む 評価する

乱視読者の英米短篇講義 乱視読者の英米短篇講義
中村びわ(JPIC読書アドバイザー)/仰ぎ見る「階上のファンタジア」——人生の半分以上を小説読みに費やしてきたという人が縦横無尽に舞い踊る英米短篇物語の時空。
 私は小間使い。半地下の食品庫で年代物のワインを探している。今宵のパーティーにはダンスの名手が来ており、階上のホールからは舞踊曲と軽やかな靴音がひっきりなしに聞こえてくる。盛況でお酒は用意したものがもうなくなりそうなのだ。 どんなステップが刻まれているのだろうかと想像してみる。仕事を終えたら、想像したように屋根裏部屋で踊ってみようかと楽しみにしている。 英米の小説に興味はあるものの原書での読書はほとんどしたことがなく、もっぱら翻訳書を頼りにしている私にとって、たとえ同じ「小説読み」ではあっても、大学で英米文学の講義をし、ナボコフやスタージョン、パワーズといった癖の強い作家たちの翻訳を手がける若…  全文読む 評価する

愛しあう 愛しあう
中村びわ(JPIC読書アドバイザー)/ふたりのあいだに残った「恋の最後の蓄え」を使い果たしてしまうつもりの日本への旅。不滅でないものにつきまとうメランコリーは洋の東西を問わないのかとは思いつつも…。
 フランス語の原題Faire L'amourはメイク・ラブのことで、英訳版のタイトルは『Making Love』だそうである。毛筆を使うなら自分もこのように伸びやかに書こうと思わせられる日本語タイトル『愛しあう』は、すでにこの言葉の内に、仏題や英題よりもいっそう広く深く、男女の恋愛や性愛の芽生えから終息までの微妙なニュアンスを盛り込んでいる気がする。と名づけられたウィーン世紀末の画家クリムトの有名な絵がある。これから口づけを交わさんとする男女の抱擁を描いたその作品は、ふたりの至福の瞬間を切り取ったものではあるけれども、画家の他の作品同様、死や滅びへの意識とそれゆえの虚無をも一緒にたたえており、…  全文読む 評価する

或る少女の死まで 或る少女の死まで
中村びわ(JPIC読書アドバイザー)/しっとりした日本語としっとりした人びとの生活にふれたくなって…。幼年時代、少年時代、青年時代を描いた詩人の自伝的3部作。現代語訳で登場。
「私どもの市街(まち)の裏町のどんな小さな家家の庭にも、果実のならない木とてはなかった。青梅の頃になると卵色した円いやつが、梢一杯に撓(たわ)み零(こぼ)れるほど実ったり、美しい真赤なぐみの玉が塀のそとへ枝垂れ出したのや、青いけれど甘みのある林檎、杏、雪国特有のすもも、毛桃などが実った。 私どもは殆ど公然とそれらの果実を石をもって叩き落したり、塀に上って採ったりした」(「幼年時代」21Pより) 一読すれば、どうということもなく感じるさりげない日常回想の描写である。私がちょっと頭がおかしいのかもしれない。しかし、この部分を3〜4回繰り返し読んでいるうちに、目頭が熱くなってきてしまった。特に最初の…  全文読む 評価する

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