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働きマン
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ポカ/真っ当に仕事をすることは大変だけれど喜びはそこにしかない
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自分の仕事や生き方に気付きをくれるものがある。自己啓発の本やビジネス書然り、そして漫画もあなどることなかれ。というわけで、『働きマン』である。私は漫画はあまり読まない。嫌っているわけではないのだが、情報が皆無なため、何を読んだら良いのか皆目見当がつかないというのが正直なところ。だから、漫画に関しては人から薦められて読むことが多い。この『働きマン』も薦められて読んだ。『働きマン』っていうから、ちょっとしたキャラクターを勝手に想像していたところ、編集部で働く若い女性のお話なわけで、ちょっと意外。男モードにスイッチがはいると「マン」になるというわけだ。個人的には、男だから女だからというのは、仕事には…
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ザッポスの奇跡
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ポカ/企業には文化が必要だ。その文化をつくるのはだれだ?
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伝説のサービスとよくいわれるが、そんな逸話がある企業には、その徹底したサービス精神と、よりシビアな経営もしくは仕事への感覚があるのだと思う。「お客様への感動的なサービス」という抽象的な優しさのイメージとは裏腹な「甘え」を許さない厳しい現実もあるということなのだと思う。優しさはふわふわとあるものではなく、地に足の着いた厳しさに中にあるにかもしれない。そのなかで、ひとりひとりが質の高い仕事をする。質の高い仕事は、やりがいのある楽しいものだがその分の厳しさや苦しみがともなうものだ。それを理解した上で、ひとりひとりが、しっかりと地に足の着いた仕事をしているということが大事なのかもしれない。「ザッポス」…
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あるキング
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ポカ/人の強い想いは受け継がれてゆく
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仙台にプロ球団が来た。それは野球ファンならずとも心躍る出来事だった。たとえ最下位であっても、この街でプロ野球のゲームが行われているということ、あの煌煌と照らされるナイターの灯りの下にわが街の野球団がプレイしているということ。その事実を思うだけでわくわくするものなのである。この物語は、どうしてもわが町の野球団と重ねて読み進んでしまう。さらりと読み終わった後に、その後味が沁みるような不思議な感覚に陥った。王求という青年の人生に、野球に対する夢や人々の想いがそのまま反映されているのだ。その想いの強さは、喜びをも生むが、反面、執着や憎しみの痛みでもある。それを全て背負って王求は生きる。どれだけ重いもの…
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こびと大百科
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ポカ/きっと明日、出会ってしまうかもしれない。
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はまりました。たまりません。ツボでした。あきらかにヘンな本です。こびとっていっても、はっきり言って気味が悪いですし、かわいらしさのかけらもないのです。積極的ににんげんとなかよくなりそうもないし、かわいくもないけど、優しくもなさそうで、なんだか、ただ「そこにいるもの」みたいな感じです。たまに悪さするヤツもいるようで、なおにんげんの仲間とは言いがたい。とにかく、役に立たなそうなんです。なのに、そんなこびとの本が、こどもに大人気の絵本だってことで絵本のお店にありました。おまけに、気味の悪い小人のぬいぐるみも・・・。まちがいなく、こどもは泣くでしょ、そんなぬいぐるみ。でも、こどもはこどもらしいものはき…
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元素生活
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ポカ/高校の時に閉めた蓋を少し開けてみる
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スイヘイリーベボクノフネ・・・高校のときの記憶はここまで。全く覚えられず、ましてや、理解する等、夢の船。ニガテ中のニガテで、全く見ぬフリをして生きて参りました。そして本屋で見つけた『元素生活』。ワタシの中の奥底の意識がそれを欲しがっていまして今まで逃げてきた自分が、スイヘイリーベ・・・って思い出しちゃったみたいでついつい買って帰ることになりました。元素のキャラがワタシのニガテな世界を払拭してくれまして、元素たちがちょっと身近に感じられる世界なのでした。ま、単純に暗記する必要はないというところが高校の時と大きく違うところで、単純に元素のキャラを楽しめるのでした。勉強という強迫観念がないというのは…
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山田商店街
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ポカ/山田商店街へ行きたい!
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山田商店街は「ある」。その中で生きている人たちの暮らしがある。泣いたり笑ったり怒ったり悩んだりする人たちがいる。人との繋がりがあり、トラブルもある。生活そのものが、ある。ただ、それが、私たちの世界とちょっとだけずれている。見た目はほとんど私たちの世界と同じなのだけれど、水道からジュースが出てきたりハトが郵便配達してたりそこで起きている事柄と常識がほんの少しずれている。リアルなのにあり得ない、あり得ないのにリアル。なんとも不思議な世界に、むふふと笑えたり、ぎょっとしたり。たしかに、山田商店街はそこに「ある」のです。ちょっと気味が悪いけど行ってみたい商店街。リアルなのにあり得ない、なんとも不思議な…
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パンの耳の丸かじり
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ポカ/どんなときでもあれが食べたいしこれも食べたいのです
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彼は、なぜにこんなに食べ物について書くことができるのだろう。パンの耳をどうするか、とかいちご大福がどうだ、とかかけそばとうどんがどうだ、とか。なぜそんなに食べるということを書き続けられるのだろう。いつもそう思いながらついついまた手にとって読んでしまうのでした。読んでみれば、またまた食べ物についての考察が目白押しで今回もついつい夢中になって読んでしまうのです。人は「食べる」ということを避けては生きられない。だったら、食べることを楽しんでみようよ、ということだろうか。しかしながら、単なる楽しむ、というにとどまらないように思えるのです。あんなことやこんなこと、ちょっと考えすぎのような気もするほどの食…
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サービスが伝説になる時
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ポカ/サービスということについての私の原点
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この本は、会社に勤めていた頃、社員全員に配られた本です。10年近くも前のことです。「目からウロコが落ちました」という社長の手紙がはいっていました。今や、顧客主義とか顧客へのサービスとかそのような認識は、当たり前に言われていますが、その当時はまだそんなに当たり前というほどではありませんでしたし、なにより私にとっては、この本が、「顧客第一」の元年でありました。データを利用したマーケティングなどお客さまに対するサービスの方法は数々ありますが、それもすべては、「お客さまのために役立つこと」が、原点です。そのための方法であり、システムなわけです。そして、その結果、お客さまに認められた対価として、自分たち…
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海の仙人
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ポカ/神様とはどんな人なのだろう?
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神様とはどういう人なのだろう。神様は、人ではないから、どういう「人」ということはないかもしれないが。では、神様は、どんな姿であらわれるのだろう。神様は、人に何かをしてくれるのだろうか。この作品には、神様があらわれる。それも名前が、ファンタジー。ファンタジーは人に何もしない。ただそばに居る。それだけといえばそれだけ。登場する人々は、自分の中の孤独を抱えながら、大切な人を愛し、人生をじっくりと生きている。それぞれの時間は、淡々と流れていくけれども、出来事は、けっこうヘビーなことであったりする。そのなかに、どんなことがあっても結局は、自分自身で乗り越えていくしかないのだ、という凛とした強さのようなも…
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スヌーピーたちの人生案内
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ポカ/答えはなくても案内はあります
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谷川俊太郎氏の訳の『ピーナッツ』が好きで、時折ぱらぱらと眺めています。ココに登場するこどもたち、または動物たちは、なかなか鋭いことを言っていたりします。この本には、そんなエキスがたっぷりです。生きることへの案内をしてくれます。「こうしなさい」なんていう導きというよりは「そんなこともあるけどまあ大丈夫さ」的なものなので肩の力を抜いて聞くことができるのかもしれません。それでありながら、どことなく心に残って、ちょっと勇気が湧いてきたり明るい気持ちになったり気持ちが軽くなったりなかなか役に立つものかもしれません。生きていくなかで、ちょっと道に迷ったときに「こっちへ行ってみれば?」と、道案内の役目をして…
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思考の整理学
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ポカ/アタマのなかは詰め込むべからず
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ひとつのことを考えていると、それに関わる情報がなぜか集まってくるものである。なかなか前へ進めずに行き詰った感の私が、「整理すること」を考えていたら、本屋にこの本が平積みになっていた。まさに飛びつきたくなるようなタイトル。『思考の整理学』きっとなにか大きなヒントがここにあるような気がして、レジに走る。「頭は忙しくしてはいけない」アタマの中に色々なものが詰め込まれて整理できないと、混乱ばかりして何もできなくなる。突発的に、何かをやらなくてはいけなくなったとき、考えなくてはならないことや、やらなくてはいけないことなど、いろんなことでアタマがいっぱいになり、実際は、何も進まず途方にくれる、などというこ…
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ゴールデンスランバー
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ポカ/救われない暗闇のなかの明るさ
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世の中には理不尽なことが多い。理不尽な事だらけだといってもいい。この小説は、理不尽ななかでもこれ以上の理不尽なことはないという最高級な理不尽に見舞われた男の話である。男の置かれた状況は、救いようのない絶望的な状況で、どこにも救われる道はないという状況。もう後も先もないどん詰まりである。彼はなにも悪くない、ただの濡れ衣なのに、である。これ以上の理不尽はないだろう。しかし、伊坂さんのすごいところは、その理不尽さを解決するというのではなく(理不尽なわけだから解決などするわけがないが)、そんな理不尽で絶望的ななかで、人間の温かみを描くことができるところである。それも、命を張って助けに出るという積極的な…
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いまどきのなべ
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ポカ/鍋の楽しみここにあり!
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わが家は鍋料理が多い。鴨鍋、豆乳鍋、ピエンロー、ジンギスカン、パエリア、真っ赤な地獄鍋等々。とにかく鍋率が高いのである。そんなわけで、鍋道具も多い、と思う。鍋は、土鍋、鉄鍋、ジンギスカン鍋、パエリヤ鍋、すきやき鍋など色々。熱源もカセットコンロと卓上IHを使い分けている。鍋なくして、わが家の食卓は語れない、というほどである・・・たぶん。そんなわが家に、来るべくしてやってきたのが、この本である。新たな土鍋を物色中の百貨店の食器売り場、ちょっと素敵な土鍋の隣にあった。一目見て、釘付け、である。まずは、写真が美しい。次に、使っている鍋、食器の道具がいい。なんだかステキな予感がして、即購入。写真がきれい…
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佐藤可士和の超整理術
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ポカ/私には「整理すること」が必要だった!
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行き詰っていた。色々なことに行き詰まった感があり、途方にくれていた。なにがいけないのか、なにからはじめればいいのか、なにをすればいいのか、なにも進まず、なにを進めればいいのかもわからなくなった。そんなときこの本に出逢った。出逢った途端、閃いた。まだ読んでもいないのに、その白い表紙を見て思った。わかった!と思った。私には「整理すること」が必要だ、と。読んでみて、やはり思った。自分が把握しきれないものが溢れると混乱する。机の上も、アタマの中も整理しなければならない。まずは、モノの把握。溢れかえる机の上のものを整理することからはじめた。机の存在の根本は、作業すること。たったそれだけ。当たり前のことだ…
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家庭の医学
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ポカ/医学書ではないかたちで死というものを教えてくれる
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家族や近しい人の最期を看取るというのは いまや稀なことであり、 それが出来るということは かなり幸せなことだともいえる。 現在、病院で息を引き取るというのが当たり前の世の中である。 そんな時代に、 私は続けて二人の家族を看取った。 病院ではなく、家で。 息を引き取る瞬間を看取った。 極めて稀なことなのだと思う。 家族を看取ることができるというのは、 幸せなことではあるだろうけれど、 死に行く人の姿を見つめていなければならないという 辛さと寂しさがある。 大事なひとだからこそ この世を去っていくことを思い 身を引き裂かれそうな気持ちにもなるだろう。 けれども、そうしてその人に寄り添うという行動が…
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壬生義士伝
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ポカ/時代の大きな流れの中で真っ当に生きた貫一郎
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人というのは、時代に流される。社会といのも、時代に流されていく。そのなかで、一人一人の人間も流されていく。全てが大きな流れに流されていく。その流れに乗るも、逆らうも、つまりはその潮流のなかでのもがきであるからどちらも同じような気もする。善悪などの人の価値観までもが、そのときの立ち位置によって大きく変わってくる。まさしく「勝てば官軍」で、勝ったほうが善、負けたほうが悪。正義や守るべきものや、行くべき道が時代の大きな流れの中で混沌としている時代。だからこそ、違う角度から見ると、全く違った一面が見える。別の角度では見えなかった違った光を放つ。それは、いつの時代や社会でもいえることなのかもしれないが、…
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犠牲
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ポカ/死を急がせてはならない
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これは、脳死の状態になった息子との11日間の記録であるが、肉親の死への記録というのに留まらず、死に対してどう向き合うかということや、または、脳死や脳死移植といところから命というものを見つめるというような大きな視点へと広がっていく。そのなかでも印象に深かったのは、死を「人称」に分けて考える、ということであった。死には三種類あるという。ひとつは、一人称の死(自分自身の死)。次が、二人称の死(ごく近しい人の死)。最後が、三人称の死(第三者の死)。これら三種類の死は、全く性質が違う。自分以外の人の死においても二人称の死と三人称の死とでは、全く違うものであると。三人称の死では、夜も眠れないとか、生活が全…
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ほぼ日刊イトイ新聞の謎。
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ポカ/明るい一生懸命さを教えてくれるほぼ日の本
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ほぼ日刊イトイ新聞は、1998年6月にはじまった。わたしが、ほぼ日を知ったのは、1998年のNHK教育「未来潮流」という番組である。ほぼ日のサイトが、スタートしてまもない頃だった。その番組を見て、なんだか面白そうだな、と思って、以来、ほぼ日との付き合いは続いている。けっこう長い付き合いになっていたんだなぁ。そしてその8年分のエキスが本になった。わたしも、ほぼ日の読者として、ほぼ8年の年月を経てきたわけなので、思い入れの深いコーナーも数多くある。時折、投稿してみたり(一度幼き日の写真が掲載された!)、ちょくちょくお買い物をしたり(ほぼ日のハラマキと手帳は愛用品)、わたしのほぼ日の愛用度は、けっこ…
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東京夜話
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ポカ/怖いながらも居心地のよい世界へようこそ
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この世界に入り込むととても不思議な気分になる。人も動物も物も街もこの世の人ではない人たちみたいなものまでみんな同じレベルで命があり、心があり、話をする。そういうなかに入ると、人間がとても無力であると、つくづく感じる。人間だけが特別強いわけでも、偉いわけでもないと思う。マグロやサケもダッチワイフも犬も池袋も人間も動物も物も場所もみんな対等に描かれている。もしくは、金持ちも有識者も浮浪者も日本人も外国人もみんな対等。日常のなかで、当然のように思われている有利なこと、強いことが、全く無意味なのである。権力やお金や年齢や地位や性別、国籍・・・人間か動物か、この世のものかそうでないかそんなこと全ての区別…
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柴犬さんのツボ
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ポカ/あぁ、愛しき柴犬ワールド!!
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うちには柴犬がいる。関係は極めてクールである。ちょっと物足りないくらい。しかしながら、極めて稀に(1ヶ月に1、2回程度)「遊ぼうよ」と誘ってくる。※お気に入りの自分のおもちゃをくわえて振り回しながら寄ってくる、というのが、この場合の「遊ぼうよ」、である。飼い主の指示には、従っているような従っていないような、微妙な感じである。ときおり、反抗的な態度を見せる。名前を呼んでも聞こえないふりをする。無視されてもしつこく呼び続けていると、後ろ足でアタマをかいている。ふてぶてしい。あきらかにわかっていて無視している。そうなりゃ、こっちだってしつこく呼び続ける。我慢比べだ。「水を飲みなさい」の日本語がわかる…
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死にカタログ
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ポカ/死について深刻になり過ぎず肩の力を抜いて考えてみる
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人の死について考えると言うと、どうも深刻になってしまって死ということばすらタブーな感じになってくる。私も、ここのところ、人の死というものに向き合う機会が続き、そのなかで、死ということをタブー視していることを実感し、それは、あまり極端になるとよくないのではないか、とつくづく感じたのでした。そんなときに見つけたこの本は、私がなんとなく薄ぼんやり考えていた「死」についてわかりやすく絵にしてくれていました。深刻になり過ぎず、肩の力を抜いて「死」を考えられるのが良い。あまりにも深刻になりすぎると、不安や恐怖やなんだかんだで自分が混乱してしまって考えるドコロではなくなってしまうから。作者も、漠然と考えはじ…
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卒業
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ポカ/それでも生きていかなくてはならない
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最愛の人を失っても、残されたものは生きなければならない。新しい時間を新しい人との関係を死んだ人たちには訪れなかった新たな時間を生きていかなければならない。家族の死を卒業するというのは、死んでいった人たちを忘れることではない。消化する、という感じに近い。日々の生活では、だんだんにその寂しさや辛さを忘れていくだろう。忘れるというのともちょっと違うのだけれども意識せずに暮らしていけるようになる、といった感じか。ただ、そこに来るまでには時間がかかる。それぞれの事情があり、思いがあり、その卒業の時期は、人それぞれの長さがある。短いから良いわけでも長いから良いというわけでもない。その時間は、人と比較すべき…
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テーブルの上のファーブル
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ポカ/本の中に迷い込んでしまったような時間。
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本の中に迷い込む。そんな感じだ。例えば、森の中に迷い込んでしまって、鳥の声を聞いたり、森の空気をすいこんだり、森の家のおばあさんに美味しいシチューをごちそうになったりときには、狼とかがでてきて驚いたり、夜の闇におびえたりしながら、なんだか不安だけれど、なんだかたのしい。そんな感じ。ワタシたちが、迷い込む森をテーブルの上で作り出してしまった。クラフト・エヴィング商會の技。さすが!である。迷い込んでも、帰り道のヒントはいろんなトコロに散りばめられていて、フフフってな感じです。
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チルドレン
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ポカ/真っ当なことはカッコイイのだ。
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心地良い。「真っ当」なことを探すのに一苦労するこの世の中で、伊坂さんの描く登場人物たちは、「真っ当」であり続ける。それが爽やかで心地よい。作品の中の善悪の微妙さが良い。俗に言う「悪いこと」のなかにも葛藤や迷いが見えたりするから。いろんな人がいて、いろんなことが起きて、そうやって、生きていく。失敗もするけど、やり直しもきくんだ、って。だれにでも希望があるんだ。世の中、善と悪だけでおしまいだったら、かなりひどい世の中のような気がするけど。でも、最近、善悪をはっきりとつけてしまって、悪と判断された側を徹底的にバッシングするような風潮があるので、脅威を感じているんだけど。世の中、善悪つけがたいことって…
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世間の目
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ポカ/世間の力は人権よりも強し?
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イラクでの人質事件のバッシングをみて、日本という国のなかで、なにかが起きているのではないかと思った。その前から漠然と感じていた感覚が、このバッシング騒動で更に強くなった。けれども、それが「何」なのか分からなかった。なにが起きているのかを知りたかった。そういうときにこの本が目に飛び込んできた。その名も「世間の目」。そうだ、世間だ!日本人の「世間」という感覚が、このバッシングと深いかかわりがあるに違いない。著者は、「世間」を「権力」に近いものと捉える。ある場合に、個人を拘束する力、強制力を持つと言う。それは、「日本人が集団になったときに発生する力学」で、私たちがそれに抵抗するのは極めて難しい、と。…
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自分の中に毒を持て
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ポカ/おまえは、本当に生きているか。
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おまえは、本当に生きているか。自分自身を生きているのか。そう問われているんだ。私は本当に生きているのか。なんと力のある文章なのだろう。簡潔な文章に緊張感がある。一気に読み終え、一喝入れられた感じだ。気持ちが、ピンとなる。自分自身と本気で闘え。そうでなければ、生きている意味がない。そういわれて、ハッとする。私はごまかしてはいないか。甘えてはいないか。逃げてはいないか。自分が幸福でも、世の中には不幸がいっぱいだ。それを感じる想像力があったら、幸福なんてありえない。そういわれて、ハッとする。私は鈍感になっていないか。何かを避けてはいないか。岡本太郎という人は、なんて情熱的で、厳しくて、優しい人なんだ…
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幕末新選組
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ポカ/自分の生きる道をまっすぐに生きる。
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新選組では、永倉新八がいい。近藤勇は主役過ぎるし、土方歳三は策士すぎるし、沖田総司は美しすぎる。地味だけれど、人間臭い永倉新八がいい。そんな幕末動乱の時代を駆け抜けた彼の話。これを読むと、ますます永倉新八の人柄に惹かれる。作者の池波氏も、彼が一番好きな男といっている。大河ドラマ以来、新選組関連の本を読んでいるが、ドラマをみていても、本を読んでいても、幕末という時代は、ものすごい混乱の時代であり、実は、何が正しいか、なにが正しくないかなど、だれもわかっていなかったのではないかと思われる。結果として、「明治維新」ということになって、歴史上ではそのような流れが本筋みたいになっているように思うけれど、…
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リビング
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ポカ/家族という器のなかで暮らしていくことはソコソコのパワーは要ります。
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なんだかわかる。そんなふうに思える家族のお話、12話。なにがわかるのかというと、家族の中でぐずぐずと暮らす感じ。なんとなく気まずかったり、なんとなくおもしろくなかったり、なんとなく許せたり、なんとなくおかしかったり、そんなことを繰り返している感じ。すっごくタイヘンってことでもないけど、気が重いことを抱えちゃった、とか。「暮らしている」っていう感じなのかな。あたりまえだけれど、家族というのは様々で、だからこうあるべきだ、なんてことはありえないし、こうすれば大丈夫、ってこともないんだ。で、その家族は、周囲の環境や家族の体験や、そういう年月を越えて、少しずつ変わっても行くわけで。いろいろあって、メン…
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言葉の降る森
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ポカ/彫刻のなかの物語
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舟越桂の彫刻展を見に行った。彼の彫刻を見るのははじめてだった。今まで私が見た(といってもあまり数多くは無い経験のなかでではあるけれど)彫刻のイメージとはずいぶん違った作品が並んでいた。作品の人物たちは、服を着ていた。そして、作品をみていると、その人物の人となり、生活、背景、そんなものが見えてくるような気がした。そういう感にさせられたのは、作品が服を着ていたのと、その作品につけられたタイトルのせいかもしれなかった。「冬の本」「森へ行く日」「夏のシャワー」「本の中の水路」…作品とタイトルが、私を作品のなかの物語に連れて行ってくれる。美術館のなかで、作品とともに素敵な時間を過ごすことができた。あまり…
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憲法なんて知らないよ
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ポカ/読んでみるといい。なかなか良いから。
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わが国の憲法。自衛隊のイラク派遣を機に、政治の中で憲法改正論がおおいに盛り上がってきているようだ。だんだんに現実味を帯びてきて、少々不安な気持ちになる。国の設計である憲法を改正するということは、国の土台をもう一度考え直すということになるのだろう。でも、今の政治家たちが云う憲法改正は、そういう国の設計を見直す、というふうには、どうしてもみえないのだ。どうも、自分たちが動くのに不都合だから動きやすいように変えてしまおう、というふうにしかみえないのだ。それって、どうも逆のような気がするんだけど。「憲法は理想の表明で、国をこういう風に運営していこうという宣言だ。」と池澤氏が云うように、国の理想や骨組み…
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