コメント・書評 |
人が成長するということは、人生のままならさを知るということなのかもしれない
yukkiebeer
Nov 20, 2009 10:04:17 PM
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評価 ( ★マーク )
★★★★★
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両親と離れ、祖母とともに土蔵で暮らす少年、梶鮎太。これは彼が少年から青年へ、そしてやがて新聞記者となって終戦を迎えるまでに至る成長を描いた物語。
鮎太の成長にあわせて6つの掌編で紡がれる連作集です。 私は最初の「深い深い雪の中で」がことに強く印象に残りました。 血のつながらない祖母りょうの縁の者である若い女・冴子が鮎太の生活に闖入してくるところから物語は始まります。やがて彼女が起こす悲劇を目の当たりにして、鮎太ばかりでなく読者も、冴子の抱えた心の闇をしかとはつかみきることができません。世の中の成り立ちのようなものをその心ではまだ消化しきれない幼い少年の目を通すことで、冴子の情死は痛ましさよりもむしろ妖しいまでの美しさを放つものとして描かれます。人生の解きほぐしがたい込み入った事情に初めて触れてしまった少年の、戸惑いのようなものが伝わってくる物語です。
そして鮎太の長じて後の壮年期を描いた「星の植民地」も、私の心に触れるところが多い物語でした。 妻も子もいる歳になった鮎太が、オシゲという若い女と情を交わし、やがて別れていく。 そこにもまた人生の尋常一様ではない様子が巧みに描かれています。吐息をもらしながら読み終えました。
表題にある翌檜(あすなろ)は、いつかヒノキになろうと望みながらもその願いの叶う日が来ることはない哀しい存在を表しています。この物語の中の鮎太も自らの思いが果たされることはなく、人生のむずかしさを感じながら日々を過ごしています。
そんな彼の姿を見ながら思うのは、人生は一筋縄ではいかない、という苦い思い。そしてまた、人生は一筋縄ではいかないからこそまた、味のあるものでもある、という甘美な思い。 相反する二つの気持ちが胸に根を張っていくことを強く感じる小説なのです。
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