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聊斎志異
3
平凡社ライブラリー
中国怪異譚
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コメント・書評 |
物語のチカラって深くて素晴らしい
野棘かな
Oct 31, 2009 4:36:17 PM
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評価 ( ★マーク )
★★★★★
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生きているとこんなにいろいろなことがあるんだな、と本書に収録されている怪異話を読む度に思う。 人は泣いたり、笑ったり、怒ったり、悲しんだり、怨んだり、意地悪したり、嫉妬したり、愛したり、恋したり、好きになったり、嫌いになったり、不可解な気持ちを抱きながらも黙々と生活をする。 人だけでなく、動物も、植物も、昆虫も、自然も悩ましいのである。
聊斎志異一、二と読み進み、やっと三、まできましたと、言ってもまだまだ続く聊斎志異の世界かな。 ある時は、スーパーマンのような壮士が現れたり、恐妻家がいたり、豚になったり、馬にされたり、現代の夫婦のあり方みたいな教訓めいた話もあれば、不運をものともせず賢く生き抜く聖妻も登場する。 なるほどね、まあほんとなの、という感じで黙々と当たり前のように読んできたが、ここまで読み進むと蒲松齢氏が淡々と綴る奇抜で奇怪な話にそこはそれで突っ込みを入れたくなる。
「緑衣の女」で物の怪みたいな美人を好きになった宇の話では、腰が細くて手のひらで抱けるほどだったというフレーズにそれはない!その声は蝿のように細くて、これもない!、ない、ない、と言いながら読みすすむと、結局その女は、蜂で、くもの巣から助けると、墨汁に身を投じ、でてくるとうつ伏したままで歩いて「謝」という字の形を書いて飛んでいったという話にはびっくりした。女王蜂でも看過できないのに、蜂ですか?とついつい思ってしまう。 でもこの話はすごくよくできているし、意味ありげで、興味深かった。
本書、聊斎志異三の中では、「西湖から来た女」が一番気に入っている。 仙人が仲人になったという言葉が最後にあるように、客人に導かれ時空を越えて出逢った二人の不思議ロマンな話の中に、教訓となる事柄も盛られ、これもよくできてる話だ。 ただ、ボーイがでてみると、などと文中にあるのが気になる。わかりやすいが、ボーイでいいのだろうかと疑問を感じた。
聊斎志異三の背表紙の言葉を借りると、国木田独歩は明治の文学者の中でも、最も「聊斎志異」を愛読した作家で、次のように書き残した。 「奇抜にして破天荒なる、到底わが国人の及ぶ所あらず」 明治以降、佐藤春夫、芥川龍之介、田中貢太郎、太宰治など多くの文学者に愛された本書は、内容の面白さ、豊かさで及ぶものがない。
私が、聊斎志異をまとめて読んだのは、この平凡社ライブラリーが始めてだが、これまで何度も形を変えて出版され、広く読まれている理由がよくわかる。 蒲松齢氏に洗脳されたのか、蒲松齢氏が時を越えて放ったウイルスに感染したのか、どれをとっても面白いと思う。 もうすっかり蒲松齢氏のおもうつぼに、はまってしまっている。 机上で読むことで、できる不思議体験。 蒲松齢氏が使命とばかりに書き綴ったこれらの話、過去から語りかけるような物語のチカラは深くて素晴らしいと心底思っている。
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