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1Q84  BOOK2  7月−9月
a novel

1Q84(新潮社) 村上 春樹著
税込価格: ¥1,890 (本体 : ¥1,800)
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出版 : 新潮社
サイズ : 20cm / 501p
ISBN : 978-4-10-353423-5
発行年月 : 2009.5
利用対象 : 一般

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内容説明

【毎日出版文化賞(第63回)】【新風賞(第44回)】心から一歩も外に出ないものごとは、この世界にはない。心から外に出ないものごとは、そこに別の世界を作り上げていく−。待望の書き下ろし長編小説。

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コメント・書評

物語の力とは何か?
K・I
Oct 1, 2009 10:43:02 PM
評価 ( マーク )
★★★★

物語の力とは何か?
村上春樹が『1Q84』の『BOOK3』を執筆中だというニュースが流れた。そのインタビューで村上春樹は、自分は物語の「善き力」を信じている、と言っている。物語の「善き力」とは何だろうか?
僕は『1Q84』を発売直後に読んだ。物語としてはおもしろかった。『海辺のカフカ』のように、まったく好きになれない人物が出てくるわけでもなく、『ダンス・ダンス・ダンス』を、あるいは『ノルウェイの森』をほうふつとさせるような物語に夢中になった。それはそれでいいのだ。たしかに。
エルサレム賞の受賞スピーチで、村上春樹は「卵」と「壁」について語った。「卵」はたとえば、白リン弾を浴びせられる市民であり、「壁」はシステムである。私は、たとえ、「卵」が間違っていたとしても「卵」の側に立つ、と。
また、村上春樹は毎日新聞のインタビューで次のように語っている。「僕の固定読者は、長編で約15~20万人いると自分では考えています。それくらいだと、自分の発信したものがそれなりに受け止められているという手応えがある。50万、100万となっちゃうと、どんな人が読んで、どんな感想を持っているかはなかなか見えないですよね」。
僕は村上春樹の長編は『国境の南、太陽の西』以外は全て読んだ。ただ、僕は『1Q84』から「個人とシステムの対立」(by毎日新聞)は読み取っていない。僕にとっての『1Q84』は主人公の二人の孤独さだ。新興宗教の家で育っても、あるいは、人妻と逢瀬を重ねても、気晴らしの危険なセックスを楽しんでも、新人賞の小説をリライトしていても、ただただ、天吾と青豆は孤独だ。そして『BOOK2』では、二人は重なり合わない。近づいていって、そのあとは、読者の想像にゆだねられている。
僕は『1Q84』が村上春樹のインタビューやスピーチによって、「個人とシステムの対立」というテーマだ、と決めつけられてしまうことに不満だ。村上春樹本人もそういう意識を持って、『1Q84』を執筆したのかもしれない。だとしたら、僕は「どんな感想を持ってるのかなかなか見えない」作者本人の意図を読み取れていない読者なのだろう。
しかし、小説とは何かのためのものだろうか?何かの意図を持って小説を書く、ということは「正しい」のだろうか?
僕はここで、あるいは今までの僕のスタンスとはまったく逆のことを言っているのかもしれない。僕は津村記久子の『カソウスキの行方』という小説を評価しなかった。それは、『カソウスキの行方』に社会的なマクロな視点が欠けていたからだ。しかし、村上春樹は「個人とシステムの対立」をテーマとしている部分もある、とインタビューからは読み取れる。
太陽は東から昇り、西に沈む。東に「社会的な小説」、西に「非社会的な小説」を配置してみよう。ここでは便宜上『1Q84』を「社会的な小説」、『カソウスキの行方』を「非社会的な小説」とする。(重ねて言うが、僕にとっての『1Q84』の魅力はその「社会性」にあるのではない)。
〈現実〉というものがある。物語を語るだけなら、地球に紙をかぶせればいい、と坂口安吾は言った。現時点の村上春樹は〈現実〉というものに対して「物語」の「善き力」を信じている。それはある詩人の言うように、文学は「実学」だ、ということと近いかもしれない。
オウム真理教の事件。それについて、村上春樹は『アンダーグランド』と『約束された場所で』を物した。しばしば、彼の「変化」として、「デタッチメント」から「コミットメント」ということが言われる。
しかし、僕はその立場があることは承認しつつも、それに完全に同意することはできない。僕にとって今自分が必要としているのは、「社会的な小説」でも「非社会的な小説」でもない。もしかしたら、小説ではないのかもしれない。
『1Q84』はたしかにおもしろい。でもそれは僕にとっては、「テーマ」を受け止めてのことではない。自分より少し上の年齢の主人公二人の孤独さに共感してのことだ。ということは、僕は村上春樹の「意図」とはずれているのかもしれない。
たとえば、こう考えてみよう。新興宗教の出てこない『1Q84』というものを。つまり、「社会性」のない『1Q84』を。それを想像すると、僕は村上春樹の初期の作品を思い起こす。たぶん、それでも僕にとってはまったく問題ないだろう。でもそれは村上春樹が書きたいことではないのだろう。
『BOOK3』は来年夏を目安に執筆中だという。たぶん、「社会性」を帯びた『BOOK3』が書かれているのだろう。そして、来年の夏、『BOOK3』が出版されると、僕はすぐに買い求めて、読んで満足するだろう。作者の発信したいこととはずれたところで。
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