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だいじょうぶだよ、ゾウさん
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コメント・書評 |
異なる種の年老いた者と幼き者がともにいる意味
wildcat
Sep 23, 2009 7:16:21 AM
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評価 ( ★マーク )
★★★★★
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幼いねずみと年老いたゾウが大きな木の下で仲良く暮らしていた。
同じ種でも同世代でもないふたりが一緒にいる理由はよくわからない。
でも、当たり前のように一緒にいる。
ネズミは器用な子で、 ゾウがよくメガネをなくすので、メガネにひもをつけて、 首にかけられるようにしてあげたりしている。
ゾウはまだ幼いネズミを守り、 小さな足では行けないところに連れていった。
ゾウはネズミと一緒だと、心が明るくはずむのだった。
ゾウの懐かしい友達はもうみんな遠いゾウの国に行ってしまっている。
いよいよ自分の番かなとゾウは思っているのだ。
ある日、ゾウはネズミをゾウの国への入り口まで連れて行く。
ゾウは、すでにネズミにゾウの国のことを話していたのだ。
「ゾウはみんな、年をとったり、病気がおもくなったりすると、 その国にいかなければならないんだ」と。
ゾウの国への道は谷になっていて、 そこにはつり橋が架かっているのだが、 なんとその橋が壊れているではないか。
ゾウとネズミは・・・。
年老いて向こうの世界に近くなっていく存在と 幼く守ってもらう状態から 相手を助けることができるくらいに成長していく存在と。
一緒にいることの意味が、 ゾウとネズミがともに重ねていく時を見ているとわかる。
タイトルや作中の「だいじょうぶだよ」には、 いくつもの意味がこめられている。
それが何なのかはぜひ直接確かめていただきたい。
作者・ローレンス・ブルギニョン、画家・ヴァレリー・ダール、 訳者・柳田 邦男で出ているもう1冊の本が、 『くもをおいかけてごらん、ピープー』であることにも 象徴的なものを感じた。
本書は、向こうの世界への旅立ちを、 旅立つ者と送る者の関係から描いているが、
『くもをおいかけてごらん、ピープー』(評者は未読である。)は、 いつまでもお母さんのお腹のポケットから出ようとしない 赤ちゃんカンガルーのひとりだちを通して、 こちらの世界への誕生と成長を、 訪れた者と迎える者の関係から描いているのだ。
誕生と死は、とても近いものなのだと思った。 |
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