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1Q84
BOOK2
7月−9月
a novel
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コメント・書評 |
はたして僕らの2009年は200Q年となり得るのか?
dimple
Aug 20, 2009 12:58:51 AM
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評価 ( ★マーク )
★★★★★
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村上春樹『1Q84』(新潮社、2009年)を読了した。将来確実に日本文学の正典(canon)の一つとなるに違いない村上作品に、同時代人として接することができるのは幸せなことである。
例えば、本作品中のJR中央線や首都高3号線・三軒茶屋付近の細かな描写を、僕らはリアルなものとして受け止めることができる。これに対して100年後の読者は、僕らが漱石や鴎外作品の中の蒸気機関車や人力車の描写に接するのと同様の感覚で接するにすぎないはずである。
また、僕らは、宗教集団「さきがけ」のリーダーの外見から、殺人罪で逮捕・起訴された、実在の宗教団体教祖を想起することができるが、100年後の読者にそのようなことができるとは思わない。
さらに、「ふかえり」こと深田絵里子という名前を見て、もしかして、村上はアイドル深田恭子(「深キョン」)が好きなのではないかとさえ、想像することだってできる。
もちろん、村上作品の魅力はそのような表層的な部分にあるのではない。村上作品の真の魅力は、一見ポップな通俗的恋愛小説の形をとりながら、実際は暗喩(メタファー)を駆使して、現代社会生活におけるコミュニケーション不全や孤独をものの見事に描いてみせるところにある。
本書でいえば、パシヴァ(=知覚するもの)とレシヴァ(=受け入れるもの)に介在するリトル・ピープルと、彼らが生み出す「空気さなぎ」いう存在が、それに該当する。
このリトル・ピープルは、コミュニケーションの不全を克服しうる可能性の比喩的存在であろう。他方、リトル・ピープルによって作り出された「空気さなぎ」は、コミュケーションが成立した二人のあいだに生じた「絆」の象徴なのだと思う。
そして、パシヴァ(=知覚するもの)によって、レシヴァ(=受け入れるもの)が「絆」の存在を認識するにいたった瞬間、二人の世界は1984年から1Q84年に変わるのだ。
天吾は「空気さなぎ」の中の存在を見たとき、20年前に彼の手を握った青豆との間に、深い愛に基づく「絆」が生じていたことを確信したのである。
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