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定本久生十蘭全集
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コメント・書評 |
幸福なバーチャルツアーへのチケット
仙人掌きのこ
Jan 26, 2009 5:53:14 AM
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評価 ( ★マーク )
★★★★★
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「久生十蘭」と聞いて、身構えてしまう人は多いのではないだろうか。私もその一人だ。 私の世代にとって十蘭といえば、三一書房版の全集であり、澁澤龍彦や中井英夫など一流の好事家たちが愛した稀代の作家というイメージが強い。したがって、その書評なんておこがましいとは思うが、三一書房版あるいはその他の書籍では味わえない「特別な魅力」をお伝えしたく、恥をしのんで書かせていただく。
「特別な魅力」とは何か。それはパンフレットに明記されているし、月報で中野美代子氏も指摘している。 『小説は編年体の編集を採用。作品の発表順に収録し、久生十蘭の軌跡がたどれるように構成』されている事だ。 なんだ、それだけの事か……と思われるかもしれない。だが、実際に順を追って読んでみるとこれが想像以上に面白いのだ。 十蘭のデビュー作は「ノンシヤラン道中記」、ギャンブル好きの片鱗がうかがえるのは「黒皮の手帳」、彼が異常にこだわって改稿を重ねた短編は「湖畔」、長編の代表作のひとつが「魔都」。こうした断片的な知識は持ち合わせていても、これらの作品が一九三四~八年というわずか四年の間に書かれた事を意識してひとつながりに読んでみると、まるで違った景色がみえてくる。 短編と長編が溶け合い作り出すより大きな流れは、すなわち十蘭の作家人生の歩みそのものであり、それをなぞる事は、いわば十蘭の脳内バーチャルツアーとも言うべき贅沢極まる愉しみなのだ! もしかしたら、その道程には「小説の魔術師」「多面体作家」と呼ばれたこの作家の謎を解く鍵が落ちているかもしれない……。
更に、最近併せて読んだ久生十蘭『魔都』『十字街』解読によって、もうひとつの視点を教えてもらった。(この本は「ノンポリで芸術至上主義者」という十蘭の仮面の下のもうひとつの顔を暴こうという、スリリングな刺激に満ちた意欲作だ。一読をおすすめする) 海野氏は、十蘭のデビューから「魔都」までの(つまり本書に収められた)作品群が書かれたのが、「日本が戦争に向かい表現の自由が奪われていく不自由な時代」だった事を指摘する。当然といえば当然だが、十蘭もまたそういう時代を生きたひとりの人間なのだ。圧倒的な衒学と徹底した韜晦によって時代を超越した作家、という見方に支配されていたので、まさに目から鱗が落ちる思いだった。 編年体による編集は、十蘭の創作の軌跡を鮮やかに甦らせるだけではなく、十蘭の作品によってその時代を振り返る事も可能にするのだ。読む側の心構えひとつで、まだまだ様々な愉しみ方がみつかるような気がする。
最初に「十蘭と聞くと身構えてしまう」と書いた。しかし、これは十蘭作品の敷居が高いという意味ではない。たしかに十蘭の文章は職人的なこだわりによって磨きぬかれている。どこから仕入れてきたのかと思うような専門知識が散りばめられている。イコール偏屈で難解、なのではない。基本は極上のエンターティメントであり、すべては読者の愉しみのために捧げられている。 十蘭の作品のなかで「娯楽性」と「芸術性」は対立しない。なぜなら、それぞれに対するのは「下品」と「劣悪」だからだ。十蘭の作品は、芸術的で娯楽に満ちている。ならば読む事をためらう理由は何もない。
かつて「えらばれた少数の幸福な読者のためにある作家」などと呼ばれた十蘭。実は「この作家を知った少数の読者だけが幸福」だったのではないだろうか。ひとりでも多くの方が、この幸福なバーチャルツアーへのチケットを手にされる事を願っている。 |
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