コメント・書評 |
憲法をクールに語る
半久
Dec 26, 2008 10:49:35 PM
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評価 ( ★マーク )
★★★★
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岩波新書によるタイトル『憲法とは何か』とくれば、憲法の最高法規性、前文や三大原理の崇高性、立憲主義とはなんなのか・・・などを正攻法でどうどう語りおろすのかと思いきや、そうではないのです。 あ、いや、著者が長谷部氏なのだからそうはならないのは、事前に予想されたことでした。あ、いや(またもや、すみません)、しょっぱなで立憲主義についての説明がなされるのですが(本格的には第3章で)、長谷部氏らしいプラグマティックな要素の濃い見解です。 もちろん、それだけではないのもこの人らしいです。4ページ目からミラン・クンデラの小説を引用したりして「高踏的」な一面もみせてくれます。 また、「公私区分論」が最近評判が悪いこともご存じですが、立憲主義的見地から擁護します。
改憲論についても、戦前への道にもどりかねないことを憂いてというより、「特定の人が信奉する価値(愛国心とか)を、憲法に書きこんだってむだですよ」とか、「改憲なんかに労力をそそぐ暇があったら、もっとほかにやることがあるでしょう」みたいな、どこか醒めた実利重視の論調なのです。 *(カギ括弧内は正確な引用ではありません。評者なりのいいまわしに変えました) それでも、第1章『立憲主義の成立』の締めは、やや理想主義的ですがまっとうなものです。引用してみましょう。
《日本がリベラル・デモクラシーの擁護に貢献できるとすれば、平和主義の下で培われた日本への信頼を裏切って戦争による民主主義の輸出に加担することでも、市場万能主義の名の下に弱者切り捨ての経済政策を追求することでもなく、むしろ、現実のヨーロッパ社会のあり方を超えて、多様な価値観や文化を抱擁する公平で寛容な社会のモデルを創造することによってではなかろうか。「国を守る」ために、現行の九条の下での実力の行使に対する歯止めを今、捨て去る理由はなさそうである。》
前にも紹介しましたが、長谷部氏は、憲法9条を厳格に(つまり準則として)解釈することで自衛隊を違憲とする通説的立場をとりません。だから、一部の右派から「これからの憲法学をリードする存在」と奉られたこともありました。この方たちも後にはがっかりされたようです。別にこの方たちにリスペクトされなくても、長谷部氏はなんの痛痒も感じられないのではないかと想像しますけど。
ところが長谷部氏は、第2章『冷戦の終結とリベラル・デモクラシーの勝利』で《冷戦下において共産主義の脅威に対処するためにアメリカの核の保護を受けたことは、立憲主義に基づく議会制民主主義国であり続けようとする以上は、合理的な選択であったといえる。》と、反核派の頭に角がはえてくるようなことを、さらりとおっしゃいます。
けれども、この言明に拍手を送るような人へ水を浴びせることも忘れません。 《しかし、それ以上に、他国の体制の変更を求めて武力を行使することを厭わない特殊な国家との深い絆を求めるべきか否かについては、より慎重な考慮が必要であろう。》と。
第3章『立憲主義と民主主義』が、いちばん本書のタイトルにそった話になっていると思います。 第4章『新しい権力分立?』では、首相公選制問題にも言及しますが、いささか先端的な話をしています。新書なんだからもっとポピュラーな話題を増やしてはどうでしょうか?・・・なんてことを思います。
第5章『憲法典の変化と憲法の変化』と第6章『憲法改正の手続き』では、改憲問題にさらに深くつっこみます。 規範を三次のレベルにわける説明は、ややわかりにくいところがあります。憲法改正手続き要件(3分の2条項)の緩和反対論には説得力がありました。あるべき国民投票制度については、耳を傾けるにあたいする3つの提言がなされます。
終章『国境はなぜあるのか』は、憲法論議を超えています。ここの切れ味はいま一歩でしょうか。結語はいいと思います。境界線の維持を自己目的化することに警鐘をならしているのです。
毎度のことになってしまいますが、やはりこのお方の憲法本は、よくもわるくも「ありきたり」なものにはならないようです。
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