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走ることについて語るときに僕の語ること
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コメント・書評 |
1冊で3度おいしい。村上春樹ファン必読の書。
悠々楽園
Jun 11, 2008 12:16:13 AM
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評価 ( ★マーク )
★★★★★
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この本は、村上春樹の愛読者にとってとても重要な本だと思う。さらに、あなたが、いつか42.195kmを完走したいと日々ランニングを続ける市民ランナーなら、この本はうってつけだ。手に取らない手はない。 ご存じのように、村上春樹は、村上龍のようにメディアに登場することはほぼまったくない。だから、カフカ賞の授賞式で撮られた写真には少し驚きさえした。村上春樹も年をとるという当たり前のことを忘れていたからだ。 それはともかく、自ら語っている通り、この本はこれまでのエッセイの内容とは一線を画す。村上春樹が自らと自らの小説について初めて語ったバイオグラフィ(村上春樹自身はメモワールという言い方をしている)であり、小説論=人生論でもある。私は村上春樹の生き方に少なからず謎を抱いていたが、どれにもきちんとした理由があり幸運があったということがわかって納得がいった。 村上春樹がマラソンをサブフォー(3時間台)で走る市民ランナーであることは、これまでのエッセイなどからもよく知られているが、村上春樹にとって走ることが、作家としての彼の人生にこれほどまでにぺったりと密着して引き剥がしようのない関係にあるとは、少なくとも私は思っていなかった。 第4章は文字通り「僕は小説を書く方法の多くを、道路を毎朝走ることから学んできた」というタイトルが付けられている。P.106の最終行では、「小説を書くことについて語ろう。」と小説家に必要な資質について語り始める。いの一番に挙げた「才能」は当然として、次にあげたのが“迷うことなく”「集中力」。それから「持続力」。 村上春樹の言わんとするのは、その「集中力」と「持続力」がトレーニングによって後天的に獲得可能--すなわち努力によって身につけることができるものだということなのである。たとえばモーツァルトのように湯水の如く創造性があふれだすような天才(そんな天才は恐ろしく少ない)以外にとって、努力こそが大事だし、ときに退屈でけっこう辛い訓練の継続なくして、今の村上春樹はあり得なかった、ということなのだ。つまり、自らは才能に恵まれた作家ではないと村上春樹は言っているのである。村上春樹の獲得した名声から考えれば、おそろしく謙虚な態度と言っていいだろうと思うが、そういう自己分析に愛読者の一人として違和感はない。ただ、あまりはっきりそう言われると「いや、そんなに謙遜しなくてもいいんじゃない」と声をかけたくもなるが。ともかく、そうした訓練の大切さも、ちっぽけな1人の人間でしかないという謙虚さも、走ること・走り続けることを通じて学んできたと村上春樹は書いている。 「ランニングを続ければ作家になれる」とは誰も思わないだろうが、試してみる価値がないとも言えない。そう思わせるくらい、走ることについて語る村上春樹の言葉には説得力がある。 作家本人が語る村上春樹論であり、小説論であり、さらにはランニング・メソッドでもある本書は、まさに「1冊で3度おいしい」本だと思う。面白かったです。 |
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