コメント・書評 |
「こういう書き方もあったのか!」
石曽根康一
Apr 14, 2008 5:57:21 PM
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評価 ( ★マーク )
★★★★
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bk1に書評を書くのはひさしぶりである。 この間、僕には色々と変化があった。 ブログをやめたり、また、再開したり。 慶應の通信に入学したり、一年でやめたり。 そんなこんながあって、bk1に書評を書くということをすっかり忘れていた。
さて、『芝生の復讐』という本。 著者のリチャード・ブローティガンについては、前々から耳にはしていた。『アメリカの鱒釣り』という作品とセットで。 僕の家の近所の本屋さんに『アメリカの鱒釣り』があって、もう一年以上はあるのだが、ずっと売れ残っている。しかし、僕はずっと『アメリカの鱒釣り』および、リチャード・ブローティガンについて頭の片隅で考えていた。「どんな本なんだろう?」「どういう小説なんだろう?」 たまにその本屋さんに歩いていって、『アメリカの鱒釣り』をぱらぱらと立ち読みしてみたりもした。 「村上春樹さんも影響を受けたらしい」という話をどこかからか仕入れてきたりもした。
僕は新潮社の新刊のお知らせのメールマガジンを購読しているのだが、2008年4月にリチャード・ブローティガンの短編集『芝生の復讐』が出る、ということが載っていた。 僕は個人的に「長編」というものに対して、苦手意識を持っていて、たとえば、去年ブレイクした、『カラマーゾフの兄弟』も第二巻の途中で挫折した。 「リチャード・ブローティガンの短編集」という僕にとってこの上ない取り合わせに、メールマガジンを読んでから、4月1日が来るのが待ち遠しかった。 そして、買って読んでみた。 一言で感想を言うなら、「これはすごい!」 僕はそれほど量を読む方ではないが、でもそれなりに本は読んでいる。 でも、ここに書かれているようなものは、今までに読んだことがない。 『芝生の復讐』の中には著者の自伝的な要素が濃厚である(と思われる)短編も入っていて、20世紀前半から中盤の「アメリカ」という国で暮らしていたある個人の「メモワール」というような意味合いも兼ねていると思う。
僕は10代の後半にヘミングウェイの短編を読んで大きな衝撃を受けた。 「こういう書き方もできるのか!」それ以来、ヘミングウェイの文体が大好きになった。 そして、今、20代中盤の僕はリチャード・ブローティガンの『芝生の復讐』を読んで、またもや、衝撃を受けた。 「こういう書き方もできるのか!」 ぜひ、『アメリカの鱒釣り』も買って読んでみたいと思う。 その近所の本屋に『アメリカの鱒釣り』があって、一年以上売れ残っているのは、きっとあの本が僕に対して「買って読んで、買って読んで」と言っているからなのではないかとも思う。
最後に、解説でこの本の訳者の藤本和子さんの功績について書かれている。『アメリカの鱒釣り』の訳もこの方なのだが、それについては、柴田元幸さんも絶賛していた。日本文学は翻訳されれば「外国文学」でもある。同様に日本語に訳された外国文学は、「日本文学」でもある。その意味で、すぐれた翻訳者というのは、その言語圏の文学にとって大きな「貢献者」である。藤本さんは個人的にリチャード・ブローティガンと交友があったようなのだが、彼女の訳もすばらしいと思う。僕は英語はさっぱり分からないのだが、『芝生の復讐』に書かれている日本語は、ちゃんと「文学している」と思う。
ひさしぶりにbk1に書評を書いた。思ったより長くなった。色々と自分の中に書きたいことが溜まっていたんだと思う。また、読んで面白かった本があれば、ここに書評を書きたいと思う。 ああ、『アメリカの鱒釣り』も買って読もう! |
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