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戦争における「人殺し」の心理学
ちくま学芸文庫
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コメント・書評 |
戦争における人殺しを歴史学・心理学から探ることで人間の精神に迫る労作
Skywriter
Feb 19, 2008 11:42:06 PM
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評価 ( ★マーク )
★★★★★
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チャップリンはヒトラーを痛烈に皮肉った『殺人狂時代』において、「一人殺せば人殺しだが1000人殺せば英雄だ」と嘯いたものである。残念なことに、20世紀は多くの”英雄”を生み出した時代でもあった。
一将功為りて万骨枯る、という言葉があるように多くの人々が犠牲になっていった。しかも、ナポレオン戦争やアメリカの南北戦争あたりから、戦争は戦場での短期決戦で済むものではなく、国家の総力を挙げて行うものとなっていったため、とてつもない数の死傷者が出てしまった。
悲惨な歴史に目を遣る時、我々の関心はどこに向かうだろうか。その一つは英雄達であるのは間違いなかろう。ハンニバルやカエサル、曹操や織田信長らの活躍には多くの人々が興味を持ってきたし、それは今後も変わらないだろう。そしてもう一つは、英雄の活躍の背後で無残に屍を晒してきた人々への哀悼ではなかろうか。
しかし、戦争には英雄と犠牲者だけが居たわけではない。歴史上、何十万、何百万という無名の兵士達が存在した。彼らには彼らなりの理由があって、戦争に関与することになったわけだ。これらの人々に十分光が当てられてきたとはとても思えない。
本書は永きに渡って省みられることのなかった兵士達の実像を戦場考古学や聞き取りによって明らかにしている。
その成果から現われてきたのは、意外なことに、兵士達は自分の命が危機に晒されているその中であっても敵を殺すことを躊躇する、というものだ。
たとえば、南北戦争では戦場跡から何発もの弾が篭められたマスケット銃が見つかるという。推測されるのは、ひたすら弾を篭め続けることで戦闘をサボタージュしているわけではないように演技しつつ、相手を殺すという決定的な行為を避けたのだ。また、古代の戦争を再現してみると、演習と実際の死者の間にはとてつもない開きが生じるのは間違いないらしい。
兵士が人を殺したがらないという事実が決定的に為るのは、二次大戦後の聞き取りで、なんと15~20%程度の兵士しか発砲していなかったことが明らかになった。
これは著者が指摘するように、人類への光明と誇りに繋がるものだ。
だがしかし、様々な手法によって、ベトナム戦争では兵士の八方率は95%にまで跳ね上がった。一体、二次大戦からベトナム戦争の間に何があったのか。その謎は、心理学から解き明かすことが出来る。ベトナム戦争後に発生した多数のPTSD患者発生の謎も含め。
20世紀に明らかにされた心理学の結果と、実際の訓練における効率的な訓練。その両者を詳細に知るのに、軍に奉職して長き時を過ごしてから心理学へ進んだ著者以上の適任者はそうはいない。人は人を殺したがらないという一般的な傾向、その傾向から外れる人々、更には人を殺したがらない人々を有能な兵士に変える手段。慄然とさせられることもあるが、多くの人にとっては他人を殺すことが最大の抵抗になる、という事実には一抹の救いがあるように思えてならなかった。
また、殺人を許容できるようになるまでの、様々な点が解説されていることも興味深い。つまり、人を殺さないようにするには本書で指摘されていることの反対を行えば良いのだから。
歴史、心理学、そして何より痛ましい事実の数々から、殺人への抵抗感と、殺人を強制された結果が兵士に何をもたらすかといったことまで、殺人に関わる状況が網羅されている。きっと、本書を読めば人間という存在をより理解できるようなるのだろうと思う。
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