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収穫祭
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コメント・書評 |
やっぱり横暴というより暴行・セクハラ教師っていうのはいつの世にもいて、それを庇うのが教育界ていうのも変わらない構図。そろそろ問題教師の名前は公開されるべきでは
みーちゃん
Oct 15, 2007 6:13:54 PM
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評価 ( ★マーク )
★★★★
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西澤保彦の本にしては珍しいかな、って思います。まず、カバーですが装幀の鈴木成一デザイン室はともかく、装画がジュゼッペ・アルチンボルト「夏 1563年」Bridgeman/PPS というのがらしくないです。ま、収穫祭というタイトルをグロテスクな内容と考えて採用したようですが、かなり珍しい。悪くはないですが美術書風といった印象は否めません。
それから内容ですが、どちらかというとエロ、ナンセンスはありましたが、スプラッターや残虐ものは少なかったと思います。それが横暴な教師と、彼の暴力に翻弄される中学生、そして性の奴隷となる女生徒というまさに現代の教育界を揺るがすリアルな問題がテーマになっています。
ま、実際には現代の教育界はこれほどの大波がやってきても少しも揺るがない、なにせ実際にあったことは「なかったこと」にすることで問題そのものを消滅させるという、明治維新以来日本の官僚がおこなってきた離れ技(普通でいえば反則・禁じ手なんですが、東大出身の頭のいい人たちは徒党を組んだ合法化が上手)で身を守る。
この本に出てくる川嶋から私は今度の教科書検定で第二次大戦の沖縄の集団自決に軍が関与したという事実を、なかったことにしようとした文部科学省のことを連想するんです。歴史を書き換え、あの皇軍の自国民に刃を向けたことを抹消する。己の卑劣を、殺人行為を他人のせいにし、口封じをする。
それを正そうとする行為は、政治的で、事実を捻じ曲げることは政治的ではないと大臣はおっしゃる。こういう愚かな行為、発言が若者から希望を失わせていることに気付かない愚かさ、鉄面皮。出版社が自主的に直して再検定を受けることは構わないとは、噴飯を通り越して体が寒くなってきます。
この物語は、現在の検定制度、或は教育界同様に私を苛立たせ、絶望させます。まず1982年の大量殺人事件があります。暴風雨の首尾木村北西区では当時、南白亀中学校首尾木分校三年生だったブキこと伊吹省路、マユちゃんこと小久保繭子、カンチこと空知貫太と分校の社会科教諭だった川嶋浩一郎の四人だけが生残りました。そして犯人は南白亀町の英会話教室講師だったマイケル・ウッドワーズ。
その9年後、東京在住のフリーライター涌井融が事件の再調査に乗り出し、再び悪夢が再来します。
読んでいて胃が痛くなるのは、大量殺人という一点さえ除けば、この話は今、身の回りで起きても少しもおかしくない点にあります。監禁やストーカー行為はごく日常的な事件となり、本来は子供たちの防波堤となるべき教師は率先してイジメに荷担し、女生徒に悪戯をしても、教師というだけで名前も公表されずに密に異動し、再び他校で同じことを繰り返す。
校長も教員仲間も教育委員も、口を噤めば事件はなかったことになる、と沈黙を守り、むしろ生徒に緘口令をしく。子供たちは過去の記憶を自分のなかで消し去り、真実は決して明かされることはなく、マスコミは扇情的で表面的な取材だけをして、無責任な映像と記事を垂れ流し、事件を風化させ、同様な事件が別の誰かによって繰り返されていく。
いやはや、西澤にしてはやけにマジなお話でした。娘たちには読ませたくないですね、夢も希望もないもの・・・
以下は本をお借りしてデータ篇。まずは主な登場人物。
首尾木村北西区の住人 伊吹省路(ブキ)南白亀中学校首尾木分校三年生 小久保繭子(マユちゃん)省路の同級生 空知貫太(カンチ)省路の同級生
北西区外の人々 元木雅文(ゲンキ)省路の同級生 鷲尾嘉孝 南白亀中学校卒業生・省路の二学年先輩 花房朱美 南白亀中学校首尾木分校英語科教諭 川嶋浩一郎 南白亀中学校首尾木分校社会科教諭 涌井融 東京在住のフリーライター マイケル・ウッドワーズ
で、部構成ですが
第一部 一九八二年八月十七日 第二部 一九九一年十月 第三部 一九九五年八月~十月 第四部 二〇〇七年八月十七日 第五部 一九七六年五月
となってます。 |
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