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素数の音楽
Crest books
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コメント・書評 |
面白いんですよ、ホント。でも数式はちっともわかりません。それに、人間がね綺麗なところだけ書かれていて、数学史としてはいいんでしょうが人間の歴史としては、ちょっと甘い
みーちゃん
Jul 28, 2006 8:42:57 PM
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評価 ( ★マーク )
★★★★★
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まず、クレストブック、ということで読みたくなります。しかも、新聞などであの小川洋子が絶賛、なんていう言葉を見れば、「博士」が出てくるのかな、なんてあらぬ期待を抱いたりします。しかもです、「素数」に「音楽」です。原題は The Music of the Primes 、なんて素適なタイトルなんだろう、と思います。 しかも、です。リーマンです。女子高生が使う「リーマン」じゃあありません。はるか昔、もう内容も書名もすっかり忘れてしまったS・S・ヴァンダインのミステリ、『僧正』?それとも『グリーン』のなかでファイロヴァンスが言っていたリーマンです。 それに、です。私は以前、サイモン・シンの『フェルマーの最終定理』を読んで、肝心の「フェルマーの最終定理」こそ全く理解できなかったものの、それをめぐる数学界の人々の生き方に、共鳴し、共感し、驚嘆し、驚愕したわけです。シンの本のタイトルの無味乾燥さに比べれば、ソートイの本の題名の美しいこと、それこそ音楽を思わせます。 つまり、です。私は小川洋子、クレストブック、「素数」、「音楽」の四つの組合せ(カルテット)と、『フェルマーの最終定理』、ハードカバー、ドキュメントというトリオから勝手に想像して、『素数の音楽』は、数学を扱ったファンタジー、ちょっとSFがかった純文学だと思い込んだわけです。 でも本文読んでガーンとくるんですね、ははは、小説じゃないじゃん・・・ メジャーをうまく使ったカバー写真、実はこの写真、わざわざこの表紙のために撮り下ろしたものらしく、メジャーには原題の The Music of the Primes といった言葉や、素数、クレストブックのシンボルマーク、本の値段、作者の年齢、日本が滅びる日などが記入されていて、笑わせます・・・(冗談、じょうだん、ジョーダン)。 ちなみに、訳者あとがきを読みながら、この人の数学、素数に関する理解のほどを疑うところがあるんです。だって普通の翻訳者が、素数に関する数式を本当に理解できるわけ、ないじゃん、て。 それはともかく、訳文は数式を除けばわかりやすいものなので、楽しく読むことができる、というのは嘘ではありません。それはシンの『フェルマーの最終定理』と全く同じです。夥しい数の人々が登場します。リーマン、オイラー、ガウス、ゲーデル、チューリング、フェルマー、シュレジンガー、アインシュタイン、ブルバキ、ファインマンとまあ私でも知っている有名どころから、この本で始めて知ったラマヌジャン、ヒルベルト、セルバーグ、ヴェイユ、ザギエ、オドリツコ、リヴェスト、ポメランス、ダイソン、ダイアコニス、コンヌ、コーエンなど。 彼らは、このお話の中では激烈な競争を繰り広げません。和気藹々と共同作業、互いに認め尊敬し合うのです。総じて、皆のいいとこどり、見たいなきらいいがないわけではありません。 でも、そんななかでも矢張り、ナチスによって追われ、或はソビエトとの関係を疑われ、はたまたホモセクシャルのスキャンダルにまみれ、ホームシックにかかり、病気や自殺といった形で表舞台から消えていく人々もいます。でも、基本的には列伝です。しかも、いい時だけに焦点をあてた。人間ドラマとしては中途半端ですが、リーマン予想、素数の謎に挑む人間の歴史としては十二分。 それにしても、失われたといわれるリーマンの黒いノート、そこには何がかかれていたのでしょう。そして、家政婦の手によって焼かれてしまったという夥しい量のメモ。メモは燃えてしまったことは確かですが、黒いノートは20世紀に忽然と消えただけ、きっとどこかに眠っています。それにしても、おそるべし、リーマン。あ、サラリーマン、のことではないですよ、この場合。ま、女子高生を追いかける、っていう意味では、そっちのリーマンも怖いことはこわいんですが・・・ |
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