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子どもたちは夜と遊ぶ
上
講談社ノベルス
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コメント・書評 |
「うまくすれば崩壊や破滅を止められたのに、少しづつタイミングがずれたせいでそれが叶わなかった」
どーなつ
Sep 12, 2005 7:16:15 PM
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評価 ( ★マーク )
★★★★
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著者辻村深月氏は「冷たい校舎の時は止まる」で第31回メフィスト章を受賞なさって、鮮烈なデヴューを飾っておられます。 1980年生まれの20代。若いけれど、才能ある方だと実感しました。 本編のメインキャラである狐塚たちの年齢も大学生ということで、辻村氏と近しいということがあるからなのか、キャラに無理がなく、等身大の大学生がごく平凡な日常生活を送っているという設定がすんなりと受け入れられる。 もちろん、平凡な日常というのは表面だけのものであって、皮を剥いでみると全然違った世界が広がっているわけです。 i(アイ)とθ(シータ)の行なう殺人ゲーム。 片方は凶暴さが前面に押し出ていて、けれど全てを統括する冷静さも見え隠れする。 それは時には尖ったナイフのように冷たく、決して抗えない圧迫感を与えてくる。 片方は、揺れ動いている。穏やかな波間にポツリと落ちる水滴。 ゆっくりと凪いだ水に波紋が広がるかのように、少しづつじわじわと、理性を抑えきれないで恐怖する。 すべてが終わるまで、止められない。止めることができない。 止めてしまえば、繋がりが消える。会いたい。怖い。止めたい。怖い。会いたい。 彼の苦悩が伝わってきました。 本編で印象に残っているセリフがあります。 「うまくすれば崩壊や破滅を止められたのに、少しづつタイミングがずれたせいでそれが叶わなかった。今でもたまに思い出すよ。あの映画で、その後のすれ違いや誤解さえなかったら、あの盲目の天使は彼の中の怪物を止めることができたんじゃなかったかって」 これは登場キャラがとある映画について語った一説です。 実際にこんな内容の映画があるのか、それとも辻村氏のつくったものなのかは分からないのですが、この小説の世界観を表現するのにピッタリの言葉だと思いました。 本の裏のあらすじにもありますが、「掛け違えた恋のボタン」、ここが大きな分岐点だったのかもしれません。 ここを起点として、if(もしも)の可能性を探っていけば、また別の結果が生まれていたのかもしれない。 人間、誰しも経験したことがあるであろう「思い違い」。 今回の場合、それがあまりにも悲しい結果を生んでしまったということでしょうか。 言葉に出す、思いを伝える、そうしなければ伝わらないこともきっとあるんですよね。 下巻で徐々に見えはじめてきた事件の全貌。 そして散りばめられた伏せんが1つになりはじめます。 思わず、ええ?! と思ってしまうところもあって、上手く騙されたことが嬉しかったりして。 そしてそして、最後は切なくて、涙が出そうでした。 けれどそれと当時に、思わず「良かった」、そう思ったことも事実。 悲しいけれど、幸せで、幸せだけれど、やっぱ悲しい。 読み終えたとき、そんな複雑な感情が私の中に残っていました。 この結末が1番最善のものだったのでしょうか。 ——if、もしもあの時……。 その可能性を考えずにはいられません。 |
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