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ベルカ、吠えないのか?
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コメント・書評 |
神の視点からイヌを見据え、20世紀後半の人類史を描く壮大な叙事詩
yukkiebeer
Jul 30, 2005 9:23:02 AM
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評価 ( ★マーク )
★★★★
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1940年代、太平洋戦争下で日本とアメリカが激戦を繰り広げた南洋に、それぞれの国の軍用犬がいました。この物語はその犬たちが子から孫、孫からひ孫へと世代を継ぎながら、20世紀の冷戦構造史をたどっていくという骨太の物語です。
私のようなサラリーマンは日がな一日こうした小説を読み続ける時間的余裕を与えられていないため、どうしても数日かけて小分けしながら頁を繰ることになります。その場合、このように幾世代にも渡ってあまたの犬が登場する物語は、それぞれの犬の相関関係や犬一族の系譜図を記憶し続けることが出来なくなりがちです。事実、後半ではカブロン、ギター、ストレルカ、ベルカと名づけられた犬たちのどれとどれが兄弟姉妹なのか、または親子関係にあるのか、見失ってしまいました。
それでも私はこの物語に大いなる魅力を感じないではいられませんでした。 犬を「お前」と呼ぶ二人称の視点で綴られたこの壮大な物語は、実は散文の装いをした長大な叙事詩ではないかと思うのです。例えば、111頁に登場する以下の文章は実際には改行されることなく連続して綴られていますが、ちょっと改行を行なうだけで、にわかに詩のような韻律を伴って私たちに迫ってくる性質を内包しているのです。
十一月だ。 一九五七年の十一月だ。 馬がいなないている。 蛙が鳴いている。 鶏が朝方わめいている。 屋敷の中庭に置かれた池では 十数羽のアヒルが泳いでいる。 霧が果樹園じゅうに広がる時間帯があって、 お前はそれを、 美シイ、 と思う。 厳寒の地方のイヌの血が濃い子供たちが、 霧ガアル時間ハ、イイ、イイ、トッテモ涼シイ、 と喜ぶ。
現在形を多用することで、文章にはこのように躍動感が満ち溢れます。それが耳に心地よく、読者の心をつかんで離さぬ強い魅力を放つことになるのです。 物語の中身よりはこの文章の力強さを味わった。それが私の偽らざる感想です。 |
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