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輝く断片
奇想コレクション
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コメント・書評 |
人倫にもとる過失を犯した「彼」を、この世の誰が許さなくとも私だけは許そう。私だけが彼の誠意を理解したのだから…と信じ込まされる。脳に関する空想科学さえ到達できない不可能性だから、このように書いたのか。
中村びわ
Jul 14, 2005 12:15:09 AM
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評価 ( ★マーク )
★★★★★
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——人の死だけじゃない。どうしようもない愚かしさも僕を傷つける。 自分もその一員だから。しじゅう他人を押しのけようとする人間も僕を 傷つける。てっとり早く金を稼ぐことしか頭にない人間も僕を傷つける。(205P「ニュースの時間です」より) こう語った「彼」は、いったん社会生活から降りる。そして再び社会復帰を遂げるときに、自分のなかの社会性を降ろす真似をする。永遠に社会生活から降りる結果がおそらくは待っているのだろう。 反社会的な異常心理と呼ばれる傾向のものを扱った短篇が4番目に所収「君微笑めば」から始まり、この5篇めの「ニュースの時間です」につづく。次の「マエストロを殺せ」は文字通り殺人の話なのだが、肉体を滅ぼしても滅びないものがあるという何とも皮肉な事実。それを、殺人事件後の展開で物語るというミステリー。滅びたはずの人間が滅びていないから、気が確かでなくなる「彼」が出てくる。 7番目「ルウェリンの犯罪」は、人命には関わらない。どこかお茶目な犯罪ながら、事件がもたらす結果は廃人の「彼」をひとり生み出すに充分であった。そして最後の表題作「輝く断片」——異常心理を扱ったという点においては、これら一連の短篇のなかで、極めて分かり易いものだ。 異常は通常のものではない。例えば「変わった人」には、誰もが人生においてそこそこの数、行き会うだろうし、かの人の変わり具合は複数の人間よって認知され得る。常軌を逸したいくつもの性質がその人に集中的に盛られて表面に露わだからこそ、「変わった人」のレッテルが貼られる。日常的に観察出来る資質だ。 しかし、異常心理はある時、ある契機を境に、芽生える。これは厄介なことに滅多に他者に気づかれることはない。いけにえになった人間だけが魔の刻に「彼」の異常を認め恐怖する——そういう種類のものだ。 宇宙空間に関する空想科学、地底や海底に関する空想科学、時や空間に関する空想科学などを射程に入れ、こことは異なる別世界に生きる他者の存在を問うことはSF作家には自然な営為であろう。友好か戦闘か、理解か拒絶か。想像力のすべてを消尽させ、魅力的で驚異的、且つ恐怖にもつながる他者を創造することは彼らの楽しい使命なのかな? /スタージョンという作家は、そこにもうひとつの他者を仮想した。すなわち、個人のなかに眠れる「狂気」という他者である。「狂気」について、あるいは脳の中身については、先ほど紹介した作品が書かれた40年代・50年代から現在に至るまで、すっきり分析する科学を我々人類はいまだ持てずにいる。不可能性の領域である。電脳という概念ほかを用いて、脳をすっきり解析する科学を仮想した小説を書くことも可能だったろうが、どうもスタージョンの興味は、異常者である「彼」の頭の中がどうなっているかということより、99の誠意とわずか1分の異常を人はどう受け止めるべきかという点だったようである。愛と孤独という相反するはずのベクトルが、ふたつ並んで伸びていく先、歪められて生じる「狂気」というもの。 「輝く断片」は、「大好きな小説だ」と書くのがはばかられるファウルズ『コレクター』に似ていた。後者は、監禁した女性と友だちになりたいと願う「彼」が、彼女の下品な言動にぷっちり切れて、取り返しのつかない行為に走る。どうしようもない愚かしさに傷つけられる哀れな犯罪者の純愛であった。どちらも泣ける。「彼」を守ってやれればよかったのに…と。「ニュースの時間です」は表題作より衝撃が強かった。閾を越えて書くとするなら、この文章の冒頭に挙げた絶望感は極めて親しいものに感じられる。たまたま自分には、「彼」に至らない表現や支えがあったというだけのことなのかもしれないと思えるから。 |
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