コメント・書評 |
忘れちゃならない詩人
北祭
Sep 25, 2004 12:35:00 AM
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★★★★★
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会津八一は『渾斎随筆』の中で「国語を超えて翻訳をするのは容易なことでなく、ことに詩歌はとりわけむづかしい」と訳詩について語っている。支那の詩、とくに五言四句の絶句など「なんともてにおえるものではない」とため息をつく。
けれども、仮に李白や杜甫が、同じ日本に生まれたとしたらどうか。いっそ文字の表面にこだわるよりも、「ずっと作者の心に入り込んで、中からほぐして、歌なら歌に、それを直す」といった心構えであればよい。そう考えた会津八一は、その数こそ少ないものの、悠々と万葉味あふれる訳詩を残した。次に唐詩選より一首。
●原詩●「照鏡見白髮」(唐)張九齡
宿昔青雲志 宿昔ノ青雲ノ志。 蹉柁白髪年 蹉ダダリ、白髮ノ年。 誰知明鏡裏 誰カ知ラン、明鏡ノ裏。 形影自相憐 形影自ラ相憐レムコトヲ。
〇会津八一の訳〇
あまがける こころ は いづく しらかみの
みだるる すがた われ と あひ みる
正直なところ、原詩の読み下し文をそのままに味わうことは難しいけれど、会津八一の和歌ならば分かる。なるほど訳詩も悪くない。
ここで忘れちゃならない人がいる。詩人・井伏鱒二である。井伏鱒二は詩と詩人が大好きであったという。どうかすると小説よりか詩のほうが好きであったという話があるくらいである。漢詩の訳、自身の創作、それぞれ数は少ないが個性あふれる名作ぞろい。「照鏡見白髮」も訳してなさる。
◇井伏鱒二の訳◇
シュッセシヨウト思ウテヰタニ
ドウカスル間ニトシバカリヨル
ヒトリカガミニウチヨリミレバ 皺ノヨッタヲアハレムバカリ
実に飄々とした歌いぶりである。これを「小唄ぶりの洒脱な訳詩」といったのは向井敏であった。ちょいと小説に飽きたら、井伏鱒二の厄除けが役に立つ。
◇なだれ◇
峯の雪が裂け
雪がなだれる
そのなだれに
熊が乗つてゐる
あぐらをかき
安閑と
たばこをすふやうな恰好で
そこに一ぴき熊がゐる |
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