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言海
復刻
ちくま学芸文庫
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コメント・書評 |
言葉のちっちゃな宝石函
栗山光司
Jun 17, 2004 11:09:00 AM
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評価 ( ★マーク )
★★★★
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今、拡大鏡を磨いている。老眼だけでは心許なく埃にまみれて引き出しに仕舞い込んだ安物の拡大鏡をやっと捜し当て息をかけながら磨いているのです。それもこれも、本書の魅力にフェチな、倒錯を感じて、拡大鏡で、もっと、もっと、知りたくなったのです。 老眼だけでも、読めなくはない、でも、大仰な道具立てで読めば気分がもうワンランクアップして、言海の言葉の滴りが溢れ出る予感がしたので、今、一生懸命、拡大鏡を磨いているのです。 1349頁の5センチのぶ厚さは子豚の愛らしさがある。印刷製本技術の進歩の証を再確認するにも良い。文庫になったからと言って、活字が小さくなったわけではない。明治37年に出た『言海』小型版の昭和6年の刷りをそのままの大きさで覆製したものである。これまで百年にわたり何百万人、何千万人かの人々が愛用したと言う。その積み重なった層の垢の匂いまで、五感を刺激しそうな、良くも悪くも、この国が詰まっているパンドラの函にも思えてくる。 リアル書店でも平積されており、予想外に売れ行き好調らしい。重版を重ねて一万部ぐらいは売れてチクマ学芸文庫のヒット商品になってしまった。こんな覆製による出版のカタチは<私>的には大歓迎である。アンテナの向きを変えれば、発掘出来る本のデーターが、まだまだ、眠っている気がする。 誰かがどこかで書いていたが、A版元で売れなかったB作家のものでも、版権を譲渡してC版元で売れば予想外に売れることがあるらしい。そんなダイナミックな組み合わせで過去の鉱脈から、ベストセラーは望まないが、そこそこに、末永く売れる本を発掘して、<消費者という読者>を楽しませて欲しい。そんな常日頃のぼくの不満なり要望が解消、叶えられた想いで嬉しくなって、老眼をかけた上で、拡大鏡まで、使って、読もうとしているのです。そう、この辞書は「引くため」のものでなく、「読む」ためのものとして、文庫として再生されたのです。
無作為に引いてみる。いや読んでみる。 たもとどけい(袂時計):時計ノ甚ダ小ク製造セルモノ、円く扁シ、衣中ニ持チテ、行クニ携フ。懐中時計。根付時計。ヲヅチ。
「言海」はそんな世界の空間を表現する懐中時計かもしれない。セカンドバッグに電子辞書と対に携行してみようか、徒然に珈琲を飲みながら、取りとめのないことを考えています。
【葉っぱがアフォード・阿呆ダンス】
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