コメント・書評 |
放送禁止歌すら生まれない社会
パンチドランカー
Feb 20, 2004 6:49:00 PM
|
評価 ( ★マーク )
★★★★★
|
この世には、何かを隠そうとすれば、それを暴こうとする反作用の力学が働くものだ。言い換えれば、何かを隠そうとすればするほど、その何かは白日の下にさらされていくというパラドックスが存在する。放送禁止歌たちは、何かを隠そうとした権力や時代に抗うべくして抗った必然の象徴なのだと思う。 今の我々に、何かが隠されている、という自覚はあるだろうか。隠されているという自覚無しに、暴こうとする意志は生まれない。隠しているという後ろめたさ無しに、暴かれるという恐怖も覚えない。 本著は、楽曲の放送を規制する首謀者を暴く過程を描いたルポルタージュである。が、取材を進めるうちに、外的な権力機関の圧力によって規制されている事実はなく、放送の当事者であるTV局=メディアによる無自覚な自主規制に過ぎないということが次第に明らかにされていく。メディアは業界のマニュアルに則って“際どい”表現を形式的に削除していく。表現者もそれを唯々諾々と承知する……。著者はこうした「表現の自由」の自殺行為に、警鐘を鳴らす。 放送禁止歌が生まれる時代にこそ、表現の自由はあった。 放送禁止歌すら生まれない社会に、表現の自由はない。
|
|
|
| 現在の投票
はい:7人(88%)
いいえ:1人(12%) |
|
|
|