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塩野七生ルネサンス著作集
1
ルネサンスとは何であったのか
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コメント・書評 |
この本のメイキング部分はじつに奥が深い。いつかこの部分だけ、まとめて文庫にして欲しい。
みーちゃん
Feb 4, 2004 8:44:00 PM
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評価 ( ★マーク )
★★★★★
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やっぱり、今、というかもう30年くらい前かららしいけれど、イタリアを書かせたら、この人しかいない。塩野七生のことだ。その彼女が、ルネサンスに関する著作をまとめた。私は、個人的に彼女の代表作と言われ、それこそ塩野の名前を日本の中年たちに知らしめた『ローマ人の物語』があまり好きではない。やはり、イタリアはルネサンス。ローマ法王たちもだけれど、メディチ、ボルジア、マキャベリ、彼らの名前を聞くだけで、胸がドキドキする。
この本は、その第一巻で四章の構成。各章のタイトルは「フィレンツェで考える」「ローマで考える」「キアンテイ地方のグレーヴェにて」「ヴェネツィアで考える」。それに巻末のメイキング、というかたちでインタビューが付いている。それを読むと、今まであまり語られてこなかった学生時代や卒業後の渡欧の事情、塩野の歴史というものの捉え方や人間性が、よく分る。正直、これだけでも読む価値があると私は思う。特に、学習院の哲学科の卒論をめぐって、教授からの「きみの考えているのは歴史ではない」という指摘に、「歴史学ではないのなら分るが、歴史ではないには納得できない」との反論する姿に思わずエールを送りたくなる。
写真もかなり多く載っていて、それが他所であまり見たことが無いものばかりなので、新鮮。中でも、フリードリヒがプーリア地方に作ったカステル・デ・モンテ(山の城)の一枚は、威容という言葉がふさわしい。カタカナで書くと、ピンとこないけれど、ヨーク考えたらキャッスル・オブ・マウンテンなんだと気付く。狭いね、ヨーロッパは。
印刷術と字体のおかげで現代と過去が直結し、古語がないというイタリア。日本では、この間の敗戦で完全に古典や旧仮名遣いと断絶してしまい、自慢じゃあないけれど、娘だけじゃあなく私だって現代語訳でなければ、源氏はおろか八犬伝だって読むことはできない。その点、イタリアは、そして多分ヨーロッパの国々は違う。そんな当たり前の、でも案外気付かないような事実から、建築、芸術、十字軍、ヴェネツィアの政体、ボルジア家や芸術家列伝、アメリカ大陸の発見と、扱う世界は広く、全てが腑に落ちることばかり。
パンテオンから花の聖母寺への建築上の構法の変化も、塩野の文章のお陰でスンナリ納得。『ローマ人の物語』で道路の構造についても教わることが多かった。文章が上手い人の手にかかれば、専門用語だらけの学者の独り善がりな文が読めなくなる。それは司馬遼太郎の諸作が現代日本人の歴史観を作ってしまったことにも現れている。塩野が卒論でした反論の意味に、歴史学者たちが気付くのは何時なのだろう。
私は勝手に全巻書き下ろしの文のつもりでいたら、どうもそうではないらしい。ただし、この第一巻に関しては初見のものばかり。章の最後にも初出の記述がないので、少なくとも本になるのは初めてだろう。そういう基礎データがないのは、新潮社らしからぬ不親切。
メイキング部分は確実に初出で、奥の深い内容。いつかこの部分だけ、まとめて文庫にして欲しい。ちなみに私が選んだ塩野のベストは『神の代理人』『チェザーレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』『わが友マキャベリ』だけれど、『イタリア共産党賛歌』『ローマの街角から』『イタリアからの手紙』などのエッセイも十分に刺激的。私のヨーロッパに対する歴史観は塩野七生と辻邦生、そして澁澤龍彦によって作られた。ありがとうございました。
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