コメント・書評 |
黄昏
流花
Oct 15, 2003 11:38:00 PM
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評価 ( ★マーク )
★★★★★
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知りたくないことを知ってしまった。おはるは、小兵衛より先にあの世へ行くのである。そして小兵衛は、93歳まで生きるのだ。 本書には、「小兵衛は93歳まで生きる」ということが3回も述べられている。そして、おはるをはじめ、四谷の弥七など、小兵衛ファミリーの一員が、小兵衛より先に死ぬということが、示唆されているのだ。おはるが死ぬなんて…しかも小兵衛より先に…40も違うのに…。信じられないというか、信じたくないというか…。読者としては、小兵衛ファミリーが死ぬことなんて、考えたくもない。なのに池波さんは、なぜわざわざ、小兵衛ファミリーの死について述べたのだろう。それに、どうも何かただならぬ空気が感じられてくるのだ。本書を読んでいると、この『剣客商売』の結末をどうつけるか、池波さんは、何か急いでおられるような気がしてならないのだ。 本書で語られている出来事は、小兵衛が66歳から67歳の頃のものである。本書が単行本として発行されたのは、平成元年10月。池波正太郎さんは、その翌年に亡くなっている。奇しくも67歳。本書が、『剣客商売』シリーズ最終巻となってしまったのである。 人は、自分が生きてきた時代と同じように、時が進むものだと無意識に思っている。だが、世の中は、同じ状態でありつづけることはできない。だから人は、将来に漠然とした不安を抱くのである。かねがね武士の乱れきった姿を見るにつけ、小兵衛は「武士の世もおしまいじゃ」と言ってきた。本書の中では、田沼意次が老中を罷免されることが述べられており、一つの時代も終わりを告げる。 “剣客”という道を生きてきたことに、自信と誇りと満足感を持ちながら、自分と同じ道を選んだ大治郎には、「はたしてこれからの世の中、剣が役に立つのか」と不安を覚えている小兵衛。「孫の小太郎が、お前の年ごろになるころには、世の中がひっくり返るようなことになるぞ。」と大治郎にも言っている。自分の死後、どんな世の中になるのか。その渦中に我が子を残していかなければならない親。だからせめて、親としてできる最善のことをしておいてあげたいのだ。 ———『剣客商売』の生みの親、池波正太郎さんも、そんな気持ちだったのだろうか。 四谷の弥七、傘屋の徳次郎、鰻売りの又六、手裏剣の杉原秀、医師小川宗哲、医師であり剣客でもある横山正元、等々…小兵衛のために何をおいても駆けつけてくれる人々がいる。かつての門弟、知人、また、老境に至ってから新たに交誼を持つことになった者。中には、ゲスト出演で登場したのだが、その後何度も登場して、すっかり小兵衛ファミリーの一員になってしまったという者もいる。池波さんは、こういった脇役たちにも、命を吹き込んでくれた。 そんな中で、本書では、又六と秀が結ばれるという展開を見せる。杉原秀は、亡父の道場を継ぐ女武芸者である。いつも洗いざらしの着物を着、髪は後ろに束ねただけという姿で、まるっきり色気がなく、男に関心などないのではないかと思っていた。その秀が鰻売りの又六と結ばれたのだ。これにはいささか驚いたが、大治郎と結ばれた三冬と同じ、“女武芸者”である杉原秀の行く末を、池波さんは気にしておられたのだ。又六と秀。一人よりは二人で手を取り合って、人生の荒波を渡っていって欲しいという親心だろう。やはり、女の幸せは、好きな人と結ばれて、子を産み、育て、その人と生きていくことなのかもしれない。人間が、はるか昔から営々と営んできた暮らし…その通りに生きることが、平凡だが、幸せなのであるということなのだ。…思えば、『剣客商売』は、「女武芸者」で始まったのだ。 ———こうして、とにかく、『剣客商売』は幕を閉じたのである。何とも言えぬ寂しさが残った。
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