コメント・書評 |
影法師〈罪ほろぼし〉
流花
Jul 7, 2003 5:24:00 PM
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評価 ( ★マーク )
★★★★★
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知らない者は幸せである。病で盲目となりながらも、28年もの間、“我が父の敵”と探し求めていた男。まさにその男が、長年影法師のようにぴったり寄り添い、身の回りの世話をしてくれた老僧だったとは。その老僧の腕の中で、「長い長い間…かたじけない」という言葉を残して死んでいった年老いた武士。その最期は、きっと安らかだったであろう。…「やっと終わった…」敵を討つことはできなかった。だが、長い長い辛苦の旅は終わったのだ。家族も青春もやすらぎも捨て、ひたすら敵を探し求めた歳月。貴重な人生を敵討ちに費やし、気がつけば棒に振っていた…しかし今、解放されたのである。そのことだけを思って、安らかな世界へ旅立って行ったのであろう。 …かたや、自分を敵と狙っている男が盲目となったのを隠れ蓑に、ずっと騙し続けた男。善良な僧を装って…。今、その騙し続けていた相手が亡くなったのだ。やすらぎは訪れただろうか。彼にとって、隠れ蓑生活は人生そのものになっていた。相手の男が亡くなった今、彼の人生も終わった。だが、彼は生きなければならない。今度は自分が騙していた人間の影法師に、ずっとつきまとわれて…。敵討ちは不条理である。追う者も追われる者も、人生をめちゃめちゃにさせられる。だが、その種をまいたのは、他ならぬ自分である。彼は、死ぬまで生きなければならない。それが、罪ほろぼしなのだから。 「嘘も方便」という。人生において、嘘が必要な場合もある。無益な争いや、無駄な心配をさせずにすむように。『梅雨の柚の花』で、大治郎の道場に新たに弟子入りした笹野新五郎は、田沼意次の側用人生島次郎太夫の子であると知らされていない。生島は、笹野家の子となった新五郎の影となって、気付かぬように新五郎を守り抜くのである。 騙している人間は、騙されている人間の影になる。影となって、密接にくっつけばくっつくほど、騙している人は苦しい。だが、それはしかたない。騙しているのだから。 知らない者は幸せである。こんな愛嬌のある幸せ者もいる。傘屋の徳次郎を“筋の通った盗人”と勘違いし、二人で盗めをしようと誘ってきた男。しかも押し入る先が、鐘ヶ淵の小兵衛の隠宅というのだから、笑ってしまう。話に乗った(ふりをする)徳次郎。しかし予想外のことが起こる。「徳どん、逃げろ」。…彼は斬られ、彼の死んだ兄に似た徳次郎の腕の中で息絶えた。昔の女房の話なんかしながら…。
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