コメント・書評 |
影法師〈レクイエム〉
流花
Jul 5, 2003 11:46:00 PM
|
評価 ( ★マーク )
★★★★★
|
「これだけ世間から見捨てられた俺だ。このままいつまでも、こんな暮らしをしていられるか。こうなれば…狂い死にに死んでくれるぞ!!」 石山甚市、35歳。両親に先立たれ、不遇な生い立ちの中で、剣を頼りに生きてきた。しかし、身分の低い石山が、身分の高い者たちをうち負かしてしまった時、すべての歯車が狂いだしたのである。『遠ざけられ、疎まれて…青春は踏みにじられ…いつも孤独…こういう若者が、どのように変形していくことか?…』誰もが、自分を蔑み、まともに扱ってくれない。…たった一人、まともに接してくれた豊田でさえ、周囲の圧力に耐えきれず、「出て行け!」と言う。そしてとうとう、そんな彼の姿を見て笑いを漏らした者から始まって…爆発したのである。小兵衛の差し延べた手も、あと一歩のところで届かなかった。 自分が親切を踏みにじっているのはわかっている。挫折したり、狂ったりするのは、自分に責任があるはずだ。それもわかっている。しかし、それに耐えられない人間の弱さ。また、耐えていかなければならない運命の重さ。人は“平凡な人生”と簡単に言う。しかし、その“平凡な人生”を歩むことが許されなかった者たちの、悲痛な叫び声が聞こえてこないか? かつて、小兵衛も牛堀九万之助と勝負をしたことがある。勝った方が土井家の剣術指南役に、ということを二人とも知らずにである。『双方とも下段の構えで、睨み合うこと一刻に及んだ』とあり、結果は引き分けであった。九万之助曰く、「小兵衛どのが、引き分けにしてくれた」。二人とも指南役は辞退したということである。まかり間違えば、九万之助も、この手の犠牲者になってしまったかもしれなかったのだ。九万之助は、今でも道場を構え、弟子たちに“剣の道”を教えている。無用な立ち合いをせず、礼儀や心を大切にして…。 挫折した人間、歯車を狂わされた人間が、いかにまともに生きることができないか。小兵衛は、そういう男を何人も見ている。しかも、己の手によって、その世界に突き落としてしまった男もいるのだ。彼らは、所詮、弱い人間なのか。やはり世の中、強い者が勝ち、弱い者は淘汰されていくのか。悪いのは彼らか? それとも、勝負、勝負と簡単に口にし、人を試すことを何とも思わない輩か? それとも、これぞと思った男を、徹底的に馬鹿にし、いじめ抜くことによって、己の保身を図る奴らか? “平凡な人生”を歩むことが許されなかった者たち。身の置き所を失くし、恨みをぶつけるところもなく、人生の歯車を狂わされた者たち。彼らへの鎮魂歌を歌い続けること…それが剣客の使命なのかもしれない。
|
|
|
| 現在の投票
はい:5人(100%)
いいえ:0人(0%) |
|
|
|