コメント・書評 |
自分の目で頭で、そして心で
べあとりーちぇ
Jul 3, 2003 11:53:00 AM
|
評価 ( ★マーク )
★★★★★
|
2000年に解放出版社から出た単行本版の加筆・修正されたヴァージョン。同時多発テロの直後、そしてこの春のイラク攻撃の後あたりで、ジョン・レノンの「イマジン」がアメリカでまた放送自粛になってるんだって…という噂(本当かどうかは知らないが)を聞いて、本書を思い出した。実に良いタイミングで文庫版を出してくれたものである。
TVディレクターである森達也氏が、ずっと温めていた企画「放送禁止歌をドキュメンタリーで検証する」。放送禁止歌とは何か、誰がどういう権限で規制しているのか探るというはずの切り口が、取材を深めるにつれてだんだんと変わってゆく。 誰も権限など持っていない。放送禁止歌など存在しない。かろうじて見つかったガイドラインも、10年以上も前から改定すらされていない。放送禁止歌の実態とは、ことなかれ主義のテレビメディアが、あるのかどうかも疑わしい圧力に萎縮して自ら閉じこもった虚構の砦だったのだ。 森氏はさらに取材を進め、放送禁止歌とは密接な関係にある部落差別問題に踏み込んで行く。赤い鳥の「竹田の子守唄」をキーワードに、部落とは何か、部落差別とは何か、この問題がとりわけタブー視されるのはなぜかを探る。取材姿勢は徹底的かつ真摯で誠実で、そこから導き出される本書の言葉のひとつひとつは例えようもない説得力を持っている。
放送禁止歌や放送禁止用語(言い換え対象用語)の数々、さまざまな場面での自粛が、悪い意味での「転ばぬ先の杖」であるという事実は確かに嘆かわしい。だが森氏も危惧しているように、より新しい世代の表現従事者たちが、それらを単なる代々の継承物でしかないと捉えているとしたら、なぜ自粛しなくてはならないのかを考えないで唯々諾々と従っているのだとしたら、事態ははるかに深刻で薄ら寒いものである。そこには「そんなことをしたらあのオバサンが怒るでしょ」という的外れな叱られ方で育った子供程度のロジックしかない。
別に表現従事者に限った話ではない。世の中を見渡せば、ありとあらゆるところに「転ばぬ先の杖」はあふれている。さまざまな商品のパッケージにも、テレビドラマのエンディングにも、駅のプラットフォームにもスーパーマーケットの店先にも、至るところに。嘆かわしいが、一方で「誰もいけないなんて言わないじゃん」とばかりに、書店で立ち読みついでに雑誌の情報をケータイで気軽に撮影してそのまま店を出る、そんな人が社会問題になってしまうのも事実なのだ。 まさに一億総思考停止である。
差別がなぜいけないのかとか、自分の中にある差別意識がどれだけしぶとくて醜いものであるかを考えなかったら、べからずリストをいくら増やそうとも本質はまったく変わらない。森氏が繰り返す「自覚性を持つこと。主語を自分にすること」を貫くのは、単純だが想像以上に難しいだろう。面倒なことはなるべく避けて、ルーチン化してやりすごそうという根本的な怠け心と戦いつづけなければならないからだ。 だがそれでも、自戒を込めてなお繰り返したい。「自覚性を持つこと。主語を自分にすること」。 このヘビーな取材と執筆をやり遂げて、誰よりも「嘆かわしくて深刻な実情」を目の当たりにしたはずの森氏は、文庫版のためのあとがきで、まだメディアにも人間にも絶望していないと断言する。人は愚かだけれど、世界を変える力を持っているのも人々なのだと。 だからわたしたちも絶望しているヒマはない。最悪な世界を何とかする主体は、自分たちなのだと自覚しなければ。
本書には、★5つでは到底足りない。筆者の中では、本書は★10個にも20個にも値する。 |
|
|
| 現在の投票
はい:34人(94%)
いいえ:2人(6%) |
|
|
|