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薔薇の名前
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コメント・書評 |
ウンベルト・エーコ、小説家デビュー戦の模様はあまりにも鮮やか、熟練のきわみ。
こたにりこ
Apr 16, 2003 1:16:00 PM
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評価 ( ★マーク )
★★★★★
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時は中世。メルクの老いたる僧・アドソが、見習い時代に起きた特異な体験を回想する。それは七日間の物語。「この手記を残そうとしているは、誰のためか分からない」としながらも、アドソはペンをとり、記憶を起こして形あるものにかえた。
『薔薇の名前』は、ウンベルト・エーコがアドソの手記をあるルートから入手した、という設定で始まる。だから、この作品に当たるということは、最初から、作品の中の作品を開く行為である。手記の中心は書物に起因する事件なのだから、ここには作品の中の作品の中の作品が見つかることになる。更に、連続殺人は黙示録に沿ったかたちで進行していき、動機も書物の中に存在する。 この物語を上から見たら、何か幾何学的な模様にでもなっているのかもしれない。なっているとしたらそれこそが、記号論者でもあるウンベルト・エーコの、小説家デビュー戦の模様である。それはあまりにも鮮やか。エーコには新人時代というものがない。はじめから熟練のきわみに到達している。
僧院で起きた奇怪な事件を師のウィリアムが調査し、まだ若かりしアドソが同行する。 しかし、ともすれば事件の暗惨さよりも、教会や修道院の実態、僧たちの醜いやりとりに目が行くかもしれない。特に、異端を血まなこになって糾弾し合っている図は、信じる者が救われるどころか地獄絵巻である。「何が正しいか、何を信じるか」純粋な問いかけから端を発したとしても、歴史の行方は「信仰が混乱を生む」という恐るべきパラドクスを打ち立ててしまった。
舞台となる僧院も、扉を開いてみればパラドクスの世界である。僧たちは神に祈りを捧げているが、ここには神の存在こそが欠如している。「俗」から隔たりを置いて山上に建てられた場所で、「聖」どころか「俗」そのものがはびこり、欲望が異臭を放つ。外から娘を連れ込むか、それとも僧院内で男色に走るか、である。 たとえ祈りだろうと、一つのところに閉じ込めておけば腐る場合があるという点にまで突っ込んだエーコは、やはり凄い。「純粋」の「性急」さを恐れるというウィリアムの眼力は、かなり鋭い。 |
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