コメント・書評 |
「アキラ」とは似て非なる暴力
KNANBA
Apr 15, 2003 4:10:00 PM
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評価 ( ★マーク )
★★★★
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文庫の書き下ろしの形でこれほどの作品が読める我々は幸せである。
7年前に発生した死者を出すほどの大惨事は、たった一人の少女が “目覚め”たことが原因であった。厳重なシャルターのような施設に 閉じ込めたその少女が、再び“覚醒”してしまう。
デビュー作の「レフトハンド」を読んだ方であれば、同じ研究所を舞台に 似たシチュエーションの話がパニック小説として展開されるものと予想 できるはず。しかしその予想は半ばほどで裏切られる。
表面的に読んだ場合、本書は大友克洋の「アキラ」をイメージさせる。 「アキラ」も「アリス」も人の形をしているが人間ではない、まるで異質な ものであり、その内面を想像することは不可能である。 例えば「アキラ」は過剰なまでに書き込んだ“絵”によりクライマックスの暴力を 表現して、それに成功している。しかし作者はこの作品において、文章による 描写でそれを再現または超えるつもりはまるでない。タイトルこそ「アキラ」に (あえて?)似ているものの暴力の質が完全に異なる。
ここでは過剰にまで書き込まれた論理による言葉の暴力で、それらが実現されて いる。描かれるのは、リアリティなどの脆弱なものは吹き飛ばされてしまうほど 異常な(または極めて正常な)論理による世界観の構築にあり、その世界の謎解き と解説こそが本書のクライマックスなのだ。読者はそこで現実崩壊と再構築を 経験することになる。
実際に作者は、現実世界の仕組みを地の文ではなく登場人物たちに語らせる。 彼らはそれを犯人を指摘する名探偵のように、華麗に謎解く。ところが、 それらの指摘はあくまでも可能性の示唆であり、事実として断言される わけではない。それならば、登場人物2人に対話させる必要など無い。 一度解説の終ったはずの事実が“揺らいで”しまうことによる読者の心地悪さ こそが、この小説が目指すホラーとしてのありかたなのだろうか。
表面的にも十分楽しめるが、ぜひ深読みをしていただきたい。思ったよりも濃い。 |
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