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イタリアの街角から
スローシティを歩く
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コメント・書評 |
写真を眺めるだけでも、都市の在り方が見えてくる。
浦辺 登
Jun 19, 2010 9:12:49 AM
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評価 ( ★マーク )
★★★★★
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さほどページ数は無いのに、読み進むのに、これほど日数を要した本はない。見慣れない片仮名のイタリアの地名が含まれているとはいえ、読みこなすのに難解な言葉があるわけではなく、なのに、南イタリアのまぶしい風景写真がふんだんに登場するので、ついつい見とれて、先に進めない。 著者には失礼ながら、写真を眺めるだけで、著者が提起したい都市問題の解決策の半分は写真に表現されているのではないだろうか。 著者が、イタリアの地図でいえば長靴のかかとの部分にあたるプーリア州に魅せられているのが分かる。建物や街の空間、人々のホスピタリティ、そして食事。これが文明の高さを示す指標という。その指標を満たしているのが「我がプーリア」だそう。 この指標を日本の都市の現状にあてはめてみると、及第点を与えることができる都市は果たしていくつあるだろうか。 京都の町家もそうだが、この南イタリアのプーリア地方も迷宮都市といわれる。異民族間の対立から住民を守る意味もあるが、まずは、居心地の良い縄張りを生むためのものという。考えてみれば、人も人間という動物に変わりはなく、気持ち良い縄張りを確保したいというのは本能ということがわかる。 イタリア大好き、大絶賛の西洋かぶれの一冊かと思ったが、さにあらず。しっかりと、現代ニッポン、とりわけ東京における都市についての提言が234ページから始まる。羽田空港をハブ化し、都心からリムジン水上バスで羽田とを結べば良いとの提言には、目からウロコだった。何も、モノレールや鉄道だけがアクセス方法ではない。 また、都市生活におけるハードだけについて問題提起されているわけではなく、都市に住む人々の心構えについても柔らかい苦言が記されている。あるがままに、他者を受け入れ、共存共栄する姿が都市生活者であるという。 この一冊には、写真だけではなく、構造全体の見取り図も精巧なものが付いている。生活道路の下を通じて建物同士が共存していることを示しているが、隣の家の犬がどうとか、上の階のピアノの音がとか、そんな近隣との付き合いなど問題にもならない生活感があり、コミュニティーとはパブリックということを街が表現していることに感心させられた。 ただ、ぼうっと写真を眺めるだけでも、都市の真髄が理解できるように工夫されている。
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