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神器
上
軍艦「橿原」殺人事件
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コメント・書評 |
この小説が推理作家協会賞や星雲賞を受賞できないとしたら、日本の読者もだめだなあ、なんて思います。深く重い、想像を絶するメタ小説、さすが奥泉光、まるで半村良の伝奇SFを読むような・・・
みーちゃん
Jul 8, 2009 8:14:36 PM
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評価 ( ★マーク )
★★★★★
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この本の案内を見たとき、これは絶対に読まなければ、と思いました。まず、久し振りの奥泉光、というのがあります。どうも私は好きなんですね、この人の作風が。エンタメ系純文学というか、純文学系エンタメというか。文章だけとってみれば、村上春樹より硬質で中味が濃い気がします。
で、書店でチェックしました。予想外だったのは箱がついていないことです。ま、エンタメと割り切れば納得できるんですが、でも純文学と考えれば、箱がついて当たり前。とはいえ、それは一昔前の常識であって、今となれば純文学だって箱入りは珍しいかもしれません。でも、芥川賞をとった作家の上下二巻本となればねえ、箱くらいつけても罰は当たんないんじゃないでしょうか。
とはいえ、箱なしだからこの美しいカバーを堪能できるとも言えるわけで、こればかりは何とも言いがたいです。しかしmどうでしょう、この色合い。まさに日本画の世界。京都の人はこういうのを「はんなり」って言うのではないでしょうか。透明で上品な色使いの装画は、ケッソクヒデキ、装幀は新潮社装幀室です。
いよいよ『神器 軍艦「橿原」殺人事件』です。どのような話になるのでしょう。タイトルに「殺人事件」と謳いながら、ミステリ臭の少ない文学となるのか、それとも純文学者が好むガチガチの本格ミステリか、あるいは私が大好きな『鳥類学者のファンタジア』のように時空を越えた大ロマンとなるのか、気になるところです。
ところがです、開始早々
「この船はうこん丸であって、うんこ丸じゃないからね。間違わんでね」
なんていう会話があるんです。よよよ、です。あれは私が高校生の時のことでした。名前は忘れましたが図書館で友人とともに有名な詩人の作品を読んでいたときのことです。私はその格調高い詩文のなかに「うんこ」の一文字を見つけ狂喜乱舞してしまったのです。静かな図書館で友人を書架の陰に引きずり込んで、あまりの楽しさに声も出せず、その頁を指差し、その場に崩れ落ちたのです。
わが友は、冷静に「うこん、がどうしたの?」。「キーッ、な、なに、しらばくれて、けけけ、う、う、う○こ、だよ、う○こ」。 「うこん、でしょ、うこん」。しばしすれ違いの会話が続いたあとで、ふと私の脳裏に「もしかして」という疑問が雲霞のごとく湧きあがりました。「うんこ、ではなく、うんか」です。そして友人の顔を、詩文を見比べました。まさに
「この船はうこん丸であって、うんこ丸じゃないからね。間違わんでね」
の世界がそこにあったのです。無知な私はその時まで「うこん」というものを知りませんでした。ま、いまでも殆ど知りません。う○こ、なら毎日顔をあわせていますが「うこん」なるものを見たことはありません。ま、それでも冷蔵庫には夫が買ってきた缶入り「ウコン茶」が、鎮座しているのではありますが・・・。そう、私はこのお話のそういう笑える部分に過剰反応してしまいました。
そうです、上巻の終わりのほうで登場する毛抜け鼠の、殆ど独白ともいえる会話に笑いころげ、娘たちに無理矢理読ませたりもしたのです。たとえば、386頁
「ゴムは、うまいですか?」 「ゴム? ヤベーよ。ゴム、スゲーヤベー。ゴム、ウマすぎ」 「人間だったときのこと、覚えてます?」と福金鼠はようやく質問をまとめた。 「ニンゲン? なに、それ? 知らねえ。てか、知ってる。バリ知ってる」 毛抜け鼠は支柱から降りてくると、またゴム管を齧り出し、その合間に話し出した。 「けどさ、鼠って、なんかスゴくね? オレさ、いま鼠。完全完璧、鼠。これってマジ、スゴくね。で、なにこれ? なんなの。ここ船? 船ん中? でもって、オレ、鼠? それってあり? ありっちゃありなの? けど、このゴム、めちゃウメー」 ゴムの喰い過ぎで脳にきているのかと観察しながら、福金鼠は質問を重ねた。 「どうして鼠になったか分かる?」 「オレ、やっぱ鼠? だよな。だからオレさ、鼠になってもいいかなって前から思ってたんだよ。よくさ、ネットカフェ、池袋の東武んとこの、よく行くんだけどさ、寝てると夜中に鼠が出やんの。笑う笑う。ギャーギャー騒ぐ客がいてウルセエんだけど、オレは全然平気。ていうか、むしろ嬉しい?(中略)主任さんは絶対に喰うなってセッキョーすんだけど、なんかやめられんなくて、そんでもってニッペキやめてからもケッコー喰ってた。ていうかさ、ここんとこのゴム、スゲー、ウメーよ。ナイス塩味のせい? ポテチじゃねぇって。けど、マジ、ウメー!」
いや、もう格調高い純文学の線は完全に消えました。すっ飛んでどこかに行ってしまった。そしてさらに409頁では
「あれって誰? 何もん? 軍人? もしかして特攻隊? やっぱそう? スゲー、オレ、特攻隊、生で見たじゃん。ナマ特攻隊、はじめて見た」 (中略) 「オレ、ウゼー? 一緒じゃウゼー? オレ、よくウザイっていわれんだよね。親からもいわれたし、越谷のおじさんにもいわれた。宇田川先輩やゼンデンなんかにもよくいわれた。いわゆるウザバカってやつ? ウザくて馬鹿。って、それ最悪じゃん。ね、オレってやっぱ最悪? 最悪のウザバカ? あんたもケッコーそう思う?」
いやはや、これって終戦間近の軍隊の会話じゃありません。完全に現代、しかもこの語りのノリのよさときたら・・・。奥泉はどうやってこんな会話を書くことができるんでしょう。『鳥類学者のファンタジア』の主人公の季梨子について町を歩けばスカウトマンに声をかけられたこともある(何のスカウトかはわからん、と注をつけているけれど)美女で、高校時代にはその長髪故に「練馬のアルゲリッチ」と呼ばれていたという、噴飯物の解説を軽く一蹴してしまいます。
とはいえ、こういうユーモラスな部分はほんの一部。時間の飛ばし方、第二次大戦秘史とでもいいたくなるような伝奇的な部分も十二分に面白い。密室状態での人の消失もあります。連続消失事件に謎の乗り組み員。やはり良質のエンタメというほうがいいかもしれません。いつかゆっくり読み直したい一冊です。 |
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